野手上山、花塚山、口太山 阿武隈の秋の散策2

福島県  野手上山629m、花塚山919m、口太山843m  2011年11月23日

(野手上山、花塚山、口太山)福島県の山

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秋晴れの日

古い歴史の道

またあったモニュメント

道草だらけの山旅

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北登山口の分岐を通り過ぎて南登山口に向かうと、もうススキと小麦色一色。やがて見えてきた野手上山も同じく枯草色。

野手神山神社とある鳥居の向こうに野手上山の一角が見えている。うつくしま百名山の説明(*1)(*2)があり、鳥居の奥の階段を登ると、そこは広場になっていて、大きな石灯籠に建物が一つ。

建物の左手に登山道が続く。林を抜けるとすっかり葉の落ちた落葉樹の中の尾根登りの道。階段をゆっくり登る。

野手上山の頂上は広い尾根の一角で、奥に展望台、手前に祠。その祠には鈴がたくさんついている。その隣の頂上標識には「野手神山」、とある。

(花塚山)黄葉が輝くの林の中の道を行く。公園に至る道の脇に鳥居があり、そっちに入る。すると、放鹿山神社(*3)という社があり、その右手に花塚山登山口の表示があった。

カラ松林のなかの枯葉の道の登り。やがて岩の多い尾根道となり、高度が上がって周囲の山が見えてくる。

大きな岩がにょきにょき尾根に立っていて、それぞれ名前があるらしいが、どれがどれなのかわからない(*4)。

護摩壇岩と思われる大きな丸い岩から鎖が垂れているので、登ってみる。下には足がかりがないので力任せの登り。護摩壇岩の上は展望台の屋根よりも高かった。

分岐に戻り、花塚山頂上に向かう。それは岩尾根をトラバース気味につけられた小麦色の道で、階段もあり、やがて林の中の花塚山頂に着く。視界は良くなく、えらく狭いが、二等三角点があった。

(口太山)駐車場から歩くと、その先にはまだ民家があり、柿の実がたわわになっている。そして行く手に緩やかな口太山が見える。ススキと林の向こうで、まだだいぶ遠いな。

手前にトイレのある登山口広場に着く。左の東ルート登山道を行くと、まず猿滑の滝がある。それは逆階段状になった岩の上を水がチョロチョロ流れているもの。

迷平からわずかな登りで広い枯れた草地の口太山頂上に着く。大きな頂上標識、三等三角点、それに方位盤。さっき見た木幡山というのは手前に見えていて、その右奥に見えているのが一貫山と女神山のようだ。その右手の霊山は枯木の向こうに見えていた山らしい。

西の下山路を下ると、ひびの入った大きな岩があり、その前に小さな鳥居が立っている。これが石尊神社なのだろう。手を合わせてお参り。

急な下りを進むうちに日が暮れてくる。斜面の黄葉がまだ美しい。30分ほどで登山口広場に戻る。

 北登山口の分岐を通り過ぎて南登山口に向かうと、もうススキと小麦色一色。やがて見えてきた野手上山も同じく枯草色。
 分岐に戻り、花塚山頂上に向かう。それは岩尾根をトラバース気味につけられた小麦色の道で、階段もあり、やがて林の中の花塚山頂に着く。
 行く手に緩やかな口太山が見える。ススキと林の向こうで、まだだいぶ遠いな。

