「真昼の月の物語」

異世界の飛行機乗りだからわからない

俺は今、戦闘艇の中でこの物語を読んでいる。この物語のデータがどこからやってきたのか、俺は知らない。なんせ古代の通信施設を流用しているだけのこの国の情報セキュリティは酷いもんだ。いったいどこから紛れ込んだかなんてわかるわけもない。俺がこのデータを見つけたのもたまたまだ。読んでみたのは出撃までの暇をつぶすためだな。要するに気まぐれだ。

物語の内容からすると、こいつはどうやら別の世界か別の星の話、なんだろうな。本当にあったことなのか嘘っぱちなのかはわからないが、まあでも俺たちと似たような身体のつくりをした、似たような精神性の生き物たちが生きている世界だ。

しかし、世界の様子は、俺たちが生きているこの世界とはだいぶ違っている。この物語の世界の空は、閉ざされている。俺たちと違って、自由に飛び回ることはできないんだ。空は灰色で、荒れ果てた大地が広がっている。

こちらの世界とどっちが良いんだろうな。この物語の世界に生きる連中は──つまり物語の主人公たちは、青空に憧れてそれを取り戻そうとしている。俺は毎日広大な青空を飛び回っているが、こいつらよりも空には手が届かないような気がしている。

気の持ちよう、なのかもしれないな。こいつらには希望がある。誰よりも空を取り戻したがっているジュリアンって男は、どうも最初の方は諦めかけてた節があるが……それもフィラって女と出会うことで気分が変わったらしい。

甘ったるい話だし俺には理解できねえ部分ではあるが、正直羨ましいとは思うぜ。閉塞的な世界で、それでもこいつは自分が生きる意味を、空を取り戻す理由を、見つけられたんだから。

こいつみたいな英雄様が俺らの世界にもいてくれたら……。

……なんだ、俺もずいぶんと他力本願だな。物語の最後に広がる風景に、柄にもなく感傷的になっちまったらしい。

下らねえ繰り言だ。忘れてくれ。あんたがこことは違う世界の、絶望から希望に向かう夢物語に興味があるってんならデータを渡してやるぜ。欲しいならいつでも言ってくれ。

じゃあ、またな。

レビュアー
異世界の飛行機乗り さん

「真昼の月の物語」(深海いわし)

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