「かばん」創刊25周年記念「かばんBOOKS」企画
『パン屋のパンセ』六花書林 03(5949)6307
2010年4月28日発行 2,000円 A5 138ページ
厳選された340首。絶対に満足していただけるよりぬきの歌集です。
【帯文】
90歳。
透明なユーモアと
かなしみと、
不変の
みずみずしさ――
【帯にある歌】
わが胸にぶつかりざまにJeとないた蝉はだれかのたましいかしら (Jeにジュとふりがな)
バゲットの長いふくろに描かれしエッフェル塔をまっすぐに抱く
卵立てと卵の息が合っているしあわせってそんなものかもしれない
大文字ではじまる童話みるように飛行船きょうの空に浮かべり
星空がとてもきれいでぼくたちの残り少ない時間のボンベ
2009年4月28日に永眠された杉崎さんは、歌人集団「かばん」の長老でした。
1 年齢に関係のなく読者を魅了する作風
2 透明感のある優しさ、軽妙なタッチ
3 平易であって密度の濃い表現
これが、杉崎さんの歌の特徴です。
「かばん」誌面でしか杉崎さんを知らない若い新入会員にお年を教えると、例外なく「うっそだー」と驚きます。
私がはじめてお会いしたのは、25年前の「かばん」歌会。1985年5月。たしか「かばん」創刊1年目ぐらいのときでした。
新入会員の私は31歳で、咬み癖のある犬のような困った性格でした。(今もですが。)
迎え撃つ(笑)杉崎さんは65歳。見るからに温厚な人柄。白髪で小柄なやさしいものごしのおじいさん(失礼)。
そのときの杉崎さんの歌は忘れられません。
雪ぞらの浸透圧なすさびしさはガラス一重を透りくるらし 「かばん」1985年5月号
一瞬で魅了されます。
その あとから、以下のようなことが凝縮されていたと、まさに浸透圧をなしてわかってくる歌だと思います。
雪空のさびしさ(=冷気)は、 浸透圧で、(濃度の違う液体が半透膜で隔てられたとき同じ濃度となろうとして浸み込む圧力。 ―まるで意志を持つかのよう―) ガラスを透過し、(同じ濃度になるまで)部屋に(私に)浸透する。
「さびしさ」と冷気をだぶらせ、さらに「浸透圧」でビジュアル化。
「浸透圧」という自然現象は、そういえばちょっと意志を持つ感じなわけですが、そういう微妙なところもうまく生かしてあると思いませんか。
この日、杉崎さんの歌にはぜんぜん咬みつけませんでした。
杉崎さんのこうした高品質の歌は、「かばん」誌面に、ずっとコンスタントに掲載され続けました。
第二歌集『パン屋のパンセ』は、第一歌集『食卓の音楽』(沖積舎:絶版)以降の、杉崎さんの70代からの歌を集めてあります。
ご存命中に企画がはじまりましたが、突然の訃報。「かばんブックス委員会」があとを引き継ぎました。
私は井辻さんといっしょに選歌を担当。
歌集には300首余収録ということで、約2500首から選びました。
だから、この歌集は「よりぬき」です。絶対にがっかりしませんヨ。
ぜひ買ってください。
すごい歌職人なのに控えめだった杉崎さんは、十分に知られていません。
杉崎さんの歌は、できるだけ多くの方に知っていただきたいです。