 野手上山頂上の祠には鈴がたくさんついている

 花塚山: 護摩壇岩と思われる大きな丸い岩から鎖が垂れているので、登ってみる

 口太山: 駐車場から歩くと、その先にはまだ民家があり、柿の実がたわわになっている

石尊神社(口太山)
(野手上山)  8:59 野手神山神社前発  9:25 金華山  9:42 野手上山・・・・・・・・・・・・・・・・・・・登り43分  9:50 野手上山発10:02 金華山10:17 野手神山神社前・・・・・・・・・・・・・・往復1時間18分(花塚山)11:13 花塚の里発11:22 放鹿山神社12:13 分岐12:18 護摩壇岩12:33 花塚山・・・・・・・・・・・・・・・・・登り1時間20分12:36 花塚山発12:49 分岐13:12 放鹿山神社13:23 花塚の里・・・・・・・・・・・・・・往復2時間10分(口太山)13:53 駐車地点発14:03 登山口広場14:13 猿滑ノ滝14:54 迷平15:07 口太山・・・・・・・・・・・・・登り1時間14分15:18 口太山発15:20 石尊神社15:47 登山口広場15:55 駐車地点・・・・・・・・・・・・往復2時間2分

AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

(野手上山)

勤労感謝の日、福島の阿武隈の山を目指す。阿武隈は原子力発電所の事故で道路が封鎖されているかもしれないが、なるべく西よりの山を選ぶ。女神と半田にも登りたかったが、他の三山より離れているため次回にする。

国見インターで降りる前後、西に頂上の平らな半田山が見えていた。阿武隈川を渡り、前方に霊山が見えてくる。その霊山の入口のあたりで右折して南に向かう。やがて、うつくしま百名山、野手上山の大きな案内が現われる。飯舘村小宮行政区とある。北登山口の分岐を通り過ぎて南登山口に向かうと、もうススキと小麦色一色。やがて見えてきた野手上山も同じく枯草色。その麓に大きな鳥居があり、その手前の駐車スペースに止めて出発。

野手神山神社とある鳥居の向こうに野手上山の一角が見えている。うつくしま百名山の説明(*1)(*2)があり、鳥居の奥の階段を登ると、そこは広場になっていて、大きな石灯籠に建物が一つ。建物には何の門標もないが、それが野手神山神社なのだろう。建物の裏に回ると祠があり、それが本殿なのだろう。建物の左手に登山道が続く。林を抜けるとすっかり葉の落ちた落葉樹の中の尾根登りの道。階段をゆっくり登る。登りきったところは金華山で、黄金山大神という大きな石標がある。その横に古くて朽ちかけたひとまわり小さな石標があり、そこには金華山と彫られているようだ。

(*1)野手上山は平静十年福島テレビ開局35周年を記念して本県を代表する百の山を選ぶ「うつくしま百名山」に選定されました。本県の豊かな自然を再認識してもらおうという目的で三春町出身の世界的登山家田部井淳子さんを委員長に11人による選定委員会をつくって決定しました。本県側から登山道があること、山頂からの眺望が優れていること、地域の人々とのかかわりあいが深いことなどを基準に県内市町村から推薦された219の山から選ばれました。

(*2)この山は野手神森と言われ古くから行者の修行上として知られ幾多の逸話が残されている。昔から天狗が住む山として信仰されてきた。中央に祭られている摩利支天の化身はすなわち天狗である。また、山神、古峰の大神を合わせて野手神山神社と称されている。

いったん下り、すぐ隣の野手上頂上に向かって落葉の階段を登り返す。古い石灯籠が一つ。野手上山の頂上は広い尾根の一角で、奥に展望台、手前に祠。その祠には鈴がたくさんついている。その隣の頂上標識には「野手神山」、とある。展望台に登ってみる。まわりの山は全然同定できないが、マップによると、北西方面に矢岳山、これはそれらしい山を同定。西に戦山、これは帰路の途中で見えた二つの山のどちらかだろう。三等三角点を確認し、帰途につく。金華山から東に山が見えたが、そこの部分はマップに無く、同定できず。

駐車地点に戻り、次の花塚山に向かう。カーブを曲がると、今登った野手上の二つのピークが見えている。その先では山頂から見た矢岳山を見る。飯舘村は閉鎖している店が多く、閑散としていた。阿武隈の里山、蓬田岳と似た福島の静かな山旅。

 

(花塚山)

