街の「パブリック本棚」に見るドイツらしさ(文・角田百合子)

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このページは「インターローカル」な発想から執筆していただいたゲスト執筆者の記事です。

街の「パブリック本棚」に見るドイツらしさ

歩道に本棚が置けるということ

2017年2月18日

執 筆 者 角田 百合子 (学生/ドイツ・エアランゲン大学留学中)

【ドイツ・エアランゲン】面白いことに、ドイツの街中の歩道に「パブリック本棚」と呼ばれる本棚が置いてあることがある。周りには大抵ベンチがあり、本を読む人、本棚をのぞく人、とよく人が集まっている。見かけるたびに本棚の中身が移り変わっていることから、利用者が多いことがうかがえる。エアランゲン市(人口10万人、バイエルン州)のケースを見てみよう。

■街の本棚とは

同市の市街中心地のメインストリートは歩行者ゾーンになっているのだが、そこに長方形の細長い本棚がでんと立っている。遠目には何なのか判りにくいが、2面がガラスになっていて、近付くと、ガラス越しに本の背表紙が見え、それが本棚であることがわかる。

ここの本は誰でも無料で利用することができる。自由に持ち帰るのもよいし、読み終わって返しに来てもいい。もう読まないけど捨てるのはちょっと、というような本を本棚に入れに来てもいい。使い方は自由だ。中には外国語の本やDVDが入っていることもある。

この「パブリック本棚」は2012年に同市のライオンズクラブが主導するかたちで設置された。その後は利用者自身が自由に利用している。本棚の中はいつも整頓されており、一番の下は子供用の棚、というようなルールも自然にできている。落書きもなくとても綺麗な状態で保たれており、風雨にも耐えられるようガラス扉がついているところもポイントだ。

■ドイツならではの人気

何人かの利用者に利用頻度を聞いてみた。ここを通るたびにのぞいている人や、3週間に1度という人。あるいは何かのついでに気が向けばのぞくという声が聞かれた。本棚の近くには小売店があり、バスの停留所もすぐそばだ。歩行者ゾーンであることも手伝って立ち止まりやすい環境となっている。

本棚の中が整理されていることが分かる。(写真=角田百合子)

無料で本を読みたければ図書館に行けばいいのでは、という意見もあるだろう。しかし実はドイツでは事情が異なる。

例えばエアランゲン市の市立図書館では館内の利用は自由だが本を借りるには17.5ユーロ(約2000円)の年会費が必要になる。こういった背景も本棚の利用を後押ししているのだろう。またこの本棚の魅力は、誰かが持ち込んだ、限られた本の中から選べることだ。本に提供した人の歴史がある、といった特別感もある。

本棚のまわりにはベンチもある。(写真=角田百合子)

■窮屈さの少ないまちづくり

パブリック本棚のアイデアは1990年代からあったようだが、本格化するのは2000年代に入ってから。本棚の情報を集めているOpenBookCase.orgによるとドイツ国内に1800以上がある。(2017年2月13日閲覧)

草創期のものではボン市内で設置されたものがある。2002年にボン市民財団が社会的にも文化的にも生活を向上させるためのアイデアコンクールで採用した。「本の交差」というシンプルなコンセプトから、ドイツ各地にすぐに浸透したのだろう。

注目したいのはなぜ本棚が置けるのか、ということである。

エアランゲン市のケースを見ると、歩行者ゾーンの道は広く、そこで立ち止まる人がいても問題ないというのがよくわかる。この通りは広場ともつながっているが、市街の空白部分が多いのだ。他にも、ベンチが置かれていたりカフェの席がある。路上演奏もよく行われていて、ゆったり落ち着いた空気が流れている。

日本の地方都市を考えると、こういう構造の空間が少ないように思う。

もちろん日本とは文化的な背景や、都市づくりの歴史の差があるが、すぐに空き地を建物で埋めようとせずに、ベンチを置いたり緑を置いたり、もっと街に空間的なゆとりを持たせてはどうだろうか。そうすることでかえって人が集まる求心力が生まれると思う。 (了)

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執筆者 角田 百合子(つのだゆりこ)

1995年生まれ。平成28年度3月からドイツのエアランゲン市に約1年間交換留学生として滞在。海外生活を通して街づくりや環境問題、異文化の背景等を学んでいる。

滞在中、「インターローカル ジャーナル」主宰の高松さんのもとで記者の見習いをしながら、自分の疑問をひとつひとつ現地の人々へのインタビューをもとに考えてみようと思う。日本との比較や外からみた日本、日本からみたドイツ等様々な視点から深めることを目指している。留学前に高松さんの著書を読んだことをきっかけに連絡を取り、現在に至る。

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