私はアリ。
前世で何を仕出かしたかは記憶にないが、気が付いたらアリだった。
しかも、日本語が読めるアリ。喋ったり書いたりは無理だが、読むことは出来る。
……じゃあどうやってこれを書いているのか? 細けぇこたぁいいんだよ。
このアリの体は、有難いことに、日本語の活字文を読んでさえいれば腹も減らない。だから、人間の家で、その辺の本に潜り込み、読んで過ごす。
……本の間に入り込んで潰れないのか? 細けぇこたぁ〈中略〉
ただ、厄介なことに、市販の本では腹が膨れぬ。ゲテモノ食いというわけでもないが、素人の書いた、そこそこ読める奴が、一番腹持ちがいい。
そんな訳で、私は、この「野間みつね」と名乗る人間が住む家に潜り込んだ。物を書いて本にするのが趣味らしく、成果物が山程転がっているから、腹が減る気遣いはないと思ったのだ。
……問題は、この野間みつねなる物書き、創り出す大抵の本が、私には厚過ぎることだった。
私はアリである。のそのそと本の隙間を這いながら一度に辿れる文字量は、人間ほど多くない。幾ら何でも、一番手前に積まれた八二〇ページもある本を覗く気はしない。潰されそうだし。
そんな中、私は、薄くて軽い本を見付けた。『蔵出しミックスナッツ』……短編集か。潜り込み、まず冒頭の「梁父吟 習作」を読み始めるも、見開き二ページで話が終わってしまう。マジか。野間みつねなのに。
次の「伝説の前に」は、見開き二ページではなかったが、次のページで話が終わってしまった。野間みつねなのに。
ああ、これなら私でも大丈夫。
読み進める内に、「落星前夜 習作」という作品が出てきた。また習作か。そう思いつつ文章を追うと、冒頭の「梁父吟 習作」と登場人物が同じで、対になっていた。あちらが出会いで、こちらが別れ。……そうか、野間みつねにとっては、書きたかった長編の最初と最後だけを切り取ったようなもの、だから双方が「習作」なのだ。どちらの作品も主人公の名前が出てこないが、あの辺りの歴史を齧った人間ならピンと来る単語がちりばめられている……。
……おっと、名残は尽きぬが、字数の方が尽きる。このレビュー(?)を「うそと本と」の案内係とやらの所へ届けねば。
えっちらおっちらフォームをくぐって辿り着くと──
……おやつにされた。
来世は、長編でも読める体に生まれ変われりたいものである。