花塚山に近づくと、まず左手(南)に大火山という平らな山が見える。幹線道路から左折して集落街に入ると分岐があり、左は峠の森自然公園、右は花塚山と記した道標がある。カーナビは左を指しているが、案内に従って右に行く。ひどく狭い集落の道を行くと、大きなダンプがやってきて道を譲る。失敗したかな、と思っていると、突然、立派な広い道に出て、そのすぐ先に「ちびっこ天国花塚の里、花塚山登山道入口」という大きな道標があった。

立派な広い道路から道標の道に入り、広い駐車場を通り過ぎて車両通行止めのところに駐車して歩き始める。舗装路は九十九折で山に入り、黄葉が輝くの林の中の道を行く。すると左手にすべり台などが見えてくる。ここがちびっこ天国か。しかし、休日で快晴なのに誰もいない。公園に至る道の脇に鳥居があり、そっちに入る。すると、放鹿山神社(*3)という社があり、その右手に花塚山登山口の表示があった。山頂まで50分とあるが、1時間20分かかっている。カラ松林のなかの枯葉の道の登り。やがて岩の多い尾根道となり、高度が上がって周囲の山が見えてくる。モニュメントの多い山道で、最初に中央御室岩というのがある。それは大きな四角形の岩の隙間で、かなり狭い。その先にも大きな岩がにょきにょき尾根に立っていて、それぞれ名前があるらしいが、どれがどれなのかわからない(*4)。

(*3)昔、京の都のある姫君と若い公家とが深い仲となったが、公家は命により遠い陸奥へと旅発って行った。姫は恋しい公家が都に帰る日を待っていたが、待てど暮らせど帰ってこず日がたつにつれ恋しさがつのるばかりだった。我慢ができず鹿を供に連れて陸奥へと長い旅路についた。長い苦労の旅路の末に大清水の地にたどり着いた。恋しい公家は花塚山にいると聞いたが、その山は女人禁制の山で行くこともできず、鹿なら行くことができると思い、鹿に来ていることを伝え、鹿を花塚山に向けて放した。そこで放鹿山といわれたという。いつの間にか放鹿山は花塚山といわれるようになったという。(旅する心やまぼうし、川俣町公式ホームページ)

(*4)花崗岩の奇岩怪石が現れる。烏帽子のように見える烏帽子岩をはじめ、行者戻し岩、鎮護岩、屏風岩、仙人岩、座禅岩、御鏡岩といった名前がつけられていて、石仏も何体か見られる。(福島県の山)

12時頃、尾根にあるピーク(P1)のところでトラバース路に入らずに尾根を登ってしまい、岩尾根の上から下の登山道に下る。手前の案内表示の「花塚山頂へ」がトラバース路ではなく、尾根を指していたからであるが、こういうのもルート・ファインディングの範疇なのだろうか。このあたりでやたらにたくさん落葉の尾根を写しているのは、疲れて休み休み登っていたせいだろうか。急坂を登りきったところに護摩壇岩分岐というのがあり、そちらに左折してみる。

それは大きな岩が積み重なった視界の開けた場所で、手前の岩のところで周囲の山々と麓の集落を見る。やや雲が多い。更に奥に大きな丸い岩と展望台がある。展望台はさっきの岩よりも低い位置にあり、それほど眺めは良くない。護摩壇岩と思われる大きな丸い岩から鎖が垂れているので、登ってみる。下には足がかりがないので力任せの登り。護摩壇岩の上は展望台の屋根よりも高かった。いくつか大きな山が見えており、南西に見える尖ったのはたぶん口太山だろう。

分岐に戻り、花塚山頂上に向かう。それは岩尾根をトラバース気味につけられた小麦色の道で、階段もあり、やがて林の中の花塚山頂に着く。視界は良くなく、えらく狭いが、二等三角点があった。案内標識があり、「花塚駐車場・岩部ダム、徒歩130分」はいいとして、「花塚台・花塚駐車場、徒歩15分」というのはどこのことだろう。マップやガイドにはない登山口があるのだろうか。

