闇鍋ひとくちアンソロジー
かばん詠草提出例2
2014年1月作成~
(「かばん」会員向けに、歌稿提出例として使用したものです。)
詠草提出例2 目次
■2014年1月~
たたかう/ しらない(前編)/ しらない(後編/ ) ゆるゆる/ 肘 / 膝/ 切符 / ゲーム/ 禁止 / あれでなくこれだ(前編)/ あれでなくこれだ(後編)/ 私ではない/ タコさん イカさん/ ほんとう
■2014年10月~
へそたち/ 抱きしめよう / かもしれない / 馬鹿/ いろいろ / 始発/ 終電/ 寝言 / なわとび/ ねえ/ めぐる/ 目薬(前編)/ 目薬(後編)/ どうしても/ 跳ねる(前編)/ 跳ねる(後編)/ 交差点 / すれちがう / ラーメン / 一分~四分/ 五分/ 春の身体
まず作者名なしで提示し、あとから作者名を付して紹介しています。
■2014年1月~
★たたかう
探偵が犯人である頁過ぎ最終章をヒトはたたかう
どのような闘いかたも胸張らせてくれず闘うたたかうだなんて
「愛は勝つ」と歌う青年 愛と愛が戦うときはどうなるのだろう
ベーゴマのたたかう音が消えるとき隣町からゆうやみがくる
軒下に正座しながら縄文の風を含んだ土と闘う
わたしたち戦う意味は知らないし花火を綺麗と思ってしまう
約一名闘う主婦がむんむんと夜中覚醒しているのです
さかしまな闘う女それなのに ナリタイモノニハマダナレナイ
★実際の作者
探偵が犯人である頁過ぎ最終章をヒトはたたかう 川合大祐
どのような闘いかたも胸張らせてくれず闘うたたかうだなんて 平井弘
「愛は勝つ」と歌う青年 愛と愛が戦うときはどうなるのだろう 俵万智
ベーゴマのたたかう音が消えるとき隣町からゆうやみがくる 笹公人
軒下に正座しながら縄文の風を含んだ土と闘う 本多忠義
わたしたち戦う意味は知らないし花火を綺麗と思ってしまう 野口あや子
約一名闘う主婦がむんむんと夜中覚醒しているのです 久保芳美
さかしまな闘う女それなのに ナリタイモノニハマダナレナイ 榎田純子
★しらない(前編)
春の子は恋もシアン化カリウムの漏えい措置もたぶん知らない
この家にくるひとは眼鏡がすごく曇るっていうそんなのしらない
一家あげ写真館にてアリバイづくりよそゆき顔で何も知らない
駅長の頬そめたあと遠ざかるハロゲン・ランプは海を知らない
八月の暦がひらり「会えない」と「会わない」の差を君は知らない
ブックエンド贈れば非道な女だと罵るお前は歌も知らない
川の街わたりわたりて行き交うに川の前世をたれも知らない
旋律のうねりを波に喩えつつ王も王妃も海を知らない
★実際の作者
春の子は恋もシアン化カリウムの漏えい措置もたぶん知らない 笹井宏之
この家にくるひとは眼鏡がすごく曇るっていうそんなのしらない 雪舟えま
一家あげ写真館にてアリバイづくりよそゆき顔で何も知らない 笠井烏子
駅長の頬そめたあと遠ざかるハロゲン・ランプは海を知らない 東直子
八月の暦がひらり「会えない」と「会わない」の差を君は知らない 俵万智
ブックエンド贈れば非道な女だと罵るお前は歌も知らない 柳谷あゆみ
川の街わたりわたりて行き交うに川の前世をたれも知らない 佐藤弓生
旋律のうねりを波に喩えつつ王も王妃も海を知らない 佐藤弓生
★しらない(後編)
ねえさんのスカーフすべすべ ぼくはまだ夢のうちあけかたをしらない
天気予報ばかり気にするあの人はヨシキリという鳥を知らない
立入禁止区域に雨が滞る わたしたちのことみんなしらない
ざくざくと凍み雪つぶしゐる坊や浅川マキの声を知らない
鳥の絵のくるくるまわる夢を見きそれからさきの君を知らない
水草にひしめく愛をすりぬけて光はたわむことを知らない
だしぬけに孤独のことを言う だって 銀河は銀河の顔を知らない
冬晴れの大通り【ブールヴァール】をあるきつつあなたの貌をついに知らない
★実際の作者
ねえさんのスカーフすべすべ ぼくはまだ夢のうちあけかたをしらない 加藤治郎
天気予報ばかり気にするあの人はヨシキリという鳥を知らない 渡邊志保
立入禁止区域に雨が滞る わたしたちのことみんなしらない 東直子
ざくざくと凍み雪つぶしゐる坊や浅川マキの声を知らない 辰巳泰子
鳥の絵のくるくるまわる夢を見きそれからさきの君を知らない 三好のぶ子
水草にひしめく愛をすりぬけて光はたわむことを知らない 佐藤弓生
だしぬけに孤独のことを言う だって 銀河は銀河の顔を知らない 佐藤弓生
冬晴れの大通り【ブールヴァール】をあるきつつあなたの貌をついに知らない 佐藤弓生
★ゆるゆる
ビラカンサ夜の火の棘死の方へわれらまづゆるゆるとまゐらう
卵黄のゆるゆる流れてゆくようにあなたの恋ははじまっている
ねじ花のねじゆるゆると咲きつぎてこの子に淡き記憶力生るる
地球【テラ】に軟禁される生物ゆるゆると髪とかいうもの洗いおわんぬ
バーの客ゆるゆる減ってこの人とカップルみたいに取り残される
たしかなるものありやなし三月の牡蠣ゆるゆると胃に腐れり
とにかくにTVをつければゆるゆると傾く脳も世界とつながる
ゆるゆるとガーゼに苺包みつつある日つつましく膝を立ており
★実際の作者
ビラカンサ夜の火の棘死の方へわれらまづゆるゆるとまゐらう 塚本邦雄
卵黄のゆるゆる流れてゆくようにあなたの恋ははじまっている 東直子
ねじ花のねじゆるゆると咲きつぎてこの子に淡き記憶力生るる 前田康子
地球【テラ】に軟禁される生物ゆるゆると髪とかいうもの洗いおわんぬ 大滝和子
バーの客ゆるゆる減ってこの人とカップルみたいに取り残される 柴田瞳
たしかなるものありやなし三月の牡蠣ゆるゆると胃に腐れり 西王燦
とにかくにTVをつければゆるゆると傾く脳も世界とつながる 笠井烏子
