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東京大学教養学部の基礎演習テキスト「知の技法」に表題の説明があった.
ワープロの功罪に関する記述である.ワープロは複雑な漢字の処理(図形パターンの記憶と模写)において革命をもたらしたが,いくつかの問題点を指摘してい る.最大の問題点は「再認」はできるが「再生」はできなくなるというものである.「再認」は選択肢の中から選ぶということ,「再生」は選択肢なしで書くこ とを意味している.「再認」の場合,選択肢の中から正解を選ぶ際のミスも問題である.
この説明文を読みながら,上記のことは我々が薬学教育で直面している薬剤師国家試験や予備校模試,さらにはそのための対策講義に当てはまると思った.う ろ覚えでも解ける程度の勉強でよいではないかという学生や教員は「再認」と「再生」の違いを考えたことがないのであろう.
「再生」できないことが問題であり,「再認」を重視する教育は大学教育ではないということである.6年制薬学教育では,原理を理解し,新しい問題にも対 応できる能力の醸成のために卒業実習教育(卒業研究,卒業演習)は必須と考えたはずであるが,当学部の教務委員会は補講重視を唱えている.コアカリの卒業 実習教育に設定されている卒業演習やアドバンストを補講と思い込んでいる.
学部として,薬学教育に素人集団である法人課の辻褄合わせを是認する態度も理解できない.薬学教育改革の原点にもどり真剣に考え直す必要があると思う が,その前にシラバスの提出を急かしているのはどうしても理解できない.相手の方が上で,既成事実をつくりたいのかもしれない(2010/1/4).
「最近の学生は・・」という言葉は何時の時代にも聞かれる.一昔前は考えられなかったということであるが,その変化量は指数関数的に大きくなり,予想を超 えるため,聞いてびっくりすることがある.予想できれば対策を立てることができるが,予想できないので,後追い的な繰り言になってしまう.
今年度,吉武准教授は一年生の担任になった.順番がきたので,なってもらったと言った方が正確である.彼のところには学年を問わず,学生が訪れるため,全学年の担任をやっているような現象が生じている.
有機化学は化学系の教員がシリーズで分担してやっている.ところが,寒水先生はオフィスアワーを設定しているので,質問はやさしいと評判の吉武先生に集 中する.最近は,これまでほとんど顔を見せなかった寒水先生授業担当の学生が困り果てて吉武先生のところにやってくる.再履修者の場合は,履修免除してい るため,勉強しているはずがない.与えられた課題の題意がわからないのは普通であり,自分で下調べをして質問にくる学生は一人も居ないとのことである.今 はやりの自力飛行できないグライダー人間の典型である.
我々の予想を超える事例のひとつは,教科書を買っていない学生が結構いることである.彼らは,過去問しか勉強しないと言っているそうである.あきれてそ のことを指摘したら図書室の本を持って再度質問に来たというからびっくり仰天である.小生の担当の有機合成化学の講義でも例外ではない.講義資料を印刷し て配布しているが,「紛失した」あるいは「ノート代わりに書き込んでいたら何が何やら分からなくなってしまった」ということで,「新しいものを貰えない か」とやってくる.黙って予備の冊子を渡したが,期末試験に合格するか疑問である.
もうひとつの予想できない例として,”開き直り”を挙げることができる.「そんなことが理解できる能力を持っていたら国立大学を受けてました」,「なぜ,私を合格させたのですか」などと口にする学生も現われてきたことを紹介しておきたい.
11月22日の読売新聞に表題の記事が載ったとのことである.
これまで教員の間では「学生はもう大人。そこまでやる必要はない」との意見が多数派だったが、次第に危機感が広がったためということのようである.
全大学で単位を付与する形式で広まることは確実である.本学でも就職関連の説明会,講習会は単位を絡めているが,賛否両論がある.今後表立って反対し難くなるだろう.
最近,福岡の大手国試予備校の教員が訪ねてきた.本学4年制課程の一期生を面倒見ているとのことである.全体的にあまり模擬試験の成績が芳しくないの で,保護者に成績を報告したところ,「国試対策のプロが何をしてる」と逆に叱られたそうである.社会常識の欠如は親の世代にも存在するということである.
