昨日TVを観ていたら、小野ヨーコ女史が亡き夫ジョン・レノンとの思い出と平和への願いをいろいろと語っていました。それを観て思い出したのが、小生が、小野ヨーコ女史にも深く関連して書いた東野圭吾の小説「手紙」の読後感です。内容は、人間社会に特有で、かつ、なかなか人間の理性だけでは片付けられない「差別と偏見」の問題です。小野女史すらもその呪縛から逃れることができなった問題で、かつ、我々にもいろいろと考えさせる問題を含んだテーマでもあります。長文ながら、Qクラスの皆さんにもご一読賜れば、と思った次第です。(一部の人には4月に送信済みの内容。あしからず)(坂本幸雄 H28.6.24記)
感想:
<「差別や偏見」に悩み苦しむ人間を描いた素晴らしい名作>
・人間が人と人との交わりの中で生活する動物である以上、常にその中の人間関係で繰り返され避けて通れない「差別や偏見」。それを発信する側とそれを受ける側。発 信する側は、多くの場合、あまり深く考えず他人からの噂などを気楽にそのままに信じ込み、その「差別や偏見」に充ちた話が、その話の当事者にどれほどの苦しみを与えるかをもあまり深く考えず、また場合によっては、その噂などが当事者に大きな苦痛を与えることになることを計算した上で、敢えて「他人の苦痛は自分の蜜」とばかりに他人にそれを言いふらすこともあろうかと想像する。しかしそれを受ける側は、多くの場合、その「差別や偏見」が、自分自身と直接関わりの無い人や事柄に関するものであったとしても、多くの場合は、“煉獄の如き苦しみ・苦悩”に苛まれものである。
・東野圭吾の小説「手紙」は、このテーマに関し、現代社会に生きるごく普通の青年の苦悩を通じ、改めて「差別や偏見」に悩み苦しむ人間を描いた素晴らく迫力に充ちた名作である。
<あらすじ>
・そのあらすじは下記のとおりである。
・弟の大学進学のための金欲しさに空き巣に入った武島剛志(主人公の兄)は、思いがけず強盗殺人まで犯してしまう。突然独りぼっちになり、途方に暮れる高校生の「武島直貴」(主人公)だったが、謝罪するつもりで訪れた被害者の家の前で、遺族の姿を見かけただけで逃げ出してしまう。高校の卒業式の2日前の直貴の元に、獄中の兄から初めての手紙が届く。それから月に一度、手紙が届くことになる。 獄中の兄の平穏な日々とは裏腹に、進学、就職、音楽、恋愛、結婚と、直貴が幸せをつかもうとするたびに、彼の前には「強盗殺人犯の弟」というレッテルが立ちはだかる。それでも、自分を理解してくれる由実子と結婚して「正々堂々と生きようと誓い合い、一時期幸せが訪れるが、娘の実紀が仲間はずれにされ、正々堂々と生きて行こうと誓い合った意味をも考えてしまう。そして兄の剛志との縁を切るために、獄中の兄に宛てて手紙を出すのだった。
・一方で、それまでの彼は、様々な言われ無き差別偏見と闘いながらも大学に進学し、バイトを重ねながらも音楽の才能に恵まれていることを親友から教えられる。が、ここでも様々な経緯の中で、兄の秘密が明るみに出て5人のバンドが解散される羽目に陥る。しかしそんな苦悩にもめげず最後は無二の親友と二人で「イマジン」という名のバンドを組む。そしてその友人の勧めでたまたま兄が収監されている刑務所の慰問演奏に出かけるのである。勿論、ピアノ伴奏の親友は、そこが彼の兄が収監されている刑務所である事実は知らない。
<小説最後の感動の一節>
・この小説最後の感動的な一節を下記に記す。
『舞台に立った直貴は、親友の弾く伴奏の「イマジン」のピアノのイントロが流れる中、観客席を見渡すのである。その時だった。直貴の目が、客席の一点を捉えた。後方に向かって右側。そのあたりだけが突然光って見えた。その男は深く項を垂れていた。直貴の記憶にある姿よりも小さく見えた。彼の姿勢を見て直貴は体の奥から突然熱いものが押し上げて来るのを感じた。男は胸の前で合掌していたのである。詫びるように。そして祈るように。さらに彼の細かく震えている気配まで直貴には伝わってきた。
「兄貴」。直貴は胸の中で呼びかけた。「兄貴、俺たちはどうして生まれてきたのであろうか。兄貴、俺たちでも幸せになる日が来るのであろうか。」
直貴は一点を見つめたまま、マイクの前に立ち尽くしていた。全身が痺れるように動かない。息をするのさえやっとだった。「おい、武島・・・・」寺尾(相棒のピアニスト)はイントロの同じ部分を弾き続けている。直貴はようやく口を開いて歌おうとした。だが声が出ない。どうしても出ない』(小説:完)
<ジョン・レノンと小野ヨーコ>
・この小説の巻末解説には、井上夢人氏の解説があり、そこにはジョン・レノンと小野ヨーコに関する、この小説のテーマに一脈通じる誠に適切な逸話が掲載されている。
・それは下記の如き話である。
・『かなりむかしのことであるが、英BBCテレビで「A Day In The Life」と題するドラマが制作されたことがある。その重要な主役を決定するオーディションで、主人公ジョン・レノンと風貌が酷似している無名のある俳優が選ばれた。ところがこの決定はジョン・レノンの妻ヨーコによって覆された。理由はその主役に選ばれた役者の本名であった。オーディションの時には芸名を使ったが、後になって調べたら彼の本名が,ジョン・レノンを殺害した犯人「マーク・デイビット・チャップマン」と同じであった、と言うのがその理由である。言うまでもなく、この俳優に落ち度はない。演技がうまくなかったわけではない。勿論彼自身はジョン・レノン殺害事件と関わりがあるわけではない。ただ本名がジョンを殺した男と同じだということをスタッフに事前に告げていなかっただけのことである。しかも俳優が芸名を名乗って悪いわけもない。マーク・チャップマンは、殺害犯人とは赤の他人である。にもかかわらず、彼は職を奪われることになった。彼自身この決定をどう受け止めたのであろうか。
