青夢・赤夢
「青」「赤」などの色の名称と
「夢」という語を含む歌を探して
ピックアップしました
作者に偏りがあるのは、もともとのデータの偏りのせいもあるし、私の好みのせいもありますが、
それだけでなく、「夢」と色のついた事物をいっしょに詠む人が限られているという印象も受けました。
忙しい人が拾い読みできるように、お気に入りの歌は、見出しのところに、やや大きい字で掲載しました。(評価が目的ではありません。)
夢&色つき動・植物
青:紺青のせかいの夢を翔けぬけるかわせみがゆめよりも青くて
井上法子『永遠でないほうの火』
赤:草の実の赤くこぼれて原稿を夢の中では夢のように書く
堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る 』
白:暗がりを菌糸の白くのぶるなりあなむざんなる夢見たりけり
前川佐美雄『大和』
青
たくさんあります。
あるひは夢とみまがふばかり闇に浮く大水青蛾も誰かの記憶
ルビ:大水青蛾(おほみづあを)吉田隼人『忘却のための試論』
日の下に夢みる如き眼をあげて青き小いさき蛇われをみる
前田夕暮『収穫』
こもりぬのそこの心に虹たちてあふれゆきたり夢の青馬
江田浩司『まくらことばうた』
夢の中の街がほんとうにあるような無情に青い翼竜の腹部
井辻朱美
ふるさとの木の根にをりし青大将この夜のわが夢を出入りす
小島ゆかり『憂春』
留守電の声すずしくて食パンにほつほつともる青黴の夢
佐藤弓生
すこし大きな椅子に腰かけ夢を見よ青桐のした人は言ひたり
米川千嘉子『一葉の井戸』
赤
わりあいたくさんあります。
やぶかうじ赤き実はわがふらふらとなんじかんもなんにちもありくゆめのあしもと
渡辺松男『蝶』
片ほうのまなこが先にゆめをみることの怪しさ紅い梅咲く
杉山モナミ「かばん」2016・4
牡牛座の牝牛の赤目に逢いにいった私の夢がまだ帰えらない
杉﨑恒夫
飛び込めばはや渦巻きて散りしきる紅葉のなかの来し方のゆめ
ルビ:紅葉(もみぢば)前川佐美雄
カンナ赤しほとほと赤しとなげかふも夢のこの世のひとときの赤
蒔田さくら子『サイネリア考』
他の色
【白】
アクロバティクの踊り子たちは水の中で白い蛭になる夢ばかり見き
斎藤史『魚歌』1940
まどろみの夢に顕ち来もあきかぜに女鷹の胸の白かりしこと
高野公彦
結晶のしろさしずけさ白犀は真昼の夢の涙湖につどう
佐藤弓生
【黒】
はるかなるゆめはもう見ずまつくろなきりんの舌に嘗められしより
小林幸子『水上の往還』
糸杉が黒く燃え上る絵の中に迷ひ入りたる夢ながく醒めず
齋藤史
【緑】
夢に遇う私はいつも常緑の草にまみれてこいびとを呼ぶ
小守有里『こいびと』
いづくより得し夢想の血 をさなくてみどり漉す陽に瞑りてゐき
大塚寅彦
【紫】
紫貽貝の毒そのひとつドウモイ酸に脳侵さるる夢見て脳は
堀田季何『惑亂』
夢&炎の色
青:かがまりてこんろに青き火をおこす母と二人の夢作るため 岸上大作
青以外の炎の色と「夢」の組み合わせは、見つかりませんでした。
おもはざるかたちに夢は叶ふもの青き焰にミルク沸きをり
三島麻亜子
赤い炎と夢の組み合わせはありそうだけれど、私の手持ちデータにはありませんでした。
また、他の色のものも、「夢」といっしょに詠まれている例は見つかりませんでした。
夢&自然の姿・自然現象等の色
青:青空の奥どを掘りてゐし夢の覚めてののちぞなほ眩しけれ 前川佐美雄
赤:赤光のなかの歩みはひそか夜の細きかほそきゆめごころかな 斎藤茂吉『赤光』
青
双子の少女左右に抱ける夢果てて青き雷雨の夜を覚め居り
ルビ:左右(さう)高島裕
どこまでも続くやうなるこの空の青を吸ひ込み青を夢みる
紀水章生 『風のむすびめ』
そこここに空を見ている人がいて青さを喜び合っている夢
工藤吉生(作者ブログより)
青空はわがアルコールあおむけにわが選ぶ日日わが捨てる夢
寺山修司
赤
あまりないようです。
その夢の赤土道をえんえんととびはねてゆく精霊バッタ
早坂類『風の吹く日にベランダにいる』
他の色
【黒】
わが夢にくろき流れのゆるゆると変形しつつ消えてはゆかぬ
鈴木英子『油月』
【緑】
夢魔というランプの下に曇りつつ永遠にみどりのにぶき海底
井辻朱美
【紫】
裾たるる紫ひくき根なし雲牡丹が夢の眞晝しづけき