ゆるゆるとガーゼに苺包みつつある日つつましく膝を立ており 加藤治郎
★肘
下顎の痛む夜ゆえ肘をつきサル科のヒトは物思いする
両肘をからませその場を踏み鳴らす怒りは垂直のままにあるべし
テニス肘若かりし日の母を知らねど肘とおぼしき骨の一片
あらわなる肘より先を差し入れてあなたの無菌操作うつくし
窓に向く肘掛け椅子は束の間の月の光を腕に抱く
塩壷と梅干壷と陽の下に肘きりきりと磨き夏を待つ
片肘をついたころから言の葉に蔦がからんでゆくバーの夜
手首から肘まで黒き毛の渦まく腕のとなりに三時間をり
★実際の作者
下顎の痛む夜ゆえ肘をつきサル科のヒトは物思いする 田中槐
両肘をからませその場を踏み鳴らす怒りは垂直のままにあるべし 井辻朱美
テニス肘若かりし日の母を知らねど肘とおぼしき骨の一片 鈴木照子
あらわなる肘より先を差し入れてあなたの無菌操作うつくし 永田紅
窓に向く肘掛け椅子は束の間の月の光を腕に抱く 伊津野重美
塩壷と梅干壷と陽の下に肘きりきりと磨き夏を待つ 斎藤史
片肘をついたころから言の葉に蔦がからんでゆくバーの夜 田村元
手首から肘まで黒き毛の渦まく腕のとなりに三時間をり 花鳥佰
★膝
いつもわたしとおなじ飛行機にのっている膝カックンはへんなカックン
相槌のリズムで啜るジンバック とにかく膝が近い。近いよ
その膝に枕しつつも/我がこころ/思ひしはみな我のことなり
ぼくたちは時間を降りているのかな膝をふわふわ笑わせながら
膝ひらいて搬ばれながらどのような恥かしくなき倒されかたが_
夏空の飛び込み台に立つ人の膝には永遠【えいえん】のカサブタありき
春 はつか膝をひらいてあずかったあなたのあたまもてあましつつ
ファックスを白鳥といひし人ありきいま膝に乗る白鳥のことば
その膝の傷に口づけしたる夏 まぐれみたいに優しかったね
★実際の作者
いつもわたしとおなじ飛行機にのっている膝カックンはへんなカックン 杉山モナミ
相槌のリズムで啜るジンバック とにかく膝が近い。近いよ 柴田瞳
その膝に枕しつつも/我がこころ/思ひしはみな我のことなり 石川啄木
ぼくたちは時間を降りているのかな膝をふわふわ笑わせながら 東直子
膝ひらいて搬ばれながらどのような恥かしくなき倒されかたが_ 平井弘
夏空の飛び込み台に立つ人の膝には永遠【えいえん】のカサブタありき 穂村弘
春 はつか膝をひらいてあずかったあなたのあたまもてあましつつ 佐藤弓生
ファックスを白鳥といひし人ありきいま膝に乗る白鳥のことば 坂井修一
その膝の傷に口づけしたる夏 まぐれみたいに優しかったね 飯田有子
★切符
一首より多くの文字の印【シル】された切符が導く夕日の街へ
地下鉄の切符に鋏いれられてまた確かめているその決意
鳥を飼うことのなかったいままでが切符だらけのひきだしにある
ワンダーランドという言葉 その気持ちわるさに震え切符は燃えた
凸入れし[こどものくに]へゆくきっぷ兄のズボンに忍ばせて待つ
完璧な所作で一枚わたされし切符の中の「行」をみつめる
鉄道で自殺するにも改札を通る切符の代金は要る
山の手町がさくらの花に霞む日にわが旅行切符きられたるなれ
★実際の作者
一首より多くの文字の印【シル】された切符が導く夕日の街へ 千葉聡
地下鉄の切符に鋏いれられてまた確かめているその決意 岸上大作
鳥を飼うことのなかったいままでが切符だらけのひきだしにある 佐藤弓生
ワンダーランドという言葉 その気持ちわるさに震え切符は燃えた 鯨井可菜子
凸入れし[こどものくに]へゆくきっぷ兄のズボンに忍ばせて待つ あまねそう
完璧な所作で一枚わたされし切符の中の「行」をみつめる 東直子
鉄道で自殺するにも改札を通る切符の代金は要る 山田航
山の手町がさくらの花に霞む日にわが旅行切符きられたるなれ 斎藤史
★ゲーム
俺の名前で○×ゲームするなって井上くんが怒っています
矢印にみちびかれゆく夜のみち死んだ友とのおかしなゲーム
奥州の野は麦の秋寝たふりをしてる間にゲームは終われ
浴槽に浮かんだ写真ほほえみは遠い伝言ゲームのように
あまやかな言語ゲームの振出しに舌を出す死よ泡立つ「ブルー」
「人生はゲーム」と南佳孝が歌い下りのスロープ永し
リセットという羨【とも】しき機能を持つゲーム鞄に下げて少女らは行く
五円玉 夜中のゲームセンターで春はとっても遠いとおもう
★実際の作者
俺の名前で○×ゲームするなって井上くんが怒っています 柴田瞳
矢印にみちびかれゆく夜のみち死んだ友とのおかしなゲーム 杉崎恒夫
奥州の野は麦の秋寝たふりをしてる間にゲームは終われ 入谷いずみ
浴槽に浮かんだ写真ほほえみは遠い伝言ゲームのように 東直子
あまやかな言語ゲームの振出しに舌を出す死よ泡立つ「ブルー」 江田浩司
「人生はゲーム」と南佳孝が歌い下りのスロープ永し 藤原龍一郎
リセットという羨【とも】しき機能を持つゲーム鞄に下げて少女らは行く 俵万智
五円玉 夜中のゲームセンターで春はとっても遠いとおもう 永井祐
★禁止
泣くことは許されません頭蓋では夏の発芽がもう始まった
指も息も「ガラスにふれてはなりません」おそらく命は時間を殺す
知らないひとについて行ってはいけませんたとえばあの夕陽など
人魚などいけません今宵とげとげと発語しながらよそる薄荷飯
はしゃいでもかまわないけどまたがった木馬の顔をみてはいけない
そんなこと簡単に言つちやあいけない 薄明を互みに告げてすれちがひたる
家計簿をきちんとつけているような人を不幸にしてはいけない
わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんたうに死ぬ
★実際の作者
泣くことは許されません頭蓋では夏の発芽がもう始まった 田中槐
