闇鍋ひとくちアンソロジー

かばん詠草提出例4

2018年3月作成~

(「かばん」会員向けに、歌稿提出例として使用)

詠草提出例4 目次

■2018年3月~

軍手/やわらかいパン/ ふふ/ ゲンかつぎ/コンの仲間たち/バンわ~/ セックス/

情報/ 兆すものたち(前編)/ 兆すものたち(後編)/ 羊羹/ 存在/ 不在/扇風機/

宇宙人/ 証明/ アルミ/ 鳩のあゆみ/ききなし頭巾/ 耳をすませ/

ハトさんはかく語りき/ にぎやかな世界/ 松虫系/ 微粉末 くしゃみ注意/

文字のビヘイビア/ 文字分解/ 雪と文字/ 日本語/ 文字の抒情/ 大の字/

アルファベットのかたち / へんとかんむり/ ひらがなの形/ればなる/おなか/

ぶっ!/ 続・ぶっ!/セロテープ/ うらがわ/ 続・うらがわ/

あら神様/ あら神様2/あら神様3/裏と表/なりえ・ありえ/

一年/ばった/選びなさい/ どっ拾遺

まず作者名なしで提示し、あとから作者名を付して紹介しています。

■2018年3月作成~


★軍手

軍手といふ不様【ふさま】のものは惜しげなく使い捨てられ路に轢かるる

機械油の染みし軍手が日毎増え春がだんだん膨らんでくる

シャベルも軍手もマスクも持たずふるさとに背を向けて働く私は

杉山に雨がふりだす 軍手にて目を覆われし女のように

ロベルトに軍手を貸せってせがまれて 私は冬の洞窟なのに

この森で軍手を売って暮らしたい まちがえて図書館を建てたい

泥のしみこんだ軍手を手にもって立っている次に見る夢にも

春くれば軒下ひくき荒物屋天牛印軍手をぞ売る

軍手といふ不様【ふさま】のものは惜しげなく使い捨てられ路に轢かるる 斎藤史

機械油の染みし軍手が日毎増え春がだんだん膨らんでくる 時田則雄

シャベルも軍手もマスクも持たずふるさとに背を向けて働く私は 齋藤芳生

杉山に雨がふりだす 軍手にて目を覆われし女のように 吉川宏志

ロベルトに軍手を貸せってせがまれて 私は冬の洞窟なのに 笹井宏之

この森で軍手を売って暮らしたい まちがえて図書館を建てたい 笹井宏之

泥のしみこんだ軍手を手にもって立っている次に見る夢にも 五島諭

春くれば軒下ひくき荒物屋天牛印軍手をぞ売る 小池光


★やわらかいパン

新生児ふかふか眠る焼きたてのロールパンのごと頭並べて

ふかふかの食パンのような歌出でよ ホタルブクロの花奥を覗く

あたたかいパンをゆたかに売る街は幸せの街と一目で分かる

あたたかいフランスパンに塗り込める凹のところはしごくあつめに

この夕べ抱えてかえる温かいパンはわたしの母かもしれない

あたたかいクロワッサンを両耳にあててしばらく失恋をする

デニッシュのちぎれるごとく春泥の胸を離れるただ一度だけ

レーズンのこぼれでたあとやわらかな食パンにおびだたしき弾痕

新生児ふかふか眠る焼きたてのロールパンのごと頭並べて 俵万智

ふかふかの食パンのような歌出でよ ホタルブクロの花奥を覗く 森尻理恵

あたたかいパンをゆたかに売る街は幸せの街と一目で分かる 杉﨑恒夫

あたたかいフランスパンに塗り込める凹のところはしごくあつめに 岩尾淳子

この夕べ抱えてかえる温かいパンはわたしの母かもしれない 杉﨑恒夫

あたたかいクロワッサンを両耳にあててしばらく失恋をする 笹井宏之

デニッシュのちぎれるごとく春泥の胸を離れるただ一度だけ 鯨井可菜子

レーズンのこぼれでたあとやわらかな食パンにおびだたしき弾痕 加藤治郎


★ふふ

子どもたちみな魔女になれ三月の豆腐屋さんのおとうふうふふ

毛筆画と鉛筆画との対立を燃やして回りゆく春はは、ふふ

うすずみのさくらが雪に咲くよるは祖父【おほちち】と眠る乳房ふふませ

あっ、朝の光ふふふと流れ込み元旦の卓に家族が揃う

白湯気のなかの豆腐をすくふとき豆腐か湯気かふふとわらへり

正解が見つからなくて ひるがほがふふんと咲いて 夏の思ひ出

抱えると重みがふふふふふくらますふろくを包みふくらむりぼん

腹太き雌きりぎりす夏の夜のらんたんふふん、と嗅いでいたりき

子どもたちみな魔女になれ三月の豆腐屋さんのおとうふうふふ 佐藤弓生

毛筆画と鉛筆画との対立を燃やして回りゆく春はは、ふふ 杉山モナミ

うすずみのさくらが雪に咲くよるは祖父【おほちち】と眠る乳房ふふませ 渡辺松男

あっ、朝の光ふふふと流れ込み元旦の卓に家族が揃う 佐佐木幸綱

白湯気のなかの豆腐をすくふとき豆腐か湯気かふふとわらへり 小島ゆかり

正解が見つからなくて ひるがほがふふんと咲いて 夏の思ひ出 小島ゆかり

抱えると重みがふふふふふくらますふろくを包みふくらむりぼん 高田ほのか

腹太き雌きりぎりす夏の夜のらんたんふふん、と嗅いでいたりき 東直子

★ゲンかつぎ

駅長の頬そめたあと遠ざかるハロゲン・ランプは海を知らない

蝉たちのコーリューブンゲンにみたされた峠のむこうは地球のくぼみ

ゆうやみはさながら蒼きレントゲンどうしようもなく病めるたましい

ことばなんか見事に混ぜてやろうじゃないか春の夕日のゲンゲ畑で

コラーゲン液のボトルが道端に捨てられており きれいではない

ブーゲンビリアのブラウスを着て会いにゆく花束のように抱かれてみたく

かろうじて働く人をやっている火曜の夜のハーゲンダッツ

練習よ小さな町を南から終わらせていくバーゲンセール

駅長の頬そめたあと遠ざかるハロゲン・ランプは海を知らない 東直子

蝉たちのコーリューブンゲンにみたされた峠のむこうは地球のくぼみ 井辻朱美

ゆうやみはさながら蒼きレントゲンどうしようもなく病めるたましい 村木道彦

ことばなんか見事に混ぜてやろうじゃないか春の夕日のゲンゲ畑で 久保明

コラーゲン液のボトルが道端に捨てられており きれいではない 松木秀

ブーゲンビリアのブラウスを着て会いにゆく花束のように抱かれてみたく 俵万智

かろうじて働く人をやっている火曜の夜のハーゲンダッツ 法橋ひらく

練習よ小さな町を南から終わらせていくバーゲンセール 我妻俊樹

★コンの仲間たち

うつくしや美瑛の菓子屋の店先のコンペートの赤青の色

エアコンを〈一時間後に切る〉にして抱き合う 漫画の続きのように

