無数の◯◯



●短歌では俳句川柳の倍ぐらい詠まれる

私のデータベース収録の99,046首の中に、「無数」という語を含む短歌は、129首あった。

短歌において「無数」という語は、0.13%、約768首に1首の割で詠まれている。

この頻度は俳句川柳の倍ぐらいである。

(俳句では0.06%、1634句に1句、川柳では0.07%、1313句に1句しか詠まれていない。

ただし、俳句川柳はデータ数が少ないので不正確。)

1 本日の特にお気に入り


ひととして生きてしまった肺胞に無数のとむらいびとを棲まわせ

土井礼一郎 「かばん新人特集」2018

土のなかの無数の邑が笑うなり掘り起こされてうれしげな邑

渡辺松男『泡宇宙の蛙』1999

主婦状のいきものになりゆくわたし 無数の糸みみずでできてる

雪舟えま『たんぽるぽる』2011

目に見えぬ無数の脚が空中にもつれつつ旅客機が離陸せり

塚本邦雄『日本人靈歌』1958

ひとりではささえきれない碧空のため世界に無数の噴水あがる

井辻朱美『クラウド』2014

2 もっともっと

血友病は血の止まらざる病にして夕光に無数の傷もてる窓

ルビ:血友病【ヘモフイリア】

永田和宏『黄金分割』

舟虫の無数の足が一斉にうごきて舟虫のからだを運ぶ

奥村晃作『三齢幼虫』1979

死がすこし怖い 妻との黄昏は無数の鳥のこゑの墓原

岡井隆『ET』

木立の家に無数の壜の立てるなれ 立つといふこといかにさびしき

葛原妙子

青空に浮かぶ無数のビー玉のひとつひとつに地軸あるべし

山田航『さよならバグ・チルドレン』2012

ほのぐらき水族館に浮かびゐる無数の貌のなかのわが貌

小島ゆかり『憂春』

歯車の無数なる歯が噛み合ひしまま静止せる暗夜とおもふ

真鍋美恵子

スーパーに並ぶ無数の缶詰の賞味期限の向こうが未来

石井僚一『十三月のマザー・テレサへ』

夜更けの街頭に立つてここにつながる無数の道をたぐり寄せてる

前川佐美雄『植物祭』1930

蝿払う彼らの無数のてのひらがぼとぼととわが胸に墜ちくる

大森静佳『カミーユ』2018

絡みつく無数の蔦のあるごとくエレベーターゆるやかに停まれり

大塚寅彦

誤植の名無数に複製されてゆく愛がとけだすようなあかるさ

東直子『青卵』

どうして音がないのだらう公園のあめに無数のはとの脚うつる

平井弘

世界には無数の濁音 オレンジの鉛筆削りを炉端にまわす

井辻朱美『クラウド』2014

さくらの瞳なんなんとちりやまざればわれもむすうの瞳とまじはりぬ

ルビ:瞳【め】

渡辺松男『雨(ふ)る』2016

3 もっともっともっと

さっきからむずがゆい口 舌にある無数の襞が産卵をして

田中槐

ありありと見ゆる砂漠に動くものなくて無数の襞はしづまる

ルビ:襞【ひだ】

佐藤佐太郎

雨の午後窓をつたへる無数なる天上の孤児妻と見てをり

岩井謙一

海に降る雨の静けさ描かれる無数の円に全きものなし

松村由利子『耳ふたひら』

月光が洗っておりぬ稽古場の床にのこった無数の傷を

入谷いずみ『海の人形』

足音に寄り来し無数の鯉の口腔おそろしきまで生きもののくち

ルビ:口腔【くち】

早崎ふき子

切り株につまづきたればくらがりに無数の耳のごとき木の葉ら

大西民子『無数の耳』

ハニカムの形のベンチが無数ありどうやって座るのかわからない

九螺ささら『ゆめのほとり鳥』

風と寝るわたしの後ろにころがれる無数のノブにあるモノガタリ

江田浩司

顔をあらふときに気づきぬ吾のなかに無数の銀河散らばることを(筒井宏之名義文語詩)

笹井宏之『てんとろり』2011

夜は無数の手をもつゆゑに委ねたる宝石箱が鵞鳥に変ず

ルビ:夜【よる】/委【ゆだ】

水原紫苑

砂時計のあれは砂ではありません無数の0がこぼれているのよ

杉﨑恒夫『パン屋のパンセ』

たったいま畳まれている無数のジーンズの魂を売り払うにもペットショップに?

瀬戸夏子『そのなかに心臓をつくって住みなさい』2012

黄昏のひかりみちたり 時計店 無数に時はきざまれながら

ルビ:黄昏【こうこん】

村木道彦『天唇』

ゆうぐれの森に溺れる無数の木 つよく愛したほうがくるしむ

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』2016

4 無数の何?

「無数の」はいろいろなものに冠することができるから、「無数の◯◯」だけ拾い読みしても多様で面白いが、

大勢がバラバラに詠んだ結果として多く詠まれた◯◯は、「無数」とセットになる何らかの要因があると思う。

それはそれで興味深い。

●無数の傷

「無数の傷」というフレーズを含む歌は6首もあった。

「無数の傷」が多く詠まれるのは、傷つきながら生きた証の比喩としてわかりやすく、納得されやすいからだと思う。

朝鏡無数の亀裂ある顔を写しをり人生も大寒に入る

馬場あき子『あかゑあをゑ』2013

ガラス器の無数の傷を輝かすわが亡きのちの二月のひかり

松野志保「短歌」2012/1自選作品


●生き死にへの言及

もとより短歌は、生死に関わることを多く詠む傾向があるけれど、「無数の」という語は、いのちへの連想脈があるようだ。

「無数のいのち」というフレーズは使わないようだが、生き死にの姿や卵などへの言及は多く、

また、「無数の手」「無数の瞳」などは、生きようとする切なる意欲を思わせる。

ボンネットに貼りつく無数の虫の死が星座のように広がっている

ユキノ進『冒険者たち』

河原にゆうべ無数の棒となり泡立草は枯れていたりき

吉川宏志『夜光』

くびれたる胴動かざる蟷螂の産卵無数の死を産むごとし

高安国世『街上』1962

中空へ無数の春の手がのびて指ゆびのさき木の芽ふくらむ

ルビ:中空【なかぞら】

小島ゆかり『憂春』

5 俳句・川柳

短歌もまだたくさん紹介したいけれど、読みきれないほど並べてもしょうがない。

最後に、俳句と川柳からも。(手持ちデータが少ないので、少しだけ。)

●俳句

浅蜊椀無数の過去が口開く 加藤楸邨『望岳』

戦争にたかる無数の蠅しづか 三橋敏雄

すなあらし私の頭は無数の斜面 夏石番矢

●川柳

愛すると云わぬ無数の唇うごく 中村冨二『千句集』

2019年9月22日

私のデータベースは、語の使われ方の変遷などを見るためなど主に統計を目的としてデータを集めております。

直接入力だけでなく、青空文庫、歌人のブログ、そのほかネット上で見つけたデータをコピーさせていただくこともあります。

見ず知らずの方々の努力の成果を労せずして頂戴しており、感謝してもしきれません。評論などで世の中に還流させることで報いたいと思います。。

データベースに収録した歌句は、日々表記等の確認に努めておりますが、数が多いこと、また、自分が原典を有しないものがあるなど、なかなか点検が追いつかない状況です。上記の歌句を引用してどこかに掲載する場合は、必ずなんらかの手段で確認してください。

高柳蕗子