闇鍋ひとくちアンソロジー

かばん詠草提出例

2020月作成~

(「かばん」会員向けに、歌稿提出例として使用)

詠草提出例 目次

20205月~

スカイツリー/東京タワー/歯痛/曼珠沙華/リモコン/電池/外国/包丁/包丁ふたたび/カリフラワーとブロッコリー/カリフォルニア/冬の野菜/続・冬の野菜/洗う/続・洗う/頭を洗う/ひとりひとり/かろうじて/バケツ/切手/切手2/切手3/こかん/おかね1/おかね2/

■2020月作成~


★スカイツリー


震災ののちひつそりと頂点まで伸びたるスカイツリーを嘉【よみ】せり

スカイツリー、ペットボトルの如きかな東京タワーは根っこまで鉄

生きてゐるのか死んでゐるのか判らないときはスカイツリィを見て

霧のあさ霧をめくればみえてくるものつまらなしスカイツリーも

東京スカイツリーは梅雨の闇に浮き電波を放つ「ノゾミヲステヨ」

悪人について ぼくのミニーちゃん しずかに 東京タワーとスカイツリー

スカイツリー見上げる都民の一厘が密かに祈るモスラの帰巣

スカイツリーと東京タワーをいっぺんに視界におさめて脳をなだめる



震災ののちひつそりと頂点まで伸びたるスカイツリーを嘉【よみ】せり  栗木京子

スカイツリー、ペットボトルの如きかな東京タワーは根っこまで鉄  松木秀

生きてゐるのか死んでゐるのか判らないときはスカイツリィを見て  こずえユノ

霧のあさ霧をめくればみえてくるものつまらなしスカイツリーも  渡辺松男

東京スカイツリーは梅雨の闇に浮き電波を放つ「ノゾミヲステヨ」  藤原龍一郎

悪人について ぼくのミニーちゃん しずかに 東京タワーとスカイツリー  瀬戸夏子

スカイツリー見上げる都民の一厘が密かに祈るモスラの帰巣  大野道夫

スカイツリーと東京タワーをいっぺんに視界におさめて脳をなだめる  永井祐


★東京タワー


なつかしい未来へ行ってしまったの東京タワーではぐれた君は

月光が東京タワーに集まってラジオの声になるという嘘

あやとりの東京タワーてっぺんをくちびるたちが離しはじめる

人攫いのうわさが少女を暗くして真っ赤に燃える東京タワー

真っ白な東京タワーの夢をみた 今年は寒くなればいいのに

東京タワーの展望台で履き替えるためのスリッパもって出発

東京タワー展望室にうつらうつら虹のように鮫のようにさみしき

血はぜんぶ絵の具にかわる真っ青な海に溺れる東京タワー


なつかしい未来へ行ってしまったの東京タワーではぐれた君は  佐藤弓生

月光が東京タワーに集まってラジオの声になるという嘘  藤原龍一郎

あやとりの東京タワーてっぺんをくちびるたちが離しはじめる  笹井宏之

人攫いのうわさが少女を暗くして真っ赤に燃える東京タワー  笹公人

真っ白な東京タワーの夢をみた 今年は寒くなればいいのに  しんくわ

東京タワーの展望台で履き替えるためのスリッパもって出発  穂村弘

東京タワー展望室にうつらうつら虹のように鮫のようにさみしき  渡辺松男

血はぜんぶ絵の具にかわる真っ青な海に溺れる東京タワー  安井高志


★歯痛


痛む歯をおさへつつ、/日が赤赤と、/冬の靄の中にのぼるを見たり。

ひとの痛みは解るまいこんなにも歯が痛いんだ結婚しようよ

冬庭へ舌打ちしながらおとずれるお前はさても「歯痛のうぐいす」

曼珠沙華咲き衰える一茎に痛み走らせ歯科医師を訪う

はらからがはらはら泣きて駆け戻るゆめよりさめて歯の奥いたむ

右の歯の痛みて左のみに噛む降りはじめたるあめも傾ぎて

きいんとなにもなきまひるなり歯の痛みいづるに遠き雪渓ひかる

歯が痛みはじめたことで生活のまんなか黒いものがひろがる



痛む歯をおさへつつ、/日が赤赤と、/冬の靄の中にのぼるを見たり。  石川啄木

ひとの痛みは解るまいこんなにも歯が痛いんだ結婚しようよ  無頭鷹

冬庭へ舌打ちしながらおとずれるお前はさても「歯痛のうぐいす」  杉崎恒夫

曼珠沙華咲き衰える一茎に痛み走らせ歯科医師を訪う  江草義勝

はらからがはらはら泣きて駆け戻るゆめよりさめて歯の奥いたむ  石川美南