コンセントへ刺そうとしたら向こうからすでに刺されていたのでやめた

月よりの風に吹かれるコンタクトレンズを食べた兎を抱いて

個人的レコンキスタの最中に出てくるわ出てくるわベルマーク

何とかなる場合もあるが君の正しいパソコンと俺のパソコンは違う

ベランダのコンクリートの割れ目からそっと世界をのぞくタンポポ

ファミコンはいつ買ってくれるかと電話にておもひつめたる声で言ひけり

うつくしや美瑛の菓子屋の店先のコンペートの赤青の色 小熊秀雄

エアコンを〈一時間後に切る〉にして抱き合う 漫画の続きのように 千葉聡

コンセントへ刺そうとしたら向こうからすでに刺されていたのでやめた 伊舎堂仁

月よりの風に吹かれるコンタクトレンズを食べた兎を抱いて 穂村弘

個人的レコンキスタの最中に出てくるわ出てくるわベルマーク 柴田瞳

何とかなる場合もあるが君の正しいパソコンと俺のパソコンは違う 中沢直人

ベランダのコンクリートの割れ目からそっと世界をのぞくタンポポ 俵万智

ファミコンはいつ買ってくれるかと電話にておもひつめたる声で言ひけり 小池光


★バンわ~

サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい

ひなまつりおゆうぎかいでジョバンニをやってた頃の俺ならどうだ

たのもしげな名前だからバンドエイド小指にまいてすこし得意

ホテル直行のバスに見たりきバンコクの深夜の街を象さん歩く

もの言はぬくちびる寒し親指と携帯電話をカバンにしまふ

さすがいいバンドの作るTシャツは風を孕ませても気持ちいい

遠闇に編むタリバンの目出し帽スノーダストは見えるでしょうか

唐黍の食べがらのごと黒ずんで小雨に濡れるバンクーバーは

サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい 穂村弘

ひなまつりおゆうぎかいでジョバンニをやってた頃の俺ならどうだ 増尾ラブリー

たのもしげな名前だからバンドエイド小指にまいてすこし得意 北川草子

ホテル直行のバスに見たりきバンコクの深夜の街を象さん歩く 奥村晃作

もの言はぬくちびる寒し親指と携帯電話をカバンにしまふ 小島ゆかり

さすがいいバンドの作るTシャツは風を孕ませても気持ちいい 谷じゃこ

遠闇に編むタリバンの目出し帽スノーダストは見えるでしょうか 和里田幸男

唐黍の食べがらのごと黒ずんで小雨に濡れるバンクーバーは 中沢直人

★セックス

妻が泣く間できないセックスの、じゃなくって性愛の、えーと、かなしみ。

電車のなかでもセックスをせよ戦争にゆくのはきっときみたちだから

もてあますセックスの香りにくりかえす遺言と預言、扉が裸足

あいうえお順のセックス 海岸が精一杯の遠出だったし

セックスをするたび水に沈む町があるんだ君はわからなくても

いま寂しさにつけこめばセックスできると喋りつづけるおれの息の蝉の匂い

弱りゆく都市の筋肉「セックスでキレイになる!」という説もある

新型のセクサロイドはしてくれる僕とセックス以外のことを

妻が泣く間できないセックスの、じゃなくって性愛の、えーと、かなしみ。 久真八志

電車のなかでもセックスをせよ戦争にゆくのはきっときみたちだから 穂村弘

もてあますセックスの香りにくりかえす遺言と預言、扉が裸足 瀬戸夏子

あいうえお順のセックス 海岸が精一杯の遠出だったし 小島左

セックスをするたび水に沈む町があるんだ君はわからなくても 雪舟えま

いま寂しさにつけこめばセックスできると喋りつづけるおれの息の蝉の匂い フラワーしげる

弱りゆく都市の筋肉「セックスでキレイになる!」という説もある 俵万智

新型のセクサロイドはしてくれる僕とセックス以外のことを 望月裕二郎

★情報

トランクスを降ろして便器に跨って尻から個人情報を出す

水滴を顔に光らせ切実な情報として触れあうわれら

いづこにも情報戦のふつふつと煮えたぎりつつなにも見えない

点滅するネオンのなかで動かない恐竜が持つ冥府の情報

情報処理試験会場にぼくたちはキューピーみたいな髪型でゆく

台風の終夜情報に流される天国的なフルートソナタ

パソコンから癌治療情報を引き出しつつまつ白になつて死んでいくのだ

髪の毛が遺伝子情報載せたまま湯船の穴に吸われて消える

トランクスを降ろして便器に跨って尻から個人情報を出す 望月裕二郎

水滴を顔に光らせ切実な情報として触れあうわれら 雪舟えま

いづこにも情報戦のふつふつと煮えたぎりつつなにも見えない 黒木三千代

点滅するネオンのなかで動かない恐竜が持つ冥府の情報 井辻朱美

情報処理試験会場にぼくたちはキューピーみたいな髪型でゆく 穂村弘

台風の終夜情報に流される天国的なフルートソナタ 杉崎恒夫

パソコンから癌治療情報を引き出しつつまつ白になつて死んでいくのだ 岡井隆

髪の毛が遺伝子情報載せたまま湯船の穴に吸われて消える 谷川電話


★兆すものたち(前編)

電球をまわしてはずす指さきに検死のごときかなしみきざす

日没を何の予兆の風騒ぎ急ぎ記しおくみな絵空事

ここに朱を塗らねばならぬ心理さへきざす悲劇と思ふ夜をあり

錠剤を掌にかぞふれば兆しくる死の芯のやうなものあたたかし

恢復のきざしだらうか開かれた鶴の折り目に陽がさしてゐる

ともすればかろきねたみのきざし来る日がなかなしくものなど縫はん

春きざすとて戰ひと戰ひの谷間に覺むる幼な雲雀か

きざすとききみはいなくて弦楽のうねりに脚をからめていたり

電球をまわしてはずす指さきに検死のごときかなしみきざす 加藤治郎

日没を何の予兆の風騒ぎ急ぎ記しおくみな絵空事 藤原龍一郎

ここに朱を塗らねばならぬ心理さへきざす悲劇と思ふ夜をあり 吉田穂高

錠剤を掌にかぞふれば兆しくる死の芯のやうなものあたたかし 永井陽子

恢復のきざしだらうか開かれた鶴の折り目に陽がさしてゐる 魚村晋太郎

ともすればかろきねたみのきざし来る日がなかなしくものなど縫はん 岡本かの子

春きざすとて戰ひと戰ひの谷間に覺むる幼な雲雀か 塚本邦雄

きざすとききみはいなくて弦楽のうねりに脚をからめていたり 佐藤弓生


★兆すものたち(後編)

