「クローン病手記」
匿名希望 30歳 2013年5月19日
匿名希望 30歳 2013年5月19日
はじめに
私は、松本医院に通い、漢方・鍼灸治療を受けてからクローン病が良くなるまで約3年かかりました。他の方の手記を読んでいると半年で良くなった方や早い方であれば3か月で良くなった方もいると思います。私は良くなるまでかなり時間がかかっています。このように時間がかかっている方は私以外にもたくさんいらっしゃると思います。そのような方に是非、この手記を読んで頂きたいです。そしてあきらめないでほしいです。いつも松本先生からは「ストレスためたらあかんよ、オーバーワークしたらあかんよ、絶対治るからな、治すのは俺じゃないよ。お前やで、お前自身の免疫力やで」と言われていました。私は、ストレスを溜めない生き方・考え方になかなかシフトできないでいました。しかし、松本先生のクローン病の完治の理論と根拠を信じ、言葉を信じ、漢方・鍼灸治療を続け、ストレスを溜めない生き方・考え方になろうと努力し続けました。そして今、「完治」という文字が見えてきました。
始まりはお尻に血
今振り返ると、始まりは3年前のことだったと思います。就職して4年が経とうとしていた時でした。仕事では、上司から大きな仕事を任される一方、 部下の指導や日々の仕事に追われ、夜遅くまで残業をするといった日々が続いていました。プライベートでは3か月後に結婚式をひかえ、会社の誰を呼ぶだの、誰に挨拶してもらうだの、二次会はどうするだの、準備で忙しい毎日でした。始まりは朝、いつものようにトイレに入り、大便をして、ティシュでお尻を拭いたときでした。十円玉くらいの大きさの血がついていました。初めての出来事だったので驚きましたが「たまたまやろ」と思い、気にせず過ごしていましたが、毎日血がティッシュにつくようになり、だんだん大便後にお尻が痛いといった症状がでるようになってきました。そして結婚式を1か月後にひかえたある朝、トイレに入り、大便をした後、お尻に激痛が走り、便座から立ち上がることができなくなってしまいました。その時、初めて「これはまずい」と思い、大腸肛門を専門とするA病院を受診しました。担当して頂いた医者からは「痔ですね、飲み薬と塗り薬を出しておきますから様子みてください」と言われました。しかしその後、お尻の痛みは悪化し、体重も低下していきました。再度受診したときは、お尻を触られるだけで激痛が走りました。医者から「手術してお尻の中を見てみないとわからない、手術しましょう」と言われました。結婚式を2週間前にひかえており、早く治したかったので訳も分からず、手術を受けました。めちゃくちゃ痛い下半身麻酔の注射を打たれ、手術した結果は、「肛門周囲膿瘍」いわゆる痔ろうでした。手術後、お尻の痛みは無くなり、無事、結婚式をすることができました。
クローン病発症
しかし結婚式を終えた1週間後、新婚生活を始めたばかりの頃でした。 再びお尻に激痛が走り始めました。その時は「えっ、もう治ったのじゃないの!?何でまた、手術失敗?」と思いました。再度A病院を受診すると、即入院、手術でした。手術後、医者から「痔じゃなくて、クローン病の疑いがある。いくつか検査を受けてください」と言われ、検査を受けました。その後、医者から言われた診断名が「クローン病」でした。医者は「まあ、死ぬ病気じゃないからね、うまく付き合っていくしかないね。でもまた手術しなきゃいけないときもあるよ。30年くらいしたら症状はましになってくるよ」と相手の気持ちを考えず、さらっと言われたことを覚えています。その後、ペンタサという薬を大量に処方され、レミケードという免疫抑制剤の点滴も勧められました。しかしペンタサだけ処方してもらうことにしました。病院の待合室の椅子に座り、こんなことを考えました。「新婚でこれから妻と二人で楽しい生活を送るはずが、クローン病という難病になり、妻に迷惑をかけることになる。妻の両親に申し訳ない。自分の両親にも心配をかける。働けなくなったらどうしたらいいのだろう、妻に迷惑をかけ、苦労もかける。離婚したほうが妻のためにもなるし、ご両親にも心配かけないですむのじゃないか」そんなことを考えながら悲しく情けない気持ちになりました。しかし妻は、「大丈夫だよ」といつも嫌な顔ひとつせず、笑顔で寄り添ってくれました。ペンタサを飲み始めてから5日後くらいから、朝起きると体がだるくなり、毎日37~38℃の熱がでるようになりました。下痢が続き、体重は15キロ以上も痩せていきました。クローン病は、調べれば調べるほどつらいことや悲しいことしか書かれておらず、泣きながら何か良い治療はないかインターネットで探していました。そのとき、もしかしたら誰か治した人がいるかもしれないと思い「クローン病 完治」と検索しました。そして小西竜二さんの「クローン病完治まで」という手記、そして松本医院にたどり着きました。わからないながらも用語を調べながら松本先生のクローン病の完治の理論と根拠を何回も読みました。そして、今までやってきた治療では治すどころか、どんどん体を悪くしてしまうことに気づき、松本先生が述べる漢方・鍼灸治療こそが本当の意味での病気を治すことであるとわかりました。
