いつも、短文口語調なので、たまには気分を変えて、ぼんやりと、徒然なるままを。
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最近、「こじらせ~」という単語をよく目にするので、何かと調べてみた。
どうやら、男女のカテゴライズの1つで、ツンデレとかヤンデレとかそんな
言葉の1つらしい。
そこで、私も男なので、「こじらせ男子」の特徴とやらをネットで検索したところ。
1 ほめられても「俺なんかどうせかっこよくないし…」とすぐ卑屈になる
2 自分語りがけっこう好き
3 ネット上では雄弁
4 とことん女運がない
5 好みじゃない女性に厳しい
6 肉食系女子が怖い
7 常にコンプレックスがある
8 自己評価は低いが、認められたいという思いは強い
9 大勢の人の前では大人しい
10 他人と目を合わせて話すのが苦手
自分も当てはまるようなところ....ありますよ・・
しかし、全く持って当てはまらない人がいるのか?
たとえば、言葉を裏返すと「こじらせない男子なのか?」
という疑問が浮かび、あえて裏返しでみる。
1 ほめられると「俺かっこいいし…」と尊大になる
2 自分語りがあまり好きじゃない。
3 ネット上では無口
4 とことん女運がある
5 好みじゃない女性にもやさしい
6 肉食系女子に親しむ
7 常時的なコンプレックスがない
8 自己評価は高いが、認められたいという思いはさしてない
9 大勢の人の前で荒々しく
10 他人と目を合わせて話せる
まあ、屁理屈だけど、「こじらせ男(女)子」という語彙の消極的な印象から、
逆に究極にそうではない、「こじらせない男(女)子像」はこうなのか?
いや、実際にいたら「こじらせ」よりよほど、印象深い人かと。。
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自身、あまたの事象からクラスタ(房、塊、群れ、集団の意)を見つけ出すことを生業の一部としていながらも、この手の言葉が乱用されることに卒倒する。
太古から産まれた月日や血液型で統計的に見て分類したくなるのが人の性であることは理解している。ただ、これらは、全て(の人)を分類するのであって特定の少数派のかいつまみではないが故に、ほかに当てはまる例があれば、その人にとって、全てを否定する余地がある。
「こじらせ」の類の言葉に抱く憎悪は、特定の母集団の中央を掻い摘み、その言葉で人を安易に囲い、差別する。さらにその言葉をもって、会ったことも見たこともない人ですら、たった数文字で表現され、理解したように振舞われてしまう。
ほかに対義がないだけに、「引っかかり」だけで、全てが当てはまるがごとく簡便に人格を理解したように見せかけてられてしまう。
これが、どれだけ人を傷つけることか。。
自分は数多の人に興味を持たない(もてない)性分であっても、世間からは続々と新しい投網が投げられ、印象の暴力に不覚にも抗い続け、徒労に吐瀉する。
もし、「そう思いたければ思えばいい」と割り切れず、言葉の投網を投げかけられて迷うことがあれば、投網の裏を読み返してみればいい。
網は穴だらけで、決してあなたを捕まえることはできない。
自分は自分で他人は他人。唯一無二の存在であると信じたい。
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と、
ここまで書いて、自分が普段他人に興味を持たない理由の1つがこれなのか?
とも思う。人から網にくくられることの徒労を知りつつ、自らが他人にそれを浴びせることに罪悪感を感じるからかもしれない。
だから
もし、他人と本気で接するなら、網を持たずすべてを受い入れる。
間違った人格などどこにも無く、時と縁をもって接すれば、言葉の投網を持たずとも、唯一無二を感じ、それをあなたと認識すればよいのだ。
あー納得。。寝よう。。
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のんべんだらりと前日にお酒にまみれた文体。さすがに即日公開ボタンを押すのをためけど。。改めて読み返して、まあ良いかこういう陶酔もまた一興。