薄紅梅きざしそめつつ夕明り あすは淡雪羹を購【か】はむ

世のはじめ悪はきざして青銅に朱をそそぎたるロダンのてのひら

廃駅に兆せる凶事のまぶしさに金田一耕助が手を振る

夕餉にておもひまうけぬ悲しみのきざしつつ牡蠣のむきみを食へり

ふいろそふいあ光は東からきざしたらの芽さつとゆでこぼしたり

海に来て菓子をひらけば晩年はふと噴水(ふきあげ)のごとく兆しぬ

身にきざす深きやまひをおそれつつ夜ひるわかぬ生活をつづける

わが裡の皎くなりゆくきざしなら愉しもはくはつ一本二本

薄紅梅きざしそめつつ夕明り あすは淡雪羹を購【か】はむ 齋藤史

世のはじめ悪はきざして青銅に朱をそそぎたるロダンのてのひら 塚本邦雄

廃駅に兆せる凶事のまぶしさに金田一耕助が手を振る 笹公人

夕餉にておもひまうけぬ悲しみのきざしつつ牡蠣のむきみを食へり 佐藤佐太郎

ふいろそふいあ光は東からきざしたらの芽さつとゆでこぼしたり 渡辺松男

海に来て菓子をひらけば晩年はふと噴水(ふきあげ)のごとく兆しぬ 内山晶太

身にきざす深きやまひをおそれつつ夜ひるわかぬ生活をつづける 前川佐美雄

わが裡の皎くなりゆくきざしなら愉しもはくはつ一本二本 鈴木英子

★羊羹

遅くつきし湯元の宿のくらき灯にわれ等の食べし黒き羊羹

けものさえ踏んだことのない原野が息づいている羊羹の中

暮れながら白砂のうかぶ庭のあり木のナイフにて羊羹を切る

羊羹を買わねば明けぬ新年の成田の坂を上って下りて

総務課の田中のせいで冷蔵庫水羊羹でいっぱいですよ

金塊の重さほどではあらねどもとらやの羊羹二本買ひたり

さきさかる桜を空にとぢこめて春のさびしい豆腐羊羹

平身低頭謝っている鼻先で羊羹2ミリ動いたようだ

遅くつきし湯元の宿のくらき灯にわれ等の食べし黒き羊羹 木下利玄

けものさえ踏んだことのない原野が息づいている羊羹の中 雪舟えま

暮れながら白砂のうかぶ庭のあり木のナイフにて羊羹を切る 吉川宏志

羊羹を買わねば明けぬ新年の成田の坂を上って下りて 矢後千恵子

総務課の田中のせいで冷蔵庫水羊羹でいっぱいですよ 辻井竜一

金塊の重さほどではあらねどもとらやの羊羹二本買ひたり 志垣澄幸

さきさかる桜を空にとぢこめて春のさびしい豆腐羊羹 日高堯子

平身低頭謝っている鼻先で羊羹2ミリ動いたようだ 奥田亡羊


★存在

ぼくのなづきのなかに彼方が存在しとほのいてゆくふゆの耳鳴り

be動詞と言つていいのかいつさいのもの在らしめる存在とふを

ぼくらはとても存在だよね指先の焦げた手袋はめてはにかむ

舌先に父という語をあやつって父の存在明滅させる

神奈川で存在感が立ち上がりタバコをふた箱ばかり求めた

ウオトカが指先にまで回るときある存在はつとに消えにき

存在の釣糸ひかり魚たちは捕えられゆくとき立ちあがる

君はしゃがんで胸にひとつの生きて死ぬ桜の存在をほのめかす

ぼくのなづきのなかに彼方が存在しとほのいてゆくふゆの耳鳴り 光森裕樹

be動詞と言つていいのかいつさいのもの在らしめる存在とふを 香川ヒサ

ぼくらはとても存在だよね指先の焦げた手袋はめてはにかむ 東直子

舌先に父という語をあやつって父の存在明滅させる 安藤美保

神奈川で存在感が立ち上がりタバコをふた箱ばかり求めた 笹井宏之

ウオトカが指先にまで回るときある存在はつとに消えにき 生沼義朗

存在の釣糸ひかり魚たちは捕えられゆくとき立ちあがる 大滝和子

君はしゃがんで胸にひとつの生きて死ぬ桜の存在をほのめかす 堂園昌彦


★不在

わが部屋に我は不在にて干して来し小豆の莢がはぜつつ居らむ

体育館まひる吊輪の二つの眼盲ひて絢爛たる不在あり

二十五階の窓から雨の粒見えてわが非在なる地上へそそぐ

蒼天ゆ非在のさくら落ちにけり鋼【はがね】のごとく魚【うを】のごときか

きつつきの木つつきし洞の暗くなりこの世にし遂にわれは不在なり

アクセント辞典の埃を拭っても拭ってももう存在にならず

「いてほしい」だけでそばには不在なる小坂明子の『あなた』の男

おれか、おれはおまえの存在しない弟だ、ルルとパブロンでできた獣だ

わが部屋に我は不在にて干して来し小豆の莢がはぜつつ居らむ 斎藤史

体育館まひる吊輪の二つの眼盲ひて絢爛たる不在あり 塚本邦雄

二十五階の窓から雨の粒見えてわが非在なる地上へそそぐ 藤原龍一郎

蒼天ゆ非在のさくら落ちにけり鋼【はがね】のごとく魚【うを】のごときか 水原紫苑

きつつきの木つつきし洞の暗くなりこの世にし遂にわれは不在なり 葛原妙子

アクセント辞典の埃を拭っても拭ってももう存在にならず 中島裕介

「いてほしい」だけでそばには不在なる小坂明子の『あなた』の男 松木秀

おれか、おれはおまえの存在しない弟だ、ルルとパブロンでできた獣だ フラワーしげる


★扇風機

岩国の一膳飯屋の扇風機まわりておるかわれは行かぬを

そよそよとはねをまわすよ扇風機どの製品も時計回りに

道ばたで死を待ちながら本物の風に初めて会う扇風機

扇風機でまわしつづける涼しさにだれも謝りかたを知らない

コンセントさしっぱなしの十月のうしろをむいている扇風機

汗ばんだ肌着のシャツがずり落ちて扇風機から風を逃がした

扇風機からから回る梅雨明けの第二診察室へお入り下さい

吉祥寺ヨドバシカメラ四階でそっと扇風機を持ち上げた

岩国の一膳飯屋の扇風機まわりておるかわれは行かぬを 岡部桂一郎

そよそよとはねをまわすよ扇風機どの製品も時計回りに 松木秀

道ばたで死を待ちながら本物の風に初めて会う扇風機 岡野大嗣

扇風機でまわしつづける涼しさにだれも謝りかたを知らない 木村友

コンセントさしっぱなしの十月のうしろをむいている扇風機 笹井宏之

汗ばんだ肌着のシャツがずり落ちて扇風機から風を逃がした 山階基

扇風機からから回る梅雨明けの第二診察室へお入り下さい 田丸まひる

吉祥寺ヨドバシカメラ四階でそっと扇風機を持ち上げた 染野太朗


★宇宙人

ワレワレハ宇宙人デアリマストコロノ ボンタン飴ニトロケル日々ナノデス

野菊といふ名の宇宙人夜明け前の窓に来てこひびとにしてくれと言ふ

宇宙人とそうでないものがいりまじるスクランブル交差のラデツキー・マーチ

バラバラになってしまった宇宙人地球人子宮人。みな服を着る?

