短歌さんたちの一日

(前編)

時刻を詠み込んだ歌を集めて順番に並べてみました

一番多く詠まれているのは何時かな?

後編

なぜか午前二時が大人気!?

次いで午後二時も。

午前か午後かわからない場合、内容から判断して振り分けました。不明確なものもやや強引に振り分けました。

短歌さんたちの一日 午前5時~

午前五時蝙蝠の棲む納屋に入り農具ひとつを取り上げてみる

山田富士郎

午前五時自宅へ戻りパソコンを開けばそこに猫の壁紙

松木秀

新聞を投函される音だけがうつつのようである午前五時

笹井宏之『てんとろり』2011

午前五時 すべてのマンホールのふたが吹き飛んでとなりと入れ替わる

笹井宏之『てんとろり』2011

午前五時 朝日が非常階段を上りきるまで昨日を抱く

鈴木晴香『夜にあやまってくれ』2016

母であることは途中でやめられず毎朝五時に弁当作る

小島ゆかり『エトピリカ』

五時がこんなに明るいのならもう勇気はなくしたままでいいんじゃないか

我妻俊樹

短歌さんたちの一日 午前6時~

午前六時溶け出だしたる虹ありて染めわけられるヌサドゥアの空

俵万智『チョコレート革命』

藤咲けば蜂は朝の六時からからだぢーんと震はせて来る

ルビ:朝(あした)

