短歌はわりにあったけれど、俳句を見てみたらほとんど詠まれていないようでした。
(追記 あとから少し発見したので末尾に付け足します。)
詩型として詠まず嫌いだと、その詩型の中でその言葉は、
〝詩的経験値〟がたまらないんじゃないかなあ。
「飛行船」という題材を特に好んで詠んでいるらしい人は「特待席」として、3首アップしました。
どりらも、はるかにこの歌があるような気がする。
2019・7・11追記
日本の神話には「天の岩船」という空を飛ぶ船が出てきます。岩船神社など、巨岩を御神体とする神社があります。
作者が無意識であっても、「飛行船」のイメージには、岩船のイメージが少し混じるかもしれません。
以下、ロビン・D・ギルさんより教えていただきました。
飛行船の描写を超えていて存在感というか気配というか、歌にはまったく書いてないけれど、死後の世界に航行する船みたい。
この人のさりげない見立てがおもしろい。
ラグビーボールは言うまでもないが、「ひとつぶの死」が飛行船の形から米粒を思わせる。
「大文字ではじまる童話」も(そうだ、子供の本にそういうのあるよなー)飛行船の妙な大きさ感にぴったりだ。
(特に意味なし。データがたまたま年代順だった。)
歌集名のあとの数字は発行年です。
特待席の伊辻さんはここに該当します。
小島なお『乱反射』
俳句はなかったけれども、川柳は少し見つけました。
短定型詩は、単にものごとを何がどうしたと説明するわけではない。
言葉を句や歌の中で、叙述以上の何らかの効果を発揮し何らかの役割を果たす。それを通して言葉は詩的経験値を高め詩情などを蓄積する。
短歌では近代歌人が先鞭をつけて、「飛行船」という言葉に詩情が蓄積しつつあると思う。
詠まず嫌いという症状が各詩型にあるのだろう。俳句では「飛行船」ほとんど詠まれていないようだ。
実は、現代俳句協会のデータベースにはわずかにあった。
だがその例を見る限り、まだ詩型としてこの「飛行船」という言葉を使い慣れていない感じを受けた。
(※追記 あとから発見しましたので下に付け足します。
だいぶ見つけましたが、詩型として咀嚼が進んでいないような感じはまだあるなあ。)
2019年7月9日 高柳蕗子