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人気の枕詞はこれだ!

ダジャレ系もあるよ!

2018年5月6日東京文フリ用フリーペーパーより

近現代短歌でよく使われる枕詞の上位5位、

ぬばたまの、あかねさす、ひさかたの、しろたえの、たらちねの について、

例歌をあげてコメントしてあります。

古代の修辞である枕詞を現在も使う理由は?

枕詞といえば古代のレトリックだ。ほぼ決まった語に装飾的に冠する。例えば「ぬばたまの」は主に黒、夜、闇にかかる。(「ぬばたま」は〝ひおうぎ〟という草の黒い実のことだが、枕詞として用いる場合はモトの草の実のことまでは意識しなくていい。)

さて、古代のレトリック枕詞を現在も見かける。どんな表現欲が満たされるのか? 読者は何を享受するのか?

和語や古語を昔の姿のまま愛している?

和歌のフレーバーとして味わう?

昔の衣装をはおるように言葉のコスプレを楽しむ?

違いはあるけれども、みんな日本語への愛に根ざしてはいる。

枕詞 人気上位5位

現在通用する枕詞は限られている

枕詞の数は一説に千を超えるとも言われるが、枕詞一覧などに集められるのは二百ぐらいで、その大部分も死語である。

ところが、学校で習うとか、語感が現代人をも魅了するとか、なんらかの理由で、今も命脈を保つものがある。

私の短歌データベース(近現代の歌、約8万5千余首)で枕詞を使った例を探し(枕詞辞典を見ながら一語一語検索)てみたところ、約480首あった。

その480首のなかでも、多かった上位5位は次の通り。

90首 ぬばたまの

69首 あかねさす

43首 ひさかたの

41首 しろたえの

35首 たらちねの

※その次は、19首の「うつせみの」、18首の「わかくさの」。枕詞なら「うつせみの」は命・人・世、など「わかくさの」は妻などに続くはず。よく読んでみたら単に「空蝉」「若草」という単語に助詞の「の」がついただけらしいケースが1,2首含まれていて微妙なライン。18首の「あしひきの」、14首「たまきはる」、13首「たまかぎる」、13首「ははそはの」と続く。その他は10首以下だった。枕詞かどうか迷う例もあった。「ほのぼのと」は「明石」かアカに似た語に続かなければ枕詞でないと判断した。

※上位は色のイメージを帯びたものが目につく。

ぬばたまの黒、あかねさす赤、しろたえの白とくれば、「あをによし」もランクインかと期待したが、2首しかなかった。(笑)

1位 ぬばたまの

「ぬばたまの」の解説は冒頭に書いた。

うばたま、むばたま、烏羽玉、射干玉、野干玉などの表記もある。普通は、黒、髪、夜、闇などにかかり、転じて「月」「夢」などにもかかる。

ぬばたまの夜渡る月をおもしろみ吾が居る袖に露ぞ置きにける 『万葉集』

ぬばたまの暗黒を視きうつつにはうめく扉のただひとつあり 加藤治郎『昏睡のパラダイス』1998

雨月なりぬばたまの闇つややかに髪に集めて社へのぼる 小島ゆかり『憂春』2005

ぬばたまの夜道をゆけば菜の花のサラダが冷える春のコンビニ 鯨井可菜子『タンジブル』2013

1 「黒」「夜」以外のいろんな黒いものにかかる

「ぬばたまの」は語感として現代でも好まれているようだ。

古代からの「黒」「夜」にかかるというしきたりを破り、意外なもの(例えば食べ物)、現代的なイメージで用途を拡げる。

ぬばたまののり巻きが三つ太陽が一つわれらは食事を始む 川野里子『太陽の壷』2002

ぬばたまの黑醋醋豚を切り分けて闇さらに濃く一家團欒 堀田季何『惑亂』2015(醋=酢、團=団)

2 黒いという代わりに「ぬばたまの」を使うケース

蛇行しつつ夜空を目指すぬばたまの十号玉の孤独を思え 柴田瞳

開く前の黒い花火玉を「ぬばたまの」で表現。孤独と「ぬばたま」の相性も良く、闇にまぎれて気配を消して昇っていく姿はたまらない。忍者っぽいひたむきさも良い。

3 黒いものを省略することも

「ぬばたまの」のあとには何か黒いものが出てくるはず、と思って読むと、見つからないことがある。何が「ぬばたま」を引き受けているのか、と考えさせるレトリックだろう。

ぬばたまの常磐線の酔客の支へて来たる日本、はどこだ 田村元 『北二十二条西七丁目』2012

ぬばたまの外せば裸電球の、熱かりし体温に触れてゐる 村本有「早稲田短歌」44号2015

4 名詞化? ぬばたまっとした気配

袰月のぬばたまふかき海の青びび びびとゆくとんぼ千匹 日高尭子『袰月もゆら』1995(袰月=ほろづき)

