ちょうちょの色は?
蝶の色に言及する短歌を集めてみた
白蝶が一番人気
短歌では約1000首に1首が蝶の色に言及、 その半数近くが白い蝶を詠んでいる
なお、俳句は黒蝶が多いようです
俳句は約500句に1句蝶の色に言及し、半数強が黒い蝶を詠んでいる
データ検索方法など
「蝶or揚羽」×「色名」(赤/朱/紅、青、黄、黒、白、金、銀)
各漢字と新旧かな表記の組み合わせで検索し、蝶の色を詠んでいない歌※を除外。(ふう!汗)
※「青空に蝶が舞う」だの「金色のいてふ」だの。上記以外の色は検索しきれなかった。
(灰色の蝶だのピンクアゲハだの、あり得るだろうと思うけれども。)検索結果の詳細は以下の表にまとめました。
■データベースの短歌データ全体には、ほんのわずか古典和歌が混入しているが、ほぼ近現代の短歌といえる。
■俳句と川柳のデータ全体では芭蕉や蕪村など古典が1割弱を占める。古典句では色への言及は少ない。近現代だけなら、頻度はもっと高くなる。
以下、本日の好みでピックアップ
白い蝶の歌
■蝶の姿やふるまいを詠む
遠雷とどろけば白き蝶の鞠の耀きてくづれまた舞ひのぼる
ルビ:遠雷 ( とほいかづち ) 北原白秋『雀の卵』1921
白秋ってすごい。真似できない。だから古びにくいんじゃないかな。(=真似しやすい→古びやすい)
紋白蝶などにほひなきものが空間に舞ひをり杳き日のごとくにて
ルビ:紋白蝶(もんしろ) 杳(とほ)真鍋美恵子『真鍋美恵子全歌集』 1983
教室にもんしろ蝶の鱗粉のごときチョークの粉は舞いおり
俵万智『かぜのてのひら』1991
チョークの粉が舞ったらちょっと不快だが、教室には生徒たちの若いエネルギーみたいなものが充満していて、それがチョークの粉を蝶の鱗粉へと、少し美しいものへとイメージをスライドしたのかも。
わが袖に掩ひややらむかれがれの野花はなれぬ蝶のましろき
増田まさ子『恋衣』1905
(山川登美子、増田雅子、与謝野晶子による共著の詩歌集)■伝達する? 手紙っぽい?
丘の上を白いちょうちょうが何かしら手渡すために越えてゆきたり
山崎方代『こんなもんじゃ』選歌集2003
■虚空の黙示
冬の坂白い顔して死ににゆく蝶あらば我が虚空の黙示
江田浩司(出典調査中)
■ついていきたくなる?
紋白蝶もめんのように懐かしい 畑の上を振り向かずゆく
前田康子『黄あやめの頃』2011
紋白蝶のゆらゆらとせる菜畑を人は導くものにしたがう
ルビ:紋白蝶(もんしろ)内山晶太『窓、その他』 2012
■そのほかいろいろ
白米をもんしろちょうとおもいこむ催眠術をあみだしました
笹井宏之『ひとさらい』2011
むろん作者笹井の意図とは関係なかろうが、私の先祖は「白米城」という伝説の城の関係者だそうだ。
白米城の伝説とは、城が囲まれて水を断たれたとき。意地を見せるために、よく見える場所に馬を引き出し、あたかも水をかけるように白米を注いで洗ってみせた、というものだ。
AをBと思い込む、見せかけるというのは、白米城伝説に似た心理的事情がありそうではないか。
指さして紋白蝶を教へても「おもしろ蝶」と子は言ふをやめず
目黒哲朗『VSOP』2013
いつまでも白いちょうちょのバレッタに掴まれたままのあなたの時間
濱田友郎 「詩客」2017-09-02
(詩客 詩歌梁山泊~三詩型交流企画 サイト)白球のエピックそれと紋白蝶 水の中身を寿いでいる
瀬戸夏子『かわいい海とかわいくない海 end,』2016
黒い蝶の歌
黒蝶の多くは揚羽でしょうね。
■蝶の姿やふるまいを詠む
すれすれに夕紫陽花に来て触る黒き揚羽蝶の髭大いなる
北原白秋『雀の卵』1921
蝶が強そう。モスラみたい。やっぱり白秋はすごい。
黒き蝶うつくし花を呪ひけりあざみの針に翼やすめ
木下利玄 『木下利玄全歌集』1926
白秋の歌に比べるとフツーだが、しかし、「針に翼をやすめて」が身の軽さを感じさせ、美しすぎて花を呪うかのようだという把握や表現も、近代っぽいレトロな感じで悪くない。
やわらかい雨の透き間にひそやかに黒揚羽くる繻子の靴はいて
山下泉『海の額と夜の頬』2012
白秋に圧倒されて他の歌がすべてフツーに見えますが、こちらの歌のアンヨもかわいい。
■黒というと禍々しい?
