「フォルティス・オディウム 上」
魔族の女、興奮!?
あの小娘を主人公にした本があるなんていうから、人間の女のふりをして、大きい街の本屋へ行ってみたんだよ。
『勇者と魔王に分かたれた恋人達の、失われてゆく物語』
なんて仰々しいあおり文なんかつけて、まったく、鼻で笑っちまうね。
ああ、忌々しい。何が楽しくて、あの小娘とあの子がイチャイチャしているところをわざわざ文字で読まなきゃいけないんだ。本を真っ二つに引き裂いてやろうかと手がぷるぷる震え始めたところで、あの子が魔王として覚醒するシーンが来て、あたしは思わず快哉を叫びそうになったね。ああ、ああ、本当にあの時のあの小娘の顔といったら、思い出すだけで愉快な事この上無いさ!
……ああ、そうだね。あの憎たらしいアナスタシアの特務騎士が、小娘を助けたんだったね。
『こじらせ片思い野郎』なんてあだ名で一部の女子に人気らしいけれど、ただの横恋慕男じゃないか。あの澄ました顔を思い出す度に、はらわたが煮えくり返るようだよ。
あ? あたしも横車を押してるだろうって? うるさいよ黙りな。『魔律晶』の魔法で吹っ飛ばされたいのかい?
アナスタシアの王都に行ってから、あの小娘にふりかかった災難は、本当に笑えるよね。まさしく『失われてゆく物語』だ。
聖剣『フォルティス』を授かって、仲間と共に旅立ったけれども、その仲間も信用ならなくて、こちらが手を下すまでもなく自滅していった奴もいたねえ。本当に、人間ってのは愚かな生き物さ。
って、おい、ちょっと待ちな。
ここで、こんなところで終わりなのかい? あたしは。あたしは、終わっちゃいない! まだこの話には続きがあるだろうに!
ん? 中巻? 下巻? 取り戻す為の物語? 子世代編?
……んふふふふふ。
いいねえ、いいねえ、楽しみがまだ続くよ。あたしはこれで終わりやしない。
せいぜい足掻くんだね、あの小娘の血を引く、ちっぽけな存在。このあたしが、お前を八つ裂きにしてやる、その日まで!
魔族の女 さん