今月の話題.「グローバリゼーション、民主主義、国家主権の関係」 坂本幸雄 2016.12.22
・まずは、今月初めに観た話題の映画「シン・ゴジラ」の拙い寸評から。
・太平洋で生まれた謎の巨大生物「シン・ゴジラ」が東京に上陸、自衛隊の執拗な攻撃にたじろぎ、一旦太平洋に逃れた「シン・ゴジラ」が、再び身長118.5mの巨体を相模湾に現し、鎌倉由比ヶ浜に上陸、鎌倉の市民を恐怖のどん底に陥れる。
・そのシーンを観て、先般読んだ『山折哲雄氏の「ひとりの哲学」』で想像してみた鎌倉幕府時代の、生きるに厳しかった人々が、特に13世紀末に起こった鎌倉大地震の際に感じた恐怖・困惑もかくの如しであったのでは、と思った。
・この映画には、「シン・ゴジラ」出現という国家的危機管理に際して、それを迎え撃つ国家組織が、内閣総理大臣をトップとした、あまりにも重層多重的なトップダウン方式の官僚組織で対処する組織硬直性の“もどかしさ”も見事に描かれている。危機対応の様々な局面で、その都度、やたらと長ったらしい危機対応組織の名称(*脚注)が出て来るが、そのそれぞれの組織が、いずれもその上位組織や当該組織の上位者の命令がなければ、何らの行動も出来ない組織硬直性が障害となって適時・適切な危機管理の対応ができないという、現代日本の組織硬直性の問題点をも鋭く描いている。(*脚注:映画画面横いっぱいにその組織の名称がその都度表示されるが、漢字20文字を超えるほどの名称も多々あり、その長ったらしい名称自体からも組織の硬直性へのこの映画のアイロニーが窺えた)
・しかもこの映画の面白さは、国家的危機発生の第二の場所を、首都東京に次いで、鎌倉に設定している点である。「いざ、鎌倉」、更には司馬サンの鎌倉武士への賛辞たる「名こそ惜しけれ」という言葉には、鎌倉幕府の時代に、自分たちだけの力で農地を切り拓き、そこを“一所懸命”に守った関東農民武士たちの主体的自主管理能力の誇り高き精神文化の香りが思い込められているのである。事に及んでは、鎌倉街道を通って鎌倉幕府の下に馳せ参じたと言われる鎌倉武士の心意気と現代社会の硬直した組織との対比も、この映画のもう一つの隠された寓意であろうか、と思った。
今月の話題.「グローバリゼーション、民主主義、国家主権の関係」
<はじめに>
・ところで、今年、世界の中心話題は、紛れもなく、EUの離脱とトランプ氏の登場であった。この動きは、戦後世界の経済発展を願う自由貿易体制の主要な推進役をはたしてきた米英2国が、ここへきて、グローバリゼーション体制を離れて自国中心のポピュリズムに軸足を移し、それが世界的に各国の内向き志向を強め、今後その動きが世界の経済発展の芽を摘むかも知れない方向へと動くのか、あるいは、折からの1TやAI革命の恩恵に浴して、第4次産業革命といった世界経済発展の新たな可能性に向かうことになるのか、それは全く予想できない状況にある。
・そんななかで、小生は、最近注目して読んだ、これらの関連記事を整理し、新春以降の世界の様々な動向を理解する上での個人的なメモとして、その論点を整理した。興味があればご一読頂きたい。
<グローバリゼーションとその反動>
・以上のような視点で、まず小生が注目した新聞記事は、H28.11.4に掲載された、京都大学准教授:柴山桂太の「やさしい経済学シリーズ」での「グローバリゼーションとその反動」という論説であった。その論旨は、グローバリゼーション、民主主義、国家主権はそれぞれ現代国家が追求すべき3つの理想ではあるが、現実にはこの3つを同時に達成することはできない、という考え方であった。まずはその観点を一つの拠り所として、最近の世界主要国のグローバリゼーションと国内外の政治との関係を考えてみた。
<日経「大機小機」にみる「大衆の反逆」と「第4次産業革命への可能性>
・更に小生が注目したのは、H28年12月13日と14日の2日続きの日経「大機小機」の記事であった。13日の「大衆の反逆」と題しての論説は下記のような論説であった。トランプ氏の勝利が決まったのが今年11月9日。ベルリンの壁が崩壊したのが1989年の11月9日。皮肉なのは、かつては壁の崩壊であったが、今起きつつあるのは壁の新たな構築である。新たな壁の構築は米国とメキシコの国境だけではない。難民阻止や保護貿易、異文化の否定などの目に見えない新たな壁の構築であるとの指摘。これは、今後の世界が、自国中心主義で内向きの政策に転換するのであるかどうかを問うコメントである。
