逓信院(1946年7月1日に元の逓信省に改称)がGHQ/SACPに日本の電波の利用状況を報告した資料を、GHQ/SCAP側が1945年12月にまとめたリストを(見やすいように)私がエクセルに書き写したもので紹介します。
【注】放送局と船舶局、陸海軍の無線局リストはこれとは別にまとめられましたのでこの表には含まれておりません。
1)1945年(昭和20年)秋の日本の無線局
それでは周波数の低い方から1945年(昭和20年)敗戦直後の我国の電波の利用状況を見てみましょう(下表)。
日本の電波で最も低いのは海軍船橋無線JJCの33kHzでした。また下表の91kHzのUNAHARAとは海原?でしょうか。詳細は不明ですが、この局は5,102.5kHz, 7,520kHz, 14,950kHz波も発射しています。
260KHzの呼出符号XBは1917年(大正6年)に沖商会(現:沖電気工業)に許可された古い形式の実験局のコールサインですが、何を指すのか不明です。
戦前の日本のEシリーズの呼出符号EWK(275kHz)、EWD(285kHz)、EUT(300kHz, 375kHz)があります。328KHzの呼出符号XFは1918年(大正7年)に日本無線電信機製造所(現:日本無線)に許可された古い形式の実験局のコールサインです。これが何を指しているのかは不明です。また337kHzのBOも全く何だか分かりません。
500kHzは国際条約で定めた海岸局と船舶局の通信波ですね。
放送局は当時一番周波数が低かった浜松放送局JODG(570kHz)のみを代表して記載されています。JQB(600kHz)、JTS(905kHz)は不明です。また1,364kHzは伝統的な小型漁船用の通信波ですね。
3,220kHz、3,230kHzには「Not Yet Assigned」(未割当)となっています。これは逓信院がGHQ/SCAPに対し、まだ割り当てが完了していないが、これは日本の電波だという意思表示だと想像します。2,080kHz YUSAWAは湯沢?でしょうか。
3MHz帯からEシリーズのコールサインが数多く登場しますが、敗戦でGHQ/SCAPに日本の既得の周波数を召し上げられることを危惧した逓信省が、海軍無線機を掻き集め、全国の警察にばらまき、復員通信兵の雇用も確保して警察無線網を構築したものです。戦前の日本のアマチュア無線はバンド指定ではなく、1,775kHz, 3,550kHz, 7,100kHz, 14,200kHz, 28,400kHz, 56,800kHz の単一波でした。
そのアマチュア無線家にとって愛着のある3,550kHzは降伏文書調印前に逓信院により近畿地方の警察署(コールサイン:EVP, EVP2 から EVP9, EXP, EXP2 から EXP6)と東北地方の警察署(コールサイン:EVS, EVS2 から EVS9, EXS, EXS2 から EXS9)へ駆け込み許可されました。
3,550kHzに実験局J2FAが掲載されています。原リストの方もご覧ください。
3,730kHz OKINOSHIMAは沖ノ島でしょうか。34MHzも許可されてますから、離島連絡用の宇田式超短波無線電話機だと想像します。3,756.25kHz CHIKUSHI、3,800kHz SHIMIZU TOUGEは、筑紫と清水峠でしょうか。4,095kHz HISAKATAは分かりません。こういった地名のコールサインは無線電話の「呼出名称」です。
4,463kHz SHIMA-SEN、4,972.5kHz HOKUTO、5,007.5kHz ASIE、はどこでしょうか。5,030kHz CHIKUSHIは既出の筑紫でしょう。
5,102.5kHz UNAHARAは既出ですね。5,573kHz TAMA-SASEとはなんでしょうか。
EVW, EXW, EVS, EXS は警察無線です。
6,400kHzに実験局J2CK, J2DBの2局が掲載されています。原リストの方もご覧ください。
ENP, ENQ, ENR, ENS, ENO2, ENW は警察無線。
元アマチュア用の周波数7,100kHzに実験局J3LDが掲載されています。原リストの方もご覧ください。
下表でも既出のHISAKATA、HOKUTO、UNAHARAが見えます。
8,646kHz TOYOHATAはどこでしょうね。
元アマチュア用周波数14,200kHzに謎のXU3C( ?)もリストされている。大陸方面の占領地で運用されていた実験施設でしょうか?
2)終戦時の日本の実験局
無線電信法第2条第5号無線施設のうち個人に許可されたもの(いわゆるアマチュア無線施設)は太平洋戦争の開戦1941年(昭和16年)12月8日に禁止されました。
しかし同じ法2条第5号無線施設のうち、企業や団体に許可されたもの(いわゆる私設実験施設)や、法1条に含まれる官設の実験施設は個々の事情に応じて、その開設や再免許が判断されていました。
上表にあるように終戦時にはJ2CK(6,400kHz), J2DB(6,400kHz), J2FA(3,550kHz), J3LD(7,100kHz)の実験局がありましたが、その実態は不明です。ただ個人的な見解を述べさせていただくと、戦時中も電波実験を継続し、軍にも観測資料を提出していた、文部省電波物理研究所の実験局が上記に含まれているのは間違いないと考えます。
なおJコール(Jひと文字のコールサイン)が戦前のものという表現は正確ではありません。日本人の実験局としては1947年(昭和22年)2月19日まで、また連合国人の無線局(アマチュア局)としては1948年(昭和23年)12月31日まで、Jコールサインが使用されていました。
3)呼出符号周波数一覧表
上記のリストでは各周波数を使用する無線局のコールサインは分かりますが、そのコールサインの免許人などの情報がありません。
1946年2月13日付けで逓信院BOC電波局がまとめた「呼出符号周波数一覧表」では、無線局の種別ごとにコールサインとその局名、使用周波数がまとめられています。もし周波数の低い方から順に調べたいときには不便ですが、局種ごとにまとめられているので、用途によってはこちらの方が便利ですね。またひとつの局が複数の周波数を使っている場合なども一目瞭然となっています。
なおこのリストの局種には実験局というくくりがないため、終戦時の実験局J2CK, J2DB, J2FA, J3LD の詳細は明らかになりませんでした。
Eの付くコールサインは、(大まかにいえば)内務省がENN(3270,7560kHz)で、各県庁にはENシリーズ、その管轄下に置かれた警察署にはEV, EXシリーズ、気象庁にはEUシリーズ、鉄道省にはEWシリーズなどが割り当てられています。