(文春H29.10月号:新世界地政学:船橋洋一より)
Q坂本幸雄2017.9.25
・新興国が覇権国に取って代わろうとするとき、大きな戦争が起こりやすい。これを「ツキジダスの罠」という。米ハーバード大のグレアム・アリソン教授の著書「米中戦争の時 覇権国と新興国を衝突させる歴史法則」が今注目されている。そのなかでのアリソン教授の関心事は、急激に台頭する中国が現下の覇権国米国を激しく追撃するパワー・シフトが、最後には米中戦争を引き起こすリスクとなるかどうか、はたまた、それを回避する方策は如何なるものかを提示することにある。
・「ツキジダスの罠」は、紀元前五世紀の古代ギリシャにおいて、内陸国家指向の覇権国スパルタが、急激に勃興する都市国家アテナイに恐怖心を抱き、戦争に至ったペロポネソス戦争に由来する。ツキジダスは「アテナイの興隆とそれがスパルタに与えた恐怖が戦争を不可避にした」と断じている。アリソンは、過去五百年の間に起きた十六の覇権争いの原因を研究した結果、十二までもが「ツキジダスの罠」で説明できるとの結論に達した。
・今後の問題としてこの点を考えると、まず、肝心なことは、中国の「台頭」が米国を凌駕し、米国に変わり得るほどのパワーを長期的に維持できるかどうか、という問題である。国家債務、高齢化と人口減少の趨勢、環境破壊、腐敗と格差、新疆ウイグル自治区の民族問題・・・・などいくつもの問題が中国の前途に横たわっている。すでに、内政不安定が権力エリートに対外強硬策を取らせている。
・この点に関連して、ジョセフ・ナイ:ハーバード大教授は,この「ツキジダスの罠」よりもむしろ経済史家の故チャールズ・キンドルバーカーが提唱した「キンドルバーカーの罠」への注意を喚起している。
・これは、英米両国がそのパワー・シフトの移行過程で起した覇権国と新興国の間のリーダーシップの引き継ぎ方に失敗したその罠を指す。覇権国だった英国はその役割を担う「意思はあるが能力がない」のに対して、台頭国の米国は「能力はあるが意思がない」というそのミスマッチが国際システムを破綻させたとの所説である。
・中国が国際システムを世界各国と共同してつくる指導力を発揮するかどうかについては、当分の間「能力はあるが意思はがない」状態が続くだろう。何故なら、現体制が続く限り中国がそのような普遍的は価値を世界と共有することは考え難いからである。
感想:
・現下の国際情勢の中で繰り広げられるそのパワー・シフトのなかで、かっての覇権国家と新興国間の政治力学を理解する上では誠に解りやすい言説である。このような現下の政治的構図の中に、今や国際的公共財ならぬ国際的恐怖財の保持とその開示を誇らしく繰り返している北朝鮮を加えて考えると、その国際的な政治力学の行方はどういうことになるのであろうか。
・なお、「ペロポネソス戦争」に関しては、塩野七生女史著の新シリーズ「ギリシャ人の物語」第Ⅱ巻(H29年1月発行)139p以降に詳しく記述されている。それによるとアテネ(上記論説ではアテナイ)の主戦力は海上にあり、スパルタの主戦力は陸上にあった。がしかし、この両国(両都市というべきか)は正面切って激突したことは「無かった」のだそうである。「無かった」からこそ、27年間もの間決着がつかないままにその関係が続いてしまうのである。しかしその後紀元前404年に至り、アテネは無条件降伏を受け入れるしか無くなる状況に陥り海軍を放棄させられてしまい、百年もの間維持してきた、ギリシャ世界の覇権を完全に失うのである。アテネにはギリシャ世界統一の「意思はあるが能力が無かった」のであろうか。何やら、北朝鮮と米国の目下の“言葉の戦い”を見るような感じもするのである。歴史は繰り返されるであろうか。(坂本幸雄 H29.9.18記)