右の歯の痛みて左のみに噛む降りはじめたるあめも傾ぎて  小島熱子

きいんとなにもなきまひるなり歯の痛みいづるに遠き雪渓ひかる  渡辺松男

歯が痛みはじめたことで生活のまんなか黒いものがひろがる  工藤吉生


★曼珠沙華


いたみもて世界の外に佇つわれと紅き逆睫毛【さかまつげ】の曼珠沙華

金切り声を紅く染めたるものに見えつひに手折らずをり曼珠沙華

夏ゆけばいっさい棄てよ忘れよといきなり花になる曼珠沙華

青空のどこかに泌みてあるはずの昨日のまんじゅしゃげの残像

曼珠沙華のするどき象【かたち】夢にみしうちくだかれて秋ゆきぬべき

くれないに二重括弧を与えれば風を言葉とせん曼珠沙華

時間がない ように咲きいる曼珠沙華母の庭には母しかおらず

まんじゅしゃげ赤き籠編む曼珠沙華夢を匿(かくま)うかたちと思え


いたみもて世界の外に佇つわれと紅き逆睫毛【さかまつげ】の曼珠沙華  塚本邦雄

金切り声を紅く染めたるものに見えつひに手折らずをり曼珠沙華  光森裕樹

夏ゆけばいっさい棄てよ忘れよといきなり花になる曼珠沙華  今野寿美

青空のどこかに泌みてあるはずの昨日のまんじゅしゃげの残像  杉﨑恒夫

曼珠沙華のするどき象【かたち】夢にみしうちくだかれて秋ゆきぬべき  坪野哲久

くれないに二重括弧を与えれば風を言葉とせん曼珠沙華  鈴木英子

時間がない ように咲きいる曼珠沙華母の庭には母しかおらず  なみの亜子

まんじゅしゃげ赤き籠編む曼珠沙華夢を匿(かくま)うかたちと思え  吉川宏志


★リモコン


もう何も食へぬ体屈ませてリモコンの電池換えたりし父

リモコンの疣様【いぼよう】のもの押すたびにテレビは死者を増やしてゆけり

リモコンのボッチを指で押すだけで部屋はたちまち涼しくなりぬ

リモコンを向けた空から降る雨のひとつひとつが空の記憶で

リモコンで切ったがなんかあれなので主電源まで這いよって切る

まぼろしの父を想いて羚羊の純白の胸にむけるリモコン

カーテンのはるか手前のリモコンで東京の空つけるまぶしい

リモコンの電池を外しまた別のリモコンへ 猛吹雪の夜だ


もう何も食へぬ体屈ませてリモコンの電池換えたりし父  木ノ下葉子

リモコンの疣様【いぼよう】のもの押すたびにテレビは死者を増やしてゆけり  吉川宏志

リモコンのボッチを指で押すだけで部屋はたちまち涼しくなりぬ  奥村晃作

リモコンを向けた空から降る雨のひとつひとつが空の記憶で  鈴木有機

リモコンで切ったがなんかあれなので主電源まで這いよって切る  木下龍也

まぼろしの父を想いて羚羊の純白の胸にむけるリモコン  穂村弘

カーテンのはるか手前のリモコンで東京の空つけるまぶしい  斉藤斎藤

リモコンの電池を外しまた別のリモコンへ 猛吹雪の夜だ  北山あさひ


★電池


反対になった電池が光らない理由だなんて思えなかった

明日の各地の天気予報がつぎつぎに届いて電話の電池が切れる

おかあさん電池 「お」からだんだん薄くなり「さん」が明滅 布団に入る

嘗めてみてピリピリすれば生きてるとみんな信じていた乾電池

その単2電池で動くご立派なポエムはどうかしまってください

死に終えた電池のように明確な拒絶でぼくを安心させて

フィリピンになるまでたたく乾電池(の中の電気)晴れますように

背から抜く赤乾電池 メアリーのとてもしずかな心臓ふたつ


反対になった電池が光らない理由だなんて思えなかった  加賀田優子

明日の各地の天気予報がつぎつぎに届いて電話の電池が切れる  吉田恭大

おかあさん電池 「お」からだんだん薄くなり「さん」が明滅 布団に入る  樋口智子

嘗めてみてピリピリすれば生きてるとみんな信じていた乾電池  穂村弘

その単2電池で動くご立派なポエムはどうかしまってください  伊舎堂仁

死に終えた電池のように明確な拒絶でぼくを安心させて  木下龍也

フィリピンになるまでたたく乾電池(の中の電気)晴れますように  笹井宏之

背から抜く赤乾電池 メアリーのとてもしずかな心臓ふたつ  村上きわみ


★外国


波もなき二月の湾《わん》に/白塗【しろぬり】の/外国船が低く浮かべり