米川千嘉子『吹雪の水族館』

6時、朝マック注文するときの店員さんのうでの毛 会いたい

鯨井可菜子『タンジブル』2013

悲しみを味わう暇もなく君は明日も六時に起きるのですか

辻井竜一『遊泳前夜の歌』2013

短歌さんたちの一日 午前7時~

午前七時ニュース聞きつつ一杯の真水とおもふけさの日本

江畑實

丁字路の向こうでじっと待っていた午前七時の月はプラチナ

本多忠義『禁忌色』

短歌さんたちの一日 午前8時~

午前八時すずかけの木のかげはしる電車の霜もなつかしきかな

北原白秋『桐の花』1913

麺麭という言やさしく山をなす午前八時の街のパン籠

ルビ:言【ことば】

佐藤弓生『眼鏡屋は夕ぐれのため』

始業八時いっせいに踏む空ミシン 祖父一郎の韻律工場

高柳蕗子『潮汐性母斑通信』

短歌さんたちの一日 午前9時~

目覚むれば午前九時半さしあたり思ひ出もなき時刻なりけり

西田政史『ストロベリー・カレンダー』

生きてゐる楽しさに触れ朝九時の窓に光れる牛乳のびん

中城ふみ子『乳房喪失』

短歌さんたちの一日 午前10時~

かたつむりあとを絶ちたり篁の午前十時のひかりは縞に

明石海人『白描』

うしなったのも得たものもなく午前十時の地下鉄にいる

野口あや子『眠れる海』

噴水のような約束十時ごろ雲公園にわらわらと人

東直子

だしぬけに真夏日となるわたくしがねむらうとする午前十時を

足立晶子『雪耳』2001

短歌さんたちの一日 午前11時~

ひと株の躑躅の葉叢影うつし土しづかなり午前十一時

北原白秋『渓流唱』1943

短歌さんたちの一日 昼12時ごろ

磯岩にほされし帆布へ真上より日は照りたけて十二時近し

木下利玄

短歌さんたちの一日 午後1時~

午後一時うすら雪舞ひ舞ひて消ゆ食ひ足りし猫もわれもねむたき

葛原妙子 未刊歌集『縄文』

短歌さんたちの一日 午後2時~

午後二時の空見上げれば堕天使の肋骨となってすじ雲の降る

茂泉朋子「かばん」2000.6

午後二時の窓に見ている天気雨 こうしてすべて過ぎてゆくのか

谷岡亜紀

ああとても静かなベッド 午後二時の/林檎酒ひとりで飲み干すような

林あまり『ベッドサイド』

午後二時の愁い満ちたり卓上のバターの壺にパンの凭れて

ルビ:凭【もた】

岡部桂一郎『一点鐘』

日に一度午後二時半に開けられるポストに合わせて文書き終えぬ

俵万智『かぜのてのひら』

午後二時のロビーに集ふ六人の五人に影がなかつた話

石川美南『離れ島』

白壁に我が影うつす午後二時のあの日とおなじ太陽の位置

新井蜜『鹿に逢ふ』2014

午後二時が今駆けてくる さよならは平行四辺形からでてこない

杉山モナミ「かばん」2016・3

冬の日の午後二時ごろをまどろめば網ふせられしごとく悲しき

前川佐美雄『大和』

メッケル憩室の午後二時窓辺から記憶の積み木が崩れるばかり

白井健康『オワーズから始まった。』2017

午後二時われに眠りの差すときにうつつにひらく睡蓮のはな

大室ゆらぎ『夏野』

午後二時の陽の差しくれば忽然と窓辺にあらはれいづる木の幹

葛原妙子『朱霊』1970

鳥と樹は仲がいいのか午後二時のひかりのなかに遊びつづけて

穂村弘『水中翼船炎上中』2018

午後二時に解散をしてしまうだろう幼稚園児のお花見団は

東直子「短歌研究」2010.7

弥生三月十一日十四時四十六分それより行方不明となりたるわたし

道浦母都子「歌壇」H23・5

短歌さんたちの一日 午後3時~

さりさりと氷ミルクを崩しつつ遷都論拾ひ読む午後三時

香川ヒサ

夢二展の絵葉書が消えた午後三時バリュークリエーション堰を切る

杉山モナミ「かばん」新人特集号1995.10

午後三時県境に雲影あらはれて丹波太郎は今生まれたる

ルビ:雲影【エコー】

真中朋久『雨裂』

天ぷらをささやくように揚げる音聞きおり三時半のそば屋に

俵万智『サラダ記念日』

午後三時きのうより深く秋の日が卓上にきて柿をあたたむ

久々湊盈子『鬼龍子』2007

明日の午後三時に全部思い出すことにしましょうおやすみなさい

辻井竜一『遊泳前夜の歌』

還るなき時とも思ふ午後三時 三時には三時の光の角度

尾崎左永子『薔薇断章』2015

死んでいないひととわけあうおむすびの塩味きつい午後三時です

笹井宏之『てんとろり』2011

手品師が手に品をのせやってくる 冬の日曜日の午後三時

笹井宏之『てんとろり』2011

たひらにて雪をいただく島あればその雪ひかる午後三時ごろ

佐藤佐太郎『冬木』

ふたたびを戻ることなき午後三時 抱かれて遠くみどりごが来る

松村正直『風のおとうと』

やくたたずの水たまりが目の奥でにぶく光っている午後三時

東直子

短歌さんたちの一日 午後4時~

巨木の洞にうす陽のかかり探しものあるやうなないやうな夏の午后四時

渡辺松男『雨(ふ)る』2016

午後四時の鈍きいなづま水槽の隅にさかなの眼あつまる

ルビ:鈍【にぶ】

小島ゆかり『憂春』

午後四時に八百屋の前で献立を考えているような幸せ

俵万智『サラダ記念日』

午後四時のミルスクスタンド白秋の手が垂れて壜を置けり空より

林和清『匿名の森』

午後四時の地下鉄にみなまどろみて都市の腸しづかに傷む

ルビ:腸【はらわた】 傷【いた】

栗木京子

バゲットを待つやうに待つわが父の焼きあがり時刻午後四時三十分

高木佳子『青雨記』

ポストから少し出ている夕刊と秋明菊が触れて午後四時

前田康子『窓の匂い』2018

一日はすぐ四時になる食べかけたチーズケーキの思わぬ甘さ

本田瑞穂『すばらしい日々』

2019.1.30 高柳蕗子