ドイツに見る『積み上げ文化』の力丨高松平藏・在独ジャーナリスト

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ドイツに見る『積み上げ文化』の力

劇場引換券から考えた

2013年3月8日

執筆者 高松平藏(ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)

長男の児童検診で病院に連れていったところ、劇場のバウチャー(引換券)をもらった。なかなかユニークなこの券、ドイツの劇場の様子を見ながら考えてみた。

■病院で貰った

昨年のことだが、11歳になった長男を掛かり付けの小児・青少年病院へ健診に連れて行った。健全に成長しているかどうかのチェックである。帰り際に医師からもらったのが、劇場のバウチャー(引換券)だった。

この劇場バウチャーは検診を受けた子供や青少年に支給されるというプロジェクトで、シーメンス社関連の保険会社が作った青少年のための財団によるもの。ドイツで有名な歌手、ペーター・マッファイが後援している。

同プロジェクトは2009年からはじまった。現在、このバウチャーが使えるのは私が住むエアランゲン市(人口10万人)を含む12箇所。劇場は青少年に対して、知性と社会性を身につける、精神上の健康のための教育といった考え方がベースになっているが、さらに恵まれない青少年に文化施設に触れる機会を提供するといったことも目的とされている。

■ドイツの劇場

ドイツの劇場の状況をいうと、各地域に公営の劇場があり、中身も充実している。エアランゲン市にも市営の劇場がある。18世紀に貴族が作り、19世紀に市のものになった。

エアランゲン市営劇場。

毎年、劇場を無料で一般公開するオープンドア・イベントの様子。

訪問者には設備や歴史の説明が行われる。

ただ客足はかつてほど多くはないようだ。私は90年代の終わり頃から日独、というより日本とエアランゲンを行き来しだしたが、その頃、劇場の取材をしたときには、すでに観客数の減少がいわれていた。

それにしても、日本の劇場環境に比べるとまだまだ充実している。劇場が街の名士たちの交流場所になっているような一面もあり、劇場を支援するNPOもある。地元の企業や銀行によるスポンサリングも多く、学校から学生が劇場へ出向くこともよくある。さらに劇場そのものが歴史的な建築物であることから、劇場は街の文化の象徴的な存在感もある。

■少数派の長女

私は3人の子供の父親だが、できるだけ子供には劇場の類に連れていった。そのおかげで(?)、とりわけ長女は劇場へ行くのが好きなティーンエージャーになっている。が、学校では少数派だ。

子供を劇場へ連れていくようにしたのは、私自身が興味を持っていたことに加え、妻もそれを望んだ。というのも、やや伝統的な価値観からいえば、劇場へ行くのは一種の教養のようなところがあり、妻も子供のころ両親に(半ば無理やり)連れて行かれオペラを見ることがあったという。当時はそれほど魅力を感じなかったそうだが、結局自分が親になったときに子供には劇場を、という発想が出てくるらしい。

長女の友達の親の中には、やや古い伝統的な価値観を持っている人もいる。妻の様子からいえば、そういう親は劇場に連れていきそうなものだが、そうでもないらしい。やはり劇場の求心力はかつてに比べて低下。長女が少数派になるのも当然かもしれない。ただ私のこれまでの体験・観察の範囲でいえば、今も劇場へ積極的に子供を連れて行く親は一定層いる。

同じくオープン・ドアイベントの様子。劇場と市民の距離がぐっと近くなる。

■積み上げ文化

ひるがえって、劇場の人気はかつてほど、ぱっとしない中、冒頭のバウチャー・プロジェクトは劇場が持つ機能を再定義して、新たな文脈での観客を作っているといえるだろう。

このような動きを見ているとドイツの古い町並みを私は思い起こす。

ドイツの町並みは外見は中世のたたずまいを残しているが、使い方はどんどん現代化していく。だから妙に立派な石造りのマクドナルドやアップルストアがあったり、歴史を感じる建物のちょっと隠れたところに太陽電池のパネルがついていることがあるわけだ。

つまり、ドイツには古いものに新しいものを積み重ねていく力が大きく、街の政策をみていても感じることが多い。しかも積み重ねる際に新しい文脈をつくり、新しい価値を作りだす。それを鑑みると、この劇場バウチャーも、劇場という旧来の文化資本に青少年の健康と教育という文脈を重ねていくような動きにみえるのだ。(了)

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※引用される場合、高松平藏が執筆したことを明らかにして下さい。