指も息も「ガラスにふれてはなりません」おそらく命は時間を殺す 井辻朱美
知らないひとについて行ってはいけませんたとえばあの夕陽など 佐藤弓生
人魚などいけません今宵とげとげと発語しながらよそる薄荷飯 高柳蕗子
はしゃいでもかまわないけどまたがった木馬の顔をみてはいけない 穂村弘
そんなこと簡単に言つちやあいけない 薄明を互みに告げてすれちがひたる 辰巳泰子
家計簿をきちんとつけているような人を不幸にしてはいけない 俵万智
わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんたうに死ぬ 永田和宏
★あれでなくこれだ(前編)
わたくしは少女ではなく土踏まずもたない夏の皇帝だった
隣人にはじめて声をかけられる「おはよう」でなく「たすけてくれ」と
槍を持つドン・キホーテではありませんあれは八月の避雷針です
砂時計のあれは砂ではありません無数の0がこぼれているのよ
真夜中の窓に来たのは世界一好きな少女、ではなくて雪です
六月のアイコンタクト人にではなく花束に三たびぶつかる
サツマイモのイモではなくて赤い茎食いて育ちき少年われは
カンヴァスの白ではなくて丹念に塗りこめられた白なり津軽
★実際の作者
わたくしは少女ではなく土踏まずもたない夏の皇帝だった 飯田有子
隣人にはじめて声をかけられる「おはよう」でなく「たすけてくれ」と 木下龍也
槍を持つドン・キホーテではありませんあれは八月の避雷針です 杉崎恒夫
砂時計のあれは砂ではありません無数の0がこぼれているのよ 杉崎恒夫
真夜中の窓に来たのは世界一好きな少女、ではなくて雪です 松平修文
六月のアイコンタクト人にではなく花束に三たびぶつかる 杉山モナミ
サツマイモのイモではなくて赤い茎食いて育ちき少年われは 奥村晃作
カンヴァスの白ではなくて丹念に塗りこめられた白なり津軽 俵万智
★あれでなくこれだ(後編)
SでなくMでもなくてNでしてニュートラルにてノータリンです
むこうからやってくるのは馬だろうブルース・ウィリスではないだろう
おそはるの雨デジタルに降り出して変わるのではなく戻るのだろうか
「あの、それはドアではなくて空です」と うろたえながらメガホンをとる
「中央線ではなく西武鉄道を自殺に選ぶ程度の個性」 松木秀
過ぎるたびなにやらひとりになる カーブ、あれは海ではなくてダマスカス
海ではなく大都市に流れ着くことのどうしようもなき両手を洗う
ママンあれはぼくの鳥だねママンママンぼくの落とした砂じゃないよね
★実際の作者
SでなくMでもなくてNでしてニュートラルにてノータリンです 久保芳美
むこうからやってくるのは馬だろうブルース・ウィリスではないだろう 木下龍也
おそはるの雨デジタルに降り出して変わるのではなく戻るのだろうか 杉山モナミ
「あの、それはドアではなくて空です」と うろたえながらメガホンをとる 笹井宏之
「中央線ではなく西武鉄道を自殺に選ぶ程度の個性」 松木秀
過ぎるたびなにやらひとりになる カーブ、あれは海ではなくてダマスカス 柳谷あゆみ
海ではなく大都市に流れ着くことのどうしようもなき両手を洗う 齋藤芳生
ママンあれはぼくの鳥だねママンママンぼくの落とした砂じゃないよね 東直子
★私ではない
芍薬の茎のかそけさ苦しんでいるのは水だわたし、ではなく
もう顔と名前が一致しないとかではなく僕が一致してない
ぼくの知らない人にほめられているぼくはぼくではなくてたぶん柴犬
転がっているのは一個の空き壜だワインを飲んだ私ではない
俺でなくぼくでもなくて「ここにいるこの子」と呼んでみたい、自分を
油でもさすか空しかみえないしけれどわたしは空ではないし
海のようなわたしではない ぬるま湯を満たして帆布の鞄を洗う
ベーコンが次々跳んでわたしではないひとになることができない
★実際の作者
芍薬の茎のかそけさ苦しんでいるのは水だわたし、ではなく 天道なお
もう顔と名前が一致しないとかではなく僕が一致してない 木下龍也
ぼくの知らない人にほめられているぼくはぼくではなくてたぶん柴犬 牧野芝草
転がっているのは一個の空き壜だワインを飲んだ私ではない 杉崎恒夫
俺でなくぼくでもなくて「ここにいるこの子」と呼んでみたい、自分を 俵万智
油でもさすか空しかみえないしけれどわたしは空ではないし 望月裕二郎
海のようなわたしではない ぬるま湯を満たして帆布の鞄を洗う 柳谷あゆみ
ベーコンが次々跳んでわたしではないひとになることができない 兵庫ユカ
★タコさん
よろこびの失はれたる海ふかく足閉ぢて章魚の類は凍らむ
まっ青な蛸が欲しくてシュノーケル咬めば泡・泡・泡に抱かれる
むずがゆいかさぶたのごとなつかしい人と見つめる蛸の酢の物
蛸が自分の足食うごとくみずからの作品創るあわれを読みぬ
タコが釣れるかもしれません海沿いの地下鉄ホームと電車の隙間
二百円で買ったゆううつタコ焼きの湯気にちぢれていく花がつお
海近き中学なれば蛸壺をみんなでえがく美術の時間
寂しさに海を覗けばあはれあはれ章魚【たこ】逃げてゆく真昼の光
★実際の作者
よろこびの失はれたる海ふかく足閉ぢて章魚の類は凍らむ 中城ふみ子
まっ青な蛸が欲しくてシュノーケル咬めば泡・泡・泡に抱かれる 穂村弘
むずがゆいかさぶたのごとなつかしい人と見つめる蛸の酢の物 東直子
蛸が自分の足食うごとくみずからの作品創るあわれを読みぬ 奥村晃作
タコが釣れるかもしれません海沿いの地下鉄ホームと電車の隙間 杉崎恒夫
二百円で買ったゆううつタコ焼きの湯気にちぢれていく花がつお 杉崎恒夫
海近き中学なれば蛸壺をみんなでえがく美術の時間 高野公彦