今朝の朝日新聞は,薬学部の人気がなくなっていることを特集的に扱っていた.新聞引用
東京のある私立大学におけるOSCE練習を取材したのであろう.薬剤師と模擬患者とのやりとりの内容,その受け答えに対する評価者のコメントを紹介して いた.さらに記事は人気低迷の理由を小泉改革に遡り解説していた.6年制になり学費がかさむわりには報酬も看護師と変わらないことに触れ,最後に「それで も薬剤師は不足している」という病薬会長の意見(患者10人に薬剤師1名必要)が記載されていた.質の低下を心配した薬剤師会が薬大の増設抑制を国に提案 したが,国は聞き入れなかった.現在,そのとおりになっていることは薬学部関係者の間では周知の事実である.折しも全国の大学で推薦入試の願書受付中であ る.大手予備校の取材内容が紹介されているが,志望者数の減少だけで,偏差値までは紹介されていない.偏差値の低下を紹介したら,刺激が強過ぎるかもしれ ない.おそらく,「私大の4割が定員割れである」ことを記事にすれば充分という配慮に違いない.今朝の記事を読んだ受験生や読者はどのように感じただろう か.それでも薬剤師会会長の意見を信じて薬学部へ進学するだろうか?
同日の別の紙面では,司法試験に次いで難関とされる公認会計士の就職難について報じていた.これも小泉改革の影響の典型的な例である.米国に較べ対企業 の人数が少ないというので増員を図った.薬剤師に較べると合格者数も1/10程度だからそれほど深刻ではないが,大手監査法人以外に企業会計士の採用を見 込んでの増員だったのに,企業採用は1~2%とのことである.その理由は,三年間の実務実習があっても企業では即戦力にはなり得ないということである.
6年制教育では,即戦力を目指すと言っているが,薬剤師会会長が薬剤師不足と言っているようなアクティブな医療現場では無理かもしれない.
8月22日の朝,NHKの経済番組で大学の学生集めの実情が紹介されていた.
全国的には,46.5%定員割れであり,来春5校が募集停止するとのことである.前日の新聞には,47%の私立大学がいい加減な入試?を行っているため, 入学後授業について行けない学生が増えているという記事が載っていた(日本私立大学団体連合会の調査).NHKの番組では,北海道北端のある大学ではオー プンキャンパスに来た30名の学生に交通費を支給したとのことである.その結果?,今年度は前年のオープンキャンパスに来た学生の80%が入学したという のだから驚きである.さらに,ある大学では,オープンキャンパスにきたAO入試希望の学生に面接をして早々と合格を出すそうである.入学までの半年間は勉 強しなくなることを知らないのだろうか.その代償は覚悟の上ということだろうか.
規制緩和で発足した薬系大学も同様な傾向を示している.定員割れを恐れ,自学力のないことが明白な学生を入学させ,その後も学生を超法規的に進級させ, 共用試験まで引っ張ったらCBTのふるいに掛けることができるだろうか.共用試験のまえに「共用試験受験資格試験」が必要かもしれない.進級試験がそれに 代わる客観的なものであることを願いたい.
このところ,多くの先生方が低学年学生の学力低下を嘆いている.入学試験委員は早くから気付いているが,合格者選抜会議では点数に関係なく合格者数が優先してしまう.ここらあたりで足切りを真剣に考える時期かもしれない.
記事内容 私大47%、入試に問題あり 定員確保優先の実態も 共同通信2009年8月21日(金)06:03 入学者の学力水準などをめぐり、入学選抜方法について回答した私立大の47%が「問題がある」と感じていることが 21日、日本私立大学団体連合会の調査で分かった。学生確保のため基礎学力が不足していても受け入れざるを得ない 実態があらためて浮かんだ。連合会は全体的な状況として、AO入試や推薦入試の入学者の比率が大きくなり、入学者 の学力レベルの維持が難しくなっているとしている。
「学士力」という言葉を,昨年の中教審答申以来,頻繁に聞くようになった.
本学では今年度初めの大学協議会,全学教務委員会で紹介された.その資料については教員全員にメール添付したが,多忙のため忘れた教員が多いようである. 少子化に伴い大学は全入時代に突入した.大学はいよいよレジャーランド化し,対応できない学生のため,家庭教師まがいの指導をする支援システムの導入があ ちこちの大学で急がれている.それが「面倒見の良い大学」と勘違いする大学関係者も居るようである.中教審のそれは,一言で言えば,「卒業する学生の質を 保証しなさい」という出口規制である.
