献辞ごっこ

『あたしごっこ』に収録されている献辞

お相撲さんみたいに太っていて禿で歯が一本ぐらいしかない、なんでも買ってくれたおじいちゃん。愚痴に反論したら年寄りの愚痴なんか聞き流してくれてもいいじゃないかとむくれた、アダモが好きだったおばあちゃん。ときどきキツネが憑いたもうひとりのおばあちゃん。うんと年寄りだったはずなのにおっぱいがふくらんでいた猫嫌いのひいばーちゃん。捨て猫を見ると拾わずにいられなくて、いっぱい猫を養っている叔父の年雄さん。その奥さんですごくでっかいおはぎを作るキミちゃん。網膜剝離で片目を失明した叔父の行雄さん。その奥さんでロリエの入ったカレーライスを初めて食べさせてくれたスミ子さん。五人のいとこ、北海道で先生になって沖縄の人と結婚した井上陽水の歌が得意な詩織君、乱暴なジョークが痛快な父親思いの年樹君、おこった顔が美人の里奈ちゃん、長いこと会っていないミキノリ君とトモネ君。九九やローマ字を教えたっけ、またいとこの里美ちゃん。おじいちゃんの弟でおじいちゃんそっくりに禿で太って歯がなかった恭二さん。おばあちゃんの二人の妹、チカちゃんという呼び名のアクセントが♪ドレレドであるチカちゃんと、どんな字の名前だろうか、目が不自由なチュウ子さん。肩ぐるましてくれた逞しくまじめな印刷工の松本さん。ヌード写真を工場の壁にいっぱい貼っていた森本さん。逃げたり隠れたりするあたしを歯医者に連れて行かねばならなかった小さなショーさん。死に近いおじいちゃんを車に乗せておばあちゃんに会わせに来てくれた熊木さん。ものすごい数の活字の棚のところにいた眼鏡の矢田さん。ニワトリをトウトウトウと呼んでいた隣の中里さんのおばさん。小二のときなぜか西遊記を買ってくれたどこかの知らないおじさん。国道十七号まで行って車にはねられたマルチイズのタロー。あたしのハーモニカに合わせて遠吠えできるのに馬鹿大と言われたチロ。冷蔵庫をあける利口な黒猫、絵本から名をつけたピッチ。ママがくしゃみをしたら驚いて腰を抜かした三毛猫パタポン。呼びにくい名前だとみんなに言われた五年生の時に飼っていたちび犬のブラック。いつも青っぱなを二筋たらして小さい子に馬鹿にされながら遊んでいたチュウちゃん。迎えに寄ると毎朝違う三つ編みを工夫していたね、どぶ川の丸太を渡ったところの鉄工場の雅美ちゃん。泣き虫のあたしといつもいっしょに帰ってくれたバレエがうまいさくらちゃん。いつもあっち向きで座っていた隣の席のタカザワ君。卒業式の日に泣くのなんかやめようと申し合わせた中でひとり泣いてしまった大魔神のようにでっかいDさん。一緒にリカちゃん人形を買いに行った、ちょっと出っ歯のマーズー。ドッジボールのときは受け口の顔が怖かったけど、算数の宿題では得意の珠算が頼もしかったヤッコちゃん。体育も勉強もできてそのうえピアノまで上手だった洋服屋のキエコちゃん。あたしと毎日遊んでいたせいで仲間外れにされた赤っ毛の長島君。パパは俳人だと言ったら、「世の中で役にたつのは物を作る人とそれを売るお店屋さんだってお父さんがいつも言ってるわ」といばった乾物屋さんのみっちゃん。自分の部屋と自分のライティングデスクを持っているのがうらやましかったエロコ。知人の中で二番目に長電話、アレルギー体質で低血圧で貧血で誕生日が同じキーコ。二十五年ぶりに道で会ったら昨日の続きみたいに話かけてきたヨネちゃん。「花の首かざり」の歌が上手だった茂木さん。あたしの写真にキスして返した、文通していた萩原くん。知人の中では二番目に歌がうまいオシマ。