「難病を乗り越えて! 高校球児」
匿名希望(お母様記述) 18 歳 2016 年 5 月 18 日
匿名希望(お母様記述) 18 歳 2016 年 5 月 18 日
息子は中学3年生の時にクローン病と診断されもうすぐ4年が経ちます。「クローン病 野球少年」と言うタイトルで一度手記を書いています。小学生から野球を習い始め野球が大好きな息子です。クローン病と診断されて高校生になっても野球を続けるかどうかについて、親子で色々な葛藤を乗り越え、結果野球の強豪校への進学を決断しました。その事を松本先生にご理解頂く為に、病気の様子を含め野球に対する今までの取り組み、実績、モチベーションの高さを書き綴った長い手記があります。今回はその後の高校球児としての3年間の様子をご報告いたします。
まず始めに手記を送った時に、松本先生からすぐに電話を頂きました。「いや~素晴らしい真実の手記をどうもありがとう!こんなに強い意志を持っているなら続けても大丈夫やで~!ただストレスを感じるのはあかんから、将来は絶対にプロ野球選手になる!とか、絶対にエースを取る!と言う気持を持つのでは無く、自分の才能をどんどん伸ばす事に喜びや楽しみを感じながらやれば大丈夫やで~。」と言って頂きました。先生の「野球を諦めないと病気は治らない」と言う理論に反してしまったので、治療を断られてしまうのではないかと心配しましたが、むしろ野球を続ける事を応援してくださったのがとても嬉しかったです。毎日の野球の練習は想像以上にとても厳しいものでした。朝は4時に起きて始発で学校へ行き、帰りも夜の11時過ぎになります。当然漢方風呂に入る時間も無くお灸をする余裕もありませんでした。お茶だけは何とか飲み続けましたが疲れてすぐに寝てしまう事もあります。食事面では体重増加にも厳しく指導されプロテインも取り入れていました。睡眠不足や疲労の蓄積はありましたが、お腹が痛いとか、下痢をすると言う事もなく、痔瘻の方も落ち着いた状態を保てていたので練習内容や食事面、全てにおいてみんなと同じ取り組みをすることができ、体重も一年で10キロも増加しました。身長180センチ体重75キロの申し分の無い体格になりました。ピッチャーとしての腕前も頭角を現し、1年生の秋から硬式戦のメンバーとして背番号を貰うことが出来ました。ここまで順調に来られたのも松本漢方クリニックの治療のお陰です。冬のトレーニングは本当に厳しいものでしたが何とか無事に乗り越え、2年生になることが出来ました。
高校野球は甲子園出場の夢を掛けた夏の大会が一番の目標になります。そこにメンバー入りするための努力はみんな必死です。怪我をしてたり体調が悪くてもそれを隠す為にギリギリまで我慢をしていたり、病院へ行く時間も無ければ、休む暇もありません。そんな厳しい世界の中で息子は2年生の夏の大会でもメンバーに入る事が出来ました。息子の努力は勿論ですが、松本漢方クリニックの治療と同時に感謝したいのが、先生の電話診療です。この遠隔治療がなければ息子は間違い無く野球生活を順調に送ることは不可能でした。松本先生は口調が厳しく気が荒い事で有名ですが、正直私も電話をするのは毎回ドキドキでした。
けれど先生の筋の通った暖かい部分をきちんと理解出来ているので先生がどんなに怒っていても頑張って食らいついて行きました。それと電話先での看護婦さんの対応が毎回丁寧で優しいのが嬉しいです。と、ここまでは全てが順調だったのですが、2年生秋の大会メンバー発表の前日に、体調が急展開してしまいました。
その日は野球の練習がたまたま無く、家でお好み焼きと鯛焼きを食べた後急にお腹の激痛と嘔吐があり、掛かり付けの病院で診察してもらったところ急性胃腸炎と言われ、薬を飲みましたが全く効かずお腹の痛みに耐えられない息子が「救急車を呼んで!」と言うのですぐに今度は救急病院へ行きました。レントゲンの結果で腸閉塞と判明し、鼻から管を入れて中のものを取り除きました。