本学では一期生の初国家試験受験を前に成績不振者の対応に苦慮している.これまで「出口規制」など考えたことのない教員も「成績不振者問題」に中教審答 申を絡めるようになった.最近,いくつかの新聞にも紹介されたことも影響しているのかもしれない.卒業試験成績不振者を国家試験受験から除外することの正 当性の根拠は十分というわけである.入試の追跡調査,期末試験,進級判定等の際にも同様の議論をして常日頃熟慮していれば説得力があるが,取って付けたよ うな主張は迫力を感じない.
2011/4/18自宅庭に咲いたモッコウバラ
熊本大学薬学部の研究室で卒業研究を指導した学生が,論文博士の学位取得のため,病院薬剤師を辞めて熊 大に研究生で在籍し研究を続けている.このようなケースは私の研究室では二人目である.病院薬剤師だから臨床に関する研究と思う人が多いと思うがそうでは ない.完全に基礎系の仕事である.合成,単結晶X線解析,分子軌道計算等を駆使して結晶抱接体の分子認識に関する研究を行っている.私の退職後は,後任の 教授が丁寧に指導してくれているので,安心して完成を待っている.彼は修士課程に進学していないのでその分の研究実績が必要でなる.研究生に在籍し投稿論 文を作るため苦労している様子を見ていると学位取得にまつわるいろいろなことを思い出す.
博士論文発表自体は最終試験であり,発表後の質疑応答を受けて後日研究科委員会で投票が行われる.その結果で最終的に学位が認められるわけだが,いつの まにか発表が終わったら印刷した学位論文の冊子をもって各研究室の先生方に配って回るようになった.貰う方も当たり前のように挨拶に応えて労を労う始末で ある.もともと遠方の会社に勤めている人は何度も足を運べないので,論文発表会の当日,論文冊子を配るようになったものと思われる.最終試験でドジをやる こともあるかもしれないが,予備審査で十分に精査されているので最終試験は形式的なものになってしまっていると言っても過言ではない.
九州大学で,論文博士公聴会を聴きに行って珍しい経験をしたことがある.会場に行ったら審査員(主査,副査),スライド係,時計係のほかは,発表を聴く 人間は私一人だけだったという経験である.学位申請された方が熊本県出身だったため「同郷のよしみ」で聴きに行ったということである.講演の内容は無菌蛇 口の開発に関する研究であり,学位取得後ある国立大学附属病院の薬剤部長に就任された.最近,熊本大学の公聴会を聴きに行ったら同じようなことがあった. 聴く人がいない論文発表会というと何となく惨めな感じだが,そうでもない.研究室に在籍している院生の発表会の場合も研究室関係者を除くと外部の人間はほ とんど居なくて審査員だけということがある.それだけ修士や博士の論文発表会が多くなり,内容が細分化され興味がうすれてきたことも事実である.研究科委 員会で投票するためには,教授,助教授全員が公聴会に出席していなければならないはずであるが,それは原則にすぎない.主査の意見を聴いて合否を判断する ということが普通になっている.
ある時,化学系の論文発表会があった.発表した本人が一通り挨拶回りをした後,再び訪ねてきた.先に挨拶に行ったある教授室の前を通ったらゴミ箱に博士 論文が捨ててあったそうである.かなり時間が経ってから廃棄することとどこが違うかと聞かれると答に困るが断捨離もここまでやれば立派である.その教授の 部屋はいつも綺麗に片付いていた.論文発表会を聴くことも論文冊子体を持つことも断捨離の対象になってしまっているということである.(2011/12 /30)
追記
◯一昔前までは,地方大学には大学院が設置されておらず,博士になるには長い間研究し,目処が立つたら博士課程が設置されている大学に研究生として最低1 年間くらい在籍し,そこの教授とコネを作り,共著論文を作る必要があったと聞いたことがある.ところが昭和50年頃になるとどんどん博士を作るようになっ た.以前の論功行賞的なものではなく研究者としての出発点に立ったことを意味するようになった.