・「しかも、である」。あのヨーコはジョンが暗殺されたほぼ一ヶ月後に世界に向かって次のような訴えを乗せた意見広告を朝日新聞の全紙大に掲載しているのである。その中に次のような一節がある。「私はジョンを守れなかった自分自身にも怒っています。私は、社会がこれほどまでにばらばらに砕けるままに任せていた自分自身、そして私たちすべてに対しても腹を立てています。もし何かを意義のある「仕返し」があるとすれば、それは愛と信頼に基礎を置く社会に、まだ間に合ううちに方向転換させることだと思います。ジョンを失ってまだ一ヶ月しか経っていない未亡人の言葉とは思えないほどに、毅然としてかっこいい言葉である。
・つい「言っていることとやっていることが違うじゃないか」,「これが意義ある仕返しなのか」とツッコミを入れたくなるような事実である。じゃわれわれ自身だったらどうするのか、と。ヨーコの身になって考えれば、チャップマンを殺害した犯人を馘首した気持ちがまるで理解できないわけではあるまい。考えさせられる重たい問題である』。以上が井上夢人氏の解説の大凡の内容である。
<リバプールとビートルズ>
・更に「しかも、である」と小生は考える。ビートルズが誕生したのは、英国はリバプールという都市である。ご存知のようにリバプールは、12世紀以降の英国によるアイルランド占領が続く中で、特に1840年代に起きたあの有名なジャガイモ飢饉以降、英国によるあまりにもひどい虐待に耐えかねて、多くの市民が大挙してアメリカに移住する中、金に余裕のないアイルランド人が本国から近いという理由で多く移り住んだ、アイルランド系住民の多い街である。従ってビートルズの曲には、自づから反英的、反戦的な政治主張を込めた音楽も多いのである。そのメンバーの中でも特にジョン・レノンはそのような言動が目立っていたメンバーでもある。しかもそのようなビートルズの政治的闘いは、その根底に於いて「英国によるアイルランドに対する差別と偏見との闘い」という一本の筋が貫かれたものであったと思われるし、小野ヨーコもレノンのそのような世界観に深く惹かれて結婚したはずである。それにも拘らず上記の如く、小野ヨーコは、くだんの俳優の本名がたまたまレノン殺害犯人と同じであった、というそれだけの理由で、当該俳優を馘首したのである。
<「差別や偏見」における良識と凡夫の振る舞い>
・上記の事例は、「差別や偏見」に関しては、多くの良識ある人間の場合、理性の上では、他人の不幸を喜ぶが如き言動は、自分の人間としての品格にも関わることであるとも考え、かかる如き陥穽には絶対に陥ってはならないと心に決めながらも、それが特に自分の周りの人間に関することになると、そんな理性の縛りを自ら解き放ち、つい凡夫の如き振る舞いに立ち到るものであることを示しているのではなかろうか。そのように考えるとこれは単に小野ヨーコだけの問題ではなく、すべての人々にとって、このこと自体、誠に重たい問題でなはなかろうか、と思うのである。
<イマジンだよ>
・小説には、主人公直貴が、誰も兄のことを知らない土地に引っ越した時に親友にポツリと心を開くシーンがある。「イマジンだよ。差別や偏見のない世界。そんなものは想像の産物でしかない。人間というのは、そういうものと付き合っていかなきゃならない生き物なんだ」。
<ビートルズの名曲「イマジンの歌詞>
最後に、小生自身、サックス独奏の練習曲として練習に励み、その哀調に充ちたビートルズならではの名曲と感じている”イマジン“の歌詞を英語と日本語で掲載する。
Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No Hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today...
Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace
You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one
Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world
You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one
想像してごらん 天国なんて無いんだと
ほら、簡単でしょう?
地面の下に地獄なんて無いし
僕たちの上には ただ空があるだけ
さあ想像してごらん みんなが
ただ今を生きているって...
想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって...
僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
きっと世界はひとつになるんだ
想像してごらん 何も所有しないって
あなたなら出来ると思うよ
欲張ったり飢えることも無い
人はみんな兄弟なんだって
想像してごらん みんなが
世界を分かち合うんだって...
僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
そして世界はきっとひとつになるんだ
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