寂しさに海を覗けばあはれあはれ章魚【たこ】逃げてゆく真昼の光 北原白秋
★イカさん
特大のアオリイカ浮く水槽に百億の死をみつけてしまう
大王イカの長身にさむく対峙して海の左手 気圏の右手
夜の道来つつし見れば凍りたる立方体の烏賊(いか)をほどける
冷蔵庫から取りだしたヤリイカの目玉のひかりひえびえと昼
妹の混じる「友だち」カテゴリをきらめくホタルイカが横切る
冷凍のイカリングしろく積み上げてあなたの嘘の放つあかるさ
深閑と氷の上の螢烏賊すきとおり投降のテロリスト
穴子来てイカ来てタコ来てまた穴子来て次ぎ空き皿次ぎ鮪取らむ
★実際の作者
特大のアオリイカ浮く水槽に百億の死をみつけてしまう 田中槐
大王イカの長身にさむく対峙して海の左手 気圏の右手 井辻朱美
夜の道来つつし見れば凍りたる立方体の烏賊(いか)をほどける 玉城徹
冷蔵庫から取りだしたヤリイカの目玉のひかりひえびえと昼 佐藤弓生
妹の混じる「友だち」カテゴリをきらめくホタルイカが横切る 雪舟えま
冷凍のイカリングしろく積み上げてあなたの嘘の放つあかるさ 鯨井可菜子
深閑と氷の上の螢烏賊すきとおり投降のテロリスト 加藤治郎
穴子来てイカ来てタコ来てまた穴子来て次ぎ空き皿次ぎ鮪取らむ 小池光
★ほんとう
藍色の夜に溶けてしまわないようにほんとうの名で呼んでください
一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております
夜ごと背をまるめて辞書をひくうちに本当に梟になってしまふぞ
発売の初年のころは本当に喉に美味【うま】かったスーパードライ
夢の中の街がほんとうにあるような無情に青い翼竜の腹部
本当の男らしさを思うとき階段が逆流をして来る
地区内の全頭殺処分本当にやむを得ざりしか 一二六〇〇〇頭
三年間みんな本当に( )←空欄に好きな言葉を入れ卒業せよ
★実際の作者
藍色の夜に溶けてしまわないようにほんとうの名で呼んでください 北川草子
一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております 山崎方代
夜ごと背をまるめて辞書をひくうちに本当に梟になってしまふぞ 永井陽子
発売の初年のころは本当に喉に美味【うま】かったスーパードライ 奥村晃作
夢の中の街がほんとうにあるような無情に青い翼竜の腹部 井辻朱美
本当の男らしさを思うとき階段が逆流をして来る 吉野裕之
地区内の全頭殺処分本当にやむを得ざりしか 一二六〇〇〇頭 伊藤一彦
三年間みんな本当に( )←空欄に好きな言葉を入れ卒業せよ 千葉聡
■2014年10月~
★へそたち
寄せては返す人恋しさよ 上をゆくカモメの腹にへそを探せり
ほそぼそと出臍の小児【こども】笛を吹く紫蘇の畑の春のゆふぐれ
淡雪をあるけば臍【ほぞ】があたらしい 空と抱きあう力士に出会う
臍がまるで櫻のやうだ掻き分けてかきわけてみる櫻のやうだ
母ならぬ電気毛布のへその緒につながれている一と夜のねむり
いぬのへそ見つけてごらん母いぬが噛み切つたあとのすずしいへそを
ベトナムの臍 港町ホイアンに日本人町ありて 滅びき
ご先祖のお臍のにおいまき散らし月が砕ける 歌えぼるぼる
★実際の作者
寄せては返す人恋しさよ 上をゆくカモメの腹にへそを探せり 石川美南
ほそぼそと出臍の小児【こども】笛を吹く紫蘇の畑の春のゆふぐれ 北原白秋
淡雪をあるけば臍【ほぞ】があたらしい 空と抱きあう力士に出会う 東直子
臍がまるで櫻のやうだ掻き分けてかきわけてみる櫻のやうだ 新明さだみ
母ならぬ電気毛布のへその緒につながれている一と夜のねむり 杉崎恒夫
いぬのへそ見つけてごらん母いぬが噛み切つたあとのすずしいへそを こずえユノ
ベトナムの臍 港町ホイアンに日本人町ありて 滅びき 奥村晃作
ご先祖のお臍のにおいまき散らし月が砕ける 歌えぼるぼる 高柳蕗子
★抱きしめよう
洋梨にナイフを刺せば抱擁の名残りのように芯あたたかし
6月は抱擁機械。だれもみな抱かれて歩くことを恥じない
抱擁に閉ぢしまぶたの暗がりに石切場見ゆ石の母見ゆ
抱擁のひとつひとつは輪郭をうしない美しき花とうがらし
シュレッダーごみ復元のプロたちの息吹を想う抱擁の中
抱擁をしらざる胸の深碧【ふかみどり】ただ一連に雁【かりがね】わたる
流星がやけに飛び交う熱帯夜は龍の抱擁に溶けていました
陶製のつめたき馬の首すじに雨すべるさえとおき抱擁
★実際の作者
洋梨にナイフを刺せば抱擁の名残りのように芯あたたかし 東直子
6月は抱擁機械。だれもみな抱かれて歩くことを恥じない 杉山モナミ
抱擁に閉ぢしまぶたの暗がりに石切場見ゆ石の母見ゆ 水原紫苑
抱擁のひとつひとつは輪郭をうしない美しき花とうがらし 鯨井可菜子
シュレッダーごみ復元のプロたちの息吹を想う抱擁の中 雪舟えま
抱擁をしらざる胸の深碧【ふかみどり】ただ一連に雁【かりがね】わたる 富小路禎子
流星がやけに飛び交う熱帯夜は龍の抱擁に溶けていました 横井紀世江
陶製のつめたき馬の首すじに雨すべるさえとおき抱擁 内山晶太
★かもしれない
にせものかもしれないわたし放尿はするどく長く陶器叩けり
色鉛筆の緑ばかりが減っている我に足りない色かもしれず
この夕べ抱えてかえる温かいパンはわたしの母かもしれない
例えば 羊のようかもしれぬ草の上に押さえてみれば君の力も
洗面器の水面ふるえやまぬなり人語を解す水かもしれず
窓の外に映るランプがほんたうであるかもしれず確かめにゆく
なめらかな肌だったっけ若草の妻ときめてたかもしれぬ掌は
雪よ わたしがすることは運命がわたしにするのかもしれぬこと
★実際の作者
にせものかもしれないわたし放尿はするどく長く陶器叩けり 飯田有子
