薬学6年制コアカリキュラムにおいては,有機化学の講義は1年次から4年次まで必修として開講される. ところが, 毎年教員の間で, 話題になるのは学生の知識集積度の低迷である. 各試験が終わるとリセットされてしまう現実をどうするかである.
前年度後期試験における芳香族性の問題は, ほとんど Huckel法で考えることができる化合物を出題したが, 理屈抜きで暗記しているため, 過去問以外の化合物は答えられない学生が見られた.
しかし, このことは学生に限ったことではなさそうである. ある国立大学の有機化学の先生から問い合わせのメールが来た. 問い合わせの内容は, pyridine N-oxide (PyN+-O-) の取り扱い (電荷の指定) に関するものであった. 窒素はプラス, 酸素はマイナスに荷電している形で描かれる. 分子軌道計算する際は, 荷電状態に応じて, charge=1 とか charge=-1 のように指定する. 当然のことながら, charge=2 の場合もあり得る. 中性分子は, charge=0 であり, 指定する必要がない.
質問者の先生は, charge=1 と charge=-1 を2個指定したということであった. 電荷の指定は要らないという返事をしたが, 計算結果については確認しなかった. 分子の取り扱いもさることながら,計算機処理の考え方にも問題がある. 計算プログラムの中味を理解する必要はないが, 同一の変数に2回数値を代入したら, 前のデータは上書きされることも理解していないということになる.
最近は、”素人でも簡単に分子軌道計算できます”と言って, 高価なGUI支援による分子軌道計算プログラムが数十万円で売られている. しかし, 購入したものの, 研究に活用し, その成果を投稿論文として公表している人は少ない. そのためには, 計算結果を第三者的に検証できる能力が必要であることは言うまでもない.
[一言] 計算化学を含む論文審査の場合, レフェリーの選択はきわめて重要である. 計算の経験はないが, 耳学で物知りの学者に審査されると先入観が優先し悲劇である. コストパフォーマンスを考えてくれない. HOMOエネルギーの概略値を知りたい程度なのに半経験的手法は当てにならないと高度の計算を要求する.また,かなり偉い先生が ab initioではある種の物性値が計算できないと言っていた。 実際は、 計算結果(リスト)上、 表示されていないだけであった。