【短歌】

どうなりと勝手になれといふごとき

わがこのごろを

ひとり恐るる。 石川啄木 悲しき玩具

ヒヤシンスの蕾もつ鉢をゆすぶつてはやく春になれはや春になれ 前川佐美雄 『植物祭』1930

はやく昔になれよと心かなしみし昔の香もて梔子は咲く 馬場あき子 『月華の節』

畠を打つ背が遠く見えもの言わぬ人になれよと折々うごく 三枝昻之

夢に来し木馬やさしくわれを嘗め木馬になれとはつひに言はざり 山田富士郎 『アビー・ロードを夢みて』

ああこども きっと探偵になりなさい三つの乳房かきまぜなさい 高柳蕗子 「かばん」2015年12月

ことばことばこだまことだま雨のなかおまえもいっしょにずぶ濡れになれ 神﨑ハルミ

うす青いゴム手袋のさきっぽがのびきってめちゃくちゃになれ、俺 加藤治郎『雨の日の回顧展』2008

もうすこし悪い女になりなさい 街の噂をみんなあつめて 中山明

もっともっとわがままになれ人生は短しラズベリーチョコケーキ 蔦きうい 2006年短歌研究新人賞予選通過

爪だけの指輪のような七月をねむる天使は挽き肉になれ 穂村弘『シンジケート』

看板の腐食してゆく銀の文字油断もスキもある蛇になれ 東直子「文藝春秋」2004・2

腰だけの生き物になれ―闇に白く

呪文のように振り そして果てる 林あまり『ベッドサイド』

子どもたちみな魔女になれ三月の豆腐屋さんのおとうふうふふ 佐藤弓生

貝になりたいといふなら巻貝になりなさい 尻尾の苦い 魚村晋太郎『銀耳』

ぼーっとしてること知っていてぼーっとしてる彼女の数学、薬玉になれ！ 杉山モナミ「かばん」2016・4

「詩を作れ、書け」ではなくて「詩になれ」と教えた俺の恥ずかしいこと 千葉聡 『飛び跳ねる教室』

前向きになれと言われて前向きになれるのならば悩みはしない 枡野浩一

子供らよはやく忍者になりなさい九九のおぼえは２×２＝４【ににんがし】から 松木秀『ＲＥＲＡ』

携帯が震えているよ主人公になりなさいこれはあなたのはなしだ 柳谷あゆみ『ダマスカスへ行く 前・後・途中』

もうどこにいるのかわからないくらい私のぜんぶミジンコになれ 嶋田さくらこ

懐かしいひとよなぜ泣く幸せになれと言われたからなったのに 柴田瞳

魂がいつかかたちを成すとして あなたははっさくになりなさい 笹井宏之『ひとさらい』

避けがたく朝は来る この夜よりもみんな、すこし、しあわせになれ 田丸まひる『硝子のボレット』2014

ひと夏の記憶になれと蝉たちがＬＡＮケーブルに産卵をする 伊波真人「かばん」新人特集号2010

生きている肉の娘よ食うためのけれど割れない割箸になれ 温井ねむ

ウサギからウサギにおなりよ 路面にて「止まれ」の「ま」の字の○の中にて 瀬戸夏子

『そのなかに心臓をつくって住みなさい』2012

春宵をたのしむおとなになりなさい、たのしみながら待つてゐるから 田口綾子『かざぐるま』

【俳句】

桜散るあなたも河馬になりなさい 坪内稔典

あきらめて俺のうなぎになれよ なあ 山田耕司

山彦になれと土筆を煮てをりぬ 西野理郎

七月の潜水艦になれといふ 西野理郎

指ではじく天道虫は星になれ 鈴木伸一 「吟遊」第１１号

【川柳】

ヤジロベエたまには横になりなさい 本多洋子

かさこそと言うなまっすぐ夜になれ 佐藤みさ子『現代川柳の精鋭たち』より

あんたこそいったんもめんになっちゃえば なかはられいこ

何になれとてこねられている土か 三笠しず子

花びらに埋って死んだ蝶になれ 三村叱咤郎

ボクサーになれと育てた親はなし 散二「ふらすこてん」30号

私だけ幸せになれ笹飾り 泉紅実『シンデレラの斜面』2003

開けゴマ 盗まれた小銭 蜂になれ 福島真澄『福島真澄集』

樹齢千年横になれ横になれ 平賀胤壽「水摩」2008･12

次は→何を編む？

2019年6月17日 高柳蕗子