・同じ日経紙翌13日の「大機小機」には、現下の世界を覆っているグロ-バリゼーションの危機を乗り越えて、世界に新たな経済発展を齎す可能性に富んでいる目下の世界的課題は、21世紀経済の一大テーマである「第4次産業革命」と「それを推し進める数百万の企業の存在」なのであるとの、今後の世界経済発展の新たな可能性を予兆するが如き明るい展望であった。
・以上の如く、来年以降の世界が、今年英米という世界の主要国で起こった反グロ-バリゼーションの動きをさらに加速させ、世界経済を縮小させる方向に踏み出すのか。それとも、1T革命などを活用して「第4次産業革命」への確かな足取りを辿るような明るい方向に進むのか。それはまったく予測できない状況にあろうが、小生は、下記に記す最近の新聞・雑誌などの関連記事をもしっかり頭に入れて、来年以降の世界の動向を見守りたいと思う。
1.「中国のグローバリゼーションとリセッションの可能性」に関連して注目した雑誌記事:『破滅が近い中国の「債務爆弾」』
・この記事は、定期購読専用誌“選択”に毎号載る“Book Reviewing Globe(本から見る地球)のH28年11月号に掲載されたもので、執筆はモルガンスタンレー投資マネジメント、チーフ・グローバル・ストラテジストとのみ記載されている。下記はその要約・意訳である。
<次の世界リセッションは中国の「債務爆弾」の破裂であろう>
・2010年代の世界の貿易額は1980年代以降で初めて世界のGDPの伸びを下回った。あのリーマンショック後の米国発の景気停滞は長く、また深く世界経済を萎縮させた。世界で起きているのは製造業の衰退であり、世界貿易の減退であり、銀行の海外貸し出し額の縮小であり、長期に亙る景気後退である。そしておそらく次の世界リセッションは中国発となるだろう。その引き金は、中国の「債務爆弾」の破裂であろう、と前置きして著者は、次のような論説を掲げている。
<歴史上30の金融危機を調査した結果>
・歴史上30の金融危機を調査した結果、「民間部門の債務の伸びが5年連続で経済成長の伸びを上回り、民間部門の債務のGDP比が40%を越えると金融危機の赤信号」と分析している。中国の場合、2013年にその比率が80%に上昇した。それまでの最高水準はタイがバーツ危機で陥った1997の67%である。最近の中国の億万長者の行動様式を仔細に観察すると、2000年から14年間にこの国では、9万人の大金持ちが国を捨てており、その上バークレイ銀行の調査によると、中国人の47%までが、5年以内に移住したいと答えている、とある。
<BRICsの惨絶たる滑稽な投資概念>
・もっとも、このような行動様式は中国だけに見られる現象ではなく、新興国一般にみられるものあり、1990年以降の12の新興国で起こった金融危機では、外国投資家に先駆けてその国の投資家がありとあらゆる方法で資本の海外への逃避を行っていたのであるが、これら各国の投資家による資本逃避は、政府の経済政策に対するその国の資産階級のもっともあからさまな不信任投票である。このような状況を考えると、かつて華々しくデビューしたブラジル、ロシア、インド、中国のBRICsは、今ではbloody ridiculousinvestment concept(惨絶たる滑稽な投資概念)の頭文字なの?とも言えるほどの嘲笑の的だ。
・しかも、2006年以降「政治権利を失った」国の数が「政治権利を手にした」国の数を毎年、上回っている。世界の国の総数の半分以上の百十ケ国が過去十年に「なんらかの形で自由を喪失した」と国際NGOフリーダム・ハウスは警告している。その分水嶺は2010年だった。世界で起きる社会的騒乱はそれ以前の十年間は毎年14程度であったが、2010年以降それが一気に22に跳ね上がったのである。
・以上のような状況を考えると、特に中国では、経済繁栄が民主主義を生むという希望はすっかり色あせている。
<中国のバブル崩壊兆候への感想(坂本)>
・以上の分析のベースにあるのは、「民間部門の債務の伸びが5年連続で経済成長の伸びを上回り、民間部門の債務のGDP比が40%を越えると金融危機の赤信号」であるとの過去の分析結果から、特に中国の場合、2013年にその比率が80%に上昇し、かつて日本も経験したバブルの傾向が顕著であるということではなかろうか、と案じるのである。