のろひ歌かきかさねたる 反古とりて黒き胡蝶をおさへぬるかな
ルビ:反古(ほご)与謝野晶子『みだれ髪』1901
「黒き胡蝶」は心象と解釈していたのだが、ゴキブリの婉曲表現だという解釈を見たことがある。
黒→悪→ゴキブリというのはスッキリわかるのだが、安直に頼れるほどのステレオタイプは古い※と思う。
※個人的感覚だが、昔の人=私の親の代までは平気で虫を殺す人のほうが多数派だった。害虫は悪だから躊躇なく殺す。私は子供の頃から、そういうふうに善悪を安直に捉える大人を軽蔑していた。今もしている。■亡き人を思うような
世にたつたいちまいの空ひるがへり黒あげはみゆ君なきわれに
渡辺松男 『きなげつの魚』2014
黒揚羽ゆらりと去りし夏草のうへをほほゑみしばし漂ふ
雨宮雅子『鶴の夜明けぬ』1976
■自分の身から生じる蝶
わが髪より生れしならずやなまぬるき風を起こして黒揚羽とぶ
ルビ:生(あ)小島ゆかり『憂春』
■そのほかいろいろ
水飲みにくる黒揚羽 井戸端から戦地までああこんなに近い
日高堯子『振りむく人』 2014
医師の掌もその説明もひらひらと黒あげは、頼む、どっかとんでけ
千種創一『砂丘律』2015
黄色い蝶の歌
幸福のおとりみたいねはたはたと黄色いちょうちょ秋のあおぞら
東直子『青卵』2001
おしゃべりな手首を網でつかまえた紋黄蝶なの?卵は産むの?
藤本玲未『オーロラのお針子』2014
果物の露のしとゞを吸ひあまし黄の蝶となりて朝はゐるなり
小玉朝子『黄薔薇』1932
黄揚羽のとまりゐるわが脇腹より土地の負ひたる悲しみは入る
春野りりん『ここからが空』2016
わたしの影が私の鍵穴であるやうに霧雨の空を飛べる黄揚羽
江田浩司『想像は私のフィギュールに意匠の傷をつける』2016
赤い蝶の歌
(紅、朱含む)
蝋燐寸すりて娼婦の乳房より赤き凍蝶よみがへらしむ
塚本邦雄『透明文法 』1975
紅日陰蝶棲む高さへとまだゆかず孔雀蝶棲むあたりたのしく
ルビ:紅日陰蝶(べにひかげ)山田富士郎(出典調査中)
さしかざす小傘に紅き揚羽蝶小褄とる手に雪ちりかかる
ルビ:小傘(をがさ) 揚羽蝶(あげはてふ)与謝野晶子『みだれ髪』1901
もつれあひながら日なたをゆく蝶の朱いろは枝にふれずひらめく
真中朋久『エフライムの岸』 2014
青い蝶の歌
■青い蝶といえばモルフォ蝶
金属の響きを持てる羽ばたきにレテノールモルフォ蝶の青さよ
※レテノールモルフォ=モルフォチョウの一種。モルフォ蝶のほとんどは翅の表側に金属光沢の青い発色を持つ。田中槐(出典調査中)
遊星に青きてふありはるばるとキブリスモルフォ・ディディウスモルフォ
西五辻芳子『金魚歌へば』2013
■そのほか
夏蝶のうちかさなれる藍青をささへてとはに風の左手
水原紫苑『うたうら』2014
うちがはにこもるいのちの水の色の青条揚羽みづにひららく
尾崎まゆみ『明媚な闇』2011
金色の蝶
秋の日の鏡の底に研がれゆく蝶ひとひらの緑金の輝き
河野裕子(出典調査中)
盛りなる御代の后に金の蝶しろがねの鳥花たてまつる
ルビ:御代(みよ)后(きさき)与謝野晶子『流星の道』1924
俳句も少し
素人につき気まぐれで選んだだけ。ほとんど出典不明。すみません。
■黒
黒蝶の何の誇りも無く飛びぬ 高浜虚子
或高さ以下を自由に黒揚羽 永田耕衣
瞬間が雨の黒揚羽であつた 永田耕衣
テラワロス吐く息すべて黒揚羽 西原天気「週間俳句weekly」2012・9・30
一日の奧に日の差す黒揚羽 桂信子
黒揚羽をりふし水の音すなり 澤好摩
閉ぢあはす銀器の記憶黒あげは 恩田侑布子『振り返る馬』
■白
日没むや草を痛みて蝶白し 原石鼎
告白の最中の白い蝶を見る 田島健一『素朴な笛』
美しき距離白鷺が蝶に見ゆ 山口誓子『青銅』
■黄
初蝶来何色と問ふ黄と答ふ 高浜虚子
ルビ:来(く)馬上十里黄なるてふてふ一つ見し 森鴎外
高柳蕗子