スペシャルインタビュー 第24回
“世界トップ10”の教師が確信する、ICTが激変させる教育界の未来像 ~工学院大学附属中学校教頭 高橋一也教諭インタビュー
2016年07月22日
最新の世界大学ランキング(「Times Higher Education」誌2015-2016)では、東京大学が43位、京都大学が88位と低迷。国際化の遅れが指摘され、優秀な学生の海外流出も危ぶまれる日本の教育界に、今年2月、明るい話題がもたらされた。“教育界のノーベル賞”と呼ばれる「グローバル・ティーチャー賞2016」のトップ10に日本の教師、高橋一也さん(工学院大学附属中学校教頭)が選ばれたのだ。
ICTやアクティブ・ラーニングを積極的に取り入れた生徒の能力開発、そしてグローバルな社会貢献を学ぶプログラムを展開する彼は、「教育はEveryone’s businessです」と、企業の教育への関わりにも期待する。その取り組みは今後の教育界、そして日本社会にどのようなインパクトを与えうるだろうか。
高橋 一也 氏
工学院大学附属中学校教頭
ICTやアクティブ・ラーニングを活用した“世界トップ10”の授業
先ほど先生の授業を見学させていただきましたが、クラスが4人ほどのグループに分かれ、順番に英語で発表。お互いにコメントカードを書き、それをもとに今後の課題を全員の前で発表する、という流れでした。通り一遍の発表ではなく、それを多角的に吟味したり、他者に“確実に伝える”トレーニングのように見えました。
· 高橋:
あの授業は、工学院大学附属中学校が日本で初めて行っているハイブリッド・インターナショナルクラスの中学1、2年生クラスの授業で、その多くが帰国子女。既に英語は話せる子たちですので、英語を教えているわけではありません。
現在展開しているアート・プロジェクトでは、生徒がそれぞれ、自分の選んだアーティストのバイオグラフィーをまとめて発表、また自分なりにその人物の代表作を解釈してパロディ化した作品を創り、オリジナルと比較して語り合います。美術に限らず、音楽家を選んで自分で作曲したものを持ってきたり、3Dプリンターでミニ四駆を作っている生徒もいます。
皆、手元にiPadを置いて発表の資料としていましたね。
· 高橋:
iPad は1人1台持ち、活用しています。ちなみに明日は、Make School(米国のプログラミング・スクール)のジェレミー(創業者のJeremy Rossmann)に声を掛けたら来てもらえることになったので、プログラミングのワークショップを行う予定。中学2年生は皆(プログラミングが)できますが、僕は全員がプロ級のプログラマーになる必要はないと思っています。それぞれに好きなものを見つけていってくれればいい。そのために教師は、“こういう世界もあるよ”と入り口を見せているにすぎません。
高橋先生は去る2016年2月、教育界のノーベル賞と言われる“グローバル・ティーチャー賞”において、世界8000人のエントリーの中からファイナリスト(トップ10)に選出されました。どのような経緯で応募されたのですか?
· 高橋:
知人の小林りんさん(インターナショナル・スクール・オブ・アジア軽井沢代表理事)から“こういう賞があります、応募してみては?”と強く勧められたのです。応募にあたっては活動内容を英文で提出するのですが、私は20歳の頃から、大学の恩師の助言で常に履歴書を英語で用意し、研究成果を英訳したり、文部科学省や経済産業省から予算をいただく度にアップデートするということをこまめにやっていましたので、負担に感じることもなく軽い気持ちでエントリーしました(笑)。
世界148ヶ国の教育関係者が参加されたとなると、多彩な顔ぶれがあったのではないでしょうか。その中で、高橋さんのどのような取り組みが評価されたのだと思われますか?
· 高橋:
2016年3月にドバイで、ファイナリストたちによるパネルディスカッションがあったのですが、教師に限らない“教育関係者の賞”なので、確かに学校の創設者をはじめ、顔ぶれは多彩でした。難民キャンプ内のスクール創設者の方や、インドで売春をさせられている女の子たちのためにスクールを作った方もいました。イギリスで、コンピュータで数学が勉強できるプログラムを作り、世界に何万人もフォロワーがいる方もいらっしゃいましたね。
私は米国でインストラクショナル・デザイン(最適な学習効果があがるための計画)や学習科学の理論を研究し、10年ほど前に日本に帰国しました。ブラックボードという企業で働き、edmodo(教師と生徒、保護者たちを安全に繋ぐSNS)を日本語訳した後、教職に就いてアクティブ・ラーニングやICTを取り入れた教育を行ってきました。また、“グローバル人材”を目指すためには、まず“心”を育てなければと思い、社会貢献の心を育てる「アジア×グローバル人材育成プログラム」を始めたのです。昨年度は生徒たちをインドネシアに連れて行き、現地のゴミ問題の解決法を考え、実践。一定の成果をあげることができました。固定概念にとらわれず、学生たちの能力開発を最大限発揮できる方法を模索してきたこと、そして本質的な取り組みを続けてきたことが評価されたのではないかと思います。
ICTの導入、企業の参加で教育は劇的に変わってゆく
これまでの教育では、皆が一緒に学ぶことが前提でしたが、ICTを利用すれば個別学習も可能です。ICTは今後、日本の教育にどのような影響を及ぼしていくのでしょうか?
