「クローン病手記」
匿名希望 16 歳 2014 年 6 月 22 日
匿名希望 16 歳 2014 年 6 月 22 日
平成 25 年、突然の嘔吐。高校一年生、15 歳の息子が体調を崩しました。すぐに病院で検査してもらうと、腸液の流れが滞っている→腸炎、腸閉塞の疑いがあるとの事で、その日のうちに入院。胃管挿入、抗生剤、絶食などの治療を行い、症状が落ち着いたら内視鏡検査を行うとの事でした。その間、絶食をして点滴だけの状態となり、みるみるやせ細る息子を見て、これは何か大変な事が起きてしまっているかもしれない… そんないやな予感が私の中で芽生え始めていました。そしてその予感は見事に的中してしまうのです。検査の結果、炎症性腸疾患…クローン病を考えるとの事で、専門病院での治療が必要となり、入院から二週間後、大学病院へ移り、再度検査の結果、クローン病と確定されました。クローン病…今まで耳にした事もない病名。確定したその日に、医師からこの病気の特徴、使用する薬の説明を受けながら、私はなぜか冷静にあの嘔吐して入院する以前の、息子の生活行動を思い浮かべていました。トイレがやけに長くなった事。油っこい肉類をほとんど食べなくなっていた事。ストレスを受けやすい性格。もし以前から、このクローン病の知識が私にあれば、数々のサインが息子から発信されていた事に気づいてあげられていたはずなのに。
そんな思いに対し、さらに続く医師の説明は、もし早くにクローン病と気づいても治らない病気だという事を念を押すかの様な内容の話しが延々と続けられました。さらに長期にわたって服用することになると説明を受けた薬の副作用のリスクは、とても 15 歳の息子に安心して使用できる薬とは思えない内容でした。
二週間後、狭窄ができている部位、約 35 センチほどの切除手術を行い、その後、首からの点滴やエレンタール、術後一週間目からお粥程度の食事も始まり、体力も徐々に回復。退院日も決まり、学校の欠席日数を気にしていた息子も少しほっとしている様子でした。私は、今後の息子の生活、服用していく薬の事がどうしても気になり、パソコンでクローン病について改めて調べてみる事にしました。その中に、たまたま松本先生のホームページを見つけ、開いてみると、大学病院の医師の説明とは全く違う内容の記事が書かれていて、私はしばらく時間を忘れて記事を読んでいるうちに、気持ちはもう大阪の松本先生の所へと飛んでいました。その日、息子に早く伝えたくて病室へ向かうと、偶然にも息子もスマホで、松本先生のホームページを見つけていたらしく、退院したら新幹線で大阪へ連れて行って欲しいとせがまれました。
退院して十日後、早朝五時前に家を出発。電車を乗り継ぎ新幹線で大阪へ。
高槻に到着して院内に入ると、うちの近所にある普通の町医者と変わりのない、本当にごく普通のお医者さんという印象でした。ただ、明らかに違うのは院内に漂う匂いと、院内に響きわたる甲高い大阪弁のおそらく先生であろう人の声でした。病院独特のあのアルコールの匂いはなく、漢方薬の…少しお香にも似た匂いがほんのりと漂い、通常静かでなくてはいけないとされる院内は、テレビの芸人がしゃべるのしか聞いた事のない大阪弁が、時に患者さんの笑いを誘い、または専門用語をわかりやすく説明されたり、待合室にいながら、まちがいなく松本先生だと確信できました。そして受診すると、先生は自信タップリにおっしゃいました。「病気は医者や薬が治すんじゃない。自分の免疫で治すんだ。その為には免疫を抑える薬を使ってはだめ。」と。大学病院であれだけ長い時間、説明を受けた、いくつもの薬はいったい何なのだろうと思いました。そして、松本先生の自信に満ちた大阪弁は、大学病院で次々と薬の内容を淡々と説明している医師の姿とは全く別のものに感じたのです。「がんばって治そう。」帰り際、掛けてくださった先生の言葉に、大阪まで来て良かった、この病気は治すことが出来る、そんなふうに思えるようになったのです。幸いにも、息子は入院してから手術後、一週間後にお粥を口にするまでの約一ヶ月半、点滴とエレンタールだけの生活で絶食できていた事、狭窄部分を手術で切除していた事から、クローン病でありながらまだ栄養剤であるエレンタール以外、説明を受けていた薬を一切使用した事がありません。その後、大学病院の定期検診でペンサタの服用を医師から勧められましたが、松本先生の言葉をすぐに思い浮かべ、服用を断り、現在、松本先生の漢方薬を中心に、お灸、食事療法、エレンタールで日々の生活を送っております。毎月の血液検査の結果も今のところ全く異常がなく、最近ではこけていたほっぺもふっくらとしてきて、外見では他の健康な子供と何も変わらない状態までに体力も回復しました。今後は受験も控えており、自然とストレスのたまりやすい時期が訪れると思いますが、再び活動期を迎えないことを祈りながら、少しでも長く、それこそ一生、寛解期のままでいられるよう、これからも家族一緒にがんばって治療を続けていこうと思っております。松本先生、今後も宜しくお願い致します。