◯最近届いた九大薬友会の名簿をもとにグラフを描いてみた.修士入学者の最高は80 名に近い.修士課程の在校生の数は2年生65名,1年生49名,博士課程は25(1年生),22(2年生),21名(3年生)である.最近の減少傾向はは 6年制課程設置の影響を受けているものと考えられる.多くて10名の時代は遙か昔のこととなってしまった.
昭和36年頃の話である.当時の薬学部には工学的な考え方が欠落しているというので(数式と無縁な学問), 工学部出身の先生を呼んで研究室を作り,工学部の合成化学科や応用化学科の授業内容に似た科目を開講させる動きが盛んであった.熊本大学薬学部も例外では なく製薬化学科の学生に必修科目として履修させていた.熱力学,反応速度論、化学工学等のほかに製図の演習等も受けた覚えがある.有機化学ではエンタル ピーやエントロピー等の言葉はなく,それらの概念は薬品製造工学の授業で初めて教わった. 大学院は九州大学へ進学したが、薬品製造工学研究室の教授は東京工業大学出身であり同様の講義を開講していた.
三年生の製薬第二研究室(薬品製造工学)の実習では放射線量の測定を経験した.ガイガーカウンターを 使って準備された試料を測定し,いろいろな金属の遮蔽効果や距離による減衰を調べたり,半減期の計算なども勉強した.その際,自発光性夜光塗料を塗った腕 時計の文字盤も試料として測定した.当時新しいものが好きな友人が自分の腕時計は凄いと測定値を見せて回っていたことを覚えている.原発事故や世田谷放射 能騒ぎ等で放射能に対する意識が高くなった現在では考えられないことである.
「自発光性夜光塗料」としてはトリチウム,プロメチウム,ラジウムが時計用 に使われていたが,発がん性など危険性の高いラジウムは時計では使われなくなった.1990年代までは,欧米ではトリチウムが,日本ではプロメチウムが使 用されてきた.しかし,最近は放射性物質を含んでいる「自発光性夜光塗料」に代わって,安全で発光塗料の塗布量の制限がなく,かつ耐久性の優れた「長時間 残光の蓄光性夜光塗料」に切り換わった.「蓄光性夜光塗料」は放射性物質を含まないにもかかわらず外部からの光を短時間で貯え,3〜8時間も発光を持続す る.
学部学生時代、そのような実習が薬学とどのように結び付くかは判然としなかったが、その後あちこちの薬学部で放射薬品化学研究室 が誕生した. ところが,このところ学部改変の際に放射化学研究室を改組する動きが進んでその名前の研究室を見付けることができない薬学部も多くなった. 原発事故の後処理がずっと続くことを覚悟しなければならない現在,人間に対する安全性及び地球の環境問題を課題とする薬学でそのようなことでよいのだろう か.
50年前にガイガーカウンターを使った実習を薬学部で行った先生達は先見の明があったのかもしれない.特に私にとっては九州大学でX線回折計が導入された際たいへん役に立った.(2011/12/12)
追記
私立大学薬学部に勤めている後輩の衛生化学の教授が,原発事故をうけて急遽放射線に関する具体的説明を追加講義したところ,試験前に学習範囲が増えると学生に文句を言われたそうである.
参考までに,6年制薬学教育モデルコアカリキュラム に出てくる放射線,放射能に関する項目を以下に示した.小さな項目として散見される.
C 薬学専門教育
【物理系薬学を学ぶ】
C1 物質の物理的性質
(1) 物質の構造
物質を構成する基本単位である原子および分子の性質を理解するために、原子構造、分子構造および化学結合に関する基本的知識と技能を修得する.
