公文書の議論が脆弱な上での展開│高松平藏/在独ジャーナリスト

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公文書の議論が脆弱な上での展開

秘密保護法案についての備忘

2013年12月6日

執筆者 高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)

秘密保護法案については違和感を覚えているが、もう一歩踏み込むと、国家の成熟度という観点からも違和感がある。記しておきたい。

戦時中の、ある公文書

■近代国家のひな形としての都市

ドイツの都市に焦点をあてながら私は執筆・講演を続けている。そのためドイツの都市の歴史そのものを見直すことがある。

そこから見えてくるのが、都市は近代国家のひな形になっていると思われる点がけっこうあることだ。たとえば軍、愛郷心、文書の3つがとても重要な要素として複雑にからみながら都市を形成してきた面がある。都市は文書の類を記録としてアーカイブしていき、都市の歴史を、都市のアイデンティティを確立してきた。だからドイツのどの都市にも歴史アーカイブがある。また自分の街を外的から守るために自衛団があり、今でもドイツの街に自衛団の痕跡を残している。そしてアーカイブと自衛団が街に対する愛郷心につながった。

いささか乱暴にいえば、そのような都市の様相が近代国家にまで引き継がれたと思える。ただ近代国家は『装置』として巨大であるがゆえに舵取りを間違えると甚大な影響を国内に与え、そのたびに反省したり新しい概念を織り込んで修正しようという力も働く。

たとえば、第一次世界大戦では、国民は愛国心に従って夫や彼氏をこぞって戦場に送りだした。結末はご存知のようにひどいものである。しかも大義名分は『デモクラシーのための戦争』だった。そういった経験を経て、時には『軍』と対立するような『平和』概念が国家に織り込まれていき、民主制や公共性のあり方についても個人の尊厳をより強化するような考え方も広がった。そうやって近代国家は練られてきた。

アーカイブについても近代国家に引き継がれている。ドイツで作られたあるアーカイブなどは爆撃にあっても壊れない構造になっているときく。アーカイブこそ国家のアイデンティティの重要な部分だといわんばかりだ。

■公文書についての薄っぺらい認識

以上の理解からいえば秘密保護法案に関する反対・賛成のいずれの議論にもずっと一抹の違和感があった。

いちおう『近代国家』である日本だが、その発展は『オリジナル』の欧州とはかなり異なったかたちだ。それゆえか、国家に関わる情報(公文書)をどう扱うかということについても、きわめて脆弱ではないかと考える。実際、都合が悪くなれば公文書も平気で破棄するし、メモも残さない。そして日本で本来あるべき公的記録が国内にはなくて、アメリカのアーカイブにはあった、などということもおこる。

そんなことから類推すると、法案の対象になる分野で『その他』が多いのは、国家に関わる情報(公文書)をどう扱うべきかという議論の蓄積がそもそも欠如していることが遠因になっているように思えてならない。

■寄せ集め構造物の危うさ

日本の近代国家は欧州からの概念の輸入によって発展してきた側面が大きい。が、おそらく、そうしなければ植民地になっていた。その点では輸入型にしろ、近代国家の急造は正しい選択だったといえるだろう。

ただ、その代償は大きい。できあがったものを輸入することは成り立ちのプロセスや文脈をすっとばしてしまいがちだ。だからドイツから見ていると、日本という国は都合のよいものだけをかき集めて組み立てられた構造物に見えることがある。始末が悪いことに、その寄せ集めの上に独自の意味や解釈を重ねられていく。これがまた危なげだ。

秘密保護法案も情報(公文書)に関する了解や認識の脆弱なところにあがってきたといえるわけで、またもや寄せ集め構造物の上で議論をはじめたという印象が『違和感』として見えたわけだ。

■相反する概念と整合性・健全性

他方、少し視点をかえると、前述したように、相反する概念を理想に基づく健全性と整合性をつけていく歴史の連続という側面が近代国家にはある。

秘密保護法案もまた『安全保障』と『知る権利』の相対する概念が交差するものだ。理想に基づく健全性と整合性をどうつけるか。近代国家としての理性と知性が試されていると思う。しかし、経緯をみていると、来年の世界各国の報道の自由のランキングで日本はぐっと順位を下げることになりそうな気がする。

※ ※

実は一週間ほど前に、友人のドイツの大学教授にこの法案について意見を求められた。その時に話した内容を少し整理し備忘として記した次第だ。(了)

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※引用される場合、高松平藏が執筆したことを明らかにして下さい。