往路を戻り、神社のところから公園の中を歩いてみる。ここには紅葉の木が何本かある。大きなすべり台を滑り降りてみるが、汚れていて全然滑らず、お尻が汚れてしまった。止めておくべきだった。黄色いイチョウの下の車に戻り、次の山に向かう。13時半。花塚はこの日登った中では一番高く、時間もかかり、護摩壇などのモニュメントもある山で、阿武隈の中ではやや賑やかな印象の山だった。南に口太山に向かう途中で東に見えた鋭鋒が花塚山だったのだろうか。


(口太山)

口太山へ向かって幹線道路を進むと、カーナビ設定地点よりだいぶ手前で口太山入口の表示を発見し、左折する。家が点々の集落を進むと大きな口太山駐車場の看板があった。空地の駐車場の入口に簡易トイレが一つ。奥に石標がある。駐車場から歩くと、その先にはまだ民家があり、人のいるその家の前を通っていく。作業小屋の前に柿の木があり、柿の実がたわわになっている。そして行く手に緩やかな口太山が見える。ススキと林の向こうで、まだだいぶ遠いな。

手前にトイレのある登山口広場に着く。ここが駐車場でもいいくらいの空地の奥に登山口の大きな標識があり、案内図やら「乳清水」の案内(*5)がある。案内図によると、ルートは二つあり、モニュメントがたくさんあるようだ。左の東ルート登山道を行くと、まず猿滑の滝がある。それは逆階段状になった岩の上を水がチョロチョロ流れているもの。確かに登るのは難しそう。次の乳子岩というのは、岩窟の中に石仏。このあたりは急な登りだったが、視界が開けてきて、北西方面に山が一つ。マップによると木幡山とある。

(*5)「乳清水」伝説 昔々、この村に隣村から美しい娘が嫁いできて子供が生まれても乳が出なくて困っていたときこの泉を飲んだところ、たちまち乳が出るようになり、いつしかこの泉は「乳清水」と呼ばれるようになりました。この度、登山者の方々の心身を癒していただくように泉を復活いたしました。合わせてこの伝説を残しておきたいと思います。(この清水は猿滑の滝を水源にしています)川俣ロータリークラブ、口太山愛好会 平成16年4月

猿の首取というのは大きな岩の塊で、名前の意味は良く分からない。いったん平坦になり、「114」という石標と「迷平」という標識。確かに標識がないとどっちに進めばいいのか分からない。迷平からわずかな登りで広い枯れた草地の口太山頂上に着く。大きな頂上標識、三等三角点、それに方位盤。さっき見た木幡山というのは手前に見えていて、その右奥に見えているのが一貫山と女神山のようだ。その右手の霊山は枯木の向こうに見えていた山らしい。それ以外にもたくさんの山。ベンチに座り、テルモスのホットレモンかコーヒーを飲む。

下山路はもう一つの西ルートを下る。最初に登ろうと思っていたキャンプ場登山口は南側だが、南側に案内標識はない。西の下山路を下ると、ひびの入った大きな岩があり、その前に小さな鳥居が立っている。これが石尊神社なのだろう。手を合わせてお参り。急な下りを進むうちに日が暮れてくる。斜面の黄葉がまだ美しい。30分ほどで登山口広場に戻る。

帰り道でまた柿の実を写し、まだ明るいうちに車に戻り、16時半前に駐車場を出る。

口太山は阿武隈の典型的な山で、登山道は整備され、モニュメントは多く、頂上も憩える場となっていた。

 野手上山の道標

勤労感謝の日、福島の阿武隈の山を目指す。阿武隈は原子力発電所の事故で道路が封鎖されているかもしれないが、なるべく西よりの山を選ぶ。女神と半田にも登りたかったが、他の三山より離れているため次回にする。