・それがバブルであるかどうかを判定する経済指標の一つが「Qレシオ」による判定である。ここで言うその「Qレシオ」とは、株価評価法に一つで、土地や株の含み益を勘案した純資産で算出するPBR(株価純資産倍率)のことである。日本がバブルに酔いしれた1980年代末、このPBRは60ー70に達し、さすがに割高感は隠せなくなっていたのである。今や土地神話がなお健在である中国では、この株価評価に関しも、この記事によると、上海総合指数がこの数ヶ月で一進一退を繰り返しながら3000というある指数の壁(壁とは危険水域のことであろう)を乗り越えた、とある。この記事の3000という指数がどんな指数かは明らかではないが、3000という壁を越えたという表現からは、株価指数の面からも十分にバブルの兆候が窺えるということであろう。
・ということは、これらの警句は、中国のバブル崩壊がいつ起こっても不思議ではないほどの深刻な状況であることの予告なのかも知れない。その状況をグーグルで例えば「中国のバブル」という項目で検索するとかかる警句の根拠になるような、たとえば「中国のゾンビ企業が中国経済に与えている現在の深刻な状況などが窺えるのであるが、ここで、最近日経に掲載された、京都大学准教授:柴山桂太の「やさしい経済学シリーズ」での「グローバリゼーションとその反動」という論説を考えてみたい。
<「世界経済の政治的トリレンマ」とは!>
・その論説では、「グローバリゼーションと民主主義」に関し、「世界経済の政治的トリレンマ」とは何かについて、それを下記のように解説されている。
・グローバリゼーションを進めるには、国の安全、環境、労働、投資などに関わる基準を統一し、排他的な産業政策を制限する必要がある。世界貿易機関のルールや2国間・他国間の貿易協定などはそうした必要から生まれたものである。しかし各国は文化や発展段階が異なる中で、その手続きを民主的なルールで決めているのである。従って民主主義の実現にはグローバリゼーションの理想と相容れない部分がある。そんなグローバリゼーションと民主主義を両立させる方法の一つが、国家統合を進めて超国家機関にルールや規制を与える代わりに、その意思決定を民主的に行うという方法である。EUが目指す理想はそのようなものである。ただし、この場合、各国の国家主権は犠牲にされる。グローバリゼーション、民主主義、国家主権はそれぞれ現代国家が追求すべき3つの理想であるが、現実にはこの3つを同時に達成することはできないのである。これをある学者は「世界経済の政治的トリレンマ」と名付けた。近年、反グローバリゼーションが勢いを増している背景には、こうした事情がある。最近の英国のEU離脱や、アメリカの次期大統領:トランプ氏の主張が、ヒスパニックからの移民に職が奪われている米国の低所得の人々に歓迎されている動きも上記の論調の反映であろう、という指摘である。
・そしてこの「やしい経済学の最終稿」(H28.11.4)で柴山准教授は次のように締めくくっておられる。「先の述べた“世界経済の政治的トリレンマ”は、グローバリゼーション、民主主義、国家主義の3つを同時に達成すことはできないという考え方である。が、この説に従えば、グローバリゼーションを先に進めるには、民主主義か国家主権のどちらかを犠牲にさせざるを得ないのである。従って、民主主義を制限すれば、政治がポピュリズムに飲み込まれる危険性があり、国家主義を犠牲にすれば、そこから沸き起こるナショナリズムの高まりがいずれ爆発するであろう。以上2つの選択肢の次に残るのは、民主主義と国家主権を尊重し、グローバリゼーションを犠牲にすることである。
・この論説に従えば、英国のEU離脱は、かつて英国が、EU諸国との貿易の自由というグローバリゼーションを選択した結果、英国の国家主権をEU本部の官僚組織に奪われ、経済的には発展しても、その雇用のかなりの部分が、東欧諸国の優秀で安い賃金の労働者に奪われた結果になったからである、という民意を受け、その国民の民意を聞くという民主主義の建前から国民投票を実施した結果であったということになろう。だが、その離脱の結果、国家主権の回復と民主主義の建前は守れたのであるが、EU諸国とのグローバリゼーションのメリットによる経済的便益は犠牲になったのである。これは将に「世界経済の政治的トリレンマ」の通りの結果である。