「こういうのを読まないからふーちゃんは子供なのよ」と言って少女フレンドの写真小説をすすめてくれた笑いじょうごのピー子。「じゃんねぇ」とゆっくりしやべる名古屋の松山さん。高校の帰りに変なオートバイ男に追い回され数人で藪に飛び込んだら、一人肥溜めに落ちてしまった不運な男の子。絶対に宿題を出さなかったコン先生。校舎の屋上から飛び下りてしまった書道の篠原先生。家庭内暴力の長男を殺してしまった国語のS先生。目がとろんとしていた体育のメトロン先生。化学のレポートのタイトルだけ褒めてくれた倉橋先生。クラス会で会ったら覚えていてくれなかった国語の〝小生〟。怪談が得意のI先生。なんとなく思い出深いという言葉が似合う顔だちの数学の滝深先生。黒いポロシャツがかっこいい英語の落合先生。社会のモングラー先生。理科のマジョリカ先生。「です」と言い切ることができず「ですが、ですが」で通した物理の野原先生。その頭痛と肩こりはあたしのせいだろうな山崎君。忌野清志郎ファンで、争いを好まない魚座生まれのうちの子ユミト君。淋しがり屋でおこりん坊のうちの子その二、アズサ君。ブルーグラスのバイオリンが弾けて、美人の奥さんもいるお米屋のノメ。面白い冗談を連発して息ができないほどみんなを笑わせ、奥さんは二時間四十分の記録を持つマラソンランナーである伸ちゃん。脳味噌が二つ入っているような形の頭はいつも坊主刈り、のっぽで澄んだ目の神々しいSEモドキのカミデさん。何度も引っ越しを手伝ってくれたのに仲人を断ってごめんよ、及川選手。「あたしストッキングは破れるまで洗わない人なの」と言ってた、今は連絡があるたびに子供が増えているハナオカ。あたしは家庭教師だというのに無駄話ばかりしちゃったね、久美ちゃん。禿げ方がおもしろい、やさしい鈴木部長。ガソリンスタンドで「洗車とワックス」と言おうとして「セックス」と言ってしまったせっかちな堀部長。数カ月前の話の続きを突然はじめてもわかってくれる、顔も心もふくよかな超能力者の宮本さん。「時間よごし」など造語がみごとな独創的保健婦の為壮さん。アッケラカンの内海さん。笑い狂っちゃう丹羽さん。六十歳から水泳を始め七十歳の今では何百メートルでも泳げるという頑張り屋、「子守をしてあげるから喫茶店で短歌を作っておいで」と言ってくれる新川さん。赤ちゃんとの接し方のお手本でした、「ポッポの家共同保育所」の親切な野島先生。聡明でしかも「すっげー」という言葉も使っちゃえるイクコさん。パパの妹でその正義感を受け継ぐ勇ましい性教育の専門家だが、靴を片方あたしのと履きまちがえてまる一日気づかない愉快なミッコ先生。麻雀のとき「あら、そっツンこっツン、困りツルカメのスッポンポン」だなんて言った変ちょこりんなソノポン。本に言葉で書いてあることはみんな嘘だと言った、映画「道」のジェルソミーナそっくりなママ。小さな不正を自分に許したら大きな不正に立ち向かえなくなるから、キセルなんかしてはいけないと言ったパパ。その他、今まで出会ったすべての人、犬、猫、リス、金魚、鈴虫のみなさんに献じます。

献辞ごっこ」をホームページにアップするにあたって

2024年3月9日


1994年9月刊行の『あたしごっこ』の冒頭に置いた献辞です。

こういうことは若いからできたのだと今では思います。
このあとであった人々がたくさんいて、続きを作ろうと何度思ったことか。
でも、なぜかリストアップの段階からくじけてしまい、実現しないまま30年も経って、
今ではたくさんの人々のことが思い出せなくなってしまいました。