満腹アンソロジー

性欲は食欲に

まさる?

1 「食欲」という語をどう詠み込むのか

(「食欲」という語の使い方を見ます。食欲を表現するのとは少し違いますよ。)

具体的な食べ物名でなく、「食欲」だなんて無粋な言葉を使う歌なんてめったになかろう、と思って検索したら、なんとちゃんとこの語を生かして歌に詠み込んだ人がいる。

データベース「闇鍋」の短歌93,090首中11首あった。

こういう言葉を自在に使う歌人は、いかなる食材もご馳走に仕上げちゃうすごいシェフみたいだ。

2 「食欲」 なるほどこう詠むのか

青き靄灯ともし頃の冷えびえとすこやかなる身の食慾そゝる

木下利玄

土耳古青となりたる山の四時過ぎにげにすなほなる食欲ありぬ

ルビ:土耳古【とるこ】

斎藤史『うたのゆくへ』

酷暑こほろぎほどの食慾、冷蔵庫には貝の地獄耳を充たしめ

塚本邦雄『水銀傳説』

翼竜のすずしき食欲くだものは天の蒼さの底にみのれよ

井辻朱美

完璧のちょっと手前がいいみたい星降る夜の異常食欲

柴田瞳


すこやかなる身の食慾、すなほなる食欲、こほろぎほどの食慾、翼竜のすずしき食欲、星降る夜の異常食欲……。

なるほど、こういう使い方かあ。

青系のもの、すずしい感じ、音なら「す」が合う題材なのかな??

3 「性欲」は「食欲」にまさる??

「食欲」ついでに「性欲」も検索してみた。。

性に関することを詠む歌はありそうだが、「性欲」という語を使うかしら、と思ったのだが、な、な、なんと、33首もあった。

「食欲」の3倍ではありませんか!!