· 高橋:
ICTを導入することで、いずれ学校はその在り方自体を変えていかなければならないでしょう。これまで、教師は知識を教える立場でしたが、ICTを活用すればその役割は不要となる。代わりに、ファシリテーター(進行やセッティングを行う人物)やコーチ、また例えば生徒が面白いモノを作りあげたときには、それを企業などに“こういうものがありますよ”と繋げて発展させるプロデューサーとなることが求められます。それらもそのうちAIがやるようになって、教師はカリキュラムコーディネーターという役割におさまっていくのでしょう。そういう長期的な視点を持つことが、これからの学校には必要だと思われます。
ICTは日本の教育を大きく変えていく契機となりそうですね。また、高橋先生は企業も積極的に教育に関わるべき、とお考えなのですか?
· 高橋:
企業に限らず、社会全体が関わるべきですね。教育は「Everyone’s business」です。学校任せ、教師任せにするのではなく、まずは日本社会全体で子供をどう育てたいのかを考える。そしてそこに企業が参加できる可能性があれば、どんどん加わっていただいたほうがいい。私たちの学校ではベンチャー企業と組んでプログラミングを行っていますが、学外の大人に評価されることを、生徒たちはとても喜びます。そして思いもよらない面白いものを作ってきたりします。
こうした企業との連携をもっと発展させれば、例えば貧困家庭の才能のある子が、奨学金とはまた違った形で進学機会を得る手段も創造できるのではないでしょうか。現在、その仕組み作りを考えているところです。
日本ではながらく、「勉強=入試や就職のためのツール」ととらえられ、なかなか社会全体で教育の理念を考える空気が醸成されません。世界情勢が不安定な今、先生がおっしゃるように“子供をどう育てたいか”という原点に立つことが必要なのかもしれませんね。
· 高橋:
よく「うちの子はどうしたら勉強ができるようになりますか」「どうしたらリーダーになれますか」と聞いてくる親はいますが、誰一人「どうしたら世界に貢献できる大人になりますか」とは聞いて来ない。また大学を出て有名企業に入った教え子たちが、大学までに学んだことが役に立ってないと無力感を抱いていると聞くと、淋しく感じますね。日本のトップ層と言われる人たちと話していても、せっかくMBAを取得されたのに理念のない方が少なくなく、残念に思います。例えば身近なコミュニティに役立つ人間になる、という発想を持つ人が増えれば、世の中はだいぶ変わるでしょう。今回、グローバル・ティーチャー賞に参加し、海外ではそういう視点が重視されていることを改めて痛感しました。
企業の人材育成で“高橋メソッド”は応用可能か
教育の目標とは、競争を勝ち抜く術を身に着けさせることではなく、“社会に貢献できる人間を育成すること”。それは教育にとどまらず、人類全体が改めて目指すべき指針とも言えますね。グローバル化が叫ばれる今、高橋先生の取り組みは企業でも応用可能だと思われますか? 例えば、もし高橋先生が企業の人事部長だったとしたら、どのような社員教育を展開されるでしょうか?
· 高橋:
まずは、社内の空気感作りに努めますね。学校の空気感は職員室に現れますが、私たちの学校では、職員室の前でアウストラロピテクス(約400万年から100万年前にかけて生息していた初期の人類)の像が「落とし物はこちら」と示していて、笑いを誘うんです。そういう工夫をすることでワクワク感が生まれ、生徒たちが「面白いものがあるかな」と足を運ぶようになる。それが創造的な環境へと繋がっていきます。
また今、世界で叫ばれているのがSEL教育(Social and Emotional Learning、対人関係能力育成)の重要性で、コミュニケーションやソーシャルスキルを子供の頃から鍛えなければならないと「ハーバード・ビジネスレビュー」などでも取り上げられています。その一環で、教育現場ではPBL(問題解決型学習)やグループ学習を行っていますが、企業でも、例えばクロスファンクショナルな部署を社内に作って、既存のアイディアを議論しなおす。場合によっては壊す。そうやって“さまざまな視点を持てる人材”を育成してゆくことが、重要なのではないでしょうか。
(取材・文/松島まり乃、写真/今井紀彰)(2016年7月22日公開)