Interlocal Journal はドイツ・エアランゲン在住のジャーナリスト・高松平藏のウエブサイトです 前の記事記事一覧次の記事


ふたつのハイマート(故郷)

関西系エアランゲン市民という感覚について


2012年10月03日



執筆者 高松平藏ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)


このほどドイツのある自治体のプロジェクトで移民に関する調査があり、私にも調査の依頼がきた。私は普段ジャーナリストとしてドイツの出来事を取材・観察をする立場だが逆転。調査対象になった立場で故郷に関する質問に対する回答の文章を書いたので少し手を加えてここにあげておく。
左は生まれ故郷周辺の橿原市(奈良県)。右はエアランゲン市。なんとなく似ている構図の写真を並べてみた。

生まれ故郷
一般にハイマート(故郷)とは決まった定義を見つけるのが難しい概念だが、私にとって次のようなものが故郷だと考える。
  • 生まれて育ったところ
  • 自分のアイデンティティときり離すのが難しい場所
このように定義すると、私には狭い意味で2つの故郷がある。1つ目は自分が生まれて育った場所だ。両親の家があり、田畑が広がる田舎である。どの場所でも好きなところと嫌いなところがあるものだが、とりわけ自分の生まれ育った場所は子供の時の体験や感情が自己の深いところで結びついているのが特徴だ。

また、生まれ育った場所をもう少し拡大した地域も私にとって重要な故郷だ。私の生まれ育ったところは『関西地方』というが、方言やコミュニケーションのスタイル、メンタリティ、食文化などと深く関わっている。ドイツでいえば、『(エアランゲン周辺地域の)フランケン地方』とよく似た概念になる。

それから、私は日本にいるときには、『私は日本人だ』というより『私は関西人だ』と自分で意識することのほうが多かった。少し大げさな表現をすれば、外国に住み始めて、まわりの人が私を『日本人』として見る。その時はじめて『ああ、自分は日本人だ』と気づくのだ。しかし私の中の『関西』はドイツ語で話してもドイツ人の友達とビールを飲んでも私自身から離れることはない。

私にとってのエアランゲン
2つ目の故郷はエアランゲンだ。妻の故郷であり、妻と話し合って選択した場所である。最初から精神的な距離が近く、『ドイツに来た』というより『エアランゲンに来た』という気持ちのほうが大きかった。実際にここには友達や柔道の仲間がいる。また、子供が大きくなる場所であり、それに伴い幼稚園や学校、教会とも関係ができている。

だから遠くから人が訪ねてくると、自分の故郷を紹介するかのように、町を一緒に歩き、ビアガーデンでビールをごちそうする。

それで、こんなこともおこる。
エアランゲン以外の町へ行くこともあるが、その訪問先の町の人から『どこからきましたか?』と尋ねられることがある。私のアジア系の容姿と下手くそなドイツ語からいえば、私は明らかに外国人に見える。だから質問者が期待している答えは出身国だが、私はうっかり『エアランゲンから来ました』と答えてしまう。質問者はあわてて『いや、どこの”国”から来ましたか?』もう一度質問することになるのだ。

いずれにせよ、そんな町をあとにエアランゲンへ戻るわけだが、フランケン地方に入ると『帰ってきた』というふうに感じ、エアランゲンの町の標識を見ると『ただいま』という気持ちになるわけだ。

ここで繰り返すと、2つの故郷を私は持っている。だから、私は『関西系エアランゲン市民』だと自分で認識している。また、面白いことにこの感覚はしばしば『バーチャル』といわれるインターネット上で妙なリアリティを持つ。ソーシャル・ネットワークの画面には『関西地方』の友人と『エアランゲン』の友人が同じ画面に並んで現れてくるのだ。グローバリゼーションの時代、『故郷』の認識や感覚も様変わりするが、裏を返せば重要なキーワードだと思う。(了)