①化学結合、②分子間相互作用、③原子・分子、④放射線と放射能
[生物系薬学を学ぶ]
[健康と環境]
C12 環境
人の健康にとってより良い環境の維持と向上に貢献できるようになるために、化学物質の人への影響、および生活環境や地球生態系と人の健康との関わりについての基本的知識、技能、態度を修得する。
(1) 化学物質の生体への影響
有害な化学物質などの生体への影響を回避できるようになるために、化学物質の毒性などに関する基本的知識を修得し、これに関連する基本的技能と態度を身につける。
①化学物質の代謝・代謝的活性化、②化学物質による発がん、③化学物質の毒性、④化学物質による中毒と処置、⑤電離放射線の生体への影響、⑥非電離放射線の生体への影響
[薬学と社会]
C18 薬学と社会
社会において薬剤師が果たすべき責任、義務等を正しく理解できるようになるために、薬学を取り巻く法律、制度、経済および薬局業務に関する基本的知識を修得し、それらを活用するための基本的技能と態度を身につける。
(1) 薬剤師を取り巻く法律と制度
患者の権利を考慮し、責任をもって医療に参画できるようになるために、薬事法、薬剤師法などの医療および薬事関係法規、制度の精神とその施行に関する基本的知識を修得し、それらを遵守する態度を身につける。
①医療の担い手としての使命、②法律と制度、③管理薬、④放射性医薬品
大震災のため日本薬学会年会が中止になったという話を聞いた際,開催地が静岡なら仕方ないかなと思った.しかし完全に中止となると問題がある.学会によってはインターネットを使った学会を開くところもあるようである.
以前,国際ヘテロ環学会がインターネット上で開催され,参加したことがある.今回のような代替の学会ではなく最初からインターネットを利用した電子学会であった.一定期間講演スライドあるいはポスターをホームページ方式で掲載し,ディスカッションボードやメール等で質疑を行うものであった.現在でも下記のURLにアクセスすれば見ることができる.
Electronic Conference on Heterocyclic Chemistry 1996年 1998年
せっかく学会に向けてがんばってきた院生,学生等の若い人達に発表の機会を与えないのはおかしいと言ったら,観光が半分,開催しなくても支部例会などでも発表しているので影響はないと言った人がいるが,観光目的なら尚更自粛ムードを払拭するのによいという考え方もある.中止にはなったが学会発表したことにする措置がとられるとのことである.一言で言えば,学会本部に電子学会の発想と対応能力がないということらしい.
各発表者が所属学部のホームページに掲載すれば,大会本部は大会プログラムにリンクを張るだけでよい.今からでも遅くはないと思う.
日本薬学会の欧文誌 Chem. Pharm. Bull.の電子版最新号を見ていたら,どこかで見たような気になる論文があった.
以前,論文で扱っている化合物と同じ化合物について構造活性発現機構について考察した論文がアメリカ化学会のJ. Org. Chem.に掲載されていたので,目に留まったわけである.ところが,Chem. Pharm. Bull.の論文では,まったく触れておらず引用すらされていない.引用論文を見ると,他の研究者の論文は1報もなく自分たちの論文だけである.査読の 際,その領域に通じた審査員ではなかったのであろう.それにしても投稿者のみならず審査員にも問題がありそうである.
今回の著者等が記載している研究内容(キーワード等)で化学系データベースを検索したら,一発で関連研究がリストアップされる時代である.今回は,自宅 からGoogleで検索してみたが,関連論文のJ. Org. Chem.や Tetrahedron のAbstract(図入り)が見つかった.
以前,Diels-Alder付加体がclathrate(結晶包接体)形成能を有することをTetrahedron Lettersに速報として最初に投稿した際,レフェリーから関連研究の引用論文の不備を指摘されたことがある.新規性の裏付けとして,総説等の引用が必 要であるということであった.このような指摘が可能なのは,Tetrahedron Letters等は学会誌とは異なるため学部の垣根を越えた広領域の専門家が審査員として確保できているためである.
このようなことでは Chem. Pharm. Bull.の質的向上は期待できそうにない.外国の大学図書館ではますます読まれなくなってしまうだろう.
[一言] 投稿者は新規性を前面に打ち出して投稿するわけであるから,その妥当性を判断するのがレフェリーや編集員の役割と思うが,データベースで調べることもせず 手を抜いているようである.ある編集員によると,最近は明らかに英文チェックを受けていないと考えられる論文もあるとのことである.
(平成22年6月26日)
単結晶X線解析解析を始めた1970代の話しである.X線解析の専門家ではない有機化学者が解析できるようになっても, 大型計算機利用の敷居が高く, 解析を依頼されることが多くあった.
解析に先立って, 話を聞くと解析する必要があるものばかりであり, なるべく引き受けたかったが, 研究室分が多く最少に絞らざるを得なかった.
