ナトリウムは危険?

高速増殖原型炉「もんじゅ」に関連して, 「ナトリウムは危険か?」という質問を受ける.

化学が専門でも扱ったことがない人は危険と答えるだろう. 高校の化学で, 化学の教師がまともであったなら, 小さいナトリウム片を水に落とし, 飛び回る実験を見せるはずである. 実験したことのない教師はビデオ程度は見せるはずと思いたい. イオン化傾向のところで教わるはずである.

私は有機化学が専門であるが, ナトリウムを使用する実験を頻繁に行っていた. アルコール ROHをアルコラート RONaにするには金属ナトリウムと反応させる必要があった. メタノールやエタノール等の分子量の小さいアルコール類は簡単に反応するが, 分子量の大きいアルコール類, 例えばコレステロールの水酸基をアルコラートにするには工夫が必要である.

ナトリウムは110℃で液状になる. これより沸点の高いキシレンにナトリウムを浮遊させ, 加熱すると水銀状の液状物質に変化する. その状態で加熱を止め, 密栓して容器全体を布でくるみ, 両手でシェーカーを振るように振動させると次第に温度が下がり, 小さな粒状のナトリウムが生成する. ナトリウムサンド "sodium sand" と呼ばれ, 表面積が広く, 表面がフレッシュ(苛性ソーダが付着していない)なため, 反応性に富む. これを使って反応し難いアルコール類のアルコラートを合成したものである. 何十回も作ったので, 危険とは思わなくなってしまったが, 今学生や院生にやらせるとしたら躊躇するだろう. 評判になり, 研究室の印象が悪くなること請け合いである. キサンテート類 RO(C=S)SR'はこの方法によって作られて来たが, 最近はNaの代わりに, NaHを使用することが多くなった.

ナトリウムは水がなければ危険な物ではない. 湿度の低いところでは, カリウムのように発火することはない.中途半端な知識で行う化学実験にはもっと危険なものはたくさん存在する.

[一言] allylic xanthate類の連続周辺反応に於ける反応基質の合成には, このような苦労があったが,dipolar aprotic solventの出現により, 苛性ソーダ, 二硫化炭素を用いて一挙に反応基質を合成できるようになり, 研究が進展した.桂皮アルコールはその典型的な例である.

(平成22年5月7日)