色鉛筆の緑ばかりが減っている我に足りない色かもしれず 俵万智
この夕べ抱えてかえる温かいパンはわたしの母かもしれない 杉崎恒夫
例えば 羊のようかもしれぬ草の上に押さえてみれば君の力も 平井弘
洗面器の水面ふるえやまぬなり人語を解す水かもしれず 東直子
窓の外に映るランプがほんたうであるかもしれず確かめにゆく 光森裕樹
なめらかな肌だったっけ若草の妻ときめてたかもしれぬ掌は 佐佐木幸綱
雪よ わたしがすることは運命がわたしにするのかもしれぬこと 雪舟えま
★馬と鹿
ながくながく使ひし洗濯ばさみかなバカになつたと言ひつつ捨てる
【「バカになつた」に傍点】
生きてるよ当たり前だろばかやろう俺はウサギじゃねえんだからよ
ばかを乗せ飛び立つ機体朝焼けってばかのひとみにうつくしすぎる
妻は夫を馬鹿だと言ひたがるもので豆の莢むきながら煮ながら
ばか、やめれ 遠くで母の声がする 人差し指で人を差すとき
ここは銀河系のわらじ さむがりや馬鹿者どもがすあしをつっこむ
佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず
コアラのマーチぶちまけてかっとなってさかだちしてばかあちこちすき
★実際の作者
ながくながく使ひし洗濯ばさみかなバカになつたと言ひつつ捨てる 大松達知
生きてるよ当たり前だろばかやろう俺はウサギじゃねえんだからよ 辻井竜一
ばかを乗せ飛び立つ機体朝焼けってばかのひとみにうつくしすぎる 鯨井可菜子
妻は夫を馬鹿だと言ひたがるもので豆の莢むきながら煮ながら 林和清
ばか、やめれ 遠くで母の声がする 人差し指で人を差すとき 柴田瞳
ここは銀河系のわらじ さむがりや馬鹿者どもがすあしをつっこむ 笹井宏之
佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず 小池光
コアラのマーチぶちまけてかっとなってさかだちしてばかあちこちすき 飯田有子
★始発
新橋で乗り込む始発電車には時に呑まれて眠る人々
なまぬるく拒まれていた 明け方のひ弱な雲と始発で帰ろ
少年のように走ってくる電車どこの夕日が始発の駅か
血液型刻んだプレート握りつつ 始発電車に河のきらめき
捨てしにあらず逃げしにあらず能登輪島終着駅はわが始発駅
ひゃっといい始発列車が飛び出してしまった口をあわててふさぐ
夜の人と朝の人とが交差する始発電車の首のびてくる
この町の始発電車は濁らずにててんてててん宙を走るの
★実際の作者
新橋で乗り込む始発電車には時に呑まれて眠る人々 千葉聡
なまぬるく拒まれていた 明け方のひ弱な雲と始発で帰ろ 横井紀世江
少年のように走ってくる電車どこの夕日が始発の駅か 久保明
血液型刻んだプレート握りつつ 始発電車に河のきらめき 穂村弘
捨てしにあらず逃げしにあらず能登輪島終着駅はわが始発駅 三井ゆき
ひゃっといい始発列車が飛び出してしまった口をあわててふさぐ 笹井宏之
夜の人と朝の人とが交差する始発電車の首のびてくる 東直子
この町の始発電車は濁らずにててんてててん宙を走るの 久保芳美
★終電
吊革のいづれを引かば警笛が鳴るかと試す最終電車に
終電に抱きしめられて胸のうち暗きブロッコリーの生えゆく
終電を降りてきれいな思い出を抜けて気付けばああ積もりそう
終電の一本前で帰りますトレンチコートに薔薇色の染み
いま死んでもいいと思える夜ありて異常に白き終電に乗る
終電の窓が切り取る一瞬のおばさんの欠伸を見て僕も
終電を見捨ててふたり灯台のなぞを解いてもまだ月の謎
終電車の吊り革たちが今日遭いしたくさんの手を夢にみている
★実際の作者
吊革のいづれを引かば警笛が鳴るかと試す最終電車に 光森裕樹
終電に抱きしめられて胸のうち暗きブロッコリーの生えゆく 鯨井可菜子
終電を降りてきれいな思い出を抜けて気付けばああ積もりそう 永井祐
終電の一本前で帰りますトレンチコートに薔薇色の染み 柴田瞳
いま死んでもいいと思える夜ありて異常に白き終電に乗る 錦見映理子
終電の窓が切り取る一瞬のおばさんの欠伸を見て僕も 望月裕二郎
終電を見捨ててふたり灯台のなぞを解いてもまだ月の謎 穂村弘
終電車の吊り革たちが今日遭いしたくさんの手を夢にみている 杉崎恒夫
★寝言
「男の子はまるで違うねおしっこの湯気の匂いも叫ぶ寝言も」
いもうとが寝言で愛を叫んでる、天道虫の毒がぐるぐる
耳の穴からひゅるひゅると寝言でて誰かのくちへ戻っていった
おばあちゃんの寝言とまらぬ家じゅうで十円玉が薄目をあける
それだけで会いに来たのか 寝言にて「喫水線までお辞儀できます」
夏の夜のカレー三杯食べてのち寝言にもわれは「うまし」と言ひき
花粉降り積もるくちびる 寝言でも顧客満足とか言わないで
見そこねた映画のやうに知恵熱のきみの寝言のつづきをおもふ
★実際の作者
「男の子はまるで違うねおしっこの湯気の匂いも叫ぶ寝言も」 穂村弘
いもうとが寝言で愛を叫んでる、天道虫の毒がぐるぐる 穂村弘
耳の穴からひゅるひゅると寝言でて誰かのくちへ戻っていった 笹井宏之
おばあちゃんの寝言とまらぬ家じゅうで十円玉が薄目をあける 高柳蕗子
それだけで会いに来たのか 寝言にて「喫水線までお辞儀できます」 飯田有子
夏の夜のカレー三杯食べてのち寝言にもわれは「うまし」と言ひき 田村元
花粉降り積もるくちびる 寝言でも顧客満足とか言わないで 柴田瞳
見そこねた映画のやうに知恵熱のきみの寝言のつづきをおもふ 秋月祐一
★なわとび
灰色の事務机の上しろじろと母乳で縄跳びしている人形
「ねえ、気づいたら暗喩ばかりの中庭でなわとびをとびつづけているの」
髪けむらせ縄跳ぶ少女 ハンガリア少女と遠く恐怖を頒【わか】ち