<「世界経済の政治的トリレンマ」で「民主主義」を犠牲にしている中国!>
・一方中国はどうか。1978以降の中国の改革開放政策は、中国の経済的グローバリゼーションであった。それによって外国からの資本と技術が中国に集まり、その後の中国の経済的発展に大いに寄与したのであるが、その結果、近隣諸国の例えば、フイリッピンやベトナムからの労働者が中国の国民の雇用を奪ったようなことはなく、経済発展に伴って必要な労働者は中国奥地の国内の低開発地域からの労働移転という形での国内問題という形での対処方法でケリがついているのである。このような中国の状況を上記の「世界経済の政治的トリレンマ」論に照らして観察すると、中国の改革開放後の状況では、国家主権もグローバリゼーションも継続しながら、唯一犠牲にしているのは“民主主義”であろう。共産党一党独裁の体制を持続・発展させるためには、人民の政府への不平・不満の高まりを抑えることを至上命令とする中国共産党の方針によって毎年GDPを7~8%に持続することが、その伝統的方策となっているのであるが、それでいて、人民の基本的人権などを尊重するような民主化に強く反対している点でも、やはり、上記の欧米的な“トリレンマ論”に見る欧米先進諸国とは大いに異なる“異形の国”といえるのであろう。
<一族で結束する中国>
・そういえば、日経(大阪大学 加地伸行教授執筆の記事:H28.10.9)に「中国人について次のような記事があったことを思い出した。「中国人は伝統的に家族主義であり、その基本が今も変わっていない。しかもそれは日本の親類一族など数十人単位の規模ではなく、100人、数千単位の一族であり、この一族は固く結束し相互を扶助しながら生きているのである。だから中国人は国家などに頼らないし、逆に歴代政権も民の面倒などあまり見てこなかったのである。したがって当然に中国人一般大衆には国家を頼りにして生きていくナショナリズムはこれまでなかったし、これからもないのではないか?」
・このような中国人の「一族で団結する中国人の精神的バックボーン」を説いた論説を読むと、中国では、歴代王朝時代から、政権側も国民に豊かな暮らしを与えるという政策を掲げてそれを懸命に実施したようにも思えないし(*脚注)、国民の方も時の政府に直接的に豊かな暮らしを求めるような大きな動きもして来なかったようにも思われる。このような中国で、もしも近い将来にバブルがはじけた場合、中国政府や中国国民がどのような行動様式を採るのであろうか。政府は歴代王朝の為政策に習って何もしないのであろうか、国民は、政府に頼らず一家郎党での行動でその打開策を模索するのであろうか。(脚注:中国の現政権の年律7~8%の経済成長は、国民の政府への不満解消の手段としての意味合いが大きいと思う)
<中国のバブルがはじけたら>
・中国政府は、最近では、「一路一帯」というシルクロード経済ベルトなどの新たな交通インフラを建設する計画にも取り掛かろうとしている。そのために外国からの資本の導入という膨大な計画が押し進められようとしている。かつてラクダの背にシルクなどの荷物を載せた隊商がシルクロードに沿ってユーラシア大陸東西の交流を行ったところに膨大なインフラ投資を目論んでの計画である。その膨大な投資に見合う実需が当面見込めるのか、あるいはバブルの様相を呈するのか、これも今後の中国経済に動向を占う大きな試金石になる可能性がある。われわれは、中国がバブルなき経済発展を願っているのであるが、その一方で不幸にしてバブルが弾けた場合のことを考えると、その世界経済に及ぼす影響は、リーマンショックどころの騒ぎではないのではなかろうか、という恐れを抱くのである。
・その上、リーマンショックの時には、中国の積極的な経済拡大策が効を奏して、そのショックを和らげる役割を中国自身が果したのであるが、もしも万一中国のバブルがはじけた場合に、リーマンショック時の中国の役割を代替できる経済的ポテンシャルを持った国は今の世界には見当たらないのである。そのように考えると中国経済がバブル崩壊に見舞われた時のその予想もつかない恐ろしさに身がすくむ思いがするのである。
