私を産む母

自分を生む瞬間の母を想像して詠んでいるような歌

ときどきありますよね。集めてみました。

あが母の吾を生ましけむうらわかきかなしき力おもはざらめや

ルビ:吾(あ)

斎藤茂吉『あらたま』1921

★たぶん一番有名なのはこの歌でしょう。

われを産む一瞬の母の叫び声楢若葉揺れ円墳霞む

渡辺松男『泡宇宙の蛙』

★「円墳霞む 」だとぉ。イメージの掘削力がすごい。

とんでもない深さ遠さから「納得だ!」という手応えが来る。

八月の炎暑に吾を生まんとし母は一片の氷を噛みしとぞ

ルビ:氷(ひ)

富小路禎子

産みおうる一瞬母の四肢鳴りてあしたの丘のうらわかき楡

岡井隆

母は雉におのれ視しかもうら若く頼る親なくわれ産みし母は

ルビ:視(み)

浦河奈々『サフランと釣鐘』2013

たくさんあるような気がしていましたが、探してみたらあんまり多くはなかったですね。

もう少し緩めてみよう。

何ひとつ身に創などはもたなくにむかし母よりわれは生れき

前川佐美雄

燻製卵はるけき火事の香にみちて母がわれ生みたること恕す

ルビ:恕(ゆる)

塚本邦雄『水銀伝説』1961

道草ですが、塚本+火事といえばこれも有名。

ほほゑみに肖てはるかなれ霜月の火事のなかなるピアノ一薹 『感幻楽』1969

てゆうか、塚本邦雄は火事を詠む率が他の人より高い。

塚本邦雄の歌は1,570首収録してありますが、そのうち8首に「火事」という文言が入っているのです。

(塚本邦雄は196首に1首「火事」を詠んでいる。)

ちなみに、その塚本も含めて、本日の短歌データ総数は96,742首、うち「火事」という文言を含む歌は72首です。

(全体としては1,344首に1首しか詠まれていない。)

オマケ

若い父母に言及する歌

若い父

意味もなく、「若秩父」というお相撲さんがいたっけ、乳房が大きくて「若乳」と思いそうになったっけ、と思う。

わかもののパパがわたしを抱いていた 人を殺したことのない手で

佐藤弓生『薄い街』

三匹の子豚に實は夭折の父あり家を雪もて建てき

小池純代

山羊小屋に山羊の瞳のひそけきを我に見せしめし若き父はや

ルビ:我(あ)

大辻隆弘(辻の点は一つ)『水廊』

父の家の障子張り替ふ裸なる棧はうつくし若き父見ゆ

米川千嘉子『たましひに着る服なくて』1998

嬰児さかさに提げて愛する父若し脈脈とミノタウロスの首

塚本邦雄

(塚本邦雄は「父」の歌が多い。「若い父」もいくつも詠んでいる。)

おとなりの若い父親が練習するショパンでわたしたちは踊った

雪舟えま『たんぽるぽる』2011

(おとなりの人ですが。)

若い母

少くしてハレー彗星の尻尾といふ大き白光の中に入りしとぞ母は

ルビ:少(わか)

森岡貞香

青みかん剝けば亡き母うら若く寄り添ふごとしよき香りする

馬場あき子『あかゑあをゑ』2013

夭死せし母のほほえみ空にみちわれに尾花の髪白みそむ

馬場あき子『桜花伝承』

髪の毛座南中に浮き若かりし母ありてわれに乳の香ありき

渡辺松男『泡宇宙の蛙』

ゆめのなかの母は若くてわたくしは炬燵のなかの火星探検

穂村弘『水中翼船炎上中』2018


そのほか

父は地平母は夕焼けおぼろおぼろ生れそめし風われかもしれぬ

ルビ:生(あ)

今井恵子『分散和音』

ゆめに見るここは過去世のどのあたりまだわかき父と母とが歩む

永井陽子

2019年4月29日

高柳蕗子

私のデータベースは日々更新しており、同時に語句の確認と出典の確認につとめておりますが、なかなか追いつかない状況です。

どこかに引用される場合は、なんらかの方法で語句・出典をご確認ください。