おや、見慣れない人の子がおる。こんな峡谷の奥にまで何の用かね?
……竜と人のことが記された本を探している?
ふむ。人の国には本を集めた場所があると聞いているが? なに、ここでしか見ることのできないもの?
……ああ、あの本のことかね。
5人の歌詠師と5人の彩現師が綴った、幾多の世界に生きる竜と人との交わりを記した〈幻想書〉。
遠く遠くから来た人の子がこの本を置いていったのだよ。もう数十年も前になるか……そう、お主のような姿形をしていた。
あれはなかなかに面白い。
ひとえに竜と云っても、同じ竜は存在しない。
そして人も、竜に対する見方が違う。
愛があり、欲望があり、憎しみがあり、友情があり、別れがあり、切なさがあり……そう、人の言葉で言うならば『感動した』とは、こういったことを示すのだろうな。
なにせここは峡谷の奥。あまりそういったものを嗜まないものでな。珍しさ故に、何度も語ってもらうのだよ。
はて、最後に読んだのはいつだったか。
……読まないのかって? 我のこれを見て言っているか?
結構結構。謝罪の代わりに、人の子に頼もうではないか。
伝説の勇者と暴君竜の戦いのその後を綴り、
竜と人との異種族間の異色な愛の形を問いかけ、
男子高校生ともふ竜の不思議な日常を覗き、
御伽噺で聞いていた竜と人が穏やかに暮らす世界を眺め、
竜と人の思惑が交錯する愛憎の果てを行く末を見届ける。
この本はそんな5つの話が記されておる。
さあ、今日の語り部は其方だ。
我にこれを読んで聞かせておくれ。