・興味があれば、例えば「中国のバブル」で検索すると、そこには、更に様々な驚くべき記述に出会うのである。
2.米国の場合
<トランプ氏登場による米国のグローバリゼーションの決別>
・米国のトランプ氏の次期大統領への就任は、これまでの米国の繁栄と世界の安全に貢献したグローバリゼーションに自ら決別し、外国からの安い労働者に白人の多くが職を失っている状況を是正しようとのトランプ氏の主張が勝利したことを意味する。この事実は、米国では諸悪の根源が自由貿易体制を是とするグローバリゼーションであるとして、それと訣別することによって、アメリカの底辺の人々を救済しようとの民主主義を選んだ結果であると考えると、ここにもグローバリゼーションと民主主義は両立しないという「世界経済の政治的トリレンマ」論が見られるのである。
・トランプ氏が大統領に選出された直後、小生が注目した2つの米国発の新聞論調に注目した。
<その1。「米、退廃・衰退の始まり」:日経H28.11.11 ギデオン・ラックマン:チーフ・フオーリン・アフェアーズ・コメンテェイター)
・トランプ氏が次期大統領に決まった1月9日は、ベルリンの壁崩壊から丁度27年目である。ベルリンの壁の崩壊は西側政治が勝利した瞬間であり、リベラルで民主的な理念が世界に広がると思われた瞬間であった。しかし、そうした楽観的な考え方の時代は終りを告げた。民主主義を信奉したJ・F・ケネディは世界の大恐慌と第二次大戦からの苦い教訓を学んだが、あの世代は、米国の内向きの政策が最終的に経済や政治の大惨事に繋がったことを知っていた。トランプ氏はこれらの教訓を忘れており、とりわけ、氏は米国が世界と向き合う2つの大原則を忘れている。
①は開かれた世界貿易体制であり、②は世界の安全政策を支える米国主導の安全保障体制である。彼が言うように、NAFTAの再交渉、WTOからの脱却、中国製品への45%もの関税を実施すれば、貿易競争に火がつき、世界は景気後退に陥り、30年代の大恐慌に似た状況になろう。また安全保障に関しては、トランプ氏は、米国が如何なる場合にも同盟国を軍事攻撃から守るかどうかについては言明していない。トランプ氏は「米国を再び偉大にする」と、約束しているが、以上の状況を考えると、実は米国の内向きの姿勢は、これからの米国の衰退を暗示しているのであろう。
<その2。「民主主義は擁護者を失った」:日経H28.11.12 フイリップ・スチーブンソン(米ポリチカル・コメンテー)
・歴史は時として軌道から離れることがある。30年代に経済難と保護主義が欧州でフアッシズムの台頭を助長した時に起こった。今また、米国でのトランプの勝利は今再び危険な断絶の到来を告げている。しかし米国はトランプ大統領の時代を乗り切る耐性を持っている。米国の建国の父たちはポピュリストの危機を予見していた。米第4代ジェームズ・マジソン大統領は憲法の第一の目標を「党派の暴力を打破し、抑制すること」と定めたのである。それはトランプ氏のような人物を念頭に置いたことは明らかだ。マジソンの三権分立体制は大統領の最悪の行き過ぎを抑制できるはずだ。強い司法は恣意的な支配に対する防護壁を築く。共和党が多数を占めるにしても、新たな議会は大統領の独裁政治に抵抗するはずだ。またリベラルな国際秩序は、単に経済的な活力と軍事力だけで築かれたのではない。秩序は普遍的な魅力を持つ一連の価値観に 支えられてきた。自由、法の支配、人間の尊厳、寛容性、多元的組織。その全てが今、世界最強の国の次期大統領に嘲笑われている。米国が設計した国際秩序はすでに崩れつつあった。米国がリーダーの座を降りたら、完全に崩壊するだろう。2008年のリーマンショックは金融危機を招き、自由貿易への幻滅感は自由経済信頼を葬り去った。そして今、トランプ氏は旧来秩序の政治的支柱を解体しようとしている。「米国第一主義のもとでは、今後、危機が次々に訪れるであろう。米国が安全保障の傘を取り去ったら自由な欧州はどれほど生き残れるであろうか。米国はいずれ、今回の選挙ではトランプ氏に勝利をもたらした排外主義と保護主義を拒絶するであろう。だが西側は民主主義の一番の擁護者を失ってしまうだろう。
・上記2つのアメリカ発の記事の内容をしっかり理解し、トランプ氏の大統領
就任後の政策の動向に注目したい。
3.更に小生が注目したのは、H28年12月13日と14日の2日続きの日経「大機小機」の記事である
