以前vs以来・以後

短歌・俳句・川柳で頻度を比較しました

なぜか川柳は「以前」を詠まない……??

♥本日のお気に入り

●●●以前 ●●●

会議室の窓にひろがる鰯雲 ギリシャ以前に多数決なし

小島ゆかり『憂春』

冬銀河古く新しき光なりいのち以前のいのちかがやかす

伊藤一彦『土と人と星』2015

新しい汗は以前の汗を追い暴れる 部員とやるシャトルラン

千葉聡『海、悲歌、夏の雫など』2015

孔雀大虐殺百科辞書以前

九堂夜想『アラベスク』2019(俳句)

●●●以後・以来●●●

「雲こそわが墓標」それ以後半世紀曇天つづき雲ひとつ見ず

塚本邦雄「短歌」平成9年1月

三・一一以後の世界の象徴の緑のゴーヤ、うちでも植えた

奥村晃作『青草』

あるときに一喝されてそれ以来大きい肉を妻に与へる

大松達知『ゆりかごのうた』2014

土佐脱藩以後いくつめの焼芋ぞ

高山れおな『荒東雑詩』2005(俳句)

産業革命以来の冬の青空だ

福田若之『自生地』(俳句)

鶴彬以後安全な川柳あそび

渡辺隆夫『川柳 都鳥』(川柳)

あれ以来麺類として生きている

丸山進『アルバトロス』(川柳)

「以前」は短歌で好まれ、川柳では詠まれない??

★私のDBは俳句と川柳の数が少なくて統計として物足りないため、以下のDBでも検索してみたところ、

以下の通りの結果だった。私のDBとまあまあ似た傾向だ。

現代俳句協会データベース(39,544句収録)

「以前」4句 、「以後」42句、「以来」11句

川柳「おかじょうき」のデータベース(57,152句収録)

「以前」1句、「以後」10句、「以来」15句

以前

【短歌】

冬銀河古く新しき光なりいのち以前のいのちかがやかす

伊藤一彦『土と人と星』2015

きみに逢う以前のぼくに遭いたくて海へのバスに揺られていたり

永田和宏『メビウスの地平』

以前にももらったような気がすると思いながらもポケットに入れる

吉野裕之『Yの森』

落ちてくるあらゆる過去がわたくしへ父母以前の水の輝き

江田浩司

草の笛吹くを切なく聞きており告白以前の愛とは何ぞ

寺山修司

とりかへしつかざるものの具体とし三月十一日以前の日常

蒔田さくら子

会議室の窓にひろがる鰯雲 ギリシャ以前に多数決なし

小島ゆかり『憂春』

新しい汗は以前の汗を追い暴れる 部員とやるシャトルラン

千葉聡『海、悲歌、夏の雫など』2015

蚊柱に入りて出づれば以前とはいくらか違ふわれとはなりぬ

大室ゆらぎ『夏野』

雨、霰、霙、風花、わが未生以前にたれか琵琶弾きやみし

塚本邦雄

葉桜は海辺のようにきらめいて未生以前の恋人がいる

坪内稔典

自転車の車輪にまわる黄のテニスボール 初恋以前の夏よ

穂村弘『シンジケート』

Tシャツに濡れる背骨に触れながら君の人間以前を思う

鈴木晴香『夜にあやまってくれ』2016

絢爛たる仮面ゐならび夕闇のわれを指す未生以前を指す

塚本邦雄『巴里眩暈紀行』

【俳句】

孔雀大虐殺百科辞書以前

九堂夜想『アラベスク』2019

三代以前はおぼろの家系地酒で祝ぐ

原子公平

なつかしや未生以前の青嵐

寺田寅彦

泉あり父の若死以前から

池田澄子

【川柳】なし

詠まれた「以前」の多くは未生以前のことみたい

短歌と俳句が詠む「以前」には、未生以前を意識する例がよくある。

それは、一休の作と伝えられるこの歌の影響ではなかろうか。

闇の夜に鳴かぬ烏の声きけば、生まれぬ先の父ぞ恋しき

これは、ナンセンス歌として、百人一首の読み上げの声慣らしに詠じられることがあるという。世界を裏返すような不思議な歌で、意味不明でも印象に残る。

で、このナンセンス感、川柳にも通じそうだが、しかし、川柳は「以前」を詠まない。なぜなのでしょうね???

以後

【短歌】

三・一一以後の世界の象徴の緑のゴーヤ、うちでも植えた

奥村晃作『青草』

「前略」を「全略」と書き以後空白そんな手紙を送りたい春

佐藤通雅

「雲こそわが墓標」それ以後半世紀曇天つづき雲ひとつ見ず

塚本邦雄「短歌」平成9年1月

柹の花それ以後の空うるみつつ人よ遊星は炎えてゐるか

※柹=かき

塚本邦雄『森曜集』

上海はおそらく今日も晴天で新感覚派以後の蝶とぶ

藤原龍一郎『切断』

【俳句】

復員以後狐火一つ見たるのみ

たむらちせい

土佐脱藩以後いくつめの焼芋ぞ

高山れおな『荒東雑詩』2005

いつもここで吃つてしまう満月以後

高柳重信『前略十年』

遺書以後もある風呂桶の楕円かな

佐藤三保子『綾垣』

鮮烈なるダリアを挿せり手術以後

石田波郷

固まつて落日以後の海鼠たち

太田うさぎ「週刊俳句」20151220

【川柳】

破約以後夕日煮つめているばかり

細川不凍 セレクション柳人16『細川不凍集』

全共闘以後めっきりと老い佐助

石田柊馬

離職以後 俺を吊ってた鉤のしずけさ

石田柊馬

鶴彬以後安全な川柳あそび

渡辺隆夫『川柳 都鳥』

以来

【短歌】

あるときに一喝されてそれ以来大きい肉を妻に与へる

大松達知『ゆりかごのうた』2014

【俳句】

大正九年以来われ在り雲に鳥

三橋敏雄

産業革命以来の冬の青空だ

福田若之『自生地』

落葉焚く倭以来の煙立て

平畑静塔

【川柳】

あれ以来麺類として生きている

丸山進『アルバトロス』

自損事故以来こしあんのパン愛す

石田柊馬

2019.3.13 高柳蕗子