かつてのオレにとっての楽しみは、図書室に篭って本を読むことしかなくて。そこにあるものだって、既に読み切った本ばっかり。決まりきった展開に飽き飽きしてきた頃に、本棚の隅で埃を被ってたそれに出会ったんだったと思います。何しろ分厚い本でしたから、敬遠されてたんでしょうね。
舞台は、ここではない、遠い遠い霧の世界。『女王国』と呼ばれる国の首都、その地下に広がる、前人未到の迷宮『獣のはらわた』です。
『獣のはらわた』には人とは違う体を持っている、『ヤドリギ』と呼ばれる「化物」が住んでいました。体の半分は人のもので、半分は奇妙な植物。混ざり合っていないと生きていられないから『ヤドリギ』。本当の名前はとっくに忘れてしまった、なーんて嘯いているけれど、実際には何一つ、何一つ、手放さないように大事に握り締めているような、そんなひと。
本の中に収められていたのは、『ヤドリギ』と、『獣のはらわた』に住む、もしくは出入りする人たちの、ちいさな物語の数々。時にはちょっとした事件もあるけれど、ほとんどは彼らのどうってことはない日常。日の光(──と言っても「太陽」はないのですが)もささない迷宮の中で、時にしたたかに、時に手を差し伸べ合って生きるひとたちの、ありのままの姿でした。
『ヤドリギ』は己を「化物」と言いつつも、人の心を失いたくないと願いながら、人間に手を伸ばし続ける。時には異形の手を外套の下に隠すこともあるけれど、その手を取ってくれる人も、いる。
それぞれの物語はとっても断片的で、時系列だってばらばらで、ひとつの話だけでは『ヤドリギ』のことも、『ヤドリギ』を取り巻く世界のことも、なんにもわからないと思います。でも、夜ごとに一つずつ物語を拾い上げてみて、時にはお気に入りの話を何度も目を通しているうちに、『ヤドリギ』と一緒に不可思議な『獣のはらわた』を散歩していることに気付くんです。
どうしたって、ひとと違うということ。それでも、前を向いて生きていくということ。
少しばかりの虚勢と、意地と、それ以上の決意を込めて胸を張るということ。
読んでいるオレも、『ヤドリギ』と一緒に、少しだけ背筋を伸ばしてみたくなる、そんなお話です。