少女死するまで炎天の縄跳びのみづからの圓駆けぬけられぬ
縄とびす少女の腕のあせばみて青く血脈ふくるる朝なり
縄跳びを教へんと子等を集め来て最も高く跳びをり妻が
夜の路地に縄跳びをする男ゐてぱしぱしと地面をうち鳴らしをり
甘やかに呼ばれて入りし縄跳びの大波小波まだ抜けられぬ
★実際の作者
灰色の事務机の上しろじろと母乳で縄跳びしている人形 飯田有子
「ねえ、気づいたら暗喩ばかりの中庭でなわとびをとびつづけているの」 笹井宏之
髪けむらせ縄跳ぶ少女 ハンガリア少女と遠く恐怖を頒【わか】ち 塚本邦雄
少女死するまで炎天の縄跳びのみづからの圓駆けぬけられぬ 塚本邦雄
縄とびす少女の腕のあせばみて青く血脈ふくるる朝なり 吉岡実
縄跳びを教へんと子等を集め来て最も高く跳びをり妻が 奥村晃作
夜の路地に縄跳びをする男ゐてぱしぱしと地面をうち鳴らしをり 杜澤光一郎
甘やかに呼ばれて入りし縄跳びの大波小波まだ抜けられぬ 久々湊盈子
★ねえ
手作りのつり針にサビ 追憶の味は苦いのねえロビンソン
ねえ二本ともにぎっていてねあかねさすあなたの未来家具のようにね
あつくなりましたねえと声かけて咽喉の奥から透けてゆくひと
ねえ夢に母さんがいたとおいとおいとおい日の母さんがいた
「ねえ、気づいたら暗喩ばかりの中庭でなわとびをとびつづけているの」
今だけを必死に生きていますので「昨日言った」と言われてもねえ
ねえ僕は何を殺した遊ぶ金欲しさにワイングラスを磨く
ねえここに横たわってて良いですか海の静けさつかまえた夜
★実際の作者
手作りのつり針にサビ 追憶の味は苦いのねえロビンソン 北川草子
ねえ二本ともにぎっていてねあかねさすあなたの未来家具のようにね 飯田有子
あつくなりましたねえと声かけて咽喉の奥から透けてゆくひと 東直子
ねえ夢に母さんがいたとおいとおいとおい日の母さんがいた 東直子
「ねえ、気づいたら暗喩ばかりの中庭でなわとびをとびつづけているの」 笹井宏之
今だけを必死に生きていますので「昨日言った」と言われてもねえ 辻井竜一
ねえ僕は何を殺した遊ぶ金欲しさにワイングラスを磨く 木下龍也
ねえここに横たわってて良いですか海の静けさつかまえた夜 柴田瞳
★めぐる
背中からさぐられているさびしさに船は地球のうすかわめぐる
めぐりきてここはしずかな銀歯世界おはなしは空からはじめましょ
両性具有の長き髪垂る回廊をめぐりてたれか青空にいたる
ああ船首 人は美し霜月のすばるすまろう夜半めぐるらう
花の名の気象衛星めぐる夜のきれいで恥知らずな獣たち
やわらかくひとめぐりして完【おわ】るという 次目覚めたらももになろうか
くつおとは薄暮の街を過ぎゆけりつめたい星を巡るキャラバン
せかいじゅうひとふでがきの風めぐるどこからはじめたっていいんだ
★実際の作者
背中からさぐられているさびしさに船は地球のうすかわめぐる 佐藤弓生
めぐりきてここはしずかな銀歯世界おはなしは空からはじめましょ 杉山モナミ
両性具有の長き髪垂る回廊をめぐりてたれか青空にいたる 井辻朱美
ああ船首 人は美し霜月のすばるすまろう夜半めぐるらう 山中智恵子
花の名の気象衛星めぐる夜のきれいで恥知らずな獣たち 穂村弘
やわらかくひとめぐりして完【おわ】るという 次目覚めたらももになろうか 柳谷あゆみ
くつおとは薄暮の街を過ぎゆけりつめたい星を巡るキャラバン 鯨井可菜子
せかいじゅうひとふでがきの風めぐるどこからはじめたっていいんだ やすたけまり
★目薬(前編)
いちにちの読点としてめぐすりをさすとき吾をうつ蟬時雨
目薬の成分表をよみあげる声ゆるやかに春の消灯
このみずは、目薬? ここにないものになりたいわけは きっと、目薬。
確信が罪にちかづくゆうぐれをあやまちて頬にさせる目ぐすり
目薬の一滴で眼がいっぱいになりいたる子よ我を見つめる
目薬のつめたき雫したたれば心に開く菖蒲【あやめ】むらさき
のけぞりて目薬をさすにんげんの頸は90度まがらぬものなり
句読点をどこに落としてきたんだろう 左目に差すぬるい目薬
★実際の作者
いちにちの読点としてめぐすりをさすとき吾をうつ蟬時雨 光森裕樹
目薬の成分表をよみあげる声ゆるやかに春の消灯 北川草子
このみずは、目薬? ここにないものになりたいわけは きっと、目薬。 杉山モナミ
確信が罪にちかづくゆうぐれをあやまちて頬にさせる目ぐすり 穂村弘
目薬の一滴で眼がいっぱいになりいたる子よ我を見つめる 前田康子
目薬のつめたき雫したたれば心に開く菖蒲【あやめ】むらさき 岡部桂一郎
のけぞりて目薬をさすにんげんの頸は90度まがらぬものなり 杉崎恒夫
句読点をどこに落としてきたんだろう 左目に差すぬるい目薬 柴田瞳
★目薬(後編)
めぐすりをみぎめひだりめつかひわく 夏来たりなばもうひとつ来よ
目薬の遮光袋をきゅっと閉じいつか訪れたい町の数
すでになにごともなけれど目薬が鞄の中で泡だっている
性欲が目薬のように落ちてきてかみなりのそらいっぱいの自殺がみえる
ともかくも眠るとききて壁面に大きな影が目薬をさす
目薬をこわがる妹のためにプラネタリウムに放て鳥たち
めぐすりを差したるのちの瞑目に破船のしづくしたたりにけり
目薬をさしてる人ののどぼとけ曝されているやさしさはよい
★実際の作者
めぐすりをみぎめひだりめつかひわく 夏来たりなばもうひとつ来よ 光森裕樹
目薬の遮光袋をきゅっと閉じいつか訪れたい町の数 柴田瞳
すでになにごともなけれど目薬が鞄の中で泡だっている 佐藤弓生
性欲が目薬のように落ちてきてかみなりのそらいっぱいの自殺がみえる 瀬戸夏子
ともかくも眠るとききて壁面に大きな影が目薬をさす 杉崎恒夫
目薬をこわがる妹のためにプラネタリウムに放て鳥たち 穂村弘
