切手

どう歌う?

本日のお気に入り 3首

郵便を終えたら上のまぶたから切手をはがしてもいいですか?

笹井宏之『てんとろり』2011

主体は郵便。あるいは郵便のようななんらかの役目を負った人。普通なら仕事を終る開放感を表しそうなネタだが、「いいですか」と許可を得るところにもう一捻りある。相手との地位の差が大きい感じが付加され、また「まぶた」の切手という身体への言及も、パワハラに近いぐらいの服従を思わせる。

「切手」という題材で、こういうことを書くのは希少だと思う。

居丈高な依頼のとどく火曜なり切手は弱者でお貼りください

中沢直人『極圏の光』2009

怒り、反発、抵抗。こういう歌は難しい。だから珍しい。(負けることは現実問題としては辛いけれど、なぜか負ける愚痴や自嘲は気楽に書けちゃう。)

また短歌に詠まれる曜日名のうち「火曜」は最少であり、最多の「日曜」の六分の一しか詠まれていない。

空色の切手を貼ろう遠い遠い知らない町までひとすじに飛べ

千葉聡『海、悲歌、夏の雫など』2015

手紙は早く確実に届いてほしいものである。切手の歌には当然その願いを詠むものがたくさんあるが、その当たり前を、へんに力をいれずに、このように自然なことばですっきりストレートに詠むのは案外むずかしい。

切手の絵

遠い国の切手の中で老人は象の匂いの温室にいる

東直子『青卵』2001

もやもやとだまされてゐる春日暮れ二円切手のうさぎ愛ごくて

ルビ:愛[め]

水上芙季『水底の月』2016

西陽さす畳の上にむらむらと反り返る十二支の切手たち

穂村弘『水中翼船炎上中』2018

切手帖のくらやみのなかのうつくしき鳥たちいつせいに発火するごとし

真中朋久『火光』2015

ポストまで遠回りする月のよる切手のなかの駱駝と歩む

小島ゆかり『希望』1999

なめる

人類の舌が切手をなめてゐる時の彼方の寒い五月だ

魚村晋太郎『銀耳』2004

新しい傷に消毒液を塗るように優しく切手を舐める

鈴木晴香『夜にあやまってくれ』2016

切手貼りついている舌もういっそこのままわたしを投函できれば

柳澤美晴 朝日新聞夕刊2011/10/25

貼るときの気持など

居丈高な依頼のとどく火曜なり切手は弱者でお貼りください

中沢直人『極圏の光』2009

書き終えて切手を貼ればたちまちに返事を待って時流れだす

俵万智『サラダ記念日』

元気でいてという願いはぼくのわがままで 積乱雲の切手はる

フラワーしげる『ビットとデシベル』2015

なんとなく負けた気になる「STAMP」と書かれた場所に切手貼りつつ

本多忠義『禁忌色』2005

切手の色

この手紙赤き切手をはるにさへこころときめく哀しきゆふべ

若山牧水『別離』1910

あをき切手封印として貼られたる手紙を待てるごとく午睡す

大塚寅彦『声』1995

空色の切手を貼ろう遠い遠い知らない町までひとすじに飛べ

千葉聡『海、悲歌、夏の雫など』2015

そのほか

地味といふことをいふならなかんづく切手の裏に付着せし糊

喜多昭夫『夜店』2003

スタンプを押されることをまぬかれた切手のやうに生きてゐた冬

山田富士郎『羚羊譚』2000

虫籠を開け放つように兄は売る蒐集したる記念切手を

沼尻つた子『ウォータープルーフ』

郵便を終えたら上のまぶたから切手をはがしてもいいですか?

笹井宏之『てんとろり』2011

ぼくたちできのう作った国のことききたい まずねセラミックの切手

伊舎堂仁『トントングラム』2014

おまえまだ手紙を知らぬ切手のよう街の灯りに頬をさらして

大森静佳『カミーユ』2018

長くなる答えはすべて宛て先を書いて切手を貼るものだった

山階基 「詩客」 2018/02/03

従順や誠実や奔放などに住所はあって切手で送る

野口あや子 朝日新聞夕刊2012/4/24

2018.12.6

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