野手上山

国見インターで降りる前後、西に頂上の平らな半田山が見えていた。阿武隈川を渡り、前方に霊山が見えてくる。その霊山の入口のあたりで右折して南に向かう。やがて、うつくしま百名山、野手上山の大きな案内が現われる。飯舘村小宮行政区とある。北登山口の分岐を通り過ぎて南登山口に向かうと、もうススキと小麦色一色。やがて見えてきた野手上山も同じく枯草色。その麓に大きな鳥居があり、その手前の駐車スペースに止めて出発。

 登山口の野手神山神社

野手神山神社とある鳥居の向こうに野手上山の一角が見えている。うつくしま百名山の説明(*1)(*2)があり、鳥居の奥の階段を登ると、そこは広場になっていて、大きな石灯籠に建物が一つ。建物には何の門標もないが、それが野手神山神社なのだろう。建物の裏に回ると祠があり、それが本殿なのだろう。建物の左手に登山道が続く。

 うつくしま百名山と野手神山神社の案内

(*1)野手上山は平静十年福島テレビ開局35周年を記念して本県を代表する百の山を選ぶ「うつくしま百名山」に選定されました。本県の豊かな自然を再認識してもらおうという目的で三春町出身の世界的登山家田部井淳子さんを委員長に11人による選定委員会をつくって決定しました。本県側から登山道があること、山頂からの眺望が優れていること、地域の人々とのかかわりあいが深いことなどを基準に県内市町村から推薦された219の山から選ばれました。

(*2)この山は野手神森と言われ古くから行者の修行上として知られ幾多の逸話が残されている。昔から天狗が住む山として信仰されてきた。中央に祭られている摩利支天の化身はすなわち天狗である。また、山神、古峰の大神を合わせて野手神山神社と称されている。

 

石灯籠

 


野手神山神社


背後から見る野手神山神社


落葉樹の道

林を抜けるとすっかり葉の落ちた落葉樹の中の尾根登りの道。階段をゆっくり登る。登りきったところは金華山で、黄金山大神という大きな石標がある。その横に古くて朽ちかけたひとまわり小さな石標があり、そこには金華山と彫られているようだ。

 黄金山大神の石板

 

金華山の頂上石標


野手上山頂上の祠と展望台

いったん下り、すぐ隣の野手上頂上に向かって落葉の階段を登り返す。古い石灯籠が一つ。野手上山の頂上は広い尾根の一角で、奥に展望台、手前に祠。その祠には鈴がたくさんついている。その隣の頂上標識には「野手神山」、とある。展望台に登ってみる。まわりの山は全然同定できないが、マップによると、北西方面に矢岳山、これはそれらしい山を同定。西に戦山、これは帰路の途中で見えた二つの山のどちらかだろう。三等三角点を確認し、帰途につく。金華山から東に山が見えたが、そこの部分はマップに無く、同定できず。

 

頂上の祠

 


頂上標識


展望台


三角点


矢岳山?


 帰りに見た野手上山

駐車地点に戻り、次の花塚山に向かう。カーブを曲がると、今登った野手上の二つのピークが見えている。その先では山頂から見た矢岳山を見る。飯舘村は閉鎖している店が多く、閑散としていた。阿武隈の里山、蓬田岳と似た福島の静かな山旅。

花塚山

花塚山への道標(右上)

花塚山に近づくと、まず左手(南)に大火山という平らな山が見える。幹線道路から左折して集落街に入ると分岐があり、左は峠の森自然公園、右は花塚山と記した道標がある。カーナビは左を指しているが、案内に従って右に行く。ひどく狭い集落の道を行くと、大きなダンプがやってきて道を譲る。失敗したかな、と思っていると、突然、立派な広い道に出て、そのすぐ先に「ちびっこ天国花塚の里、花塚山登山道入口」という大きな道標があった。

