飛行船

「飛行船」を詠む歌を集めました。

短歌はわりにあったけれど、俳句を見てみたらほとんど詠まれていないようでした。

(追記 あとから少し発見したので末尾に付け足します。)

〝詠まず嫌い〟ってあるのかな?

詩型として詠まず嫌いだと、その詩型の中でその言葉は、

〝詩的経験値〟がたまらないんじゃないかなあ。

「飛行船」という題材を特に好んで詠んでいるらしい人は「特待席」として、3首アップしました。

どりらも、はるかにこの歌があるような気がする。

ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れゆく舟をしぞ思ふ 古今集

2019・7・11追記

日本の神話には「天の岩船」という空を飛ぶ船が出てきます。岩船神社など、巨岩を御神体とする神社があります。

作者が無意識であっても、「飛行船」のイメージには、岩船のイメージが少し混じるかもしれません。

以下、ロビン・D・ギルさんより教えていただきました。

七夕のあまの岩舟こよいこそ秋風吹きて真帆に会うらめ

左京大夫顕輔『新千載和歌集』

神山に天の岩船吹き寄せて繋ぎ初めしも我が君のため

賀茂氏久『夫木和歌抄』

特待席●

井辻朱美の飛行船

愛というこの世の温度ぬぐわれて天青の涯をゆく飛行船

ルビ:天青(てんせい)/涯(はて)

銀の尻の象のごとくに浮かびいる飛行船など 秋の教室

飛行船しずかに針路を変えるとき蒼が揺れよう幌のごとくに

飛行船の描写を超えていて存在感というか気配というか、歌にはまったく書いてないけれど、死後の世界に航行する船みたい。

特待席●

杉崎恒夫の飛行船

こんなにも明るい秋の飛行船ひとつぶの死が遠ざかりゆく

大文字ではじまる童話みるように飛行船きょうの空に浮かべり

飛行船そなたを旅へかりたてるラグビーボールほどのたましい

この人のさりげない見立てがおもしろい。

ラグビーボールは言うまでもないが、「ひとつぶの死」が飛行船の形から米粒を思わせる。

「大文字ではじまる童話」も(そうだ、子供の本にそういうのあるよなー)飛行船の妙な大きさ感にぴったりだ。

以下は、生まれた年代で分けてみました。

(特に意味なし。データがたまたま年代順だった。)

歌集名のあとの数字は発行年です。

明治生まれの飛行船

きさらぎの天のひかりに飛行船ニコライ寺の上を走れり

斎藤茂吉『赤光』1913

わが家のまうへをとほる飛行船大いなるもの空をゆくかも

三ケ島葭子 出典調査中

しろい山や飛行船が描かれてある箱のシガレツトなど喫ひてくらせる

ルビ:描(か)/喫(す)

石川信夫『シネマ』1936

大正生まれの飛行船

特待席の杉崎さんは大正生まれ。他には該当ナシ。

昭和生まれの飛行船

● 戦前生まれ

ただよへる飛行船の影見えねども街の凹凸を移動してゐむ

松坂弘


●戦後生まれ

特待席の伊辻さんはここに該当します。

飛行船向きをかへたる空の下墓地分譲中ののぼりはためく

小池光『思川の岸辺』2015

ひと言で気持ちは変はる春嵐の過ぎて晴れ間をゆく飛行船

紀水章生『風のむすびめ』

冬空の視界にひとつ現れて思考に消えてゆく飛行船

俵万智『チョョコレート革命』

指切りのゆび切れぬまま花ぐもる空に燃えつづける飛行船

穂村弘『シンジケート』1990

歩みゆく今日のこころのなかほどに浮んでいたり飛行船ひとつ

松村正直

うたた寝をしながら戻る学校へ飛行船まで追いかけてくる

本多忠義『禁忌色』

気がつけば飛び去っていた飛行船の卓上カレンダーはまだ夏

中島裕介『Starving Stargazer』2008

ビル背面をゆきてふたたび出て来ざるツェッペリン忌の飛行船かな

光森裕樹『鈴を産むひばり』2010

東京の空にぎんいろ飛行船 十七歳の夏が近づく

小島なお『乱反射』

平成生まれの飛行船

今後とも乗ることはないだろうけどしばらく視界にある飛行船

𠮷田恭大『光と私語』

川柳

俳句はなかったけれども、川柳は少し見つけました。

ヌーブラを着けて遊覧飛行船 くんじろう

点線を追いかけていく飛行船 安藤なみ

歯の抜けた隙からふわり飛行船 八戸むさし

短定型詩は、単にものごとを何がどうしたと説明するわけではない。

言葉を句や歌の中で、叙述以上の何らかの効果を発揮し何らかの役割を果たす。それを通して言葉は詩的経験値を高め詩情などを蓄積する。

短歌では近代歌人が先鞭をつけて、「飛行船」という言葉に詩情が蓄積しつつあると思う。


詠まず嫌いという症状が各詩型にあるのだろう。俳句では「飛行船」ほとんど詠まれていないようだ。

実は、現代俳句協会のデータベースにはわずかにあった。

だがその例を見る限り、まだ詩型としてこの「飛行船」という言葉を使い慣れていない感じを受けた。


(※追記 あとから発見しましたので下に付け足します。

だいぶ見つけましたが、詩型として咀嚼が進んでいないような感じはまだあるなあ。)


2019年7月9日 高柳蕗子

追記:俳句

あとから俳句をみつけたので追記します。2019年7月10日


飛行船の灯あかく来る短日 北原白秋

飛行船あれ角隠し顔を上ぐ 攝津幸彦

世のなかまでぶんぶん一飛行船もあり 阿部完市

大きい腹を見せて東京の夜の上をゆく飛行船です 橋本夢道

飛行船の真下に春の愁かな 飯島晴子

春光や懐かしき名の飛行船 水原春郎

晩春の街を曳きゆく飛行船 熊谷愛子

西日へと向きかへてゐる飛行船 岡田史乃

飛行船山上にあり竹の子のせる 阿部完市