村のビール祭りはなぜ成り立つのか?│在独ジャーナリスト・高松平藏
写真=テンネンロエ村の祭りの運営メンバー。「地縁組織」ではなく「非営利法人」として運営されている。
■お祭りの木は平和と健康の象徴
ドイツといえばビール祭り。とりわけミュンヘンのオクトーバーフェストがよく知られる。今年も9月22日から10月7日にかけて開催された。
1810年から行われているこの祭りは、当時のバイエルン王国の皇太子の結婚を記念して始り、今や「観光資源」としても大きい。また昨今は、日本でもたくさんのコピー版「オクトーバーフェスト」が開催されている。
しかし、ビール祭り自体はドイツの市町村単位で行われており、教会の行事などが起源になっていることも多い。 たとえば筆者が住む、エアランゲン市内の人口4,600人余りのテンネンロエという村では、毎年8月中旬の金曜日から月曜日にかけて村の広場で行われる。
多くのビール祭りで象徴的なものが「キルヒバウム」と呼ばれる装飾のついた木で、この名前自体「教会の木」といったような意味がある。
会場に立てられた2本の「キルヒバウム」
同村では祭りの2日目に森から切り出し、トラクターで村の中をゆっくりとひいて回る。 祭りの運営を行う非営利法人「祭り協会」代表のミヒャエル・イーゲルゼアさん(冒頭写真左の人物)によると、「お披露目みたいなもの」だそうだ。大中小3本の木を使うが、大きいものは26-30mあるのでかなり存在感がある。祭りの会場では重機を使わず、若者たちが少しづつ立てていく。一種の「土木技術」としても興味深く、人々は固唾を飲んで見守る。「キルヒバウムは村の平和や皆の健康の象徴だ」(同氏)。
森から木を切り出す。
村の中で木を「お披露目」。
トラクターの前には祭りの「若者」と子供たち、楽団が歩いている。お祭りパレードだ。
お祭りの「若者」が同地方の旗を持って行進。
重機を一切使わずに装飾した木をたてていく。
■ミサと村人のお楽しみショー
3日目の日曜日の朝は会場内の仮設テントで、カトリックとプロテスタントの共同ミサが行われる。神父・牧師は最後に「祭りの期間中は皆で食事やビールを味わいましょう。祭りは、故郷と伝統の象徴です」と締める。昨今ミサに通う人は少ないが、この時集まったのは約400人、テント内はいっぱいだ。
午後に再びテントに人々が集まり、「祭りショー」が行われる。なんてことはない。村の子供たちのダンスやクイズ大会、仮装した若者が踊ったりと、「田舎芝居」もいいところだ。しかしそこは普段から見知った人がやるので、例えば村の男性が女装で仮設舞台に登場しようものなら、客席は大爆笑だ。
「ショー」では村の若者や子供たちが中心になって、歌、ダンス、クイズ、パロディなどが行われる。
若者たちによる「口パク」の歌とダンスに会場がわく。
最終日は村の若いカップルたちが、短い歌を歌いながら会場の木の周りをまわる(=写真下)。その時、ひとつのカップルが装飾のついた2mほどの木を持つ。歌が終わると次のカップルにまわすということを繰り返す。輪の中に目覚まし時計を持った男性が立っていて、時計のベルが鳴ると終わり。この時点で、木を持っているカップルは今年のキルヒヴァイ・カップルというわけだ。遊戯性と民俗性の濃い「行事」で幕を閉じる。
■有機的につながっているか?人口構成、経済、文化
確かに祭りにビールは象徴的で「ビール祭り」と呼ぶには間違いはない。しかし全体を見ると、共同体の祭りそのものであることがわかる。
長い歴史の間、続けられてきた慣習であり、村の成員を統合する意味合いや、宗教に端を発する文化的価値もある。これで人々の帰属意識や「故郷の感覚」を確認できるというわけだ。
ところで先ごろ、筆者は一時帰国したが、ショッキングな話を聞いた。 地域に関する意見交換をしていると、「出身地のお祭りがなくなって久しい」という人がいた。よほど小さな村なのかと思いきや、聞けば人口は5万人もいる。それでも経済が衰退し人口構成のバランスが崩れると祭りができないのだ。
ひるがえってテンネンロエ村はやや高齢化傾向が見られるが、平均年齢44.4歳。またなんらかの社会保障の受給者は1%に満たない。自治体の健全性は、適切な人口構成、経済、文化などが有機的につながった状態であり、決して規模ではないことがよくわかる。(了)
伝統的な音楽も祭りを盛り上げる。村の楽団も非営利法人である。
祭りに関わる人々は子供から高齢者まで老若男女が揃っている。
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※引用される場合、高松平藏が執筆したことを明らかにして下さい。