紫のひとむら桔梗むらさめに濡れたり 「宇宙人への手紙」

天国や地獄は宇宙共通か死んだら宇宙人に会えるか

「我々は宇宙人だ」と言ったのに首を左右に振る扇風機

宇宙人でもわかるようこの部屋に犀がいないと証明をせよ

ワレワレハ宇宙人デアリマストコロノ ボンタン飴ニトロケル日々ナノデス 藤沢賢二

野菊といふ名の宇宙人夜明け前の窓に来てこひびとにしてくれと言ふ 松平修文

宇宙人とそうでないものがいりまじるスクランブル交差のラデツキー・マーチ 井辻朱美

バラバラになってしまった宇宙人地球人子宮人。みな服を着る? 杉山モナミ

紫のひとむら桔梗むらさめに濡れたり 「宇宙人への手紙」 西王燦

天国や地獄は宇宙共通か死んだら宇宙人に会えるか 松木秀

「我々は宇宙人だ」と言ったのに首を左右に振る扇風機 西淳子

宇宙人でもわかるようこの部屋に犀がいないと証明をせよ 藤本玲未


★証明

ゆいごーん 春一番に飛ばすジェリーフィッシュアレルジイ証明書

手を振れば三年ぶりに会う人の微笑み、証明写真のような

甘辛く胸を灼かれていることの証明として目の縁の赤

なんの証明だろうアルミホイルくしゃくしゃにすればバカみたく光る

なにごとかに不服な子供立っていた証明 南風【みなみかぜ】 青いブラウス

ボクのオシッコのほうが飛んでいたことを証明する人がさきに滅びた

手を振れば三年ぶりに会う人の微笑み、証明写真のような

夢想家が正しいという証明が為された後の世界に眠る

ゆいごーん 春一番に飛ばすジェリーフィッシュアレルジイ証明書 飯田有子

手を振れば三年ぶりに会う人の微笑み、証明写真のような 俵万智

甘辛く胸を灼かれていることの証明として目の縁の赤 柴田瞳

なんの証明だろうアルミホイルくしゃくしゃにすればバカみたく光る 陣崎草子

なにごとかに不服な子供立っていた証明 南風【みなみかぜ】 青いブラウス 杉山モナミ

ボクのオシッコのほうが飛んでいたことを証明する人がさきに滅びた 山下一路

手を振れば三年ぶりに会う人の微笑み、証明写真のような 俵万智

夢想家が正しいという証明が為された後の世界に眠る 辻井竜一


★アルミ

たはむれ遊べり 睡るをさな児のゆびアルミニウム箔もてつつむ

立ててやるアルミサッシの耳冷えて虚空の声を聞いたと思う

アルミニウムの小ネジいつしか増えていく夢のつづきのような引き出し

アルミ貨に黄銅貨まじり青銅貨ちらばる地蔵尊のあしもと

測量士しゃがめる路地にべきべきに折り曲げられたアルミのメジャー

透明な傘ひろげればアルミの骨外れかかって秋のこの国

どうやって拾い集めても七月のアルミ貨は空をこなごなにする

石炭ストーブにあまた載せられいし頃の弁当箱のアルミを思う

たはむれ遊べり 睡るをさな児のゆびアルミニウム箔もてつつむ 小池光

立ててやるアルミサッシの耳冷えて虚空の声を聞いたと思う 佐藤弓生

アルミニウムの小ネジいつしか増えていく夢のつづきのような引き出し 成瀬しのぶ

アルミ貨に黄銅貨まじり青銅貨ちらばる地蔵尊のあしもと 吉岡生夫

測量士しゃがめる路地にべきべきに折り曲げられたアルミのメジャー 鯨井可菜子

透明な傘ひろげればアルミの骨外れかかって秋のこの国 嵯峨直樹

どうやって拾い集めても七月のアルミ貨は空をこなごなにする 服部真里子

石炭ストーブにあまた載せられいし頃の弁当箱のアルミを思う 永田和宏


★鳩のあゆみ

鳩の足赤いまばらな人影のなかをひたひたひたひたあかい

わがめぐり次々と鳩が降り立ちて赤き二本の足で皆立つ

なにがなんだか分からないんだらう鳩のままで踏まれてゐるもんな

鳩は首から海こぼしつつ歩みゆくみんな忘れてしまう眼をして

良きことのあるとぞ鳩ら向きかふるわつしよわつしよと桃色の足

春の日のベンチにすわるわがめぐり首のちからで鳩は歩くを

これの世の裏釘を踏んでしまひしか鳩とよろける玉砂利の道

亡き人は亡きまま置かれ鳩歩く屋根の勾配のんびりとせり

鳩の足赤いまばらな人影のなかをひたひたひたひたあかい 本田瑞穂

わがめぐり次々と鳩が降り立ちて赤き二本の足で皆立つ 奥村晃作

なにがなんだか分からないんだらう鳩のままで踏まれてゐるもんな 平井弘

鳩は首から海こぼしつつ歩みゆくみんな忘れてしまう眼をして 東直子

良きことのあるとぞ鳩ら向きかふるわつしよわつしよと桃色の足 米川千嘉子

春の日のベンチにすわるわがめぐり首のちからで鳩は歩くを 内山晶太

これの世の裏釘を踏んでしまひしか鳩とよろける玉砂利の道 水田よし枝

亡き人は亡きまま置かれ鳩歩く屋根の勾配のんびりとせり 河野裕子


★ききなし頭巾

試験管のアルミの蓋をぶちまけて じゃん・ばるじゃんと洗う週末

「れいんぼう、おお、れいんぼう」救急車のスピーカーより溢れる叫び

ホームルーム! ホームルーム! とシマウマの鳴き声がする夜の草原

カーテンのレースは冷えて弟がはぷすぶるぐ、とくしやみする秋

川波は夕日に鱗たたせつつ「ありんす。ありんす」と沈みし女

あけがたは耳さむく聴く雨だれのポル・ポトといふ名を持つをとこ

ギリシャ悲劇の野外劇場雨となり美男美女美女美女美男たち

「夢といううつつがある」と梟の声する ほるへ るいす ぼるへす

試験管のアルミの蓋をぶちまけて じゃん・ばるじゃんと洗う週末 永田紅

「れいんぼう、おお、れいんぼう」救急車のスピーカーより溢れる叫び 穂村弘

ホームルーム! ホームルーム! とシマウマの鳴き声がする夜の草原 穂村弘

カーテンのレースは冷えて弟がはぷすぶるぐ、とくしやみする秋 石川美南

川波は夕日に鱗たたせつつ「ありんす。ありんす」と沈みし女 梅内美華子

あけがたは耳さむく聴く雨だれのポル・ポトといふ名を持つをとこ 大辻隆弘

ギリシャ悲劇の野外劇場雨となり美男美女美女美女美男たち 長岡裕一郎

「夢といううつつがある」と梟の声する ほるへ るいす ぼるへす 佐藤弓生


★耳をすませ

黄金虫【こがねむし】飛ぶ音きけば深山木【みやまぎ】の若葉の真洞春ふかむらし

眼鏡虫とふあだ名なりにき眼鏡虫は鈴虫の音を夜毎聴きにき

透きとほる耳もつものは森へゆけ虫が翅たたむ音ひらく音

鈴虫の籠に身をよせ耳とおき母が飽かずに虫の音をきく

虫けらの死して音なき野の涯【はたて】いまし芽生えむとして種子あり

風落ちて世のもろ声は絶えにけりこの夜半にしてすだく虫の音

ヘッドフォンつけて聴力検査するナミブ砂漠を虫が掘る音

虫の音の繁【しげ】かるかなとしろがねの箸そろへをり苑の秋ぐさ

黄金虫【こがねむし】飛ぶ音きけば深山木【みやまぎ】の若葉の真洞春ふかむらし 北原白秋

眼鏡虫とふあだ名なりにき眼鏡虫は鈴虫の音を夜毎聴きにき 石川美南

透きとほる耳もつものは森へゆけ虫が翅たたむ音ひらく音 笹原玉子

鈴虫の籠に身をよせ耳とおき母が飽かずに虫の音をきく 宇佐美ゆくえ

虫けらの死して音なき野の涯【はたて】いまし芽生えむとして種子あり 山田消児

風落ちて世のもろ声は絶えにけりこの夜半にしてすだく虫の音 岡本かの子

ヘッドフォンつけて聴力検査するナミブ砂漠を虫が掘る音 嶋田恵一

虫の音の繁【しげ】かるかなとしろがねの箸そろへをり苑の秋ぐさ 北原白秋


★ハトさんはかく語りき

春風のなかの鳩らが呟けりサリンジャーは死んでしまった

あさけよりも息ぐるしくも山鳩のぶふばふうぼぼぐふばふうぼぼ

山鳩のでいでいぽぽと啼くこゑのあけがたはみえぬ巡礼のゆく

土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ

れれ ろろろ れれ ろろろ 魂なんか鳩にくれちゃえ れれ ろろろ

東洋の朝の果たてのひだまりにポオクルックポオ鳩の九重奏【ノネット】

ろうすくう、ろうすくうると啼きながら飛び立つ鳩の群れに混じりぬ

電線に逆光の鳩一羽ゐてポーポーポポーが空【くう】に吸はるる

春風のなかの鳩らが呟けりサリンジャーは死んでしまった 小島なお

あさけよりも息ぐるしくも山鳩のぶふばふうぼぼぐふばふうぼぼ 渡辺松男

山鳩のでいでいぽぽと啼くこゑのあけがたはみえぬ巡礼のゆく 渡辺松男

土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ 河野裕子

れれ ろろろ れれ ろろろ 魂なんか鳩にくれちゃえ れれ ろろろ 加藤治郎

東洋の朝の果たてのひだまりにポオクルックポオ鳩の九重奏【ノネット】 富田睦子

ろうすくう、ろうすくうると啼きながら飛び立つ鳩の群れに混じりぬ 中沢直人

電線に逆光の鳩一羽ゐてポーポーポポーが空【くう】に吸はるる 小潟水脈


★にぎやかな世界

下じきをくにゃりくにゃりと鳴らしつつ前世の記憶よみがえる夜

たんたらたらたんたらたらと/雨滴【あまだれ】が/痛むあたまにひびくかなしさ

ショパン命日十月十七日雨降れりぱらぽろろろんしとしとろろん

きりはたりはたりちやうちゃう血の色の棺衣【かけぎ】織るとか悲しき機【はた】よ

べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊

梟はいまか眼玉【めだま】を開くらむごろすけほうほうごろすけほうほう

でたらめな薔薇の園生に風切羽やすめてリルケ、リルケルリ、ルリ

歌おうよぴっとんへべへべ春の道るってんしゃらんか土踏みしめて

下じきをくにゃりくにゃりと鳴らしつつ前世の記憶よみがえる夜 小島なお

たんたらたらたんたらたらと/雨滴【あまだれ】が/痛むあたまにひびくかなしさ 石川啄木

ショパン命日十月十七日雨降れりぱらぽろろろんしとしとろろん 宮英子

きりはたりはたりちやうちゃう血の色の棺衣【かけぎ】織るとか悲しき機【はた】よ 北原白秋

べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊 永井陽子

梟はいまか眼玉【めだま】を開くらむごろすけほうほうごろすけほうほう 北原白秋

でたらめな薔薇の園生に風切羽やすめてリルケ、リルケルリ、ルリ 佐藤弓生

歌おうよぴっとんへべへべ春の道るってんしゃらんか土踏みしめて 俵万智


★松虫系

ここそこにひとえまぶたのともがいてちゃちゃつぼちゃつぼうつぼのかづら

じゆつぷじゆつぷにゆるつぷるつぷ実りなきじゆるつぷるつぷ集中【コンセントレーション】!

