東京の雪









2019年2月25日 作成

東京以外の県名と雪の取り合わせも下の方に掲載しました。

♥お気に入り♥

東京の道路と寝れば東京に雪ふるだろう札幌のように

雪舟えま 『たんぽるぽる』2011

母の住む国から降ってくる雪のような淋しさ 東京にいる

俵万智『サラダ記念日』

「東京」という地名には何らかの詩的付加価値があるらしい。

短歌に詠まれる都道府県名のなかで特に頻度が高い。

特に「雪」とセットにしたとき、抒情パワーがありそうな気がしませんか。

(私はよく知られているフォークソング「なごり雪」のサビを歌わずにいられないが、他にも地名に付加価値を帯びさせる詩歌文学が「東京」にはあるだろう。)

「東京」+「雪」で私のDBを検索すると、

短歌15首、俳句5句(なぜか川柳はナシ)

出てきた。

どういう抒情なのか、ちょっと見てみましょうよ。見つけたものをすべてアップします。

また、下の方には、他の県名+雪の検索結果も掲載します。

肯定的な雪はやや少数派!

東京の雪は、奥歯にもののはさまったような詠み方をされやすい(笑)

りんてん機今こそ響け。

うれしくも、

東京版に雪のふりいづ。

土岐善麿『黄昏に』1912

※「りんてん機」(輪転機)は新聞や大量発行される雑誌などの印刷 に使われている。

良いニュースをみんなに知らせる新聞がどんどん刷られてゆく喜びを表した歌のようですが、

そのとき雪が降ることがなぜ嬉しいのでしょうか?

私は、「雪」という言葉が帯びる〝めでたさ〟ゆえだと思います。

万葉集の終わりにある以下の歌。

新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事 大伴家持

ルビ:吉事(よごと)

(新しい年のはじまる初春の今日降る雪のように、良い事がたくさん積もりますように)

万葉時代の人が、「雪」にこういう〝めでたさ〟を見いだしていた。(家持△=家持さんカッケー!)

新聞がどんどん印刷され、この情報は明日の朝みんなに伝えられるんだという喜びと、新聞に携わる人の誇りが、この歌には満ち溢れています。


さてしかし、東京の雪を肯定的に詠む上のような歌はやや少数派。

「東京の雪」を、なんだか〝奥歯にもののはさまったような〟言い回しで詠む歌も少なくないです。(全部ではない)

以下、分類せずに並べますが、そのあたりも味わってみてください。


眠ったら死んでしまうよ

東京は見えない雪の降る街だから

天野慶『短歌のキブン』

父よりも疾く死にたけれ雪あらぬ東京の嘘のやうなあたたかさ

辰巳泰子

また雪か餌をどうする鳥たちも嘆きてをらん東京の雪

ルビ:餌【えさ】

奥村晃作『鴇色の足』

ニンゲンとならずに卵は東京に降る雪のごと消えゆくならむ

ルビ:卵【らん】

白石瑞紀『みづのゆくへと緩慢な火』

使用済ティッシュみたいな東京の雪、会いたいきみは函館にいる

水野佳美「かばん新人特集号」2015

東京に帰りたきかな雪の街赤旗を捲きて帰る幾群

近藤芳美『埃吹く街』

雪のあと東京といふ大沼の上に雨ふる鼠色の日

森鴎外『沙羅の木』

「東京を離れてごらん」吾の部屋に絵葉書の雪とけず輝く

俵万智『かぜのてのひら』

ソレントの雨に濡れたる蝙蝠傘を今朝東京の雪にひらきぬ

入谷いずみ『海の人形』

東京は吹雪いてをりぬ ちんぽこのかぞへななつの滑らかな皮

辰巳泰子


★次の歌は詞書に「東京都港区……」とある。珍しい〝肯定的な東京の雪〟の例なので掲載します。

二〇〇二年十二月九日午前、東京都港区芝五丁目界隈

UFJ、みずほ、あさひをへめぐりてゆく間のまるでたからもの 雪

佐藤弓生『眼鏡屋は夕ぐれのため』2006

俳句

見つけたものをすべてアップしておきます。

東京の雪のはじめのマンホール 西原天気『けむり』2011

東京に変あり雪の橋閉す 高橋龍『十余二』2013

東京は雪解けゐたり妹にあふ 高柳重信『前略十年』

生きて久しや東京の雪は牡丹雪 山川蝉夫『山川蝉夫句集』

東京よ小公園に朝降る雪 山川蝉夫(山川蝉夫句集補遺句集以後)

ついでに都内の地名

渋谷・新宿・池袋など

地名はすべて探したわけではなく、思いついたものをちらほら探しただけです。

偶然見つけたものも含みます。

池袋サンシャインビルの下ならむ刑場ありてそこに降る雪

佐伯裕子『寂しい門』1999

人を待つ一人一人へ雪は降り池袋とはさびしき袋

大野道夫『冬ビア・ドロローサ』

鏡なすガラス張窓影透きて上野の森に雪つもる見ゆ

ルビ:張窓(はりまど)

