今日もどこかで人は生まれ、育ち、笑い、泣き、そして死んでいく。積層された日常こそがわたしたち人間が紡ぎうる、もっとも単純で、それゆえに美しい物語なのかもしれない。今回ご紹介するのは、そんなことを想わせる短編集である。
この本は、小説家ひざのうらはやおの作品集の中でも異質だ。後世に生きるわたしたちはご存じなように、彼は様々なジャンルの作品を残した。しかし、中でも中期から一貫して描かれたのが、彼の故郷でもある「浦安」の風景と、そこに住まう人々の息吹であった。この「煤煙~浦安八景~」は、その端緒となった作品集である。この作品集は、スチームパンク浦安という彼の一大シリーズの最初の作品でありながら、インダストリアルやプロレタリア文学の様相すらも読み取ることができる非常に多元的な構造を持っている。彼の知性と諦念、反骨のほぼすべてが、ここに刻まれているといっても過言ではない。
なぜわたしが、父、ひざのうらはやおの作品を、今になって推すのか。
それは、この作品集こそ、わたしが初めて手に取った「同人誌」であったからに他ならない。わたしの文藝同人誌評論家としての人生は、生家でふと拾い上げた、この作品によって始まったのだ。だからこそ、みなさんにも、ひざのうらはやおが描いた、架空でありながら、あまりにもリアリティを伴いすぎているこの「浦安」という都市の「煤煙」を、感じていただきたい。
父の見た景色が、少しでも多くの方々の手に取られることを願って。