夏掛けに鶴乱れ飛ぶあかつきのいんふるえんざは外国の風邪

飛行士は冷たき空のこと話し外国の塩置いて帰った

外国はここよりずっと遠いから友達の置いてゆく自転車

外国へはばたけわたしの本 愛は伝達されることしかしない

空豆のようなとは比喩ふたりとも死刑にされる外国がある

外国の地下鉄に乗っているときの表情をして会議を過ごす

冬の灯の疎らなほうへ歩いてく外国からの風を吸い込む


波もなき二月の湾《わん》に/白塗【しろぬり】の/外国船が低く浮かべり  石川啄木

夏掛けに鶴乱れ飛ぶあかつきのいんふるえんざは外国の風邪  穂村弘

飛行士は冷たき空のこと話し外国の塩置いて帰った  堂園昌彦

外国はここよりずっと遠いから友達の置いてゆく自転車  吉田恭大

外国へはばたけわたしの本 愛は伝達されることしかしない  柳谷あゆみ

空豆のようなとは比喩ふたりとも死刑にされる外国がある  吉田竜宇

外国の地下鉄に乗っているときの表情をして会議を過ごす  ユキノ進

冬の灯の疎らなほうへ歩いてく外国からの風を吸い込む  鈴木貴大


★包丁


包丁の刃を石に研ぐ一定の角度を保ち三度に分けて

研ぎをへし包丁をもてはるの夜のあたらしくしろき葱を切りたり

鋭角に葱切りゆける包丁は大雪の夜に父が砥ぎたる

白菜に包丁を当つ白菜は自ら割れるごとくに分かる

ゆびさきのするどいひとに握られてさわらをさばく春の包丁

ざっくりと包丁入れて父なりき西瓜大きく二つに割けり

くひこみて抜けなくなりし包丁がカボチャの上にいかんともし難し

梨を剥くじゃがいもを切るいたたたたこの包丁は指しか切れぬ


包丁の刃を石に研ぐ一定の角度を保ち三度に分けて  奥村晃作

研ぎをへし包丁をもてはるの夜のあたらしくしろき葱を切りたり  永井陽子

鋭角に葱切りゆける包丁は大雪の夜に父が砥ぎたる  遠藤由季

白菜に包丁を当つ白菜は自ら割れるごとくに分かる  沖ななも

ゆびさきのするどいひとに握られてさわらをさばく春の包丁  笹井宏之

ざっくりと包丁入れて父なりき西瓜大きく二つに割けり  野上卓

くひこみて抜けなくなりし包丁がカボチャの上にいかんともし難し  小池光

梨を剥くじゃがいもを切るいたたたたこの包丁は指しか切れぬ  松木秀


★包丁ふたたび


包丁を買う若者の顔付きをちゃんと覚えておくレジ係

包丁を買ひに行く日は服装と笑顔をチェックしてから向かふ

求めきし包丁あまりに光りおり箱に戻して深くしまえり

包丁に獣脂の曇り しなかつた事を咎めに隣人が来る

包丁を抱いてしずかにふるえつつ国勢調査に居留守を使う

包丁を持てば船ゆうれいのごと手を伸ばしくる並行宇宙

日々を使ひならせる包丁・鋏にて思ふままに裁ち切りきざむ

包丁を持っている春てのひらの豆腐はいつかあたたかくなり


包丁を買う若者の顔付きをちゃんと覚えておくレジ係  木下龍也

包丁を買ひに行く日は服装と笑顔をチェックしてから向かふ  田村元

求めきし包丁あまりに光りおり箱に戻して深くしまえり  宇佐美ゆくえ

包丁に獣脂の曇り しなかつた事を咎めに隣人が来る  魚村晋太郎

包丁を抱いてしずかにふるえつつ国勢調査に居留守を使う  穂村弘

包丁を持てば船ゆうれいのごと手を伸ばしくる並行宇宙  雪舟えま

日々を使ひならせる包丁・鋏にて思ふままに裁ち切りきざむ  長沢美津

包丁を持っている春てのひらの豆腐はいつかあたたかくなり  藤本玲未


★カリフラワーとブロッコリー


カリフラワー色の五月にわれわれは皮膚そのものを肌着としよう

わさわさと春は来にけり山どこもカリフラワーのごと桜木けむる

繁りたる樹木のごときカリフラワー食べしゆふべは木霊とならむ

愛ひとつ受けとめられず茹ですぎのカリフラワーをぐずぐずと噛む

ブロッコリーの右脳左脳と切り分けてお湯に投げこむ春のよい魔女

樹枝状のブロッコリーを齧るときぼくは気弱な恐竜である

写真屋の手練にのりていつせいに〈ブロッコリー〉と言ふ四十人

神あまたやどれる細部のかたまりのブロッコリーを塩ゆでにする


