オリンピックマーク型化合物

2020年の東京オリンピックに関連したニュースが毎日のようにテレビや新聞で報じられている.エンブレム盗作,新競技場建設費,巨大運営費問題等グッドニュースではない.

化学分野もオリンピックと無縁ではない.ドーピングに使われる化合物はその典型である.今回紹介するのは,五輪のマークの形をした化合物の合成と立体構造に関する面白い話題である.

1994年に,J. Fraser Stoddart らによって合成され,オリンピアダン(Olympiadane)と命名された紫色の結晶である.本化合物は5個の環状化合物(リング)が直線形に鎖状に繋がったペンタカテナン(連結環分子)あるいは [5]-カテナンとよばれる化合物である.実際に合成された化合物の平面分子構造は以下に示す通りである.黄色と緑色の大リングは3個のnaphthalene-1,5-diolを用いたクラウンエーテル型リングである.他の3個のリングは芳香環を6個(両端,ピリジン4個+ベンゼン2個)あるいは8個(中央,ピリジン4個+ベンゼン4個)を4個のメチレンで環状に繋いだリングである.すべてのピリジン環はPF6-と塩を形成している.

なお,図はWikipediaを参考にChemDrawで作図した.便宜上青と赤,黄と緑で示したリングはそれぞれ等価である.

合成の際は,最初に3個の輪が繋がった化合物が合成され,次いで高圧条件下で增環のための反応を行い,6環,7環カテナン等の複数の反応物の中から目的の5環性カテナンを得ている.黒リングに黄および緑リングが絡みついた3環カテナンのX線解析図を以下に示す.両端のナフタリン環はdisorderのため配座の異なる構造が重なり乱れている.

1998年,詳報がアメリカ化学会誌に発表された際,単結晶X線解析結果も発表されたが,3環性カテナンしか目に止まらなった.今,読みなおしてみると5環性カテナンのX線解析も実施されていた.CCDCデータベースから解析データをダウンロードして描画すると,3環性カテナンが現れる.データを精査すると分子の中心に対象中心があることが分かった.そのことを考慮して隣接格子まで描かせると,5環性カテナンの立体構造が現れる.

Olympiadaneの結晶構造(水素原子は非表示)

注)分子本体のほかに12個のPF6-および結晶する際に取り込まれた溶媒が表示されている.CCDCの描画ソフトMercuryを使用

リングの中を他のリングが貫通している様子をステレオ図で示した.右は水素を含めた図である.

左図は左目,右図は右目で,じっと見つめると,中央に立体図が浮かび上がるはずである.左右の図が離れすぎると立体図が見にくいので,ブラウザの表示サイズを拡大縮小して調整してほしい.左右の視力がなるべく等しくなるように片方の目を細めたりするとよい.また,図の間に葉書等の紙片を立てて左右の情報が混じらないようにする方法も有効である.

オリンピックマークとは程遠い形であるが,各構成原子がとり得る結合距離,角度,ねじれ角等の許容範囲から判断して,きれいな真円を形成することがは不可能である.

本化合物が何に役に立つかは分からないが,芳香環のドナー,アクセプター相互作用を巧みに利用して,配座を固定し分子の安定性を高めているのは見事である.ベンゼン環がピリジン環になるとHOMO, LUMOは低下する.ピリジン環が塩を形成すると,さらに大きくLUMOが低下する.それに2個の電子供与基が置換することによりHOMOが上昇したnaphthalene-1,5-diolリングが効率的に相互作用する.図に示すように面間距離は3.4Å程度である.

芳香環ー芳香環(πーπ)相互作用のほかに,芳香環水素と芳香環(CH--π, edge to face)や芳香環水素とエーテル酸素(CH--O)等の弱相互作用の集積効果を学習するのに大いに役に立つ研究材料である.

3環性カテナンの面間距離(概略,最小二乗平面間の距離ではない)

πーπ相互作用および edge to face (Ar-H--Ar面)相互作用

緑文字の部分がO--HC相互作用(エーテル酸素と芳香環やメチレン水素)

参考論文

Amabilino, D. B.; Ashton, P. R.; Reder, A. S.; Spencer, N.; Stoddart, J. F. "Olympiadane." Angew. Chem., Int. Ed. Engl. 1994, 33, 1286-1290.

Amabilino, D. B.; Ashton, P. R.; Balzani, V. ; Boyd, S. E.; Credi, A.; Lee, J. Y.; Menzer, S.; Stoddart, J. F.; Venturi, M.; Williams, D. J. "Oligocatenanes Made to Order." J. Am. Chem. Soc. 1998, 120, 4295-4307.

Abstract

The construction of catenanes, comprised of between two and seven interlocked rings, has been achieved. Two tris-1,5-naphtho-57-crown-15 macrocycles template the formation of cyclobis(paraquat-4,4‘-biphenylene) to give a [3]catenane, which acts as a template for the construction of one and then another cyclobis(paraquat-p-phenylene) to give a [4]- and [5]catenane (Olympiadane). When high pressure was used in these templated syntheses, a [6]- and [7]catenane, as well as a [5]catenane that is topologically isomeric with Olympiadane, were also obtained. X-ray analyses of the [3]-, [5]-, and [7]catenanes reveal an optimum use of electrostatic, π−π stacking, [C−H···π] interactions, and [C−H···O] hydrogen bonds in the organization of the component rings within the molecules. Noteworthy in the [7]catenane structure is the location of four of the PF6- anions within voids present in the 20+ ion. Temperature-dependent 1H NMR spectroscopic studies and electrochemical investigations have revealed the dynamic and redox behavior of these catenanes in solution.

X線解析データはCCDCからcifファイルをダウンロードした (1261387.CIFおよび1261388.cif ), 空間群 P-1.