・今週イチロー選手がまたも偉大なる記録を達成した。
その情報をググってみると、アメリカでも、その達成の瞬間の実況だけでなく、スポーツ専門局での扱いだけでなく一夜明けた一般の新聞での扱いも大変に大きなもので、例えばニューヨーク・タイムズの場合は、スポーツ別刷りの1面の上に「3000」という数字とともに見出しが出ており、2面にはほとんど全面を使って「その瞬間」の大きな写真とともに長文の賛辞が掲載されていた、とある。
われわれ日本人にとっては、オリンピク報道喧騒のさなかの記録であるだけに、この快挙には金メタルに匹敵するほどの誇りを感じるのである。
・H28.8.10の「日経 春秋欄」には下記の記事(要約)が掲載された。
・時に野球には、一球入魂とか草魂など、なぜか、武術や禅の修行を連想させるものがある。
大リーグ通算3000本安打を達成したイチロー選手にはそのような古武士の風格があり、「求道」の二文字さえ浮かんだ。
曹洞宗の祖、道元は言う。「修せざるにはあらわれず、証さざるには得る事なし」。
誰しも仏の資質は心に備えるが、自ら修行し、悟りを得る道程を経なければ現れてこない、との意味であろう。
人間の秘めた才能と、それを開花させるための努力の関係とも言えるアスリートらは実践を通じ、とうに気づいているはずだ。
リオデジャネイロ五輪での日本男子体操の5人の若武者もお互いのミスをチームで補い合って金に輝いた。
いずれも「練習はやりきった」という誇りが栄光を呼び込んだのである。まさに「修せざるはあらわれず」である。
感想:
・今回もイチローの更なる大記録達成に向けて、経済紙たる日経紙ですらも、8月に入ると事前にその記録達成を盛り上げるようなイチロー関連の記事を掲載していた。
小生もそれら関連記事を注意深く読み、改めて彼の非凡なるその努力への高みを感じたのである。
<その一:フアンの何気ない言葉からの奮発心>
・その一つは、イチロー自身が今回の記録達成前に語ったイチロー語録のような記事である。
イチローは語っていた。
「もしヒットが出なければ技術のせいにされるのが10代。
肉体のせいにされるのが20代。
心のせいにされるのが30代。
そして、歳のせいにされるのが40代」。
これは、現役42歳の彼自身ヒットが打てないことを歳のせいにはされたくないという、野球選手としての当然の自負心であろう。
・更に彼は、今までの野球人生で、ファンが何気なく彼に投げかけた言葉をも語っている。
「恥かくなよ」(彼がメジャー行きを決意した時に投げかけられたファンの言葉)。
「今年は残念だったね」(いい成績が残せなかった時の言葉か?)。
「あんなのタイミングだけだよね」(彼のバットのふり方を評しての言葉)。
・彼はこれらの言葉を彼にむけられた屈辱の言葉と受け止め、それを「何にくそ」との奮発心に転換して懸命に練習に励んだという。
<その2:心の動き「外から内へ」と「内から外へ」>
・7月初めの日経紙:スポーツ欄には『心の動き「外から内へ」と「内から外へ」の違い』として、次のような記事が記載された。
・シンクロナイズドスイミングの選手は、会場に入る時に緊張しているはずなのに全員満面の笑みを浮かべている。
それはそうしなければその緊張のプレシャーに押し潰されるから、そうならないために笑顔を作っているのだそうである。
笑顔になれば緊張がほぐれ本来の力が発揮できる。
これは外なる表情や態度が内なる心に影響する意味で「外から内へ」への影響と呼ばれる。
逆に、私たちは楽しいから笑う、悲しいから泣くと考えるが、これは内(こころ)が外(表情や態度)に影響するという意味で「内から外へ」の影響と思われる。
笑顔になればポジティブな情報が入りやすく、緊張が和らぐ。
背筋を伸ばして前を向いて歩けば、気持ちも前向きになってくる。
まさに「笑う門には福来る」だ。だからこそ「上を向いて歩こう」の歌に励まされた人が多いのかもしれない。
< その3:イチロー「不変のルーテイン」>
・また、H28.7.30 日経紙スポーツ欄には、「不変のルーテイン」と題して下記の記事があった。
・打者は投手の投球を待ち、それに合わせる受け身の存在だ。せめて自分で仕切れることは何でもやり、自分のリズムに持ち込みたいと思うのである。
それは、打者の心理には「寄るべなき孤独」が、そこには横たわっているからである。
・イチローも飽くことなく、決まった日常を繰り返してきた。
マリナーズのコーチだったブライアン・プライス現レッズの監督は「何年も彼を見てきたが、ウェートトレーニング、打撃ゲージの練習、試合前の運動、アーリーワーク、全て変わらなかった。
不変のルーティンが、日本のスーパースターを米国のスーパースターにした」と語る。
・またイチロー自身こうも言っている。
「毎日やっていることを同じようにやっていることが大切なのだと信じています。心から持っていくのは難しいが、体をいつものように動かせば、そのうちに心が付いてくる」(2016年2月15日「プレシデント誌」での宮内義彦氏との対談)
・イチローほどの不世出の大打者でも、心に「なにくそ」という奮発心を持ち、更に前向きの心の動きを高めるためには常に「外から内へ」と「内から外へ」の双方からの高揚感で自らを鼓舞し、投手との対決に当たっては、その「寄るべなき孤独」と闘うために常に「不変のルーティン」を繰り返し行っているのである。
一つの高みに達し、その高みを持続し更なる記録へと飛翔し続けている大打者イチローの、そんな奮発心、「外から内へ」と「内から外へ」への心と体への動き、投手との対決に当たっての「不変のルーティン」は、将に「修せしあらわれ」であり、彼独自の一種の信仰そのものであろうか。(H28.8.11記.坂本幸雄)
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