カリフラワー色の五月にわれわれは皮膚そのものを肌着としよう  杉山モナミ

わさわさと春は来にけり山どこもカリフラワーのごと桜木けむる  安藤美保

繁りたる樹木のごときカリフラワー食べしゆふべは木霊とならむ  志垣澄幸

愛ひとつ受けとめられず茹ですぎのカリフラワーをぐずぐずと噛む  俵万智

ブロッコリーの右脳左脳と切り分けてお湯に投げこむ春のよい魔女  井辻朱美

樹枝状のブロッコリーを齧るときぼくは気弱な恐竜である  杉崎恒夫

写真屋の手練にのりていつせいに〈ブロッコリー〉と言ふ四十人  大松達知

神あまたやどれる細部のかたまりのブロッコリーを塩ゆでにする  光森裕樹


★カリフォルニア


カリフォルニアからの手紙を海こえて来しはつなつの蝶と呼ぶべし

この曲と決めて海岸沿いの道とばす君なり「ホテルカリフォルニア」

吹き募るカリフォルニアの潮風のとはに還らじジャニス・ジョプリン

花の宴たちまち消えて月さすは浅茅がホテル・カリフォルニア跡

ここからはカリフォルニア州 山型に雪を積みあげ三沢基地あり

壁紙の剥がれて匂いたつホテルカリフォルニアの接着剤が

フロリダの大旗雲よほのぼのとメガロマニアが明日をおもへり

秋の田のカリフォルニアの保■留よりFAX一枚届きにけりな

※保■留=ホテル。■は「弓」の下に「一」


カリフォルニアからの手紙を海こえて来しはつなつの蝶と呼ぶべし  喜多昭夫

この曲と決めて海岸沿いの道とばす君なり「ホテルカリフォルニア」  俵万智

吹き募るカリフォルニアの潮風のとはに還らじジャニス・ジョプリン  新井蜜

花の宴たちまち消えて月さすは浅茅がホテル・カリフォルニア跡  大塚寅彦

ここからはカリフォルニア州 山型に雪を積みあげ三沢基地あり  梅内美華子

壁紙の剥がれて匂いたつホテルカリフォルニアの接着剤が  八木博信

フロリダの大旗雲よほのぼのとメガロマニアが明日をおもへり  坂井修一

秋の田のカリフォルニアの保■留よりFAX一枚届きにけりな  資延英樹

※保■留=ホテル。■は「弓」の下に「一」


★冬の野菜


冬型の気圧配置に戻るでしょう_葱きざむ背に反射する声

はじめてのひとり暮らしで知りましたブロッコリーは冬の野菜だ

一本のひかりの道に手をのばすさっき真冬の葱をつかんだ

葱くわゐ牛蒡蓮根蕪むかご這へるみどりご冬のななくさ

電車の外の夕方を見て家に着くなんておいしい冬の大根

寒ければいよいよ甘し大根のやうなわれなり冬を愛する

虫食いのみどりも共にきざむなり冬の蕪よ良くきてくれた

山腹の茶寮にありてあたたかきかぶら食みしに冬を孕みぬ


冬型の気圧配置に戻るでしょう_葱きざむ背に反射する声  東直子

はじめてのひとり暮らしで知りましたブロッコリーは冬の野菜だ  喜多昭夫

一本のひかりの道に手をのばすさっき真冬の葱をつかんだ  中家菜津子

葱くわゐ牛蒡蓮根蕪むかご這へるみどりご冬のななくさ  塚本邦雄

電車の外の夕方を見て家に着くなんておいしい冬の大根  永井祐

寒ければいよいよ甘し大根のやうなわれなり冬を愛する  笹谷潤子

虫食いのみどりも共にきざむなり冬の蕪よ良くきてくれた  坪野哲久

山腹の茶寮にありてあたたかきかぶら食みしに冬を孕みぬ  佐藤弓生


★続・冬の野菜


使用後の父のおむつの重さほど朝の市にて選る冬キャベツ

悪霊となりたる父の来ん夜か馬鈴薯くさりつつ芽ぐむ冬

冬ざれの光の中にまふたつに割りし白菜芯まで寒し

冬牛蒡せいせいと削ぐ時の間も詩語ほろび詩となる言葉あり美

かなしみの絶えることなき冬の日にふつふつと花豆煮くずれる

胡瓜【きうり】もみの荒き匂ひもあやしまず冬のゆふべの晩餐【ばんさん】終る

蕪と無が似てゐることのかなしみももろとも煮えてゆく冬の音

氷閉ぢ野菜つめたき冬のみちゆけどもゆけども人に逢はなく


使用後の父のおむつの重さほど朝の市にて選る冬キャベツ  藤島秀憲

悪霊となりたる父の来ん夜か馬鈴薯くさりつつ芽ぐむ冬  寺山修司

冬ざれの光の中にまふたつに割りし白菜芯まで寒し  石田比呂志