みっきみっきみっきみっきみっきまうすさむい介護のひとが頭皮を洗う

ゆる霊がたちこめているゆうれいひーゆるれいゆるれいゆうらいほー

山火事のごとく踊るよばんばらばんドッペルゲンガーばんばらばんばん

まいんざぎゃまいんざぎゃっぷまいんざぎゃ俺とおまえは違う人間

あぽぉーあぽぉーあんぽんたんのあっぽぉぱあでんじゃあでりしゃす

夜となりぬのうまくさんまんだばさらだせんだまかろしやだとわが父の泣く声のきこゆる

ここそこにひとえまぶたのともがいてちゃちゃつぼちゃつぼうつぼのかづら しおみまき

じゆつぷじゆつぷにゆるつぷるつぷ実りなきじゆるつぷるつぷ集中【コンセントレーション】! 山田富士郎

みっきみっきみっきみっきみっきまうすさむい介護のひとが頭皮を洗う 加藤治郎

ゆる霊がたちこめているゆうれいひーゆるれいゆるれいゆうらいほー 高柳蕗子

山火事のごとく踊るよばんばらばんドッペルゲンガーばんばらばんばん 渡辺松男

まいんざぎゃまいんざぎゃっぷまいんざぎゃ俺とおまえは違う人間 望月裕二郎

あぽぉーあぽぉーあんぽんたんのあっぽぉぱあでんじゃあでりしゃす 神﨑ハルミ

夜となりぬのうまくさんまんだばさらだせんだまかろしやだとわが父の泣く声のきこゆる 北原白秋


★微粉末 くしゃみ注意

きみがいて詩があるように原っぱはさりりりさりりやまないのです

羽虫どもぶぶぶぶぶぶと集まって希望とはその明るさのこと

恋人と棲むよろこびもかなしみもぽぽぽぽぽぽとしか思はれず

にぎやかに釜飯の鶏ゑゑゑゑゑゑゑゑゑひどい戦争だった

長時間 というのはたぶんるるるるるるるるるほどけてく毛糸の鬱

びびびぶぶずずずぐぐぐずだだだびぶぜぜぜどどどどにじがないてる

ひら仮名は凄まじきかなはははははははははははは母死んだ

さらさらさらさらさらさらさらさらさらさら牛が粉ミルクになってゆく

きみがいて詩があるように原っぱはさりりりさりりやまないのです 加藤治郎

羽虫どもぶぶぶぶぶぶと集まって希望とはその明るさのこと 虫武一俊

恋人と棲むよろこびもかなしみもぽぽぽぽぽぽとしか思はれず 荻原裕幸

にぎやかに釜飯の鶏ゑゑゑゑゑゑゑゑゑひどい戦争だった 加藤治郎

長時間 というのはたぶんるるるるるるるるるほどけてく毛糸の鬱 杉山モナミ

びびびぶぶずずずぐぐぐずだだだびぶぜぜぜどどどどにじがないてる 神﨑ハルミ

ひら仮名は凄まじきかなはははははははははははは母死んだ 仙波龍英

さらさらさらさらさらさらさらさらさらさら牛が粉ミルクになってゆく 穂村弘


★文字のビヘイビア

馬の字は馬に似て見え牛の字は牛と見え来る文字【もんじ】のフシギ

頓死その字のごとし大馬鹿その字のごとし蟷螂その字のごとし

青春という字を書いて横線の多いことのみなぜか気になる

毒といふ文字のなかに母があり岩盤浴をしつつ思へる

土壁の「キ」と「サ」と「キ」など月影に静かな蜥蜴写字生に似て

翅ひろげ飛び立つ前の姿なす悲という文字のアシンメトリー

「我」という文字そっと見よ 滅裂に線が飛び交うその滅裂を

喪、とふ字に眼のごときもの二つありわれを見てをり真夏真夜中

馬の字は馬に似て見え牛の字は牛と見え来る文字【もんじ】のフシギ 奥村晃作

頓死その字のごとし大馬鹿その字のごとし蟷螂その字のごとし 高瀬一誌

青春という字を書いて横線の多いことのみなぜか気になる 俵万智

毒といふ文字のなかに母があり岩盤浴をしつつ思へる 春日井建

土壁の「キ」と「サ」と「キ」など月影に静かな蜥蜴写字生に似て 雨谷忠彦

翅ひろげ飛び立つ前の姿なす悲という文字のアシンメトリー 遠藤由季

「我」という文字そっと見よ 滅裂に線が飛び交うその滅裂を 大井学

喪、とふ字に眼のごときもの二つありわれを見てをり真夏真夜中 吉田隼人


★文字分解

<愛>といふ文字の心の位置にあるハンバーガーのハンバーグ食む

「愛」の字の中にたくさんヽ【タネ】がある 書き続ければいつか芽が出る

「無」の文字は「無」というものを示すにはちょっと画数が多すぎである

「盥」とは両手で水を掬ふ皿その字思ひぬ人を待つとき

いつにても切り岸こころ緩むなと凶を抱かせて胸の字ありや

〈終〉の字がせり出して来る小津映画〈冬〉の最後の点が上向き

天眼鏡のレンズにふくらむ蠅の字に道あり家が六戸向きあふ

取るの字は耳を取るの意 月光のしじまの中に耳取られたり

<愛>といふ文字の心の位置にあるハンバーガーのハンバーグ食む 大塚寅彦

「愛」の字の中にたくさんヽ【タネ】がある 書き続ければいつか芽が出る 千葉聡

「無」の文字は「無」というものを示すにはちょっと画数が多すぎである 松木秀

「盥」とは両手で水を掬ふ皿その字思ひぬ人を待つとき 高野公彦

いつにても切り岸こころ緩むなと凶を抱かせて胸の字ありや 蒔田さくら子

〈終〉の字がせり出して来る小津映画〈冬〉の最後の点が上向き 大松達知

天眼鏡のレンズにふくらむ蠅の字に道あり家が六戸向きあふ 近藤かすみ

取るの字は耳を取るの意 月光のしじまの中に耳取られたり 伊藤一彦


★雪と文字

魚に降る雪はるかなれふる塩のなかにゆめみる鱈という文字

鳥葬を待っているのか大の字で眠る男に降りる初雪

ここまでは三十一文字の提供でお送りしました/意味に降る雪

長身の父在りしかな地の雪に尿もて巨き花文字ゑがき

全集の紐の栞をもてあそぶ雪という字の似合うあなたは

難しい漢字のように降る雪のように忘れるようにしまおう

かりがねののちの虚空をわたらふや月よと呼べる雪のことばの

はじまりのことばがゆびのあいだからひとひらの雪のように落ちた

魚に降る雪はるかなれふる塩のなかにゆめみる鱈という文字 河野美砂子

鳥葬を待っているのか大の字で眠る男に降りる初雪 柴田瞳

ここまでは三十一文字の提供でお送りしました/意味に降る雪 鈴木有機

長身の父在りしかな地の雪に尿もて巨き花文字ゑがき 塚本邦雄

全集の紐の栞をもてあそぶ雪という字の似合うあなたは 千種創一

難しい漢字のように降る雪のように忘れるようにしまおう しんくわ

かりがねののちの虚空をわたらふや月よと呼べる雪のことばの 山中智恵子

はじまりのことばがゆびのあいだからひとひらの雪のように落ちた 笹井宏之


★日本語

日本語をキレイにご利用頂いてありがとうございます 苺愛【べりーあ】さん

君とゐて日本語の星空となるわが口蓋のプラネタリウム

ストローで吸ふ夏の空失つた感触を指す日本語がない

エアポートのざわめきの中に「そら」という日本語聞こえてふりむいており

東欧の詩に寄りそへる日本語はすこし湿つた雪かもしれぬ

日本語の文法の本をたづね来ぬかまはず歌へと吾【われ】答へにき

病葉の日本語一語くちびるに貼りつきながら普通の暮らし

日本語にうえていますと手紙来て/日本語いがいの空は広そう

日本語をキレイにご利用頂いてありがとうございます 苺愛【べりーあ】さん 澤田順

君とゐて日本語の星空となるわが口蓋のプラネタリウム 小川真理子

ストローで吸ふ夏の空失つた感触を指す日本語がない 魚村晋太郎

エアポートのざわめきの中に「そら」という日本語聞こえてふりむいており 俵万智

東欧の詩に寄りそへる日本語はすこし湿つた雪かもしれぬ 紺野万里

日本語の文法の本をたづね来ぬかまはず歌へと吾【われ】答へにき 土屋文明

病葉の日本語一語くちびるに貼りつきながら普通の暮らし 加藤治郎

日本語にうえていますと手紙来て/日本語いがいの空は広そう 今橋愛

★文字の抒情

『先生は夢中になると黒板の文字が左にまがってくんだ』

一首より多くの文字の印【シル】された切符が導く夕日の街へ

生き直したい俺なのか丸善を歩けば医科の文字がまつわる

ちぐはぐな子供の頃の字のままで「謹賀新年 結婚しました」

ゆっくりと浮力をつけてゆく凧に龍の字が見ゆ字は生きて見ゆ

春の字のなかに日の差すやさしさの京都三条小橋を渡る

壁いっぱいにぶっとく書かれた殺【ころ】の字の白い塗料に泡立ちの跡

紺碧の辞書をひらいて朦朧という字を舐めるちょっとすっぱい

『先生は夢中になると黒板の文字が左にまがってくんだ』 鈴木風花

一首より多くの文字の印【シル】された切符が導く夕日の街へ 千葉聡

生き直したい俺なのか丸善を歩けば医科の文字がまつわる 中沢直人

ちぐはぐな子供の頃の字のままで「謹賀新年 結婚しました」 植松大雄

ゆっくりと浮力をつけてゆく凧に龍の字が見ゆ字は生きて見ゆ 岡井隆

春の字のなかに日の差すやさしさの京都三条小橋を渡る 松村正直

壁いっぱいにぶっとく書かれた殺【ころ】の字の白い塗料に泡立ちの跡 久真八志