「ぬばたま」が草の実だというのはあまり意識されなくなった。現代のこういう用例から「ぬばたまの」という語を覚えた人たちは、古代の枕詞というレトリックであることぐらいは知っていても、「ぬばたま」をどう受け止めるだろう。

ぬばたまをほどく あなたを愛したらここにこれほどに咲いている花 三好のぶ子「かばん」2000・7

むばたまに照らされる藤 むらさきのほむらのごとくそよぐこのほし 井上法子『永遠でないほうの火』2016

おお、この状況、「ぬばたま」は〝ぬばたまっとした気配〟の名称になりつつあるのではないだろうか。事実、「ぬばたま」が草の実の名だと知っている私でさえ、既にそうなりかけている。

5 だじゃれ系 ぬばたまのクローン!

一方「ぬばたまの」といえば「黒」にかかる、という学校で教わる知識は、それなり共有されてもいる。だから、「黒」じゃなくて「クローン」にかけるというダジャレ系の用法も効果はある。

ぬばたまのクローン人間いづくにか密かに生るるごとき春寒 大塚寅彦『夢何有郷』2011

この歌はただのダジャレにとどまらなくて、「ぬばたま」とクローンが、暗い雰囲気だからなのか、妙にマッチしている。

6 注目点 枕詞から逆進化?

もとは黒い草の実だったわけだが、いったん枕詞となって元の意味から離れた「ぬばたま」は、こんどは枕詞から逆に新しい名詞に進化しそうである。すごい現象ではありませんか!

2位 あかねさす

「あかねさす」は、赤い色で美しく照り輝くイメージ。「日」「昼」「紫」「君」などにかかる。

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 額田王『万葉集』(標野しめの、野守=のもり)

あかねさす昼の光の尊くておたまじやくしは生れやまずけり 斎藤茂吉『あらたま』1921(生=あ)

あかねさす真昼のけやきに蟻のぼる蟻の領に涼風あつめ 前川佐美雄 (涼風=すずかぜ)

あかねさす紫野ゆきロイホゆきチャリンコ・ベルを巡る朝焼け 穂村弘『手紙魔まみ・夏の引越し』2001

1 あら、赤いものにかかるの?

辞書の「赤く照り輝く。日、昼、紫、君などにかかる」という説明を見て、ん? かかる先は赤くないのね、と思った人はいませんか?

私は思いました。ところが、現代の「あかねさす」は赤いものにもかかる。

(というか「あかねさす」は今や何にでもかかるのだが、目についた赤いものをピックアップしておく。)

