シリーズ「あの話どうなった」
医薬品メーカーである興和は,2024年11月20日,ミノムシの糸を使った商業生産に世界で初めて成功したと発表した.6年前のプレスリリースでは,「興和と農研機構は,クモ糸を凌駕するミノムシの糸の有用性を見出し,その産業化を可能にする技術開発に成功」と発表していた.以下はその概要である.
ミノムシの吐く糸が、これまでの知見で最強と言われているクモの糸よりも、弾性率、破断強度、 およびタフネスのすべてにおいて上回っていることを世界に先駆けて発見しました。
ミノムシから 1 本の長い糸(長繊維)を採糸する基本技術を考案し特許出願しました。
ミノムシの糸は、強くて高タフネスといった、構造材料としての理想的な外力への応答性を示 すだけでなく、熱にも非常に高い安定性を示しました。
ミノムシの糸を樹脂と複合することで、樹脂の強度が大幅に改善されることを見出しました。
ミノムシの人工繁殖方法や大量飼育方法を確立しました。
長繊維を採糸する基本技術を発展させ、効率的な採糸方法を確立しました。(ミノムシを殺さ ず、採糸した後は、次の世代に命が繋がる、そんな技術です。)
今後、産業化に向けた生産体制を早急に構築していく予定です。
興和は,数百万頭のミノムシの飼育に成功していて,ミノムシ糸を使ったシートやショートカットファイバーを使った炭素繊維複合材料(CFRP)を開発し,今後「ミノロン(MINOLON)」ブランドで,スポーツ用品や自動車のボディ,防弾チョッキ,電子機器の筐体などの用途での製品化を目指すという.
興和のプレスリリースに掲載されている画像を使用しました.
ミノムシはミノガ科に属し,20種以上知られている.身近なミノムシといえば.オオミノガとチャミノガである. ミノムシは,昔は日本のどこにでもいたが,1990年代後半頃からミノムシの一つであるオオミノガが激減していることが確認されている.その原因は,中国大陸からやってきたオオミノガヤドリバエという外来種のハエが西日本を中心に増えたためである.オオミノガはこの天敵から身を守る術を持っていない.そのため,徳島県,宮崎県で絶滅危惧Ⅰ類(EN)に,神奈川県、山口県、福岡県で絶滅危惧Ⅱ類(VU)に指定されている.注)絶滅危惧Ⅰ類(EN)は絶滅が差し迫っている区分で,危機的状況に属する.
ミノムシに注目した理由
天然繊維の1つである絹糸は蚕から得られる単繊維であり, 繭はカイコの一生(約2ヶ月)のうち,蛹になる直前の2~3日間の短い期間に作られ、繊維として利用する際には繭を鍋で煮て蛹を処分する必要がある.蚕が吐く糸は1,500メートルに達する.
一方,ミノムシは産まれてすぐに糸を吐きはじめ, 幼虫の期間は移動距離に応じて常に糸を吐き続けるため,飼育しながら繊維を採ることができる.クモと異なり1本の長い糸を採取するのは困難に思えるが,らせん状の細い道を這わせ,ミノムシの動きをコントロールすることで,1匹から長さ数百メートルの糸を採取することに成功している.
オオミノガの幼虫由来のミノムシ繊維は, 天然繊維で最強と言われていたクモの糸を, 弾性率,破断強度, およびタフネスの全てで上回ることが明らかになっている.
天然繊維は自然の風合いと環境にやさしい素材であるのが魅力だが,耐久性や染色の難しさが考慮される必要がある.一方,化学繊維は耐久性や染色の容易さが特徴であるが,通気性や環境への影響に注意が必要である.
戦後,木の枝葉を取り込んだミノムシの殻を使って服等が作られたことがあるという.今後,絹の弱点のひとつである耐久性を克服したミノムシ糸で織られた繊維製品が期待できそうである.
ミノムシから作る、世界最強の天然繊維(糸の構造について以下の記述がある)
ミノムシの糸は絹と同様にタンパク質で構成された繊維である.詳細な解析によると,ミノムシの糸には周期的に繰り返す秩序性の階層構造が存在する.その秩序性を蚕やクモの糸と比較すると,圧倒的に強く糸を引っ張った時にかかる力がまんべんなく分散され,力が効率よく糸全体に伝わるという.秩序性階層構造は,糸を伸ばした時にも崩れることはなく,糸が切れるまで維持される.
参考資料
ミノムシ繊維の製品化を世界で初めて達成 新ブランド「MINOLON」を立ち上げ(プレスリリース)
クモ糸を凌駕するミノムシの糸の有用性を見出し、 その産業化を (2018)
ミノムシから作る、世界最強の天然繊維 (NEC)
「ミノムシ調査(2016 年度)」報告 (滋賀県立琵琶湖博物館)
(2025.3.30)