正岡子規

12月28日 ハチ公の左の耳は垂れゐると子に教はりぬ雪の渋谷に

栗木京子『南の窓から』2017

坂多き渋谷にこよひ雪降りて青の谷間を人ら流るる

小島ゆかり『憂春』

ひとつひとつ雪に名前のある夜よ渋谷につどう霊を想えば

雪舟えま『はーはー姫が彼女の王子たちに出逢うまで 』2018

こころざしとこととはつかにずれそめぬあわれ新宿のガスタンクに雪

佐佐木幸綱『反歌』1989

雪の上にぬばたまの夜の雨そそぐ代々木が原をもとほる吾れは

古泉千樫

根津駅の雪の階段のぼりつめ鉄砲坂で夕暮れに遇ふ 坂井修一

東京以外の県名等も

県名と県庁所在地名+雪で検索。他の都市名+雪も、たまたま見つけたものはアップしました。


●私のDBの限界

県名or県庁所在地名+「雪」で、私のデータベース内を検索したところ、県名の大半は雪とセットでは詠まれていなかった。

(私のデータベースにないだけであり、また、県名以外の地名や各県の風物を詠み込んだ歌はありえる。)


●じゃあここでは何に着目すべきなのか?

県名そのものに抒情性などの付加価値があると、短歌などに詠み込まれやすい。

その付加価値は、詩歌文学などに使われることで付加されるものなので、今は弱くてもこれから強まる可能性がある。

県名が現在帯びている付加価値の量を推し量る参考になるだろう。

一首でも一句でも詠まれたということは、詩的付加価値の種が撒かれたことを意味する。


●もともと雪の降らない県もあるけど

雪がふらない県名をわざわざ「雪」とセットで詠むことは少ないだろう。

でも詩歌は、わざわざ詠むことがある。わざわざ詠めば詩歌的価値が生じる。

例えば「沖縄には雪が降らない」と詠むことも可能だし、逆に「沖縄に雪が降る」と言ってのける修辞もあり得て、歌などが成功すれば、そこに詩歌的価値は生じずにはいない。

●北海道

紀元節何かを思い出したように大雪が降る北海道に 松木秀 『RERA』(2)2007

残業も折り返し点 粉雪がWebの「今の札幌」に降る 田村元『北二十二条西七丁目』

ルビ:Web【ウェッブ】

●青森 はなかったけれど、津軽は3首もありました。

(津軽)

鶴生まむのぞみもあはれひらひらと津軽の雪にいざなはれつつ 水原紫苑

意志を持つ小さき虫のように飛ぶ粉雪ばかり津軽海峡 俵万智『かぜのてのひら』

目に見えぬテントをばさりと倒しゆく音と思えり津軽地吹雪 俵万智『かぜのてのひら』

●岩手

神無月/岩手の山の/初雪の眉にせまりし朝を思ひぬ 石川啄木『一握の砂』

ルビ:神無月【かみなづき】、神無月【かみなづき】、眉【まゆ】

(盛岡)

輪郭をくづして淡くひそほそとひそほそと降る盛岡の雪 大西久美子『イーハトーブの数式』

●宮城 なし

●秋田 なし

●山形 なし

●福島 なし

ものうげな白きまぶたのひらひらと降り積もるなり福島は雪 広坂早苗「詩客」2013.11.22

福島の誰も帰れぬ地に降りる雪はしずかに嵩を増やしぬ 駒田晶子『光のひび』

黒く重く阿武隈川は流れゆく吹雪にしびれいる福島を 齋藤芳生『湖水の南』

(会津)偶然見つけた会津の雪。

夫れ雪はゆきにあらなくみちのくの会津の雪は濁音である 本田一弘『磐梯』

●茨城 なし

●栃木 なし

●群馬 なし

●埼玉

埼玉は雪の予報で寒がりな切手の中の鳥に聖歌を 柴田瞳

●千葉 なし

●東京 なし

●神奈川 なし

(横浜)

雪ふりている横浜の街あゆみたれもたれも同一人物 大滝和子

●新潟 なし

●富山 なし

●石川 なし

●福井 なし

●山梨 なし

●長野 なし

●岐阜 なし

●静岡 なし

●愛知 なし

●三重 なし

●滋賀 なし

●京都

楽園を京都に似せてつくる雪 田島健一『式服の食事』

〝京都+雪〟の短歌が無いのって意外でしたが、絵葉書みたいになってしまうからでしょうか??

●大阪 なし

●兵庫 なし

●奈良 なし

●和歌山 なし

●鳥取 なし

●島根 なし

●岡山 なし

●広島 なし

●山口 なし

●徳島 なし

●香川 なし

●愛媛 なし

●高知 なし

●福岡 なし

●佐賀 なし

●長崎 なし

●熊本 なし

●大分 なし

●宮崎 なし

●鹿児島 なし

●沖縄 なし


私がかんたんに検索できる範囲で見つけた〝県名等+雪〟は以上です。 2019.2.25 高柳蕗子