お腹の痛みはだいぶ楽にはなった様子でしたが、クローン病の持病がある事を告げると、万が一手術が必要になったときに IBD の専門外来のある病院でないと手術が出来ない事を説明され、大学病院へ転院となりました。初めに救急搬送された病院で言われ事が、「クローン病の治療は何処の病院でしているの?」と聞かれ、「大阪の松本漢方クリニックというところです。」と答えたらとても驚かれてしまいました。「えっ!大阪まで行って治療をしているの?!そこには入院の設備もある所なの?けど、こういう緊急事態になったら大阪まで行ける訳が無いんだから、ちゃんと近くで掛かり付けの病院を探しておかないとダメじゃ無いの!」と怒られました。確かに言われる通りですが、まさかこんな事になるとは全く想像もしていませんでした。食べる時にあまりよく噛まずに飲み込む癖がありましたので、たまに吐いてしまう時がありましたが、それ程気にもしていませんでした。クローン病の症状は痔瘻しかなかったので、再発したり悪化するとしたら痔瘻という形でまた現れるのかなと思い込んでいました。クローン病が小腸や大腸あらゆる消化器に炎症が生じる可能性があると言うことを、正直忘れていました。実際クローン病である事すら忘れてしまいそうなくらい体調が良好でしたので本当に驚きでした!そして誰よりも驚き辛いのは息子です。またもや大事な大会前日に入院になり、今回の大会のエースナンバーは息子に任せるつもりでいたことを監督さんから告げられ、責任とショックで息子の精神状態は尋常ではありませんでした。詳しい検査を進めていくと、回腸に狭窄があり手術は避けられないとのことです。松本先生にもすぐに報告の電話をしました。「ありゃりゃりゃりゃ~!そりゃ~大変だけど、そうなったら治療はどうするんや?!もう漢方はやめるんかい?やっぱり野球がしんどかったんやな~。」と言われ、「いえ、松本先生の治療も、野球も続けます!」ときっぱり宣言しました。「けどあんた、大学病院の先生相手に漢方で治したいってはっきり言えるんかい?奴らはみんな漢方を馬鹿にするで~」と言われましたが、「大丈夫です。ちゃんと理解して貰えるまで頑張ります!」と言いました。「お~、あんたは偉いの~、だったらちゃんとこれからも面倒見てあげるから、困ったことがあったらいつでも電話してきいや~!野球もこれからは無理しすぎないようにして少しにしとき~。手術も切らにゃあかん状態なら切って貰った方がいいから大丈夫やで、まずはそれからや~」と言われ、中心静脈栄養法をまずはやって貰うことや、受け身の治療にならないようにアドバイスをくださったり、とても優しく指導して頂いた事が嬉しかったですし、「困った時にはいつでも電話してきいや~。」の言葉が何よりも嬉しかったです。そのセリフを言える先生こそが本当に患者さんの事を大切に思って下さっている証拠だと思います。正直この事をお伝えすることによって、やっぱり松本漢方クリニックの治療で悪化したんじゃないか!と思われる方がほとんどかと思いますが、実はそうではありません、今回腸閉塞になったのは、成るべくしてなったのです。もともと野球を続ける事を選んだ時点でリスクを背負い、なおかつ病気だと言う自覚の無さ、クローン病に対する知識の無さが、一番の原因です。食事は唐揚げ、焼き肉、コロッケ、とんかつ、カレーライス、本当に何でも食べていました。食品添加物の多いものは食べないようにと、注意はしておりましたが部活帰りにハンバーガーを食べたり、コンビニのおにぎりや菓子パンなど、結構な量を摂取していたようです。それと体重増加の為に飲んでいたプロテインもよくなかったのだなと色々な事を反省しました。息子が腸閉塞になり松本漢方クリニックの理論や皆さんの手記をもう一度何度も読み返したりもしました。そうした中で Naoki さんの手記とブログを知る事が出来たのですが、病気のメカニズムの事や、松本漢方クリニックでの治療の事など本当に色々細かくわかりやすく説明されていて、とても勉強になりました。ありがとうございます。こらからもブログを楽しみにしています。