3-1.「大衆の反逆」:地球の地殻変動がとまらない。
・更にH28年12月13日の日経「大機小機」には「大衆の反逆」と題して下記のようなコメントが掲載された。(以下その要旨要約)
・「大衆の反逆」:地球の地殻変動がとまらない。英国のEU離脱、トランプ次期大統領の誕生、イタリアではレンツイ政権が倒れ、オーストリア大統領選挙では極右候補があと一歩まで迫り、フランスやドイツでも極右政権が急激に勢力を伸ばしているが、これらの強いマグニチュードは1990年ごろ共産主義の国々が次々に倒れた1990年ごろに迫る。
・トランプ氏の勝利が決まったのが今年11月9日。ベルリンの壁が崩壊したのが1989年の11月9日。皮肉なのは、かつては壁の崩壊であったが、今起きつつあるのは壁の新たな構築である。新たな壁の構築は米国とメキシコの国境だけではない。難民阻止や保護貿易、異文化の否定などの目に見えない新たな壁の構築である。
・グローバリゼーションとは地球規模の自由化だ。モノ、カネ、ヒト、更に文化の自由な交流である。だが自由は時として人々を疎外し不安に陥れる。人は強固なアイデンティテーを求めて純化路線に突き進む。熱狂と興奮は不安を忘れさせてくれる。トランプ氏は「大衆は気持ちを高めてくれるものを欲しいのだ」と語っている。
・欧州でフアッシズムの台頭が始まった時、スペインの哲学者、オルテガは、その名著「大衆の反撃」の冒頭で「今日のヨーロッパ社会において最も重要な一つの事実がある。それは大衆が完全な社会的権力の座にも登ったという事実である」と書いている。
・多くの大衆社会論によれば、大衆社会は民主主義と高度産業社会の副産物として生まれた。しばしば反知性・反エリート主義に傾き新たなイデオロギーに飛びつく軽薄さが特徴であるという。
・21世紀の今、ネット社会の普及でフラット化した大衆は更に権力に接近しやすくなった。この21世紀型の大衆社会は扇動政治を生み出す可能性の高い新たの土壌となる可能性の土壌でもある。市場は財政出動への期待からトランプ・ラリーの様相を見せる。だが時代は経済合理性だけでは解けない予測不能の厄介な局面に入りつつある。
3-2.「グルーバル化は終わらない」:「大機小機」H28.12.14
・英国のEU離脱、米大統領選挙でのトランプ氏に勝利は、1980年代以降米英が中心になって進めてきたグローバリゼーション化が転機を迎えることを意味する。欧州でも、ポピュリズム(大衆迎合主義)政党が反グローバル化、保護主義を掲げて支持を伸ばし、来年に欧州で相次ぐ国政選挙では大躍進が予想され、ここでも反グルーバル化の勢いは強く、グローバル化は風前の灯火である。
・中国の習近平氏は、ペルーでのアシア太平洋経済協力会議の席上、中国は、グローバル市場を必要とするすべての国に支援する用意があると言明し、危機に瀕するグローバリゼーションの救世主を買って出た。
・だが現実にこの危機を救えるのは、市場経済への転換が遅れ、国営企業に問題をかけえる中国ではなく、21世紀経済の一大テーマである「第4次産業革命」と「それを推進める数百万の企業」なのである。しかし、トランプ氏は、イノベーションの聖地たるシリコンバレーで働く外国人技術者が米国で働くのに必要な非移民就労ビザを原則廃止すると公約した。彼の地球温暖化の否定やIT企業への敵対的言動などとともに「トランプ氏には科学への理解が欠けている」という評価の中で米国の技術革新や第4次産業革命への進展が懸念されている。
・しかし、その一方で世界各地に第2,第3のシリコンバレーが誕生している。その流れの中では、技術革新が世界で停滞することはないであろう。
・世界経済フオーラムは、世界各国の「イノベーション能力」を指数化している。上位国の順位は、スイス、イスラエル、フインランド、米、独、日、スエーデン、オランダ、シンガポール、デンマークとなっている。多くは経済小国だが、「産官学」での連係、研究機関の質、教育水準の高さが評価されている。こうした国の研究機関は技術革新を求める世界の様々な企業と提携し、資金援助を受けている。
・今後3~4年の間に、技術革新が加速度的に進む。第4次産業革命の大波を起こして偏狭な国家主義・保護主義を呑み込み、これまでとは理想も方向性も異なる新しいグローバル化が始まるだろう。
(坂本幸雄 H28.12.22記)