めぐすりを差したるのちの瞑目に破船のしづくしたたりにけり 葛原妙子
目薬をさしてる人ののどぼとけ曝されているやさしさはよい 田中槐
★どうしても
どうしても思ひ出せない夏がある滝壺のふちに口つけて飲む
どうしても声のかわりに鹿が出る あぶないっていうだけであぶない
どうしてもいやになれない 戦争よ もっとはらわたはみだしてみて
どうしてもこの集団の指先は雲雀の卵を潰してしまふ
どうしても消去できない悲しみの隠しファイルが一個あります
どうしても歩幅の合わぬ石段をのぼり続けている夢の中
どうしてもあなたへかへる感情のあるいは稜線のごとき起伏は
どうしても<父たち>としか語れない元型がある 戦ひしものら
★実際の作者
どうしても思ひ出せない夏がある滝壺のふちに口つけて飲む こずえユノ
どうしても声のかわりに鹿が出る あぶないっていうだけであぶない 笹井宏之
どうしてもいやになれない 戦争よ もっとはらわたはみだしてみて 佐藤弓生
どうしてもこの集団の指先は雲雀の卵を潰してしまふ 山田富士郎
どうしても消去できない悲しみの隠しファイルが一個あります 杉崎恒夫
どうしても歩幅の合わぬ石段をのぼり続けている夢の中 俵万智
どうしてもあなたへかへる感情のあるいは稜線のごとき起伏は 中山明
どうしても<父たち>としか語れない元型がある 戦ひしものら 井辻朱美
★跳ねる(前編)
海にふる雨より醒めぬレコードの溝の終りに針は跳ねつつ
水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき
墓石店【ぼせきてん】春泥はねて運命のごとくに墓を磨く人あり
爪先で水を跳ねあげ虹にする 好きで嫌いな誰かのために
飛ぶ雪の世界に凍る跳ね橋にはつこいびとの名を冠したり
公園のすべての青を洋服に吸わせて夏のぼくらは跳ねる
知らぬ間に解けてしまつた靴紐がぴちぴち跳ねて夏がはじまる
たった一つのこころと跳ねるきもちありいくつもの重心わたしに積もる
★実際の作者
海にふる雨より醒めぬレコードの溝の終りに針は跳ねつつ 加藤治郎
水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき 葛原妙子
墓石店【ぼせきてん】春泥はねて運命のごとくに墓を磨く人あり 石田比呂志
爪先で水を跳ねあげ虹にする 好きで嫌いな誰かのために 千葉聡
飛ぶ雪の世界に凍る跳ね橋にはつこいびとの名を冠したり 穂村弘
公園のすべての青を洋服に吸わせて夏のぼくらは跳ねる 田中ましろ
知らぬ間に解けてしまつた靴紐がぴちぴち跳ねて夏がはじまる 山田航
たった一つのこころと跳ねるきもちありいくつもの重心わたしに積もる 杉山モナミ
★跳ねる(後編)
生まれたての仔猫の青い目のなかでぴちぴち跳ねている寄生虫
「愛」という形に口をうごかしてもつまらないだから跳ね起きる
ドラムスの撥に合せて跳ねまわる鼓膜の裏の古きアメリカ
鈍行のはねる夕陽によろめけばどう転んでもあなたは遠い
とびはねて君がバナナをもぐたびにすすり笑う不憫な妹さん
弾丸は二発ぶちこむべしべしとブリキのように頭は跳ねて
交差路にともに在ること能(あた)はねば車は人を跳ね飛ばしたり
光あび電子は跳ねてうごめくよ足並みそろえりゃ太陽電池
★実際の作者
生まれたての仔猫の青い目のなかでぴちぴち跳ねている寄生虫 穂村弘
「愛」という形に口をうごかしてもつまらないだから跳ね起きる 陣崎草子
ドラムスの撥に合せて跳ねまわる鼓膜の裏の古きアメリカ 澤田順
鈍行のはねる夕陽によろめけばどう転んでもあなたは遠い 増尾ラブリー
とびはねて君がバナナをもぐたびにすすり笑う不憫な妹さん 高柳蕗子
弾丸は二発ぶちこむべしべしとブリキのように頭は跳ねて 加藤治郎
交差路にともに在ること能(あた)はねば車は人を跳ね飛ばしたり 内藤明
光あび電子は跳ねてうごめくよ足並みそろえりゃ太陽電池 筑井隆
★交差点
交差点その真ん中で秋雨を聴いた 母音で終わる宿命
〈自転車に乗りながら書いた手紙〉から大雪の交差点の匂い
セミナーのビラは交差点に散乱す「神経症は君だけじゃない」
着ぶくれて行くスクランブル交差点 翼をたたんだ番のように
交差点を行く傘の群れなぜ皆さんさう簡単に生きられますか
交差点の信号がみな赤になる一瞬ずつを集めて投げる
交差点でならんで嗅いだ排気ガス三時の月のゆくえは知れず
骨盤のゆがみをなおすおかゆです、鮭フレークが降る交差点
★実際の作者
交差点その真ん中で秋雨を聴いた 母音で終わる宿命 千葉聡
〈自転車に乗りながら書いた手紙〉から大雪の交差点の匂い 穂村弘
セミナーのビラは交差点に散乱す「神経症は君だけじゃない」 中沢直人
着ぶくれて行くスクランブル交差点 翼をたたんだ番のように 俵万智
交差点を行く傘の群れなぜ皆さんさう簡単に生きられますか 山田航
交差点の信号がみな赤になる一瞬ずつを集めて投げる 佐伯紺
交差点でならんで嗅いだ排気ガス三時の月のゆくえは知れず 佐藤弓生
骨盤のゆがみをなおすおかゆです、鮭フレークが降る交差点 笹井宏之
★すれちがう
風の交叉点すれ違うとき心臓に全治二秒の手傷を負えり
夕闇の交叉点にてすれちがう若き日の我はいたく急げり
この風のなかすれちがふ絵皿のやうにわたしとそなたの永遠のたましひ
お相撲さんとすれちがう度にんげんについてハッと考えてきた
針と針すれちがふとき幽【かす】かなるためらひありて時計のたましひ
すれちがう人のどれかは天からの使者であるかもしれない登山
ていねいに図を描くのみの答案に流水算の舟すれちがふ
菖蒲村字走水【しやうぶむらあざはしりみづ】水中にみどりごとちちははがすれちがふ