紺碧の辞書をひらいて朦朧という字を舐めるちょっとすっぱい 藤本玲未


★大の字

真っ青な空をかかえるかたちだよ芝生のうえに大の字に寝て

大の字に一加うれば日曜にほうけ居眠る夫となるらん

大の字がはるかに燃える公園の砂場の砂に埋めたレモン

一生のお願い三つ使いきり芝生の上に大の字描く

選択肢二つ抱えて大の字になれば左右対称の我

どこにでも火は点くことをおっぱいに大の字書いて大文字山

砂原に大の字にねて海の上【へ】のかき曇る雲に寂寞をうつたふ

青空にガーゼめきたる雲およぎ犬の字に眠る君とおさなご

真っ青な空をかかえるかたちだよ芝生のうえに大の字に寝て 蔵本瑞恵

大の字に一加うれば日曜にほうけ居眠る夫となるらん 小高賢

大の字がはるかに燃える公園の砂場の砂に埋めたレモン 新井蜜

一生のお願い三つ使いきり芝生の上に大の字描く 植松大雄

選択肢二つ抱えて大の字になれば左右対称の我 俵万智

どこにでも火は点くことをおっぱいに大の字書いて大文字山 佐藤弓生

砂原に大の字にねて海の上【へ】のかき曇る雲に寂寞をうつたふ 中原中也

青空にガーゼめきたる雲およぎ犬の字に眠る君とおさなご 富田睦子


★アルファベットのかたち

Vの字が頭上に解けて降り始む鶴らは夕べの空戻り来て

真っ白な五月の坂にひとつまみのしめりけをおくS字のとかげ

記憶をむすぶ場所には白いTの字のテープが貼られここからは水

モノリスを脱いでもYMCAのYの字の人似のポーズです

「おまえなんか半角文字でじゅうぶんだ」って大槻ケンヂが訳すチビT

きれいなものからきりはなされてあたしYの字ぱちんこどこへやったろう

干し忘れられたるズボン老い皺みO脚のまま乾きてゆきぬ

かのときの二月岬の潮風になびきてありしえり巻きのQ

Vの字が頭上に解けて降り始む鶴らは夕べの空戻り来て 三平忠宏

真っ白な五月の坂にひとつまみのしめりけをおくS字のとかげ 井辻朱美

記憶をむすぶ場所には白いTの字のテープが貼られここからは水 東直子

モノリスを脱いでもYMCAのYの字の人似のポーズです 鈴木有機

「おまえなんか半角文字でじゅうぶんだ」って大槻ケンヂが訳すチビT 鈴木有機

きれいなものからきりはなされてあたしYの字ぱちんこどこへやったろう 飯田有子

干し忘れられたるズボン老い皺みO脚のまま乾きてゆきぬ 齋藤史

かのときの二月岬の潮風になびきてありしえり巻きのQ 杉崎恒夫


★へんとかんむり

シナモンの香りの古い本ひらく草かんむりの訪問者たち

西空に草のかんむりいただいて逝ける王女の脾臓の茜

さなきだに雨かんむりのやまひだれさびしと言ひて泥湯へくだる

雨かんむりの文字ながめつつおもいみれば死をもらうまでの長期戦かな

零の字が雨かんむりであることの火葬場の上へふりそそぐもの

しんにょうをスルリと描く祖父の手よ歩んできた道ぼくに聞かせて

のぎへんの林に入りてねむりたり人偏も行人偏もわすれて

ろうそくがそうでなくなるまでなめてつい虫偏になってしまうよ

シナモンの香りの古い本ひらく草かんむりの訪問者たち 東直子

西空に草のかんむりいただいて逝ける王女の脾臓の茜 佐藤弓生

さなきだに雨かんむりのやまひだれさびしと言ひて泥湯へくだる 岡井隆

雨かんむりの文字ながめつつおもいみれば死をもらうまでの長期戦かな 源陽子

零の字が雨かんむりであることの火葬場の上へふりそそぐもの 松木秀

しんにょうをスルリと描く祖父の手よ歩んできた道ぼくに聞かせて 高田ほのか

のぎへんの林に入りてねむりたり人偏も行人偏もわすれて 永井陽子

ろうそくがそうでなくなるまでなめてつい虫偏になってしまうよ 望月裕二郎


★ひらがなの形

火の色の虹を見ていた『戦争と平和』の「と」の字のようにしゃがんで

いじめには原因はないと友が言うのの字のロールケーキわけつつ

むの字には○がありますその○をのぞくと見えるえんどう畑

子と我と「り」の字に眠る秋の夜のりりりるりりりあれは蟋蟀

行く春の固定電話がなつかしいコードをのの字のの字に巻いて

いろは坂君は器用にカーブして「り」の字あたりで見つめ合いたい

ウサギからウサギにおなりよ 路面にて「止まれ」の「ま」の字の○の中にて

走り書きの「ゆ」の字はいつも不機嫌なネコの瞳の形をしている

火の色の虹を見ていた『戦争と平和』の「と」の字のようにしゃがんで 千葉聡

いじめには原因はないと友が言うのの字のロールケーキわけつつ 江戸雪

むの字には○がありますその○をのぞくと見えるえんどう畑 坪内稔典

子と我と「り」の字に眠る秋の夜のりりりるりりりあれは蟋蟀 俵万智

行く春の固定電話がなつかしいコードをのの字のの字に巻いて 田村元

いろは坂君は器用にカーブして「り」の字あたりで見つめ合いたい 柴田瞳

ウサギからウサギにおなりよ 路面にて「止まれ」の「ま」の字の○の中にて 瀬戸夏子

走り書きの「ゆ」の字はいつも不機嫌なネコの瞳の形をしている 茂泉朋子


★ればなる

水曜を延長すれば金曜になるし土日にもなりうるし

お揃いのほくろがあれば何度でも出会えるような筋書きになる

「やがてかなしき」と下につければ風景みんな歌になるではないか

生きていれば老人になるあなたから地球儀の使い方を教わる

空からも地からも夜の雪ふれば発光エビとなるまで歩む

積乱雲山分けすれば頭からずぶぬれになる不運な八月

ナミダってどのくらい向こうからみればオンガクになるの?あしのうら?

シーチキンをホワイトソースに入れたれば素性分からぬ食感となる

水曜を延長すれば金曜になるし土日にもなりうるし 望月裕二郎

お揃いのほくろがあれば何度でも出会えるような筋書きになる 鈴木晴香

「やがてかなしき」と下につければ風景みんな歌になるではないか 髙瀬一誌

生きていれば老人になるあなたから地球儀の使い方を教わる 安田直彦

空からも地からも夜の雪ふれば発光エビとなるまで歩む 杉崎恒夫

積乱雲山分けすれば頭からずぶぬれになる不運な八月 植松大雄

ナミダってどのくらい向こうからみればオンガクになるの?あしのうら? 杉山モナミ

シーチキンをホワイトソースに入れたれば素性分からぬ食感となる 生沼義朗


★おなか

くらいくらいおなかのなかで目を閉じて母の思考の川を見ていた

抱きしめあいねむるかれらのおなかにはプラネタリウムのごと精子はひかる

まよなかにおなかがすいていつまでもにんげんであるなんて、錯覚

母さんがおなかを痛めて産んだ子はねんどでへびしか作りませんでした

つきだしたおなかのしたにのぞきこむ体重計はれんげそうのなか

菜の花のバター炒めを子は食べておなかあかるくなつたと言へり

腰に手を当てて牛乳のみ干せば絶対おなかはゴロゴロしない

世は白雨 走り込んでは牛たちのおなかに楽譜書く暗号員

くらいくらいおなかのなかで目を閉じて母の思考の川を見ていた 木下龍也

抱きしめあいねむるかれらのおなかにはプラネタリウムのごと精子はひかる 瀬戸夏子

まよなかにおなかがすいていつまでもにんげんであるなんて、錯覚 佐藤弓生

母さんがおなかを痛めて産んだ子はねんどでへびしか作りませんでした 伊舎堂仁

つきだしたおなかのしたにのぞきこむ体重計はれんげそうのなか 加藤治郎

菜の花のバター炒めを子は食べておなかあかるくなつたと言へり 大口玲子

腰に手を当てて牛乳のみ干せば絶対おなかはゴロゴロしない 植松大雄

世は白雨 走り込んでは牛たちのおなかに楽譜書く暗号員 高柳蕗子

★ぶっ!

いちまいのものすごく蒼い舌のように海が太陽をねぶっている午後

この顔よ消えてしまえと銭湯の鏡にお湯をぶっかけている

アイスノンの中身をぶっかけたように愛の絶頂に輝く笑顔

鉄球が俺の部屋までぶっ壊す夢から醒めて外は大雪

橋の下ぶっきらぼうな暗がりに川音のなき川のあること

リトルリーグのエースのように振りかぶって外角高めに妻子を捨てる

楽隊のロバがほっぺを差し出して「ぶって」と言った 生まれませんか

桃色の炭酸水を頭からかぶって死んだような初恋

いちまいのものすごく蒼い舌のように海が太陽をねぶっている午後 井辻朱美

この顔よ消えてしまえと銭湯の鏡にお湯をぶっかけている 江田浩司

アイスノンの中身をぶっかけたように愛の絶頂に輝く笑顔 穂村弘

鉄球が俺の部屋までぶっ壊す夢から醒めて外は大雪 笹公人

橋の下ぶっきらぼうな暗がりに川音のなき川のあること なみの亜子

リトルリーグのエースのように振りかぶって外角高めに妻子を捨てる 斉藤斎藤

楽隊のロバがほっぺを差し出して「ぶって」と言った 生まれませんか 森屋和

桃色の炭酸水を頭からかぶって死んだような初恋 田丸まひる

★続・ぶっ!

