押忍と言うばかりが柔道家ではない│高松平藏/在独ジャーナリスト
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押忍と言うばかりが柔道家ではない
スイス発『メンタル柔道』が示すヒント
2015年3月3日
執筆者 高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)
スイスで柔道のメンタルトレーニングのプログラム『メンタル柔道』が開発された。若い柔道家向けで、『モチベーション』『視覚化』『リラックス』など6項目からアプローチするものだが、自分と柔道の関係・状況を言語化していく作業が多い。これに着目すると、実はこのプログラム、本質的に柔道とよくあうかもしれない。そんな考察をしてみる。
『近代JUDO』(ベースボールマガジン社)2015年2月号執筆分を大幅に改訂
開発者のミヒャエル・リーブさん(左)とジュリアン・ヒラノさん(右)。
手にしているのはトレーニングツールのガイドカード
■6つのポイントからアプローチ
スイス・バーゼル大学でミヒャエル・リーブさん、ジュリアン・ヒラノさんの2人が開発したメンタルトレーニングプログラムは、スポーツ心理学を応用した青少年向けプログラムだ。2013年に共同執筆した修士論文が元になっていて、以下の6つのポイントから具体的にトレーニングをすすめていく。
1)モチベーション
2)集中
3)視覚化
4)ストレスの扱い
5)感情と思考
6)緊張緩和
トレーニングのガイドに長方形の37枚のカードがある。各カード裏表にトレーニング・プログラム名と目的や手順、方法が書いてある。どれからはじめるかといった順番は重要ではなく、あくまでも状況によって、適切なプログラムを実行していく。
また各プログラムには『道場で行う』『自宅で行う』『(紙に書くなどなんらかの)道具を使う』『(トレーニングに必要な)人数』など、必要なことがアイコンでわかりやすく提示されている。(=写真)
■多い、言語化作業
カードに書かれた各プログラムから浮かんでくる特徴がある。それは、これでもかと言わんばかりに、自分と柔道の関係・状況を言語化していく作業があることだ。背景に心理学があるからかもしれないが、それにしても多い。
例えばプログラム名『私の柔道』ではなぜ柔道を始めたのか、他のスポーツよりなぜ柔道が好きなのか、試合に負けてもなぜ、またトレーニングに行くのか、といったことを紙に書いていく。こういう作業で継続性や目標設定につながるモチベーションの維持を確かなものにしていく。
体を動かすプログラムでも、3人一組になって乱取をし、乱取中の感情や技術的状況を議論するといった具合だ。
■豊かな言葉が伴う柔道へのヒント
柔道は19世紀の終わりに嘉納治五郎が複数の柔術の流派の技を体系化し、理論化してできた。さらに教育システムとして武術とは異なる価値を付していった。
『柔道』を創る前に、嘉納は柔術の先生についたが、ひたすら投げられるだけ。つまり技は数をこなせば体で覚えられるという教授法だった。しかし嘉納は体系化・理論化で、いわば武術を言語化した。これを鑑みると『メンタル柔道』の言語化作業の多さは、案外、柔道の本質的な性向とあっているのではと思えるのだ。
私は日本の柔道の現場にはうといのだが、偏見を承知でいえば、練習する側が主体であるにもかかわらず、指導者主導で『押忍』というばかり。そんな印象がある。それに対して、体育科教育・武道論が専門の有山篤利さん(兵庫教育大学准教授)もよくおっしゃるのだが、日本柔道で、豊かなイマジネーションや理論が伴う言葉の『遣い手』を増やすビジョンがあってもいい。『メンタル柔道』はその参考になると思う。
柔道家は『押忍』とだけ言っていればいい時代は終わった。(了)
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