冬牛蒡せいせいと削ぐ時の間も詩語ほろび詩となる言葉あり  今野寿美

かなしみの絶えることなき冬の日にふつふつと花豆煮くずれる  服部真里子

胡瓜【きうり】もみの荒き匂ひもあやしまず冬のゆふべの晩餐【ばんさん】終る  佐藤佐太郎

蕪と無が似てゐることのかなしみももろとも煮えてゆく冬の音  荻原裕幸

氷閉ぢ野菜つめたき冬のみちゆけどもゆけども人に逢はなく  北原白秋


★洗う


怒りつつ洗うお茶わんことごとく割れてさびしい ごめんさびしい

大好きと中好き小好きなどがある今は小好き食器を洗う

何もない一日 雲を泡立てて貝殻模様のカップを洗う

傷付ける音を発した声帯をざぶざぶ洗うファンタオレンジ

試験管のアルミの蓋をぶちまけて じゃん・ばるじゃんと洗う週末

クリトリスほどのゆめありベランダで麻のバッグをがしがし洗う

父はむかしたれの少年、浴室に伏して海驢【あしか】のごと耳洗ふ

カバディをはじめた頃の妻のごとし躁状態のテリアを洗う


怒りつつ洗うお茶わんことごとく割れてさびしい ごめんさびしい  東直子

大好きと中好き小好きなどがある今は小好き食器を洗う  石狩良平

何もない一日 雲を泡立てて貝殻模様のカップを洗う  中家菜津子

傷付ける音を発した声帯をざぶざぶ洗うファンタオレンジ  木下龍也

試験管のアルミの蓋をぶちまけて じゃん・ばるじゃんと洗う週末  永田紅

クリトリスほどのゆめありベランダで麻のバッグをがしがし洗う  雪舟えま

父はむかしたれの少年、浴室に伏して海驢【あしか】のごと耳洗ふ  塚本邦雄

カバディをはじめた頃の妻のごとし躁状態のテリアを洗う  中沢直人


★続・洗う


大雨が空を洗ひてのちのこと芭蕉がまたしても旅に出る

たれかいま眸洗へる 夜の更に をとめごの黒き眸流れたり

トラホーム洗ひし水を捨てにゆく真赤な椿咲くところまで

眠れない夜はバケツ持ってオレンジのブルドーザーを洗いにゆこう

嘘つきて憎みてかつは裏切りて夕べざぶざぶ冬菜を洗ふ

わが部屋を君おとずれん訪れん座布団カバーを洗うべし洗うべし

洗いすぎてちぢんだ青いカーディガン着たままつめたい星になるの

刃のごとくつめたくあつくわれらまたひるがへり秋のつばさを洗ふ


大雨が空を洗ひてのちのこと芭蕉がまたしても旅に出る  永井陽子

たれかいま眸洗へる 夜の更に をとめごの黒き眸流れたり  葛原妙子

トラホーム洗ひし水を捨てにゆく真赤な椿咲くところまで  寺山修司

眠れない夜はバケツ持ってオレンジのブルドーザーを洗いにゆこう  穂村弘

嘘つきて憎みてかつは裏切りて夕べざぶざぶ冬菜を洗ふ  河野裕子

わが部屋を君おとずれん訪れん座布団カバーを洗うべし洗うべし  藤島秀憲

洗いすぎてちぢんだ青いカーディガン着たままつめたい星になるの  北川草子

刃のごとくつめたくあつくわれらまたひるがへり秋のつばさを洗ふ  山中智恵子


★頭を洗う


きょう髪を切ったあたまをそぼそぼと洗えば水のなかの頭骨

あおむけに髪洗われて泡のなか私の頭蓋の形を思う

みっきみっきみっきみっきみっきまうすさむい介護のひとが頭皮を洗う

細胞よ全部忘れろ入れ替われ短い爪で頭を洗う

今日ひとを殺したひとの気持ちなど想像しつつあたまを洗う

うつむきて髪洗ひゐつ一群の馬ゆき過ぐるごとき雨の間

白髪を洗ふしづかな音すなり葭切【よしきり】やみし夜の沼より

あわゆき、B級走馬灯が録画されてる脳を洗うあわゆき


きょう髪を切ったあたまをそぼそぼと洗えば水のなかの頭骨  鯨井可菜子

あおむけに髪洗われて泡のなか私の頭蓋の形を思う  俵万智

みっきみっきみっきみっきみっきまうすさむい介護のひとが頭皮を洗う  加藤治郎

細胞よ全部忘れろ入れ替われ短い爪で頭を洗う  山川藍

今日ひとを殺したひとの気持ちなど想像しつつあたまを洗う  穂村弘

うつむきて髪洗ひゐつ一群の馬ゆき過ぐるごとき雨の間  横山未来子

白髪を洗ふしづかな音すなり葭切【よしきり】やみし夜の沼より  寺山修司

あわゆき、B級走馬灯が録画されてる脳を洗うあわゆき  笹井宏之


★ひとりひとり