目をつぶっていれば暗いとは分からない夜の庭にはなにもいない

アルパカがひたすら草をぶっちぎる音を聞きつつ恋人をする

打ち水をぶっかけられてこれはもう夏の輝きどころではない

みかくにんひこうぶったいたましいはりさいくりんぐされるでしょうか

膨らめど固きつぼみは幼子のぎゅっとつぶった眼にも似ており

唇をつぶって眉間にかんじていた横顔ばかりのモアイのたましい

壁いっぱいにぶっとく書かれた殺【ころ】の字の白い塗料に泡立ちの跡

またあんた変な帽子をかぶってと言われた 脱げとは言われなかった

目をつぶっていれば暗いとは分からない夜の庭にはなにもいない フラワーしげる

アルパカがひたすら草をぶっちぎる音を聞きつつ恋人をする 谷川電話

打ち水をぶっかけられてこれはもう夏の輝きどころではない 谷じゃこ

みかくにんひこうぶったいたましいはりさいくりんぐされるでしょうか 佐藤弓生

膨らめど固きつぼみは幼子のぎゅっとつぶった眼にも似ており 俵万智

唇をつぶって眉間にかんじていた横顔ばかりのモアイのたましい 井辻朱美

壁いっぱいにぶっとく書かれた殺【ころ】の字の白い塗料に泡立ちの跡 久真八志

またあんた変な帽子をかぶってと言われた 脱げとは言われなかった 宇都宮敦


★セロテープ

セロテープ引きだし続けているような雨音 渋谷は空に傾く

セロテープで直した眼鏡を掛け続けクラスメートを愛するタイプ

辛抱は大事やよって述べていた祖母の眼鏡にセロテープ光る

取りこんだ布団の上であすの皮膚みたいなセロハンテープを剥がす

すごく言ひたかつたんだねセロテープの端を見つけたやうでうれしい

あめいろの空をはがれてゆく雲にかすかに匂うセロファンテープ

はみだせるセロハンテープの裏がはに濁つた指紋の白さが残る

ゆっくりとうすく光を引き伸ばし銀のひかりで切るセロテープ

セロテープ引きだし続けているような雨音 渋谷は空に傾く 千葉聡

セロテープで直した眼鏡を掛け続けクラスメートを愛するタイプ 穂村弘

辛抱は大事やよって述べていた祖母の眼鏡にセロテープ光る 東直子

取りこんだ布団の上であすの皮膚みたいなセロハンテープを剥がす 藤本玲未

すごく言ひたかつたんだねセロテープの端を見つけたやうでうれしい 山階基

あめいろの空をはがれてゆく雲にかすかに匂うセロファンテープ 笹井宏之

はみだせるセロハンテープの裏がはに濁つた指紋の白さが残る 大西久美子

ゆっくりとうすく光を引き伸ばし銀のひかりで切るセロテープ 鳥居


★うらがわ

地球儀の陽のあたらざる裏がはにわれ在り一人青ざめながら

かすれるはそらのうらがわ 道ゆきどまり音が 落ちている

うらがわで勝負するなら洗濯機よりも冷蔵庫のほうがつよそう

まっ黒いこうもり傘はまぎれなきわが裏側として干されいる

洋服の裏側はどんな宇宙かと脱ぎ捨てられた背広に触れる

書を読まぬ彼奴【きやつ】こそは友 寒椿木のうらがはに咲き及びたり

はなどきを吾は地球の裏側が移るはやさにあゆみはじめる

赤紫蘇の葉の裏側へ透けながら秋の陽は手に取りてみがたし

地球儀の陽のあたらざる裏がはにわれ在り一人青ざめながら 寺山修司

かすれるはそらのうらがわ 道ゆきどまり音が 落ちている 佐藤信弘

うらがわで勝負するなら洗濯機よりも冷蔵庫のほうがつよそう 鈴木有機

まっ黒いこうもり傘はまぎれなきわが裏側として干されいる 杉﨑恒夫

洋服の裏側はどんな宇宙かと脱ぎ捨てられた背広に触れる 永井陽子

書を読まぬ彼奴【きやつ】こそは友 寒椿木のうらがはに咲き及びたり 塚本邦雄

はなどきを吾は地球の裏側が移るはやさにあゆみはじめる 光森裕樹

赤紫蘇の葉の裏側へ透けながら秋の陽は手に取りてみがたし 澤村斉美


★続・うらがわ

有史よりつわものどもの腕や脚あまたうずめて月の裏側

わが内臓のうらがはまでを照らさむと電球涯なく呑みくだす夢

君の弱みのごとく見ている靴下の裏側すこし汚れいたれば

表のやうで裏がはのやうなわが顔にさくら咲く日の冷たき光

偽物のわたしは入れてもらえずに毎晩ドアの裏側にいる

もんもんとあがる煙のうらがわへ さみしいよ 光るのこぎりをおく

つややかなつぼみの皮膚は咲いたなら顧みられぬ裏側になる

鋭さを増す午前二時なめらかに灯油はタンクの裏側を洗う

有史よりつわものどもの腕や脚あまたうずめて月の裏側 佐藤弓生

わが内臓のうらがはまでを照らさむと電球涯なく呑みくだす夢 辰巳泰子

君の弱みのごとく見ている靴下の裏側すこし汚れいたれば 平井弘

表のやうで裏がはのやうなわが顔にさくら咲く日の冷たき光 梅内美華子

偽物のわたしは入れてもらえずに毎晩ドアの裏側にいる 木村友

もんもんとあがる煙のうらがわへ さみしいよ 光るのこぎりをおく 渡辺松男

つややかなつぼみの皮膚は咲いたなら顧みられぬ裏側になる 俵万智

鋭さを増す午前二時なめらかに灯油はタンクの裏側を洗う 柳谷あゆみ


★あら神様

やまと歌にさきはひ賜へ西の空ひがしの空の八百万の神

神様と議論して泣きし―/あの夢よ!/四日ばかりも前の朝なりし。

牛乳瓶二本ならんでとうめいに牛乳瓶の神さまを待つ

痩身の神はするどき靴はきて三日月形の靴跡のこる

海の神さまみんなでなめた しょっぱくてがまんできないとひとり泣いた

神様のボタン 停車場の隅に君が指さすタンポポの花

神様はなにか食べたの 朝ごはん作ってもらえず乗り込む電車

「思ったとおりだ。すごくよく似合う」(神様、まみを、終わらせて)パチン

やまと歌にさきはひ賜へ西の空ひがしの空の八百万の神 与謝野鉄幹

神様と議論して泣きし―/あの夢よ!/四日ばかりも前の朝なりし。 石川啄木

牛乳瓶二本ならんでとうめいに牛乳瓶の神さまを待つ 佐藤弓生

痩身の神はするどき靴はきて三日月形の靴跡のこる 小島ゆかり

海の神さまみんなでなめた しょっぱくてがまんできないとひとり泣いた 笹井宏之

神様のボタン 停車場の隅に君が指さすタンポポの花 北川草子

神様はなにか食べたの 朝ごはん作ってもらえず乗り込む電車 植松大雄

「思ったとおりだ。すごくよく似合う」(神様、まみを、終わらせて)パチン 穂村弘


★あら神様2

ああ雪がふっていますね 来る明日は品切れですと神さまがいう

だからってカスタネットの赤と青塗りわけたのは神様じゃない

ほらあなたは神様を呼ぶ快晴をレインコートの露にあつめて

口笛に吹きおろさるる神様をフェルトの帽子にとまらせてゆく

体調にかんすることは神様にかんすることですか?いつまでも

かみさまのふぐりというべき蜜蜂の巣が木より垂る蜜たらしつつ

尖端パッ恐怖症の<パッ>神様へ<パッ>向けてみんなで<パッ>さすアンブレラ<パッ>

喉仏に触れてこれは骨なのときけば神様だよと言いたり

ああ雪がふっていますね 来る明日は品切れですと神さまがいう 杉崎恒夫

だからってカスタネットの赤と青塗りわけたのは神様じゃない 村上きわみ

ほらあなたは神様を呼ぶ快晴をレインコートの露にあつめて 白辺いづみ

口笛に吹きおろさるる神様をフェルトの帽子にとまらせてゆく 佐伯裕子

体調にかんすることは神様にかんすることですか?いつまでも 杉山モナミ

かみさまのふぐりというべき蜜蜂の巣が木より垂る蜜たらしつつ 室井忠雄

尖端パッ恐怖症の<パッ>神様へ<パッ>向けてみんなで<パッ>さすアンブレラ<パッ> 神﨑ハルミ

喉仏に触れてこれは骨なのときけば神様だよと言いたり 藤田千鶴


★あら神様3

神様に逢うための熱わたしをげんじつにつれてくるすりりんご

天蓋にさみしがりやの神様が耳押しつけている十三夜

神さまのねむりのなかに俺たちのねむりが雲の浮くやうにある

神さまは利子をとらざれば死してヒマラヤのやうな山をのこしき

わたしのすきなもの かみさまのすきなもの はるなつあきふゆくる

「捕まったら死ぬまで玉葱刻む刑だよ神様のスープのために」

虫を飼う息子は神はいると言う「脱皮したとき神さまみたい」

ここからはだれもどこへもいけませんかみさまかみさまかみさま、おわり

神様に逢うための熱わたしをげんじつにつれてくるすりりんご 佐伯紺