研究室分と書いたが, それにはそれなりの意味がある. 田口教授の後任として名古屋大学工学部から兼松教授が赴任したが, 解析待ちのサンプルを数多く持ち込んで来た.
サンプルの中には一流国際誌に報告済みのものもあった. 解析してみると, NMRスペクトルによる構造とは異なるものが多く, 解析結果を報告するのに苦労した.
典型的な例は J. Org. Chem. に報告された phencyclone と azepine の反応がある. 熱禁制の6π+2π反応が惹起したと報告されていたが, 実際は phencyclone が2π, azepine が4πで反応したものであった. その後, この反応は phencyclone が4π, azepine が2πで反応した後, Cope転位したものであることを明らかにすることができた. 同類の反応成績体で構造がはっきりしないものとして, diazacyclopentadienone と azepine の付加体があり, 生成経路も前者と同じと結論を出すことができた. 両方の付加体とも淡黄色の結晶であり, enone 構造が示唆されたが, それを無視して結論を出していた.
熊大への異動直前に解析した化合物は, 英国の化学者に構造の誤りを指摘されたものである.合成したグループはすでに他大学へ転出していたため,私のグループが 急遽解析した. 結果的には, これも化合物の色を無視した結果であった. 本化合物は, dialkylthiodiazathiophene を酸化して thiophene dioxide として, fulveneと反応させ, 世界で初めて diazaazulene を合成したとして Chem. Commun. に報告されたものであった. 4π+6π付加の後, 脱SO2反応が起り azulene を生成すると推論していたが, thiophene dioxide は生成しておらず, 当然アズレン骨格ではなかった.
そのほか, 他研究室の化合物をいくつか解析したが, X線解析を行うまでもない化合物が多く, いまだに報告にもなっていないものがある.
構造が間違っていると, 感謝されるどころか, 恨まれるような気分になることがあった.被害妄想だろうか.
[一言] 当時は測定料金, 計算費用とも高額であり. 現在のように気軽に測定できなかっただけに, 構造が違っていると解析結果の報告に気を遣ったものである. 関係者には,暴きに聞こえるかもしれないが,後学のためにご容赦願いたい.
私が単結晶X線解析X線解析を始めた理由は恩師 田口胤三教授の一言に始まった.
1970代の初め, カナダの学者が, CMRを駆使して, 我々が速報したインドールダイマーの構造が間違っていることを指摘してきた.
当然, 単結晶X線解析で確認する必要がある.ところが, 九州大学薬学部に四軸回折計は導入されたもののまだ軌道に乗っていなかった. それまでX線回折はその道の専門家が実施するのが常識であり, 植物化学研究室(川崎,古森)を中心に勉強中であった.
田口教授は武田製薬の研究所に大きなコネを持っていたので, そこに解析を依頼することを考えたようである. しかし, 寸前になり断念したと話してくれた. 「九州大学薬学部に機器が設置されていなければすぐに依頼しただろう」とも言っていた.
実際に解析を初めて見ると, いろいろな問題があり, 本気で結晶学や計算機科学を勉強しなければならない事情に直面した.
設置されているX線回折計(四軸回折計)はSyntex社が経口避妊薬の構造決定に使用し, 結晶学の専門家でなくとも解析ができると考え, 解析システムを世界的に販売することになったということであった. 日本では日本分光が代理店を開設していた. ところが, その頃は今のようなパソコンはなく,四軸回折計を操作するには, 紙テープでプログラムをロードする必要があり, そのためにブートストラップローダをスイッチ(4個のスイッチの集合)の組み合わせで操作する必要があった.
さらには, 米国の汎用計算機(IBM)は32ビット仕様であり, 我が国の大型計算機センターのメインフレーム(国策マシン)の36ビットマシンとは互換性がなく, 収集した磁気テープを計算機センターに持って行き読み込ませるには専門家にビット換算のサブルーチンを組み込む手法を教えてもらう必要があった. さらには, どんな空間群にも対応できる解析プログラムシステムはなく, 天然物でよくみられるP21P21P21専用と聞かされびっくり仰天した. ラセミ体である合成品が自由に解析できるには, 大阪大学蛋白質研究所の直接法プログラム(MULTAN)が九大計算機センターに移植されるのを待つ必要があった.