ひとりひとり厚みの違う胸ひらき過去の光を見つめはじめる

フルーツの舟わかれゆきあわゆきとなるまでひとりひとりのお皿

カーテンを閉ざして一人ひとりずつ妊婦は胎児を膨らましおり

私とはどこまでなのか風の街ひとりひとりをすり抜けながら

人を待つ一人一人へ雪は降り池袋とはさびしき袋

その家の扉のごとし帰りゆく一人一人の夜の背中は

人間はひとりひとりがからつぽの壺 ひゆるひゆると風の音する

浴場の脱衣ふれあひつつ一人一人がぬけいでし白き墓


ひとりひとり厚みの違う胸ひらき過去の光を見つめはじめる  東直子

フルーツの舟わかれゆきあわゆきとなるまでひとりひとりのお皿  佐藤弓生

カーテンを閉ざして一人ひとりずつ妊婦は胎児を膨らましおり  駒田晶子

私とはどこまでなのか風の街ひとりひとりをすり抜けながら  風野瑞人

人を待つ一人一人へ雪は降り池袋とはさびしき袋  大野道夫

その家の扉のごとし帰りゆく一人一人の夜の背中は  小島ゆかり

人間はひとりひとりがからつぽの壺 ひゆるひゆると風の音する  永井陽子

浴場の脱衣ふれあひつつ一人一人がぬけいでし白き墓  塚本邦雄


★かろうじて


かろうじて保つ視力はかぐろくて低い鴨居のようにしんどい

かろうじて上るねむたい階段の半ばに気難しい段がある

背を抱けば四肢かろうじて耐えているなだれおつるを紅葉と呼べり

かろうじてそれはおまえのことばだが樹間を鳥の裸身が揚がる

かろうじて働く人をやっている火曜の夜のハーゲンダッツ

秋空の表面張力かろうじて保たれている逢わない日々を

かろうじて氷と読めるお祭りの写真でだいぶ記憶が尖る

その減らず口を隠してかろうじてくくりつけられているマフラー


かろうじて保つ視力はかぐろくて低い鴨居のようにしんどい  山崎方代

かろうじて上るねむたい階段の半ばに気難しい段がある  中沢直人

背を抱けば四肢かろうじて耐えているなだれおつるを紅葉と呼べり  永田和宏

かろうじてそれはおまえのことばだが樹間を鳥の裸身が揚がる  大森静佳

かろうじて働く人をやっている火曜の夜のハーゲンダッツ  法橋ひらく

秋空の表面張力かろうじて保たれている逢わない日々を  柳澤美晴

かろうじて氷と読めるお祭りの写真でだいぶ記憶が尖る  千種創一

その減らず口を隠してかろうじてくくりつけられているマフラー  山階基


★バケツ


終わったらバケツの中に差しこんで花火の息の根を聞くのです

だんごむしをバケツいっぱい集めたら誰にあげよう爺もおらんし

きみの雨季ながしバケツに足浸しわがひとり読む栽培全書

ザリガニが一匹半になっちゃった バケツは匂う夏の陽の下

思いだしたようにバケツを打つ雨のいい加減はいい音である

ねえ息が真っ白なのよ真夜中のバケツリレーの中身は仔猫

テラスから「ぃよっ」と母の声が降り雑巾は庭のバケツに入る

頭よりバケツをかむりバケツの穴の箇所捜しおる


終わったらバケツの中に差しこんで花火の息の根を聞くのです  ながや宏高

だんごむしをバケツいっぱい集めたら誰にあげよう爺もおらんし  東直子

きみの雨季ながしバケツに足浸しわがひとり読む栽培全書  寺山修司

ザリガニが一匹半になっちゃった バケツは匂う夏の陽の下  穂村弘

思いだしたようにバケツを打つ雨のいい加減はいい音である  渡辺松男

ねえ息が真っ白なのよ真夜中のバケツリレーの中身は仔猫  藤本玲未

テラスから「ぃよっ」と母の声が降り雑巾は庭のバケツに入る  戸田響子

頭よりバケツをかむりバケツの穴の箇所捜しおる  山崎方代


★切手


西陽さす畳の上にむらむらと反り返る十二支の切手たち

切手なき手紙を置いてゆくように君の白衣の裾ひるがえる

長くなることにはすべて宛て先を書いて切手を貼るものだった

おまえまだ手紙を知らぬ切手のよう街の灯りに頬をさらして

新しい傷に消毒液を塗るように優しく切手を舐める

虫籠を開け放つように兄は売る蒐集したる記念切手を

スポンジにふくませたみず はなびらの切手をまっすぐはるのでしたよ

郵便を終えたら上のまぶたから切手をはがしてもいいですか?