天蓋にさみしがりやの神様が耳押しつけている十三夜 法橋ひらく

神さまのねむりのなかに俺たちのねむりが雲の浮くやうにある 渡辺松男

神さまは利子をとらざれば死してヒマラヤのやうな山をのこしき 渡辺松男

わたしのすきなもの かみさまのすきなもの はるなつあきふゆくる 三好のぶ子

「捕まったら死ぬまで玉葱刻む刑だよ神様のスープのために」 穂村弘

虫を飼う息子は神はいると言う「脱皮したとき神さまみたい」 畑彩子

ここからはだれもどこへもいけませんかみさまかみさまかみさま、おわり #進撃短歌


★裏と表

読みかたのわからぬ町を書きうつす封のうらより封のおもてに

夜も昼も区別のつかぬ母は棲み身のうらおもて失ひにける

天に投げ上げし硬貨のうらおもて男はなべて死のわしづかみ

ことことと小さな地震が表からはいって裏へ抜けてゆきたり

すきとほるガラス見をれば裏と表に分かれしのちの遠き月日よ

暁の降るさみだれやわが家はおもても裏も雨の音ぞする

海苔のうらおもてほどなる差異ならん十九点と九十点は

一生のあつみに似たるいちまいのうすら氷のうらおもての宇宙

読みかたのわからぬ町を書きうつす封のうらより封のおもてに 光森裕樹

夜も昼も区別のつかぬ母は棲み身のうらおもて失ひにける 斎藤史

天に投げ上げし硬貨のうらおもて男はなべて死のわしづかみ 山田富士郎

ことことと小さな地震が表からはいって裏へ抜けてゆきたり 山崎方代

すきとほるガラス見をれば裏と表に分かれしのちの遠き月日よ 大西民子

暁の降るさみだれやわが家はおもても裏も雨の音ぞする 佐藤佐太郎

海苔のうらおもてほどなる差異ならん十九点と九十点は 大松達知

一生のあつみに似たるいちまいのうすら氷のうらおもての宇宙 渡辺松男


★なりえ・ありえ

天使にはなり得なかったひと夏のかいがら骨の羽の痕跡

つよがりの筋肉たちをストーブのまえでややありえなくしてみた

柿の木に朝日が差して寝床から祈るだけの新年もあり得る

現時点ではありえない約束をすれば世界も少しは変わる

この世にはありえぬ平ら すみずみから立ち上がりゆく雲の花首

埋め立てし地中を電車が行く かつてありえざりしも二年後にはある

トタン屋根の上の夕露、犬の自死、殉國、つひにあり得ざるもの

老いぬれば心のどかにあり得むと思ひたりけり誤りなりき

天使にはなり得なかったひと夏のかいがら骨の羽の痕跡 杉崎恒夫

つよがりの筋肉たちをストーブのまえでややありえなくしてみた 笹井宏之

柿の木に朝日が差して寝床から祈るだけの新年もあり得る 柴田瞳

現時点ではありえない約束をすれば世界も少しは変わる 辻井竜一

この世にはありえぬ平ら すみずみから立ち上がりゆく雲の花首 井辻朱美

埋め立てし地中を電車が行く かつてありえざりしも二年後にはある 鈴木英子

トタン屋根の上の夕露、犬の自死、殉國、つひにあり得ざるもの 塚本邦雄

老いぬれば心のどかにあり得むと思ひたりけり誤りなりき 窪田空穂


★一年

誰からも祝われなくてもう一年十八のまま生きてゆきます

一年を身体で表すならば、秋は尻だ。尻は好きだな

夏枯れの一年草を引き抜けばわたしの力のやうな根が出る

うつぶせにゆっくりめざめる一日よ一年かけておしゃれになーれ

父逝きて二十数年、母逝きて一年余犬逝きて二カ月余(近いほど悲しい)

もっともっと産みたかったよ一年中花咲く島をずんずん歩く

一年はレシートの中早く過ぐ、お金を使っただけの一年

一年でようやく切れる歯磨き粉 最小単位で生きるということ

誰からも祝われなくてもう一年十八のまま生きてゆきます 秋元裕一

一年を身体で表すならば、秋は尻だ。尻は好きだな しんくわ

夏枯れの一年草を引き抜けばわたしの力のやうな根が出る 谷とも子

うつぶせにゆっくりめざめる一日よ一年かけておしゃれになーれ 杉山モナミ

父逝きて二十数年、母逝きて一年余犬逝きて二カ月余(近いほど悲しい) 仙波龍英

もっともっと産みたかったよ一年中花咲く島をずんずん歩く 松村由利子

一年はレシートの中早く過ぐ、お金を使っただけの一年 花山周子

一年でようやく切れる歯磨き粉 最小単位で生きるということ 鈴木希実子

★ばった

郊外に未だ落ちゐぬこころもて螇蚸【ばった】にぎれば冷たきものを

こわばった体のままで横たわる君に抱かれてないときチェロは

台風が近づいてくるこわばったキャッチャーミットをほぐしていれば

きらきらと海のひかりを夢見つつ高速道路に散らばった脳

玉手箱ぎゅっとしばった組み紐をほどいてはだめですよ、ソムリエ

流し場の銀のへこみに雨みちて、その三月だ、君をうばった

われを信じてゐるみどりごと蝉のこゑばつたりやめる森の径をゆく

忍法夙流変移抜刀霞斬【にんぱふしうくりうへんばつたうかすみぎ】り 眼疾のはてにわが死はあらむ

郊外に未だ落ちゐぬこころもて螇蚸【ばった】にぎれば冷たきものを 斎藤茂吉

こわばった体のままで横たわる君に抱かれてないときチェロは 入谷いずみ

台風が近づいてくるこわばったキャッチャーミットをほぐしていれば 加藤治郎

きらきらと海のひかりを夢見つつ高速道路に散らばった脳 穂村弘

玉手箱ぎゅっとしばった組み紐をほどいてはだめですよ、ソムリエ 東直子

流し場の銀のへこみに雨みちて、その三月だ、君をうばった 千種創一

われを信じてゐるみどりごと蝉のこゑばつたりやめる森の径をゆく 外塚喬

忍法夙流変移抜刀霞斬【にんぱふしうくりうへんばつたうかすみぎ】り 眼疾のはてにわが死はあらむ 塚本邦雄


★選びなさい

究極の選択かなしいのはどっちゆめのないきみきみのないゆめ

赤と青どっちが神かな透けブラとはみブラどっちが情けないかな

NASAと俺とどっちが大事と泣きながらフランスパンのかけらを食べる

満月をゆずりゆずられ三日月はどっちがもらった 前世のふたり

焼き鮭な人とグラジオラスな人どっちか選べ今すぐ選べ

星に自分の名前がつくのと病気に名前がつくのどっちがいいと恋人がきいてきて 冬の海だ

「この次は雌雄どちらに生まれます?」「繭は砂糖に似ておりますね」

うそをつくことはお薬だと思う はい・いいえ・どちらでもない

究極の選択かなしいのはどっちゆめのないきみきみのないゆめ イソカツミ

赤と青どっちが神かな透けブラとはみブラどっちが情けないかな 柴田瞳

NASAと俺とどっちが大事と泣きながらフランスパンのかけらを食べる 穂村弘

満月をゆずりゆずられ三日月はどっちがもらった 前世のふたり 神﨑ハルミ

焼き鮭な人とグラジオラスな人どっちか選べ今すぐ選べ 笹井宏之

星に自分の名前がつくのと病気に名前がつくのどっちがいいと恋人がきいてきて 冬の海だ フラワーしげる

「この次は雌雄どちらに生まれます?」「繭は砂糖に似ておりますね」 白糸雅樹

うそをつくことはお薬だと思う はい・いいえ・どちらでもない 狩野悠佳子


★どっ拾遺

追い越していってもどってくるんです靴は小さな船なのだから

いつかわが背後せばまりいることの見えつつどっと桜さきそむ

どっくりがんと母の言うとき独眼竜政宗がゆらり立つ湯呑から

どっちにもポケットがないゆらゆらときょういちにちを歩く両の手

やわらかき板チョコに指紋のこしてそしてどっちかがしねばいい

みみたぶのひらひらあそぶ廃墟かなどっこかでどっこかでエンゼルが

十円ハゲはいちど百円まであがりデフレにて十円にもどった

ドップラー効果を知らぬきみの前でわれは踏切の真似をしていたり

追い越していってもどってくるんです靴は小さな船なのだから 杉山モナミ

いつかわが背後せばまりいることの見えつつどっと桜さきそむ 馬場あき子

どっくりがんと母の言うとき独眼竜政宗がゆらり立つ湯呑から 棉くみこ

どっちにもポケットがないゆらゆらときょういちにちを歩く両の手 笠井烏子

やわらかき板チョコに指紋のこしてそしてどっちかがしねばいい 飯田有子

みみたぶのひらひらあそぶ廃墟かなどっこかでどっこかでエンゼルが 加藤治郎

十円ハゲはいちど百円まであがりデフレにて十円にもどった 松木秀

ドップラー効果を知らぬきみの前でわれは踏切の真似をしていたり フラワーしげる