★実際の作者
風の交叉点すれ違うとき心臓に全治二秒の手傷を負えり 穂村弘
夕闇の交叉点にてすれちがう若き日の我はいたく急げり 齋藤史
この風のなかすれちがふ絵皿のやうにわたしとそなたの永遠のたましひ 井辻朱美
お相撲さんとすれちがう度にんげんについてハッと考えてきた 杉山モナミ
針と針すれちがふとき幽【かす】かなるためらひありて時計のたましひ 水原紫苑
すれちがう人のどれかは天からの使者であるかもしれない登山 木下龍也
ていねいに図を描くのみの答案に流水算の舟すれちがふ 光森裕樹
菖蒲村字走水【しやうぶむらあざはしりみづ】水中にみどりごとちちははがすれちがふ 塚本邦雄
★ラーメン
太平洋高気圧列島に張り出してトンコツラーメン〈キムチ入り〉食う
ラーメンに眼鏡が曇る春の雪低い空からふっふっと飛ぶ
世界じゅうのラーメンスープを泳ぎきりすりきれた龍おやすみなさい
湯の中にわれの知らざる三分をのたうち回るカップラーメン
面白きこともなき世のラーメンにちよつと加へる行者ニンニク
ラーメンの湯気の中にはいつだってシャワーを浴びるメーテルがいた
あやまりたいし別れたいしラーメンにぶちまけているかやくの袋
よせて引く大闇小闇のとらやあやあ父島ラーメン母島ラーメン
★実際の作者
太平洋高気圧列島に張り出してトンコツラーメン〈キムチ入り〉食う 奥村晃作
ラーメンに眼鏡が曇る春の雪低い空からふっふっと飛ぶ 入谷いずみ
世界じゅうのラーメンスープを泳ぎきりすりきれた龍おやすみなさい 雪舟えま
湯の中にわれの知らざる三分をのたうち回るカップラーメン 田村元
面白きこともなき世のラーメンにちよつと加へる行者ニンニク 田村元
ラーメンの湯気の中にはいつだってシャワーを浴びるメーテルがいた 笹公人
あやまりたいし別れたいしラーメンにぶちまけているかやくの袋 鯨井可菜子
よせて引く大闇小闇のとらやあやあ父島ラーメン母島ラーメン 高柳蕗子
★一分~四分
「一分で食えたら無料【ただ】にしろ」なんて言う中村をみんなで殴る
七時間かけたレポート助教授は一分弱でBとつけおり
駅歩二分新築南東角部屋のようでありたい新人ゴトウ
白【はく】驟雨過ぎたるのちの二、三分街ぢゆうに空【くう】のにほひ満ちたり
三分でレースが終わる菊花賞はカップラーメン作りに適す
駅までのラストスパート三分で殺し文句をくれなきゃ帰る
四分間ジャムが煮え立つ夜の中 今日のはなしを今日するために
してもらうことの嬉しさ君が作る四分半のボイルドエッグ
★実際の作者
「一分で食えたら無料【ただ】にしろ」なんて言う中村をみんなで殴る 千葉聡
七時間かけたレポート助教授は一分弱でBとつけおり あまねそう
駅歩二分新築南東角部屋のようでありたい新人ゴトウ 鯨井可菜子
白【はく】驟雨過ぎたるのちの二、三分街ぢゆうに空【くう】のにほひ満ちたり 小島ゆかり
三分でレースが終わる菊花賞はカップラーメン作りに適す 松木秀
駅までのラストスパート三分で殺し文句をくれなきゃ帰る 田丸まひる
四分間ジャムが煮え立つ夜の中 今日のはなしを今日するために 柳谷あゆみ
してもらうことの嬉しさ君が作る四分半のボイルドエッグ 俵万智
★五分
菖蒲湯ぬるし五分沈まば死に得むにそのたのしみは先にのばす
白毛布は銀河の如しその中で5分くらいはもたせてみます
バケツより雑巾【ざふきん】しぼる音ききてそれより後の五分【ごふん】あまりの夢
岩根橋を通る電車を見んとして待てば銀河の五分流れる
一時間たっても来ない ハイソフトキャラメル買ってあと五分待つ
ナポレオンの睡眠時間をうらやんで昼休みあと五分を眠る
五分間レンジで蒸(む)した鶏肉の指もてつまみよく裂けるなり
自分史をためしに作ってみたら三十歳までに五分かかった
★実際の作者
菖蒲湯ぬるし五分沈まば死に得むにそのたのしみは先にのばす 塚本邦雄
白毛布は銀河の如しその中で5分くらいはもたせてみます 無頭鷹
バケツより雑巾【ざふきん】しぼる音ききてそれより後の五分【ごふん】あまりの夢 斎藤茂吉
岩根橋を通る電車を見んとして待てば銀河の五分流れる 俵万智
一時間たっても来ない ハイソフトキャラメル買ってあと五分待つ 俵万智
ナポレオンの睡眠時間をうらやんで昼休みあと五分を眠る 田村元
五分間レンジで蒸(む)した鶏肉の指もてつまみよく裂けるなり 奥村晃作
自分史をためしに作ってみたら三十歳までに五分かかった 辻井竜一
★春の身体
春あさき郵便局に来てみれば液体糊がすきとおり立つ
さびしさに死ぬことなくて春の夜のぶらんこを漕ぐおとなの躯
春なのよ開花開花よからだじゅうポップコーンがはじけるように
痙攣をくりかえしくりかえしする春のからだは、ゆでたまご
夕雲の指をもたないにんげんと交わる春のからだはさびし
明け方のわが枕辺に体温計置きゆきしは白き春の手と思ふ
風いでて白鯨一頭たちまちに解体さるる春の青空
月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして
★実際の作者
春あさき郵便局に来てみれば液体糊がすきとおり立つ 大滝和子
さびしさに死ぬことなくて春の夜のぶらんこを漕ぐおとなの躯 内山晶太
春なのよ開花開花よからだじゅうポップコーンがはじけるように 鈴木風花
痙攣をくりかえしくりかえしする春のからだは、ゆでたまご 村上きわみ
夕雲の指をもたないにんげんと交わる春のからだはさびし 佐藤弓生
明け方のわが枕辺に体温計置きゆきしは白き春の手と思ふ 中城ふみ子
風いでて白鯨一頭たちまちに解体さるる春の青空 久々湊盈子
月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして 在原業平