息子の様子ですが、回腸を30センチ切除しました。普通この年齢のクローン病は勢いがあってもっと広範囲にわたって炎症が広がっていてもおかしく無いのだけれど、幸い狭窄のある所以外は特に問題が無いので今のところは比較的おとなしめのクローン病かと言えますね。と言われました。漢方のお茶を飲んでいるからかな?と思いましたが、どういう事なのかはよくわかりません。術後の痛みは、女性の出産もしくはそれ以上だったり、100万円払ってもいいから痛みを取ってくれ!と言いたくなるほどの痛みだそうです。息子の痛がりようも見ていられないくらい辛そうでした。そして痛みがあっても腸の癒着を防ぐ為や、早く元の状態に戻す為に歩かなくてはいけないそうです。手術の翌日には病室とナースステーションの周りを2周歩きました。二日後には9周、三日後には56周も歩きました。普通は三日目でも頑張って9周位歩いた人が今までの最高だったらしいのですが、主治医の先生も看護婦さんも56周にはとても驚いていました。五日目からやっとお水が飲めるようになり、6日目からエレンタールが始まりました。約一ヶ月の入院生活を送り、体重は10キロも減ってしまいました。退院時に今後の治療方法についての話し合いになり、色々大変でしたが松本漢方クリニックの漢方のお茶をベースに後はエレンタールと食事療法でしばらく様子を見るというかたちで、今後も定期診断とエレンタールの処方だけして頂ける事になりました。
まず退院して約10日後に海外への修学旅行がありました。主治医の先生は行ってもいいよと承諾をしてくださいましたが、本人は、みんなが修学旅行に行っている間に一人でグランドに行って少しでも早く体力を戻したい!という選択をしました。10キロも体重が減り筋肉も落ちた状態ですので復帰後のトレーニングは初歩的な事から徐々に練習量を上げて行くように十分気をつけるようにし、体重の方も少しずつ戻していくようにしました。そして厳しい冬トレが終わり、暖かくなりピッチング練習もやり始めるようになり練習試合にも出られるまでに回復してきました。しかしまたもやここで致命的とも言える程の肩の故障をしてしまいました。MRI を取り軟骨損傷と言う事がわかりました。
それを治すには手術という選択肢もあるそうですが、手術をした場合はおそらく夏の大会には間に合わなくなるだろうと言われ、監督さんとも相談した結果、鳥取県にあるワールドウィングと言うスポーツ医療施設へ10日間の集中治療&トレーニングへ行くことに決めました。山本昌、イチロー、本田圭佑、など有名アスリート、オリンピック選手もメンテナンスに訪れるそうです。主にマッサージと筋トレマシーンみたいな機械を動かすそうですが、そのお陰で劇的に痛みが取れて、短いイニングだったら投げられるようになりました。こうして次から次へと起こる最悪な事態にも負けず、その時に出来る最善の努力を行い決して諦めること無く立ち向かいました。高校球児として一番の目標としていた3年生最後の夏の大会にも何とかメンバー入りすることが出来、マウンドへ立つ事が出来ました。甲子園の夢は叶いませんでしたが、神奈川県ベスト4という成績をみんなの力で勝ち取る事が出来ました。
波瀾万丈、壮絶ストーリーの3年間でしたが、息子は自分で最初に言った通り一切弱音を吐かずに高校球児の野球人生を立派にやり遂げました。クローン病という難病を抱えていても本人の気持ちの持ち方一つで、夢や希望を諦めない道に進めた事、やり遂げた事を証明することが出来ました。監督さん、コーチの方々、マネージャーさん、そしてチームメイトの力は勿論のことですが、病気の部分に関しては松本先生の支えと、遠隔治療のお陰無くしてはやり遂げられなかった事と思います。なので松本先生には本当に感謝の気持ちと共にお礼を申し上げます。息子の様に病気を抱えた若い人が、同じような境遇に立ち人生の岐路に悩み迷っているのならば、この事を参考にしてもらいたいです。
勿論病気の事に対する知識と理解を十分にされてからの話です。夢や希望を持った人がその目標に立ち向かう為の本気スイッチが入ると、どこまでも頑張れる力を出せるんだなと思いました。そしてその取り組んだ時間はもの凄い財産として残る事を、この三年間で息子から学びました。息子は次の目標に向かって又スイッチが入り今は毎日猛勉強をしています。この調子だと完治までまだまだ時間がかかるかもしれませんが、松本先生これからもどうぞよろしくお願いします。