九大教養部の物理学研究室の上田, 河野の両先生を知ったのはそのような必然性によるものであった. その後, いろいろな問題に遭遇するが, 両先生に相談し, 簡単な会話のみで解決するには, かなりの勉強が必要であり, 結晶学, fortran言語, 計算機システムのハードウエア, ソフトウエアなど多岐に亘った.
そこまで勉強すれば, 分子計算やデータベース等に手を出すのにそんなに抵抗は感じなかった. フロンティア軌道論, 情報処理学等の授業なども原点はX線解析を始めたことにあることは否定できない.
何が幸いするは予測できない典型的な例である.
[一言] 何が幸いするかという見方とは逆に何が災いになるかは紙一重である.
スペースシャトルがいよいよ引退するとのことである.
1981年にコロンビアが最初のひこうに成功して以来30年経った.
現在, 日本の女性飛行士が飛行中であるが, 1回の飛行に450億円かかるそうである.
薬学・化学との関連を考えてみた. 当初, 予算獲得の目的もあったためか, いろいろバラ色の研究提案がなされた. 医薬品開発関連で記憶に残っているのは, 宇宙空間に於ける蛋白質の単結晶作成である. タンパク質は, 高分子量で, また軟らかいため, 重力の影響で構造が歪み易くきれいな単結晶が得にくい. これを解決するために, 強磁場中や, 微小な重力環境での結晶作製が試みられている. 特に, 宇宙ステーションでは, 重力が無いため地上と異なり, 簡単に良質な結晶が作れるというものであった.
その成果が掲載されているホームページがある.
高品質タンパク質結晶生成プロジェクト クリック
フライトの度に成功率が高くなっているとコメントしている. 論文公表につながった数は, 第一回では3/36, 第五回では13/36である. 分解能は確かに高くなっているが, 地上でも解析できているのも事実である.
例1 1.7Å→1.28Å
(財)大阪バイオサイエンス研究所
睡眠およびアレルギー反応に関係するプロスタグランジンD2の合成酵素(造血器型)。宇宙で高品質結晶(地上1.7Å⇒宇宙1.28Å)が生成し、構造解析に貢献。
例2 1.08Å→0.88Å
JAXA/JSF/(株)丸和栄養食品
結晶化溶液にPEG8000を添加して粘性を高めることにより、宇宙で超高分解能(0.88Å)を示す結晶が得られた。SPring-8 BL12B2にてデータ取得。
超大国の米国ですら経費に頭が痛いようである. 得られるデータと費用との兼ね合いを考える時期と思うが, いかがなものであろうか.
[一言]スペースシャトル計画の歩みは, 事故等のため非常に遅くなってしまった. 30年の間に地上でもそれなりに良質の結晶が作れるようになった.
全国のほとん どの薬学部, 薬科大学には薬用植物園がある. かなりの薬が植物由来の化合物であり, その合成は有機化学者の重要な永遠の命題である. 薬用植物園の役割は言うまでもないが, 合成化学者に植物体内の合成のすばらしさを意識させるような教育は十分ではない.
若い時は時間的余裕がなく, また住宅事情のため, 植物を育てることはなかった. 歳をとり, 園芸に興味を持つようになると, 毎年, 植物の合成能力のすばらしさに驚嘆させられる.
ひと頃, biomimeticに合成を見直すことが提唱された. 最近はそれが当たり前になり殊更に言わなくなったのであろうか. 小生も九大で別のグループが天然物の全合成をやっているのを横でみる機会があった. また, 担当している院生, 学生の不満や意見を聞かされることがあった. 彼らはバケツ一杯の原料から数ミリグラムの目的物を得て, 全合成達成と称して喜んでいた. 合成途中では低収率の段階もあるし, 省資源, 省エネルギーとは到底言えないような反応条件がいくつも存在する.
植物は, きわめて緩和な条件で複雑な化合物を立体選択的に合成する. 植物の生合成過程は, 合成戦略の考え方に重要なヒントを与えてくれるので, 若いうちに植物を種から育て超自然的な手法の一端に触れることを勧めたい.
[一言]酵素反応は有機反応とは異なるという観点から参考にならないという研究者が居るが, それは古い考え方である.