松本先生との出会い
初めて松本医院を受診し、松本先生とお会いしたときのことを今でもはっきり覚えています。「必ず治る、大丈夫や。治すのは君やで、君の免疫や、よく来た。遠くからありがとう」と言いながら笑顔で力強く握手して頂きました。 生きていくことへの希望が生まれた瞬間でした。松本先生から勇気をもらいました。その日から食前食後の煎じ薬、足・お腹・背中の3か所のお灸、受診時の早田先生の鍼灸治療が始まりました。煎じ薬の一口目の味は、魚のはらわたを10倍くらい苦くしたような味がしました。つらいでしたが、飲んだ直後に飴をなめることで苦味が緩和されるため、この方法で飲み続けました。3日ぐらい飲み続けたときでした。39℃の高熱が4日くらい続きました。しかしその後、今までに感じたことがないくらいに体が軽くなり、食欲も出てきました。 徐々に足や腕がかゆくなり、アトピーが出始めました。炎症反応も4→2に下がりました。松本先生がおっしゃるクラススイッチが少しずつ始まったのです。よし、これで治ると思いました。しかしその後、症状は少しずつ軽くなるものの、下痢や腹痛、夕方からのだるさや微熱はなかなか治まることがなく2年が経過しました。松本先生からは「ストレス溜めすぎや、仕事は適当にしとかなあかんで、真面目すぎるねん」といつも言われていました。
生き方・考え方を見直すこと
この頃、確かに仕事での人間関係にストレスを感じる日々が続いていました。仕事は早く終わるものの、上司や部下に気を遣ったり、イライラしたりすることが絶えない日々で、家に帰っても、仕事のことを思い出して腹が立ったり、嫌な気持ちになったりしていました。自分を見つめ直したとき、ストレスを感じすぎているから自分で自分の免疫を抑制していることに気づきました。 そして、「他人の言うことは気にしない」「仕事は適当に」「楽しく笑って行こう」この3つを意識して、少しずつ生き方・考え方を変えていきました。仕事では自分のできることはしっかりやって、できないことはできないと言うこと、 休みの日は妻と遊びに行ったり、美味しい食事に行ったり、友達と遊んだりしてリフレッシュすることを心がけました。そして何よりいつも笑顔でいることを心がけました。それから、だんだん下痢の回数が1日3回から2回へ、1回の日も出てくるようになりました。便も下痢から軟便、そして普通便の日も出てくるようになり、腹痛も知らぬ間になくなっていきました。夕方からのだるさや微熱も少しずつ緩和されていき、今では全くありません。
遅いですが、今になって松本先生のおっしゃる「ストレス溜めすぎや、仕事は適当にしとかなあかんで、真面目すぎるねん」という言葉の本当の意味が分かった気がします。漢方と鍼灸治療で、自分の免疫力はどんどんあがるのですが、日々の生活でストレスを溜めこんでいてはこの治療の意味がなくなると思いました。自分の生き方・考え方を見直し、ストレスをできるだけ溜めない生き方にシフトすることが本当に大切なことだということを松本先生から教えて頂きました。
完治に向けて
今、体調は、腹痛も体のだるさや微熱もありません。便は普通便や軟便の日がほとんどですが、ときどき下痢をします。回数は1日1回か2回です。 炎症反応は0.4まで下がりました。体重も病気になる前に近づいています。 毎日、普通に生活ができることに幸せを感じています。振り返ると、松本先生に出会わず、A病院での免疫抑制治療を続けていたらと想像するとゾッとします。おそらく何回も手術をして、体力はどんどん落ちていき、食べたいものも食べることができず、生きる希望もなかったと思います。現在、クローン病の症状はほとんどみられませんがまだ完治していません。これからも松本先生の言葉を信じ、ストレスを溜めない生き方を続けようと思います。完治はもうすぐそこまで来ています。今、クローン病で苦しんでいるみなさん、私に限らず他のたくさんの方の手記を読んでください。そして希望を持って松本先生のところへ行ってください。私も、小西竜二さんの「クローン病完治まで」という手記、そして松本先生の「クローン病の完治の理論と根拠」を読んで、松本先生のところへ行き、治療を受け、生き方・考え方を見直し、今、日々の生活に幸せを感じ、生きています。
最後になりましたが松本先生をはじめ、鍼灸の早田先生、松本医院のスタッフの方々、本当にありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです。