闇鍋・気まぐれ ミニ

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気まぐれに集めてみた、ちょっとしたアンソロジー。

一部、歌集名などがつきとめきれていません。

掲載順はデータベースでみつけた順です。

目次 (新しい順)

21 ストッキング

20 一のわれ二のわれ 19 ひいふうみ 18 天の川

17 冬大根vs.夏大根 16開く鞄 15 膀胱 14 だんだら模様

13 雪と言葉2018.11.28 12 ◯◯とわかる 2018.11.27

11 冷蔵庫とたまご 2018.11.18 10 定食 2018.11.18

9 眼を洗う 2018.11.7 8 まばゆい 2018.11.7

7 腰痛と肩こり 2018.10.22 6 間違い電話で言われたこと 2018.10.17

5 おじぎ 2018.7.23 4 ドレミの歌 2018.7.18

3 母かもしれない 2018.6.9 2 痒い 2018.4.9 1 白壁 2018.4.9

2019.10.14

21 ストッキング

ストッキングってなんだかやたら感じ悪かったりマイナス感情だったりで詠まれてないかなあ、

とずっと思っていたが、歌を集めてみたら、そうとも限らないことがわかった。

「ひでえ詠まれようだな」と苦笑するような歌が「ストッキングの歌」として印象に残るためだろう。

■マイナス系

こころがもしストッキングのやうにのびるならストッキングは気味わるからむ

渡辺松男『雨(ふ)る』2016

※この歌、ストッキングの身になって詠んでいるんですよね。おもしろい。

パンティーストッキングで首をくくりし小説家鈴木いずみの生の加速度

有沢螢『朱を奪ふ』

かなしさの逃げ道としてびりびりとストッキングを裂きながら履く

千原こはぎ『ちるとしふと』

社交辞令そして素足を今朝もまたストッキングに滑りこませる

ルビ:社交辞令【かろき嘘】

天道なお『NR』2013

肉色のストッキングが疎ましい 姉と義兄の後ろを歩く

柴田瞳

あの青いストッキングに触れたならぶん殴られたりするんだろうな

望月裕二郎『ひらく』2009

■どちらでもない系

こんなにもいたでを受けて君はいるストッキングを伝線させて

嵯峨直樹

この部屋から富士山見えおり干してあるストッキングを透かし見てみる

浜田康敬

利己的な点すこしある友人の話題が靴下ストッキング のことに戻る

安藤美保『水の粒子』1992

塀の上を過ぎゆく猫に見られつつストッキングに片足とほす

高田流子『猫町』2011

昼の雨はストッキングに染みながらあかりを点けて人を呼びたり

石川美南『離れ島』

■プラス系

死んでしまった夫に逢いに行くために夢の中にてストッキングはく

間ルリ 『それから それから』2014

娘あらば秋のソファに翅のごとストッキングなど落ちゐむものを

栗木京子『水仙の章』

宵闇に風も涼しと軒先を揺れているストッキングの爪先

勝野かおり

2019.9.19

20 一のわれ 二のわれ

◯「一のわれ」と「二のわれ」という二種類の「われ」を詠む歌がある。

私の知っている中でもっとも古いのはこれ。

一の吾君を得たりとこをどりす二のわれさめて沈みはてたる

前田夕暮『収穫』1910


◯そしてぽつぽつ。

炎天をゆく一のわれまた二のわれ

阿部青鞋『ひとるたま』1983(俳句)

一のわれ二のわれがいて物欲しげなるあり方を二が批判する

小高賢『秋の茱萸坂』 2014

◯そして発展型?

一のわれ欲情しつつ山を行く百のわれ千のわれを従え

渡辺松男『寒気氾濫』1997

一のわれ死ぬとき万のわれが死に大むかしからああうろこ雲

渡辺松男『泡宇宙の蛙』1999

木枯吹く一億分の一の我

鈴木伸一 「吟遊」第17号

2019.9.19

19 ひいふうみ

みちのくのひつつみ食べてひいふうと口より二つ雲を生みたり

※「ひつつみ」に傍点

小島ゆかり『憂春』

「ひいふうみい……九つここにも禿があり」橋の擬宝珠叩いて渡る

永井陽子

空中をしずみてゆけるさくら花ひいふうみいよいつ無に還る

内山晶太『窓、その他』

ひいふうみ鳥居抜ければひいふうみ身から鱗が剥がれておちる

黒崎由起子『銀の砂』

食指といふなまぐさき語のうかび出づひいふう白き粥ふきさます

大森浄子『岩船寺のセミ』

ひふみよいむなやここの十日の経つころを闇に喰はれてしまふ月読

手酌して呑むおほみそか一年のうれしき一二肴に味はひ

ルビ:一二肴【ひいふうあて】

以上2首 青木昭子『申し申し』

ひいふうみい河の向うに他郷の灯

谷口幹男(川柳)

◯オマケ ぴいぷう

背かれて一本の木が立つように窓のすきまをぴいぷうと風

三好のぶ子「かばん」2001年3月


※「ヒッヒッフー」もありそうだと思ったが、見つからなかった。

2019.7.28

18 天の川

作者の生まれた年順(若い順)に並べてみた

●現代歌人

あまのがわ上流をながされてゆくあなたのかなしみの箒星

笹井宏之(1982生)『てんとろり』2011

天の川そのかみしもを確かむるために浮かべつひとつ椰子の実

光森裕樹(1979生)『うづまき管だより』(2012)

天の川銀河アンドロメダ銀河衝突せむは弥勒のまへか

渡辺松男(1955生)『短歌』2018年1月号

負ふべくは負ふてゆくべし碧天を音なく流れゐる天の河

永井陽子(1951生)

天の川夜空に輝りぬ我の手の跡きえゆくやかの乳房より

高野公彦(1941生)『天泣』

さやぎ合ふ人のあひだに澄みゆきてやがてくぐもる天の川われは

岡井隆(1928生)『天河庭園集[新編]』

天の川地上にあらばははうへがちちうへの辺に解きし夏帯

ルビ:辺(へ)

塚本邦雄(1920生)『魔王』1993

あまの川うお座くじら座みずがめ座天にも秋のみずはみなぎる

杉﨑恒夫(1919生)

天の川白き夜去りて朝風の中なる萩にくれなゐ走る

宮柊二(1912生)『忘瓦亭の歌』


●近代歌人

※近代は天の川の「白さ」を詠む歌がやや多い感じがする。全部ではないが。

天の河棕梠と棕梠との間より幽かに白し闌(ふ)けにけらしも

北原白秋(1885生)『雲母集』1915

滑川越すとき君は天の河白しといひてあふぎ見しかな

吉井勇(1886生)

宵闇の旧街道をわがくれば天の川白し芦の湖の上に

古泉千樫(1886生)

あまの川棚引きわたる眞下には糸瓜の尻に露したゞるも

長塚節(1879生)『長塚節名作選 三』1987 歌は1903年頃の作

天の川そひねの床のとばりごしに星のわかれをすかし見るかな

与謝野晶子(1878生)『みだれ髪』

寝静まる里のともし火皆消えて天の川白し竹薮の上に

正岡子規(1867生) 歌は1898年作


●古典時代の歌も少し

忘れにし人にみせばやあまの川いまれし星の心ながさを

新左衛門(?)『後拾遺和歌集』

秋風に夜のふけゆけは天の川かはせに浪のたちゐこそまて

紀貫之(872頃生)『拾遺和歌集』

天の川水さへに照る舟泊てて舟なる人は妹と見えきや

柿本人麻呂 (660頃生)『萬葉集』 巻十

2019.7.25

17 冬大根vs.夏大根

冬のだいこんの味に言及する短歌は、2014年ごろに発行された歌集に集中していた。

偶然だろう。

(どうかなあ。夏冬と大根の組み合わせで味に言及する例は、それ以前ではあんまり見ないように思う。

あまり意識しないようなきっかけが何かあったのかもしれない。)

●冬大根

電車の外の夕方を見て家に着くなんておいしい冬の大根

永井祐『日本の中でたのしく暮らす』2012

寒ければいよいよ甘し大根のやうなわれなり冬を愛する

笹谷潤子『夢宮』2014

焼酎五、お湯五、風ある冬の夜の煮返して食ふだいこん旨し

高野公彦『流木』2014

ふかぶかと息を吐きつつ父親は冬の廚に大根を蒸す

ルビ:吐(つ)

服部真里子『行け広野へと』2014

冬来れば大根を煮るたのしさあり 細見綾子

●夏大根

夏大根に家中の口しびれつつ今日終る 国歌うたはず久し

塚本邦雄『日本人靈歌』1958

さたうきび畑の唄をうたひきり夏大根ざくりときざむ母

笹井宏之『てんとろり』2011(筒井宏之名義文語)

とまれ古稀夏大根の曳く辛み 古沢太穂

2019.2.20

16 開く鞄

往診の鞄おおきくひらかれて見れば宇宙のすはだは青い

佐藤弓生 『眼鏡屋は夕ぐれのため』

まだ地上にとどいていない幾億の雨滴をおもう鞄をあけて

加藤治郎

イエスに肖たる郵便夫来て鮮紅の鞄の口を暗くひらけり

塚本邦雄

樹にされし男も芽ぶきびっしりと蝶の詰まれる鞄を開く

佐佐木幸綱『アニマ』

買いたての鞄ひらけば工房の匂いあるいは牛の内面

東直子「短歌研究」201111

残雪の山の宿ゆ帰り来て無人の家に鞄をあける

ルビ:宿(やどり)

小笠原和幸『春秋雑記』

雨の日に茶色の鞄こじあける捨ててしまつたわたしを捜し

新井蜜『月を見てはいけない』

いぬおとこ黑鞄開け十二使徒セツト価格で如何と嗤ふ

足田久夢 2016短歌研究応募作

2019.2.20

15 膀胱

いろいろなゆめからさめるまえにそっとそっときれいに光る膀胱

杉山モナミ 『ヒドゥン・オーサーズ 』

膀胱の燃える春です詩を産んで月があんなにむらさきいろで

佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』

美術さん月がないわよ夕暮れが膀胱炎みたいなすみれ色

高柳蕗子「かばん」2014年4月号

銀幕を膀胱破裂寸前の影が一枚ゆらゆらとゆく

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』2016

膀胱炎になってもいいからこの人の隣を今は離れたくない

柴田瞳『月は燃え出しそうなオレンジ』

腎臓はこのへんですかこのへんは膀胱ですか湯の中にいて

東直子「文藝春秋」2014、05

亡霊はボサボサ頭 棒立ちの坊やの膀胱ぼんぼり灯る

高柳蕗子『あたしごっこ』

2018.12.24

14 だんだら模様

段々になっている横縞模様のこと

おはずかしい話、「だんだら模様」という言葉は知っていたけれど、今の今までどういう模様なのか全く知らず、調べもせずに生きて来ちゃいました。

ちょっと画像でググったら、新選組の羽織の袖や裾にあるギザギザ模様ばっかり出てきて、まずは「へーっ、ギザギザか」と思ってしまったわけです。

でも、myデータベースを検索したら、まず目に入ったのはこれでした。

夜のそらにふとあらはれてさびしきは、床屋のみせのだんだらの棒

宮沢賢治

ん、床屋のあれはギザギザ模様じゃないじゃない。

そこでググり直し、だんだらは段々になっている横縞模様のことだとわかりました。(重要なのはギザギザではなかったんだ。)

「だんだら」は語感がおもしろい。いつかこれがピタリとはまる歌を詠めるといいな。


朝を細き雨に小鼓おほひゆくだんだら染の袖ながき君

ルビ:小鼓【こづつみ】

与謝野晶子

酔ひたれば関八州は暮れがたの火のしましまや風のだんだら

ルビ:酔【ゑ】

永井陽子『モーツァルトの電話帳』

七十九歳媼のスリは捕らえられだんだら模様に暮れゆく空や

鈴木英子『油月』2005

だんだら縞も町に古びて落魄の化粧もあれよ白塗り粉塗り

ルビ:粉【こ】

山尾悠子『角砂糖の日』新装版2016

わたくしのからだはとおくちかく結ぶ 毛糸で出来ただんだら縞だ

杉山モナミ

幼齢のいもむしはのばされならぶみなだんだらだ図鑑ありがとう

柳谷あゆみ『ダマスカスへ行く 前・後・途中』2012

だんだらの道化の帽子かむりたる童子はついになきにけるかな

小熊秀雄

朝やけは朱と紫のだんだらに山を染め分け明けんとするも

小熊秀雄

窓べには仙人掌の花日覆のだんだら縞やわが夏帽子

ルビ:仙人掌【さぼてん】/日覆【ひおほひ】

斎藤史『魚歌』1940

街角の店の日除はむかしも今もだんだら縞がすこし褪せをり

斎藤史『ひたくれなゐ』

2018.11.28

13 雪と言葉

■本日のお気に入り5首

かりがねののちの虚空をわたらふや月よと呼べる雪のことばの

山中智恵子『虚空日月』1974

春という言葉に力がありすぎて「春」と言うたび雪崩るこころ

北山あさひ「まひる野」2016年4月号

きみには言葉が降ってくるのか、と問う指が、せかいが雪を降りつもらせて

井上法子『永遠でないほうの火』2016

はじまりのことばがゆびのあいだからひとひらの雪のように落ちた

笹井宏之『てんとろり』2011

■ほかにも

きみのため言葉失ひ雪圧に堪へをり四方から昏れきて夕べ

小野茂樹

だって金曜の夜だよ 雪のように言葉が溶けていく山の手線

北川草子『シチュー鍋の天使』

駅前のオルガン弾きがわたくしの知らぬ言葉で「雪」とつぶやく

入谷いずみ『海の人形』

いはかがみ嘆ききはまりて残雪のごとし言葉をいかほど白く

西王燦『バードランドの子守歌』

視界より雪をはづせば今しがた書き出す文のことばうしなふ

三島麻亜子『水庭』

右手あげ角を曲がりてゆきにけり今生といふことば堰きたり

小島熱子『ぽんの不思議の』

をさむべき言葉はさびし雪ながらもろき微笑を一人あはれむ

河野愛子

処女といふことばさびしむ国道に春の雪降る冬のゆふぐれ

西田政史『ストロベリー・カレンダー』

【俳句】

雪夜にてことばより肌やはらかし

森澄雄


細雪妻に言葉を待たれをり

石田波郷


【川柳】

言葉が過ぎて雪足元にくずれおち

片倉卯月


傘に雪言葉たらずのまま別れ

熊谷冬鼓


雪深しどんな言葉を選んでも

吉田州花

2018.11.27

12 ◯◯とわかる

■本日のお気に入り二首

のぎへんのノの字をひだりから書いてそれでも秋のことだとわかる

山階基 『穀物』創刊号

はつきりとわかる河内へ帰るとき生駒トンネル下り坂なり

勺禰子 『月に射されたからだのままで』

■いろいろな「◯◯とわかる」

靴ひとつ履きつぶすまで履くんだとわかる夜明けのあとのあかるさ

山階基「早稲田短歌」44

夢に出る父はこの頃大きくてうしろ姿でもう父とわかる

岡崎裕美子『わたくしが樹木であれば』

病窓に下界を見れば辛うじて犬だとわかるかたちのゆらぎ

廣西昌也『神倉』2012

飴色に蛹はかわる まっしぐらに忘れる途中とわかる 見とれる

やすたけまり『ミドリツキノワ』

感覚はいつも静かだ柿むけば初めてそれが怒りと分かる

服部真里子『行け広野へと』2014

茄子にぎる手の映りこむ一枚は朝だとわかる すごくありがとう

千種創一『砂丘律』2015

俳句川柳も見つけたので少しあげておきます。

【俳句】

鈴蘭とわかる蕾に育ちたる

稲畑汀子

白梅とわかるとほさでひきかへす

豊田都峰

うすらひのふれあふおととわかるまで

正木ゆう子

遠くから貴女とわかる白いブラウス

住宅顕信


【川柳】

粉末になっても正座だとわかる

柳本々々

モザイクがかかって手錠だとわかる

松木秀

輪郭をなぞればジェラシーと分かる

丸山進

ごくたまに兵士と判る人がいる

南野耕平

雪だるまだったと分かる手術台

重森恒雄

耳がつめたいのでひとりだとわかる

峯裕見子

肉を焼く匂いでないとわかるはず

樋口由紀子

どろどろになってもどろどろだとわかる

石田柊馬

2018.11.18

11 冷蔵庫とたまご

ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は 穂村弘『シンジケート』

秋霊はひそと来てをり晨ひらく冷蔵庫の白き卵のかげに 小島ゆかり『月光公園』

ルビ:晨(あした)

冷蔵庫ひらきてみれば鶏卵は墓のしずけさもちて並べり 大滝和子『銀河を産んだように』

冷蔵庫には卵のための指定席秋のコンサートが始まるらしい 杉﨑恒夫『パン屋のパンセ』

冷蔵庫の出口に近きたまごから順に食はれて最後のひとつ 田口綾子『かざぐるま』

はじめから孵らぬ卵の数もちて埋めむ冷蔵庫の扉のくぼみ 林和清

春暁にほのぐらく浮く冷蔵庫唸りあげをり鶏卵を抱き 黒瀬珂瀾『空庭』

冷蔵庫にほのかに明かき鶏卵の、だまされて来し一生のごとし 岡井隆

ルビ:一生(ひとよ)

生みたての卵は冷蔵庫に光りて放置死させるごときはかなさ 米川千嘉子『滝と流星』

ルビ:光(て)

2018.11.18

10 定食

定食屋世界の果てに漫画誌の油染みたる表紙をめくる 斉藤真伸『クラウン伍長』

定食をひとりで食べて箸を噛んでもひとり なんでも出来る 藤本玲未『オーロラのお針子』

新人賞落選の日の焼魚定食の鯖穏やかなりき 鯨井可菜子『タンジブル』

タダゴトとして見る世界面白くワリバシを割り定食を食う 藤原龍一郎

カウンターの隣は何を待つ人ぞわれは春雨定食を待つ 田村元『北二十二条西七丁目』

日替はりの定食メニュー日毎かへて食べ飽きるころ秋はふかまる 外塚喬『火酒』

2018.11.7

9 眼を洗う

ひざにのせたあなたのアルミニウム色の目をやさしがるかに洗うさざなみ 飯田有子

たれかいま眸洗へる 夜の更に をとめごの黒き眸流れたり 葛原妙子『葡萄木立』

たつとりの初めて父を見たる眼が海の蒼さに洗われている 江田浩司

くじらより大きなビルの眼を洗う文明の飼育係となって 植松大雄『鳥のない鳥籠』

眼を洗ひいくたびか洗ひ視る葦のもの想ふこともなき莖太き 塚本邦雄『水葬物語』

少年が目を洗いいるたそがれを鞍馬天狗が帰る蹄音 寺山修司『月蝕書簡』

ビー玉一つ失くしてきたるおとうとが目を洗いいる春のたそがれ 寺山修司 『月蝕書簡』

風の街歩みきて乾く目を洗うぬ るき湯ふとも涙のごとし 久々湊盈子『あらばしり』

半島の政変、月の峠を来てみづからの眸を洗ひてのち夕餉す 西王燦『バードランドの子守歌』

水の中に眼を洗ひゐてみひらきつ杳く呼びつつ来るもののある 山本かね子『風響り』

眼を洗いたい、耳を洗いたい、鼻を喉を洗いたい。胸の内側まで洗いたい。 田丸まひる『硝子のボレット』

2018.11.7

8 まばゆい

水晶をけずったような対話だね まばゆい夏の岸を離れて

井上法子『永遠でないほうの火』

翼竜にたましいありや スイッチを切ればまばゆき虹の音量

井辻朱美『クラウド』

まばゆすぎる綺羅が底鳴りしてみせるこの獰猛な海というやつ

井辻朱美『クラウド』

生きもののごとく油槽に流れこむ五千リッターの重油まばゆし

外塚喬『喬木』

病院を出れば世界はまばゆくて日傘でつくるひとりぶんの影

岸原さや『声、あるいは音のような』

風いでて波止の自転車倒れゆけりかなたまばゆき速吸の海

ルビ:波止【はと】 速吸【はやすひ】

高野公彦『水木』

つっぷした緑の大地まばゆくてなんて深いのこのきりぎしは

佐藤弓生『薄い街』

菜の花の点描となりゆくまばゆさはみえない雪がふっているのか

佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』

はにかんでまばゆいばかりの明け方にあなたの首の骨を折りました

笹井宏之『ひとさらい』

まばゆいこと右手に灯せば左手はあなたを覆う影となろうか

渋谷美穂「早稲田短歌」43

春鳥はまばゆきばかり鳴きをれどわれの悲しみは渾沌として

前川佐美雄

女いて朱夏まばゆくて一握の銀貨をくれと言えば頷く

谷岡亜紀

家族分展げて干せばまばゆくて傘とはこんなに輝くものか

ルビ:展【ひろ】

中畑智江『同じ白さで雪は降りくる』

啼くこゑが君をみえなくしてしまふ夕日まばゆきかなかなの路

渡辺松男『雨(ふ)る』

窓の外のまばゆいひかり車内にてひかりはすべて書物となりぬ

木下こう『体温と雨』

瀬の光るまばゆさ遠くやわらかきいたみ盗癖のことにかかわる

林安一

2018.10.22

7 腰痛と肩こり

■腰痛

世にたつはくるしかりけり腰屏風 まがりなりには折れかゞめども 唐衣橘洲(江戸狂歌)

タマネギは床八方へころがりぬ腰を痛めて拾へぬわれは 花山多佳子『胡瓜草』(以下現代短歌)

重力に逆らいながら起床する腰の痛みにしかめ面して 松木秀『RERA』

腰痛のためおだやかに笑う昼ほそくて蒼い客も来たれり 東直子〈出展調査中〉

腰痛を抱えて集う相部屋に一本の梅さし込まれたり 東直子『十階』

読んだことあるメモのなかのみたことのない命 腰痛の 杉山モナミ〈作者ブログ〉

フラミンゴの群れの前にて腰痛にならぬかと問ふてゐる老婦人 石川美南『砂の降る教室』

見上げればとても明るい満月だこんな夜にも腰痛はある 〈腰痛短歌Tシャツ〉


年越しのぎっくり腰の篦棒め 鈴木明(現代俳句)

ルビ:篦棒 べらぼう


■肩こり

肩こりに効くというヨガ息とめて吐いてちぢんで伸びてちぢんで 俵万智『かぜのてのひら』

肩こりを叩くにちょうど手ごろなり かどや純正ごま油の壜 藤島秀憲『二丁目通信』

あどけない亜麻色をしたすじ雲に照らされている世界の肩こり 井辻朱美『クラウド』

肩こりはスヌードであるケープであるポンチョであるあのさみLさ 杉山モナミ「かばん」2015.12

仕舞湯の暗きに瞑り痛む肩揉みてぞいたるしこり忘れて 河野裕子『日付のある歌』

肩の凝るほど実をつけてずむずむと柿の木あゆむ秋の後姿 萩岡良博「詩客」2012.11

ルビ:後姿 うしろで

ラフレシアに寄生されたる木の心地 肩こりと息を分けあい暮らす 加瀬はる(第4回 大学短歌バトル2018)


鴉横に居て肩痛し秋の暮れ 永田耕衣(現代俳句)

かたばみの肩凝り歴史的である 石田柊馬(現代川柳)


■両方

腰痛 痔 肩こり 高所恐怖症 ヒトが進化で手に入れたもの 松木秀『親切な郷愁』

腰痛も肩凝りもない水死体 丸山進『アルバトロス』(現代川柳)

2018.10.17

6 間違い電話で言われたこと

■び、びわが食べたい

「…び、びわが食べたい」六月は二十二日のまちがい電話 東直子『春原さんのリコーダー』


■なすべきことをなせ

突然の間違い電話のくせしてなすべきことをなせと言われる 山下一路『スーパーアメフラシ』


■もういい

真夜中の間違い電話に「もういい」と言われておりぬもういいんだね 俵万智『チョコレート革命』


■母さん

母さんとわれを呼びたる後黙すこゑあどけなき間違ひ電話 百々登美子『夏の辻』


■ごめんね

二階から駆け降りくればごめんねと間違ひ電話のすすり泣く声 新井蜜『鹿に逢ふ』


★もっといろいろあるかと思ったのだが。


■その他の間違い電話の歌&川柳(俳句は見つかりませんでした)

さりげない優しさが好き二回目の間違い電話も丁寧に切る 柴田瞳

美しい咳につながる間違い電話 小池正博(川柳)


2018.7.23

5 おじぎ

それだけで会いに来たのか 寝言にて「喫水線までお辞儀できます」

飯田有子

五十銭貰って/一つお辞儀する/盗めば/お辞儀せずともいいのに

夢野久作

ごきげんやうお辞儀ちひさくバスに乗り海辺の家の昨日に帰る

古谷空色 「かばん新人特集号」98年2月

つむじたちぶつかってくるおじぎからすこしはなれているはるの家

杉山モナミ(本人ブログ「b軟骨」)

フロアには朝が来ていて丁寧にお辞儀をしたらもうそれっきり

笹井宏之『ひとさらい』

(さようなら)おじぎするにもひきだしがたくさんあってぜんぶひきだす

望月裕二郎『あそこ』

砂浜を歩き海から目に届く光のためにおじぎを交わす

堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る 』

無人駅、と誰かがつげて陽にふれて誰も誰もがもうおじぎ草

佐藤弓生「かばん」2014・8

鉄橋のむこうで君が深々とおじぎをしたらはじめます秋

千種創一『砂丘律』

二分ほど静座するまでからだ癒え誰にともなくおじぎしてみる

宇佐美ゆくえ『夷隅川【いすみかわ】』

高校に行かせてくれと土下座して転がっちゃった天使のあたま

穂村弘『水中翼船炎上中』

シースルーエレベーターを借り切って心ゆくまで土下座がしたい

斉藤斎藤『渡辺のわたし』


■俳句でこれいかが

福助のお辞儀は永遠に雪がふる 鳥居真里子

ルビ:永遠(とわ)

■川柳でこれいかが

なんべんもおじぎをしたら尾が生えた 樋口由紀子『樋口由紀子集』

2018.7.18

4 ドレミの歌

ドレミなどの音名を詠み込んだ歌を集めてみた。作者に偏りがありますね。

【ド】

(ドの音単独で詠み込む歌が見つかりませんでした。)

【レ】

レの音のうちやまぬなり五ページで消えてしまった狐のこども

東直子 『十階』

【ミ】

ひとの不幸をむしろたのしむミイの音の鳴らぬハモニカ海辺に吹きて

寺山修司 『血と麦』

【ファ】

他の音よりやや歌数が多めでした。

海流にかすかにまざるファの音の、音を吸っては膨らむ船の、

千種創一『砂丘律』

ファの音とファよりちょっぴりずれた音で不協和音を鳴らす踏切

松木秀『RERA』

【ソ】

(ソの音単独で詠み込む歌が見つかりませんでした。)

【ラ】

フラジオレットで叫ぶ子の身も不安も死も全てラの音に収斂された

中島裕介『Starving Stargazer』

【シ】

しゅろの木のシの音さらさらかき鳴らし天高くゆく地球の風は

井辻朱美『クラウド』


【2音以上】

ゴミ置き場でビンを叩いて音階をつくるドレミファそらに新月

千葉聡(たぶん「かばん」誌 年月不明)

快楽の音のドとシが咲くアリア草がしとどの遠退くライカ

雨谷忠彦(たぶん「かばん」誌 年月不明)

熱帯の雨季など知らぬ眸をしてうたうドレミのファが高かりき

石井浩「かばん」新人特集号2010

水を吸い水の匂いをまとうまでドレミファソっとことば沈めん

高橋禮子『ガラスのクッキー』

ふんすいに初秋の陽ざし ドレミファソ…ラシドの上のまばゆき光

高野公彦『天平の水煙』

「鼠径部」と言つて彼女が笑ふときファララ八分音符のファララ

西田政史『ストロベリー・カレンダー』


【◯長調・◯短調など】

ショパンより後に生まれし仕合に嬰ハ短調作品64番

ルビ:仕合(しあはせ)

宮英子

変ロ長調の空いろ響くから春の喩えとして駆けのぼる

桐谷麻ゆき「かばん新人特集号」2015

石鹸がタイルを走りト短調40番に火のつくわたし

杉崎恒夫『パン屋のパンセ』

秋風の音符のわたしト短調が聴こえたら思いだしてください

杉﨑恒夫「かばん」2002・12

ニ短調の青空ひびく窓にして燦々と降る誰が涙かも

櫟原聰『光響』

生きのびよ と呼ぶ声聞こえニ短調噛みつぶしたるショスタコーヴィチ

佐藤弓生『眼鏡屋は夕ぐれのため』

輪がほそく広がる水面 遠いものがうねりかえってくる変ホ長調

井辻朱美『クラウド』


【そのほか】

イタリア読みのドレミだけでなく、和名のイロハ、ドイツ読みのツェーデーエー、そしてギターコードみたいな表記で音や和音を表すこともある。

Cの絃切れて音せぬ洋琴に對き何を彈かんとするこころぞも

ルビ:C(ツエイ) 絃(げん) 洋琴(ピヤノ) 對(む) 彈(ひ) 荒栲(あらたへ)

筏井嘉一『荒栲』


ピザパイの中にときどきG♯7があり嚙みくだけない

コカコーラの自動販売機のまへでF♯mがふるへる

西田政史『ストロベリー・カレンダー』

十三夜 電線に月あらわれて嬰への音を示していたり

古野朋子「かばん新人特集号」1995

あかるくてさびしいA音 みずべには秋の蜻蛉がルーン文字置く

井辻朱美『クラウド』

キャロル忌のスカートゆるる、ゆふやけとゆふやみ分かつG線上に

吉田隼人『忘却のための試論』

春の夜の夢の浮き橋 A線の切れてはじけしヴァイオリンかな

杉﨑恒夫(「かばん」誌 年月不明)

2018・6・9

3 母かもしれない

わりにとっぴな歌が多い。「母かもしれない」で題詠をやったらいい歌が収穫できそう。

さむきわが射程のなかにさだまりし屋根の雀は母かもしれぬ

寺山修司『空には本』


岸辺には犬が待ちをり雌犬なり乳房に斑あり母かもしれぬ

日高堯子『雲の塔』


草原を全力でかけてゆく人のいる四月あれは母かもしれず

小島なお『サリンジャーは死んでしまった』


ほの光る空気中浮遊細菌は母かもよああ数かぎりなし

渡辺松男


この夕べ抱えてかえる温かいパンはわたしの母かもしれない

杉崎恒夫『パン屋のパンセ』

(「崎」の字は正しくは「﨑」ですが、検索からもれないよう「崎」を使いました。)


2018・4・9

2痒い

北風を縦割りにして開きつつあちこち痒い子を連れ園へ

東直子


幻影肢ばかりのこころがかゆくなる翼はドードー触角はかげろふ

井辻朱美


風を生むものみな翼と呼ぶべきかたてがみかゆい獅子の棲む空

井辻朱美『クラウド』2014


接続のパルスの音はしんとして指のつけねが少しかゆい日

富田睦子


むづかゆく薄らつめたくやや痛きあてこすりをば聞く快さ

岡本かの子『かろきねたみ』1912


父兄との押し問答をするうちにへその辺りがかゆくなりたる

江田浩司


大空に描くほどつらい蝶の足かゆいところに手が届きすぎる

三好のぶ子「かばん」1998新人特集号v2


遠き世の噂話が届きしか三月耳がしきりに痒し

三枝昻之 『甲州百目』


幾筋も汗流れをりわれにまだ棄つるべきものある歯痒さよ

田村元『北二十二条西七丁目』2012


公園の夜のトイレはきれいだな 歩きつつコンタクトかゆくなる

永井祐『日本の中でたのしく暮らす』2012


寝かせても不味いカレーと意識した途端に痒くなる虫刺され

柴田瞳


カサカサのひざ下かゆし猫じゃらし茂る空き地にボールを追えば

あまねそう『2月31日の空』


べらばうに命が痒い咲きかけの泰山朴がゆれてゐるあのあたり

川野里子『太陽の壷』2003


むかしわが伴侶たりしゆえ陸橋の背をはねて行く痒きリヤカー

岡井隆『朝狩』1964


金いろの蛇らが立ちて泳ぎ来るを眼のふち痒くなるまで見をり

河野裕子 『家』2000


体中かゆくてかゆくてかきむしる「かゆくない」が思い出せない

ふらみらり「かばん新人特集号」2015


西ひくく光乱れている雲よ左太腿のあたりが痒し

阿木津英『天の鴉片』1983 ルビ/太腿 【ふともも】


藤のはなぶさかたちよけれど かゆいところにはとどかざりけり

髙瀬一誌『火ダルマ』2002


読み聞かせ、駆けつけ警固、江戸しぐさ、痒いところが余計痒くて

勺禰子『月に射されたままのからだで』2017


輪郭の溶けゆく貌に驚いて首都の末梢神経が痒い

菊池裕『アンダーグラウンド』2004 ルビ/貌【かお】

2018・4・9

1白壁

白壁に映るステンドグラスみておそろしい信仰のはじまり

加藤治郎『昏睡のパラダイス』1998


学校の白壁に熱き冬日かも弁当前の授業闌けつゝ

木下利玄(大正5年発表/ 歌集名? )


白壁にしがみつく蜘蛛そうここは入口でなく出口でもない

江戸雪『DOOR』2005


夕焼のにじむ白壁に声絶えてほろびうせたるものの爪(つめ)あと

前川佐美雄『捜神』1964


いつ死にてもよけれど今はいやなれば白壁につるす赤唐辛子

渡辺松男『自転車の籠の豚』2010


白壁に噴水のうすき影動きたしかなりひとりひとりの生は

横山未来子『花の線画』2007


ぷすぷすと燃えだすごとき白壁に鳥を探して入つていつた

笠井烏子『ゴブリンシャークの背に跨りて』


白壁に我が影うつす午後二時のあの日とおなじ太陽の位置

新井蜜『鹿に逢ふ』2014


白壁にたばこの灰で字を書こう思いつかないこすりつけよう

永井祐『日本の中でたのしく暮らす』2012