西陽さす畳の上にむらむらと反り返る十二支の切手たち  穂村弘

切手なき手紙を置いてゆくように君の白衣の裾ひるがえる  杉谷麻衣

長くなることにはすべて宛て先を書いて切手を貼るものだった  山階基

おまえまだ手紙を知らぬ切手のよう街の灯りに頬をさらして  大森静佳

新しい傷に消毒液を塗るように優しく切手を舐める  鈴木晴香

虫籠を開け放つように兄は売る蒐集したる記念切手を  沼尻つた子

スポンジにふくませたみず はなびらの切手をまっすぐはるのでしたよ  蒼井杏

郵便を終えたら上のまぶたから切手をはがしてもいいですか?  笹井宏之


★切手2


空色の切手を貼ろう遠い遠い知らない町までひとすじに飛べ

元気でいてという願いはぼくのわがままで 積乱雲の切手はる

従順や誠実や奔放などに住所はあって切手で送る

ぼくたちできのう作った国のことききたい まずねセラミックの切手

居丈高な依頼のとどく火曜なり切手は弱者でお貼りください

遠い国の切手の中で老人は象の匂いの温室にいる

ポストまで遠回りする月のよる切手のなかの駱駝と歩む

書きかけてやめた手紙を想うとき切手の中の砂丘をあるく


空色の切手を貼ろう遠い遠い知らない町までひとすじに飛べ  千葉聡

元気でいてという願いはぼくのわがままで 積乱雲の切手はる  フラワーしげる

従順や誠実や奔放などに住所はあって切手で送る  野口あや子

ぼくたちできのう作った国のことききたい まずねセラミックの切手  伊舎堂仁

居丈高な依頼のとどく火曜なり切手は弱者でお貼りください  中沢直人

遠い国の切手の中で老人は象の匂いの温室にいる  東直子

ポストまで遠回りする月のよる切手のなかの駱駝と歩む  小島ゆかり

書きかけてやめた手紙を想うとき切手の中の砂丘をあるく  小島なお

★切手3


人類の舌が切手をなめてゐる時の彼方の寒い五月だ

なんとなく負けた気になる「STAMP」と書かれた場所に切手貼りつつ

地味といふことをいふならなかんづく切手の裏に付着せし糊

スタンプを押されることをまぬかれた切手のやうに生きてゐた冬

書き終えて切手を貼ればたちまちに返事を待って時流れだす

あをき切手封印として貼られたる手紙を待てるごとく午睡す

地味といふことをいふならなかんづく切手の裏に付着せし糊

彗星が今夜はきます 洞窟へだいじな切手帖はおしまいなさい


人類の舌が切手をなめてゐる時の彼方の寒い五月だ  魚村晋太郎

なんとなく負けた気になる「STAMP」と書かれた場所に切手貼りつつ  本多忠義

地味といふことをいふならなかんづく切手の裏に付着せし糊  喜多昭夫

スタンプを押されることをまぬかれた切手のやうに生きてゐた冬  山田富士郎

書き終えて切手を貼ればたちまちに返事を待って時流れだす  俵万智

あをき切手封印として貼られたる手紙を待てるごとく午睡す  大塚寅彦

地味といふことをいふならなかんづく切手の裏に付着せし糊  喜多昭夫

彗星が今夜はきます 洞窟へだいじな切手帖はおしまいなさい  鈴木照子


★こかん


言葉より大事なものがあると云う君は股間を隠して生きる

街にもや、部屋という部屋包んだら妻が股間を拭く音がする

枇杷の汁股間にしたたれるものをわれのみは老いざらむ老いざらむ

ジェット機が雲生むまひる愛のかわりに潜水で股間をくぐれ

夏の夜の壁に凭れた微睡みの股間に鳴っているオルゴール