春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかねさす召集令狀 塚本邦雄『波瀾』1989

※召集令状は赤い紙なので「赤紙」とよばれた。

老いゆくはおとろふることあかねさす大夕焼の屋台崩しぞ 山埜井喜美枝『はらりさん』2003

あかねさす蟹のはさみのあひだほど海かがやけよぼくの発つ朝 嶋田恵一「かばん新人特集号」2015

2 意外だが戦争への連想脈があるみたい

前項の塚本の歌には召集令状が出てくる。

気のせいか「あかねさす」は戦争への連想脈がちょっとあるかもしれない。旭日旗のイメージが多少関係あるだろうか。

都市はまぼろしあかねさすあの午後の陽へ向け発砲をくりかえすのみ 正岡豊『四月の魚』1990

あかねさす日清戦争、/砲弾が指に貼りつく/ゆめよりさめて 加藤治郎『東海のうたびと』2016※3行表記

あかねさす誇張表現、戦地より「ああ泣涕は雨のごとし」と 西王燦『バードランドの子守歌』1982

3 ことさら現代的なものにかかる

あかねさすIKEAへゆこうふたりして家具を棺のように運ぼう 岡野大嗣『サイレンと犀』2014

あかねさすGoogle Earthに一切の夜なき世界を巡りて飽かず 光森裕樹『鈴を産むひばり』2010

4 だじゃれ系 あかねさすテールランプ

ゆく車(カー)の流れは絶えずあかねさすテールランプを海渡しゆく

沢田英史『セレクション歌人 沢田英史集』(「異客」以後)2004

※テールは「照る」とかけてるんでしょうね。個人的にはゆく車(カー)に惚れた。

5 注目点 何にでも付いて意外に便利&滑稽感も出せる

「あかねさす」は何にでもくっつきそうでおもしろい。戦争と付くのも意外だが、ときに滑稽感を漂わせるのも意外な特徴だ。

あかねさす虚無によろしく 銀行の番号札を貯めて置くから 佐久間章孔『声だけがのこる』 1988

ねえ二本ともにぎっていてねあかねさすあなたの未来家具のようにね 飯田有子「かばん」2000・6

残された仕事の中にあかねさす仕出し弁当会計係 田村元『北二十二条西七丁目』2012

世界というつめたきキャベツ茜さす路上にこうして朽ちてゆくべき 井辻朱美『クラウド』2014

3位 ひさかたの

「ひさかたの」は天空に関係のある天、雨、空、月、日、昼、雲、光などにかかる。「都」にもかかることがある。

ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ 紀友則『古今集』 (静心=しづごころ)

いひつたへのままになしけり久方のみ空の方へ乳歯を投げし 森岡貞香

ひさかたのひかりの芯を啼き昇るひばり一点かくるる無けれ 高野公彦『淡青』1982

スプーンは老ゆることなくひさかたの日光月光掬ひやまずも 喜多昭夫『銀桃』2000

1 いろんなものにかかる

いつくしき瞋りはきたれひさかたの天動説のむらさきの野を 佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』

(瞋=いか・り)

ひさかたの銀歯いとしい掛川のおばさんからの手紙届けば あまねそう『2月31日の空』

ひさかたの高架駅から見下ろせばどこまでもどこまでも街の街 山階基「早稲田短歌」42号2013

これからは鬼でもおいで(ひさかたの(ひかげは(ひとかげを(追いかける

藤本玲未「飛ぶ教室」44号2016

2 だじゃれ系 久方のアメリカ人

久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも 正岡子規 1898年の作 (人=ひと)

4位 しろたえの

「しろたへ(白栲・白妙)」は白い布、衣服。あるいは白いこと。枕詞の「しろたへの」は、衣服に関する語、衣(ころも)、袖、袂、帯、紐、たすきなどにかかるが、白いもの、月、雲、雪、波などにもかかることがある。

春過ぎて夏来たるらししろたへの衣ほしたり天の香具山 持統天皇『万葉集』


1 わりと何にでもつながりそう

結べども桃いろにならぬ愁かなくれなゐの紐白妙の紐 木下利玄

傾ける齢もたのししろたへの木槿が馬に食はすほど咲き 塚本邦雄『魔王』1993(齢=よはひ)

皮むけばしろたえの梨あらわれる。ぜおんぜおん観世音菩薩 大滝和子『竹とヴィーナス』2007

新品の白妙の下着供へらるあの世で着替へする死者のため 梅内美華子『エクウス』2011

しろたえの豆腐のなかに組換えのミシガン州がかすかに匂う 山下一路『スーパーアメフラシ』2017


2 だじゃれ系 しろたへのシュラクーサイ、しろたえの殺し文句

しろたへのシュラクーサイの砂のうへ描きては消す王冠図案 光森裕樹『鈴を産むひばり』2010

(詞書:ヒエロン2世の命)※シュラクーサイ=シラクサ(イタリアの都市)のギリシア名

しろたえの殺し文句と人乳は薄いからすすり続けてしまう 高柳蕗子「かばん」2015・6

ごめん、どうしても、「私も作ったよ-」って言いたくなった。

5位 たらちねの

「たらちねの」(垂乳根の)は「母」にかかる枕詞。

のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり 斎藤茂吉『赤光』

(玄鳥=つばくらめ、屋梁=はり)

たらちねの母の声がす留守電に「誕生日おめでとう、晃作や」 奥村晃作


1 だじゃれ系 たらちねの(ジャイアント)馬場

混乱のプロレス界を見まわせばああたらちねのジャイアント馬場 松木秀『RERA』(4)


2 注目点 かつて逆進化した語であること

「たらちね」は語源不詳だが、逆に枕詞の「たらちねの」から転じて、「たらちね」が「母」や「親」をさすようになり、更に母は女だから「たらちめ」、父を「たらちを」というようにもなったそうだ。言葉はそういうふうに逆向きに成長することがある。最初にあげた「ぬばたまの」から「ぬばたま」が新たな意味を帯びて名詞化する、という仮説も事実になるかもしれない。

(以上)

◆2018年5月6日東京文フリ フリーペーパー(多少修正しました)