 花塚山探勝路案内板

 立派な広い道路から道標の道に入り、広い駐車場を通り過ぎて車両通行止めのところに駐車して歩き始める。舗装路は九十九折で山に入り、黄葉が輝くの林の中の道を行く。すると左手にすべり台などが見えてくる。ここがちびっこ天国か。しかし、休日で快晴なのに誰もいない。公園に至る道の脇に鳥居があり、そっちに入る。すると、放鹿山神社(*3)という社があり、その右手に花塚山登山口の表示があった。

黄葉の道

山頂まで50分とあるが、1時間20分かかっている。カラ松林のなかの枯葉の道の登り。やがて岩の多い尾根道となり、高度が上がって周囲の山が見えてくる。モニュメントの多い山道で、最初に中央御室岩というのがある。それは大きな四角形の岩の隙間で、かなり狭い。その先にも大きな岩がにょきにょき尾根に立っていて、それぞれ名前があるらしいが、どれがどれなのかわからない(*4)。

放鹿山神社(ほうろく)

(*3)昔、京の都のある姫君と若い公家とが深い仲となったが、公家は命により遠い陸奥へと旅発って行った。姫は恋しい公家が都に帰る日を待っていたが、待てど暮らせど帰ってこず日がたつにつれ恋しさがつのるばかりだった。我慢ができず鹿を供に連れて陸奥へと長い旅路についた。長い苦労の旅路の末に大清水の地にたどり着いた。恋しい公家は花塚山にいると聞いたが、その山は女人禁制の山で行くこともできず、鹿なら行くことができると思い、鹿に来ていることを伝え、鹿を花塚山に向けて放した。そこで放鹿山といわれたという。いつの間にか放鹿山は花塚山といわれるようになったという。(旅する心やまぼうし、川俣町公式ホームページ)

 

カラマツの道

 

分岐標識(中央御室岩)


古い石仏


中央御室岩


大きな岩

(*4)花崗岩の奇岩怪石が現れる。烏帽子のように見える烏帽子岩をはじめ、行者戻し岩、鎮護岩、屏風岩、仙人岩、座禅岩、御鏡岩といった名前がつけられていて、石仏も何体か見られる。(福島県の山)

 行者戻し岩?

 


護摩壇岩

12時頃、尾根にあるピーク(P1)のところでトラバース路に入らずに尾根を登ってしまい、岩尾根の上から下の登山道に下る。手前の案内表示の「花塚山頂へ」がトラバース路ではなく、尾根を指していたからであるが、こういうのもルート・ファインディングの範疇なのだろうか。このあたりでやたらにたくさん落葉の尾根を写しているのは、疲れて休み休み登っていたせいだろうか。急坂を登りきったところに護摩壇岩分岐というのがあり、そちらに左折してみる。

口太山?

それは大きな岩が積み重なった視界の開けた場所で、手前の岩のところで周囲の山々と麓の集落を見る。やや雲が多い。更に奥に大きな丸い岩と展望台がある。展望台はさっきの岩よりも低い位置にあり、それほど眺めは良くない。護摩壇岩と思われる大きな丸い岩から鎖が垂れているので、登ってみる。下には足がかりがないので力任せの登り。護摩壇岩の上は展望台の屋根よりも高かった。いくつか大きな山が見えており、南西に見える尖ったのはたぶん口太山だろう。



展望台を見下ろす


花塚山頂上付近の岩尾根


花塚山の頂上と二等三角点

分岐に戻り、花塚山頂上に向かう。それは岩尾根をトラバース気味につけられた小麦色の道で、階段もあり、やがて林の中の花塚山頂に着く。視界は良くなく、えらく狭いが、二等三角点があった。案内標識があり、「花塚駐車場・岩部ダム、徒歩130分」はいいとして、「花塚台・花塚駐車場、徒歩15分」というのはどこのことだろう。マップやガイドにはない登山口があるのだろうか。

紅葉

 

滑り台

往路を戻り、神社のところから公園の中を歩いてみる。ここには紅葉の木が何本かある。大きなすべり台を滑り降りてみるが、汚れていて全然滑らず、お尻が汚れてしまった。止めておくべきだった。黄色いイチョウの下の車に戻り、次の山に向かう。13時半。花塚はこの日登った中では一番高く、時間もかかり、護摩壇などのモニュメントもある山で、阿武隈の中ではやや賑やかな印象の山だった。南に口太山に向かう途中で東に見えた鋭鋒が花塚山だったのだろうか。

 

花塚山?