4 「性欲」 なるほどこう詠むのか

①性欲は◯◯のようなもの系

水打ちて水ほとばしる午過ぎのあわれきりもむごとき性欲

永田和宏『無限軌道』

ゆふべぬるき水に唇まで浸りゐて性欲とは夏の黄の花のやうなもの

河野裕子

青年が野葡萄のやうな腰に差す性欲は白くせつなきものか

辰巳泰子

②性欲のいろいろな感じ方

目にごみが入ったようなせいよくにつかまれながら葡萄を毟る

岩尾淳子

あまおとはせねど雨ふり性欲ははつか俄かに我をおとなふ

吉田隼人「早稲田短歌」43号

性欲は頬ふるばかりささやけり「ややくらけれど海は海なり」

江田浩司

窓ごしに棕櫚を見ておりカフェオレを飲む間に消える淡き性欲

森本平

性欲を呼び覚ます暑さアユタヤの焦げし遺跡に手を触れてゆく

梅内美華子 『若月祭』

Goghがゐて絵がゐて性欲が同居するもうやむだらう今宵の雪は

岡井隆『ET』

燃えるとか燃えないとかがわからないポリ袋のなかの性欲

藤本玲未『オーロラのお針子』

性欲が目薬のように落ちてきてかみなりのそらいっぱいの自殺がみえる

瀬戸夏子 『そのなかに心臓をつくって住みなさい』

③性欲がぎっしりじゃぶじゃぶ

それからの金魚ぎっしり炊きあがりみるみる性欲ふえてゆきます

瀬戸夏子 『そのなかに心臓をつくって住みなさい』

わたしよりうつくしい眼のそのひとに如雨露のような性欲だろう

大森静佳


④切り口が異なる歌

結核が性欲を亢進させるとふ俗信ありき堀辰雄はいかに

林和清

広告はキティちゃんなり性欲を抑える薬リスパダールの

松木秀

子供ではないので女にも強い性欲があることは知っているみんなそうだ

フラワーしげる 『ビットとデシベル』

性欲を汚いものと言う性欲から生まれたじつに魅力的なあなた

フラワーしげる 『ビットとデシベル』

5 「食欲」の類語 「空腹」

類語も探しておこう。

「食欲」の類語というと、「食気」「食い意地」か。「空腹」「すきっぱら」も有りか。

「空腹」系が15首あった。

少しあげておく。

湯気ゆらぎごとりと出たる饂飩一つ屈伏のごとき空腹にあふ

榛名貢『非言非黙 弐』

空腹がたのしい真昼撚糸のようにそのままねむってしまう

東直子『青卵』

夢からの伝言にして生きるという空腹からの逃走経路

江田浩司

わたぼこりの次もやっばりわたぼこり吹かれてぼくは空腹じゃない

杉山モナミ「かばん」新人特集号1995

6 「性欲」は類語が多いね

類語も含めると歌がすごく多い

「性欲」の類語というと、「性愛」「愛欲」「肉欲」「欲情」等々ずいぶん多い。

「性欲」の類語を含む歌は75首もあった。少しだけあげておく。

せつなかる愛欲おぼゆ手に触れしおのれの髪のやはらかさより

与謝野晶子『朱葉集』

わが色欲いまだ微かに残るころ渋谷の駅にさしかかりけり

ルビ:色欲【しきよく】 微【かす】

斎藤茂吉『つきかげ』

寒夜空ぽおつと燃えて過ぎたるは獅子座流星群または性愛

小島ゆかり

妻が泣く間できないセックスの、じゃなくって性愛の、えーと、かなしみ。

久真八志


★変わり種

一のわれ欲情しつつ山を行く百のわれ千のわれを従え

渡辺松男

好色の名にこそ負へれしかはあれ西鶴の書く文字のするどさ

吉井勇

綺麗です綺麗ですと進む胃カメラは暴力ならず性愛ならず

米川千嘉子 『滝と流星』

7 俳句川柳

俳句と川柳はあまりデータを持っていないので明言はできないが、「食欲」も「性欲」も、あまり詠み込まないようである。

食欲(俳句)

食欲兆すさびしさ坐り直す秋 池田澄子

食慾はひょっとベンチのやうなもの 阿部青鞋

食欲(川柳)

見当たらなかった

食欲の類語(俳句)

すき腹を鳴いて蚊がでるあくび哉 尾崎放哉

訣れてすぐの空腹日本海濁る 鈴木六林男

食欲の類語(川柳)

うすい手紙も厚いハガキも空腹だ 定金冬二『無双』

少女死んで絵本のなかの空腹よ 定金冬二『無双』

性欲(俳句)

滴りや性欲巌のごときもの 宮入聖

性欲(川柳)

性欲や稲荷の狐うごきだす 石田柊馬

性欲の類語(俳句)

劣情のああ天心にレジ袋 山田耕司

性欲の類語(川柳)

肉欲の徒の標なり四月の木 石田柊馬

以上、歌と句は本日の私の好みで選びました。

2018年10月8日

2018年10月8日 どうでもいい追記

最初の方に、「食欲」という語は、青系のもの、涼しい感じ、そしてなぜか「す」がつく語と相性が良さそうだ、ということを書いた。

つまり、食欲は暑苦しいものなので、〝まんま〟はウケないのだろう。

で、相性の良さそうな語を探してみた。

推理小説:「どうなるどうなる」と読み進む感じと飽くなき食欲。

スカンジナビア半島:半島と食欲って理由は謎だが良い取り合わせだ。

水琴窟:なんかステキな空腹感。

朱雀:地名OK。なぜかマッチする。神獣だと食欲は付きすぎにならないように注意が必要。

スバル:星や望遠鏡は既に無難な領域になっているが、他の要素をうまく使えばまだ行ける。

スケルトン:骨は食欲の対極なので〝付きすぎ〟をうまく回避できれば使える。

「食欲」という無粋な語を「すこやか」など肯定的描写で美化してあげるという方法は既に先人が開拓しちゃったので、これからは意外性や味わいの微妙さで攻めるべきだろう。