ずっと昔、蒸気機関という機関があったそうだ。もはや書物や〈負の歴史〉博物館にしか残っていないような旧時代の機械で、いま私たちが使っている〈アダマンティウム・エンジン〉に比べると、非効率的と呼ぶのもはばかられるほどだったという。
もっとも人類の歴史と文明は科学の発展によって支えられてきたものであるから、かつて重要な役割を果たしていた蒸気機関を否定するわけではない。
むしろその存在を忘れるのは、星禍を忘れるのと同じで──
いや、それよりも肝心のレビューに入る。
小説『蒸気人間事件』は、我々から見れば非効率な存在でしかない蒸気機関が大きく発達を遂げた世界でのお話だ。
本書の中心人物は大学生の瞭(りょう)であるが、冒頭いきなり、彼女が〈蒸気人間〉に関わったためにすでに大学にいないことを示唆する場面から始まる。主人公と〈蒸気人間〉を冒頭からしっかり関連づけていく場面は、これから始まる300ページ超の物語の幕開けにぴったりで、作中に引き込ませる力があると感じた。
本編に入り瞭と友人の日常ともいうべき場面があるのだが、その帰りに〈蒸気人間〉と遭遇したところから物語は本格的に動きだす。このあとも展開は二転するが、〈蒸気人間〉に迫る瞭の秘密にぜひとも着目してほしい。
あらすじばかり語ってはレビューとしての意味がないので、私なりの着目点として、やはり蒸気機関を挙げておこう。
上述したように作品世界では、蒸気機関が我々が知るそれとは異なる発達を遂げている。そうした結果、作中世界の都市生活では蒸気機関が欠かせないものとなっている。そのため登場する機械のほぼすべてが蒸気機関を動力源としている。自動車も鉄道はもちろん、思考機関と呼ばれるコンピューターでさえもだ。
発達した蒸気機関は〈蒸気人間〉とも密接に関連しており、なぜ彼らが存在しているのかも本書のミソといえる部分だ。
もちろん本書の蒸気機関は空想的な科学の産物だ。
しかし私が興味を持った点もそこにある。同僚は本書を荒唐無稽と吐き捨てていたし、彼はその意見に賛同してほしいからこそ私にも貸してくれたのであろう。が、私はこれをばかげているは思わない。むしろ作品の裏には、常に科学とそれを運用する人への希望が詰まっているように読めるのだ。
それは星禍により我々が失いかけているものである。だからこそ私は本書に惹かれたのだろう。