係累が鋏を立てて踊りくる僕の股間に光る一筋

うたた寝ののちおそき湯に居たりけり股間に遊ぶかぎりなき黒

股間には疼【うず】きを放つものありて花を揉むように紙をもんでいる


言葉より大事なものがあると云う君は股間を隠して生きる  望月裕二郎

街にもや、部屋という部屋包んだら妻が股間を拭く音がする  久真八志

枇杷の汁股間にしたたれるものをわれのみは老いざらむ老いざらむ  塚本邦雄

ジェット機が雲生むまひる愛のかわりに潜水で股間をくぐれ  穂村弘

夏の夜の壁に凭れた微睡みの股間に鳴っているオルゴール  穂村弘

係累が鋏を立てて踊りくる僕の股間に光る一筋  江田浩司

うたた寝ののちおそき湯に居たりけり股間に遊ぶかぎりなき黒  岡井隆

股間には疼【うず】きを放つものありて花を揉むように紙をもんでいる  岡井隆


★おかね1


ちり紙にくるんだお金てのひらにぬくめて帰るふゆのゆふやみ

夜のひきあけと思うころおい梟がもっとお金が欲しいと鳴けり

ジャケットは観音びらき風の中 おかねをもたせてあげたいのです

水に火がぶどうのように実ってもテレビの中ではお金も買える

日に一度お金のことを考える飼い犬の目を見つめるように

殴ってもいいですお金もいりませんそのかわり猿たちはみんな連れて帰ります。

この先はお金の話しかないと気づいて口を急いでなめる

人のために命をかける準備するぼくはスイカにお金を入れて


ちり紙にくるんだお金てのひらにぬくめて帰るふゆのゆふやみ  東直子

夜のひきあけと思うころおい梟がもっとお金が欲しいと鳴けり  石田比呂志

ジャケットは観音びらき風の中 おかねをもたせてあげたいのです  雪舟えま

水に火がぶどうのように実ってもテレビの中ではお金も買える  瀬戸夏子

日に一度お金のことを考える飼い犬の目を見つめるように  木村友

殴ってもいいですお金もいりませんそのかわり猿たちはみんな連れて帰ります。  フラワーしげる

この先はお金の話しかないと気づいて口を急いでなめる  虫武一俊

人のために命をかける準備するぼくはスイカにお金を入れて  永井祐

★おかね2


ポケットの贋金取り出しまたしまうぼくを無視して街は漂う

アルバイトの感想聞けばまだお金もらってないからわからぬと言う

「のび太って日本みたいね借金が二十二世紀まで返せない」

たましひがちつとも売れやしない日にあなたがくれたお金を遣ふ

生活がやってきて道の犬猫が差しだす小さく使えないお金

何もいま目に付かなくてもいいものを電気料金未払い通知

金銀のなくてつまらぬ年の暮何と将棋の頭かく飛車

大金をいくら払えど病院はポイント一つ付けてくれない


ポケットの贋金取り出しまたしまうぼくを無視して街は漂う  植松大雄

アルバイトの感想聞けばまだお金もらってないからわからぬと言う  俵万智

「のび太って日本みたいね借金が二十二世紀まで返せない」  松木秀

たましひがちつとも売れやしない日にあなたがくれたお金を遣ふ  光森裕樹

生活がやってきて道の犬猫が差しだす小さく使えないお金    フラワーしげる

何もいま目に付かなくてもいいものを電気料金未払い通知  法橋ひらく

金銀のなくてつまらぬ年の暮何と将棋の頭かく飛車  蜀山人

大金をいくら払えど病院はポイント一つ付けてくれない  関口しいち


(歌稿投稿例作成;高柳蕗子)