口太山

 口太山の道標

口太山へ向かって幹線道路を進むと、カーナビ設定地点よりだいぶ手前で口太山入口の表示を発見し、左折する。家が点々の集落を進むと大きな口太山駐車場の看板があった。空地の駐車場の入口に簡易トイレが一つ。奥に石標がある。

口太山


たわわな柿

駐車場から歩くと、その先にはまだ民家があり、人のいるその家の前を通っていく。作業小屋の前に柿の木があり、柿の実がたわわになっている。そして行く手に緩やかな口太山が見える。ススキと林の向こうで、まだだいぶ遠いな。

 

口太山

 


「乳清水」伝説の案内

手前にトイレのある登山口広場に着く。ここが駐車場でもいいくらいの空地の奥に登山口の大きな標識があり、案内図やら「乳清水」の案内(*5)がある。案内図によると、ルートは二つあり、モニュメントがたくさんあるようだ。左の東ルート登山道を行くと、まず猿滑の滝がある。それは逆階段状になった岩の上を水がチョロチョロ流れているもの。確かに登るのは難しそう。次の乳子岩というのは、岩窟の中に石仏。このあたりは急な登りだったが、視界が開けてきて、北西方面に山が一つ。マップによると木幡山とある。

(*5)「乳清水」伝説 昔々、この村に隣村から美しい娘が嫁いできて子供が生まれても乳が出なくて困っていたときこの泉を飲んだところ、たちまち乳が出るようになり、いつしかこの泉は「乳清水」と呼ばれるようになりました。この度、登山者の方々の心身を癒していただくように泉を復活いたしました。合わせてこの伝説を残しておきたいと思います。(この清水は猿滑の滝を水源にしています)川俣ロータリークラブ、口太山愛好会 平成16年4月

 

口太山登山案内


 

猿滑ノ滝


乳子岩


ミズナラ


 

コナラ

ブナ


コナラ、ミズナラ、もしくはブナ、右奥にアオダモ

 

猿ノ首取

猿の首取というのは大きな岩の塊で、名前の意味は良く分からない。いったん平坦になり、「114」という石標と「迷平」という標識。確かに標識がないとどっちに進めばいいのか分からない。迷平からわずかな登りで広い枯れた草地の口太山頂上に着く。大きな頂上標識、三等三角点、それに方位盤。さっき見た木幡山というのは手前に見えていて、その右奥に見えているのが一貫山と女神山のようだ。その右手の霊山は枯木の向こうに見えていた山らしい。それ以外にもたくさんの山。ベンチに座り、テルモスのホットレモンかコーヒーを飲む。

 

口太山の頂上


方位盤


一貫森と女神山


木幡山


 霊山

 


石尊神社

下山路はもう一つの西ルートを下る。最初に登ろうと思っていたキャンプ場登山口は南側だが、南側に案内標識はない。西の下山路を下ると、ひびの入った大きな岩があり、その前に小さな鳥居が立っている。これが石尊神社なのだろう。手を合わせてお参り。急な下りを進むうちに日が暮れてくる。斜面の黄葉がまだ美しい。30分ほどで登山口広場に戻る。

 夕陽

帰り道でまた柿の実を写し、まだ明るいうちに車に戻り、16時半前に駐車場を出る。

口太山は阿武隈の典型的な山で、登山道は整備され、モニュメントは多く、頂上も憩える場となっていた。