ルビ:眞晝(まひる)与謝野晶子
【ピンク】
暗き夢の後に言葉のみ残りけり「遠景を桃色でかくことがある」
玉城徹
何ごとも夢のごとくに過ぎにけり万燈の上の桃色の月
北原白秋『雀の卵』
夢と色つきの日用品・周囲の人工物
青:舞はぬ日の扇さびしも夢に来てみづからひらくその身紺青 水原紫苑
赤:あかときの夢のなかではやわらかい火災報知器のまっ赤な乳房 穂村弘
白:回転灯の赤いひかりを撒き散らし夢みるように転ぶ白バイ 穂村弘『ドライ ドライ アイス』
※赤でも良いけれど、「白バイ」で「白:に分類しました。青
空色の色鉛筆を削りながら父に話をする夢を見た
三好のぶ子「かばん」2000年9月
夢から覚めたわけでもないのにここがどこだか分からず暗い夏の携帯の光を青と呼ぶ
フラワーしげる『ビットとデシベル』
赤
春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかねさす召集令状
塚本邦雄『波瀾』
春の小川うれしの夢に人遠き朝を繪の具の紅き流さむ
与謝野晶子
他の色
【白】
白くあはき鞄をさげて継きしたがふ弁明のいらぬ夢をかなしむ
岡井隆『禁忌と好色』
夢の手もうつつの指もかなしけれ白ひといろの花瓶を洗ふ
木下こう『体温と雨』
満ち満ちて李朝白磁の大壺はおのつから割れるときを夢みる
梅内美華子『夏羽』
【黄】
空からはゆめがしぶいてくるでせう 手にはきいろの傘のしんじつ
山崎郁子『麒麟の休日』
夢&人や身体
赤:眠りからさめるゆめばかり 薄紅の嘴がきて精液を吸う
加藤治郎『昏睡のパラダイス』
青
風は舞台の奥より吹いて少女たち青い手足を夢につなげる
東直子「かばん」200112
赤
恐い夢見ていたんだね手のひらが月に焼かれて真っ赤じゃないか
辻井竜一『遊泳前夜の歌』
海を見てきたのか紅い目の君が千年前の夢よみあげる
東直子
他の色
【白】
人ふたりましろきつばさ生ふと見し百合の園生の夢なつかしき
ルビ:生(お) 園生(そのふ)与謝野鉄幹
美しき水のながれとはしきやし黒かみの子がつくりしゆめぞ
九条武子
黒内障よりおそろしきことのひとつにておばあちゃんの夢を知らない
渡辺松男『泡宇宙の蛙』
あゝ悪夢とらむとすれば君が御手しら刃となりて闇にかかれる
岡本かの子
【緑】
さみどりの夢の庭師がわれに来てやわらかき枝切り落としたり
加藤治郎『昏睡のパラダイス』1998
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以下は該当歌が少なくなります。
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夢&色つきの建造物等
ありそうな気がしたけれど、さほどなかった。
青
青い建造物と「夢」を同時に詠む歌は、私のデータにはありませんでした。
赤
夭折の夢は綻び船内を真赤に塗りていつか焼かなむ
樋口覚
いもうとを妊ませている夢十夜風に真赤な避雷針かな
寺山修司
他の色
【白】
夢の中炎のごとくゆれているしろがねの橋夜ごと見ており
江田浩司
月光微塵、夢のをはりをしろがねの砕氷船がとほりすぎたり
西王燦『バードランドの子守歌』
夢&色つきの食べ物
青・赤
「夢」と青と赤の食べ物の取り合わせは見当たりませんでした。
【黒】
黒い豆をあなたは立って食べているすさまじい眼で夢を見ながら
小林久美子
夢を話して笑われたよと十八歳黒きコーラをひと息に飲む
前田康子『窓の匂い』
【緑】
子どもらが十円の夢買いに来る駄菓子屋さんのラムネのみどり
俵万智『サラダ記念日』
夢の色
青
おかしいな二度と覚めない水色の夢を選んだはずだったのに
辻井竜一『遊泳前夜の歌』
赤
赤い夢を詠む歌は見当たりませんでした。
他の色
【白】
母の植ゑし夕顔ほんのり白い夢ほろびずにゐよ国ほろぶとも
川野里子
しろたえの夢をつむいで綿あめをコットンキャンディーと呼ぶ十八歳
俵万智『かぜのてのひら』
【黄色】
夏の朝きいろい夢を溶かしこみ臘はかすかに汗ばんでいる
佐藤弓生「かばん」新人特集号98年2月
【黒】
ばさとしてわが上に落つるあかときの夢不安にて黒く煽りぬ
斎藤史『朱天』
みんな叱られて淡い夢を見た黒く濡れたままの厨房
東直子『青卵』
2018年12月16日