満腹アンソロジー

私を止めて

■1 急がずば濡れざらましを

雨の制止を振り切って、先を急ぐ人々

急がずはぬれざらましを旅人のあとより晴るる野路の村雨

太田道潅

野路のにわか雨。さっき旅人が出立したあとから晴れてきた。あの人はもう少し雨宿りしてから行けば濡れなかっただろうになあ。

歌に直接書かれているのはそれだけだ。

雨が降れば旅人は雨宿りする。だが、にわか雨はいつか晴れると知りつつ、待ちきれずに雨の中を歩きだすのも人の常である。その場合、やや飛躍的に言えば、人は自分用の雨雲を人生の課題として追う旅人になるのだ。

この歌は、その旅人のあとから晴天が追いかけてゆくという、面白い構図を詠んだ歌だ、というのが私の深読みぎみの解釈である。

この歌からそこまで読み取るかどうかはともかく、「無理するな、休んでいけ」と雨は人を足止めするが、人はわざわざ雨空を追うことがあることは確かであり、短歌はときどきその微妙なジレンマのような心の状況を詠む。


関係ないけど、昔TVアニメで見たアダムスファミリーの居城は、常に頭上に雷雲を従えていたっけ。

■2 雨だからやめとく? それとも断行しちゃう?

再考や決断を促される

雨が決断を迫る、ということがある。

なんらかのジレンマのようなものを抱えて迷っている人が雨に降られると、雨のせいにして諦めるか、雨をものともせずに断行するか、と決断を迫られ、迷いから一歩踏み出さざるを得なくなる。

いま言わざれば言えぬ数々口腔に犇く時し土砂降りの雨

佐佐木幸綱『直立せよ一行の詩』

口中に言葉があふれる状態と土砂降りの激しいさまが重ね合わされている。それだけでなく、この人物の口にいまあふれんばかりのその言葉は、言うべきか言わざるべきか、雨音に負けぬとばかり大声でそれを言うのか、それとも雨に封じてもらうのか? そういう選択の状況が詠まれていると思う。

似た状況の歌をさがしたら、こういうのもあった。

ひきとめる言葉を持たぬ風の中うながすような春雷を聞く

俵万智『かぜのてのひら』

こういうふうに、迷いがあるときに天候が意思決定を促す、という趣向の歌もときどきある。

■3 引き止めてくれてありがとう

余談ですが、昔、いわゆる自殺の名所に「一寸待て、考え直せ、もう一度 」という立て札があったそうだ。

( 今あるかどうかは知らない。こういうとき575ってどうなの、とも思うけど、ワンクッションが案外いいかも?)

ただひとり引きとめてくれてありがとう靴底につく灰色のガム

野口あや子『くびすじの欠片』

靴底のガムだけが引き止めた、というのは、人間がひきとめてくれなかったさみしさを言うレトリックだ。

「ガム」は珍しくて、ふつうは「風」だ。古典和歌で「風よりほかに訪ふ人ぞなき」は「誰も来ない」という意味であり、「●●するのは風だけ=誰も●●しない」というレトリックだ。

次の次、その次も青 自転車は立ちこぎ風が髪つかむけど

ふらみらり「かばん新人特集号」2015/3

信号はことごとく青で、自分をひき止める要素は風だけだ、というのは、自由で順調のなかのかすかな不安要素である。

雪のうへにのこりしつひの足跡を見にゆかむとしてひきとめられぬ

長沢美津

「つひの足跡」ってすごいな。崖のうえまで続く足跡? 線路まで続く足跡?

とりあえず信じてみてよとひきとめる救い手たちのTシャツが黄

早坂類『風の吹く日にベランダにいる』

信じてみるか。

ふと消えてしまう気がして呼び止める土蔵に足を踏み入れた子を

本多忠義『禁忌色』

こども時代は親などが気をつけてくれた。説教は口うるさくとも、いざというとき身を挺して守ってもらえた。

でも大人になったあとは、自力で悩んで意思決定をしなければならない。周囲の人の励ましや警告を参考としつつ、決めるのは最終的に自分である。

★止めてほしい?

一通り叱りし後も止められず怒りは昨日の子にまで及ぶ

鶴田伊津『夜のボート』

★止めるべきだった?

薄情なるわれかも老いたるふた親が高速にのること止めもせず

浦河奈々『サフランと釣鐘』

★「止めてあげる」歌もあった。

繰り上がる星座をこわしてまだ透明な英雄になるのを止めてあげよう

瀬戸夏子『かわいい海とかわいくない海 end,』

※でも、なぜだろう、上記もそうだが、「◯◯してあげる」という歌は妙な毒を含む歌のほうが多いみたいだ。

男の子なるやさしさは紛れなくかしてごらんぼくが殺してあげる 平井弘

とかね。

※「◯◯してあげる」という言葉は、親切を申し出る言葉として日常よく使うが、短歌のなかでは、屈折した毒を仕込んで使うことが多いみたいです。どのぐらいの比率なのか気になる。いつか集めて読んでみたい。

★「とりあえず、ひき止める」っていうのも独特のニュアンスだ

とりあえずひきとめている僕だって飛びたいような気分の夜だ

枡野浩一

■4 せきとめる・流れが止まる・止める

流れるものをせきとめる、歯止めなど。良い場合も悪い場合もある。

行き止まりのしずかな風にあおられて防潮堤とはたましいの歯止め

井辻朱美『クラウド』

信号の赤に対ひて自動車は次々と止まる前から順に

奥村晃作

走り来て赤信号で止まるとき時間だけ先に行つてしまへり

小島ゆかり『憂春』

初雪やてのひらに受け歩を止めてみんな近しき人となる街

三枝昻之『世界をのぞむ家』

クレーンがつまらん思慕をつる下げたまんま作業を止めてしまった

増尾ラブリー「かばん」2002年12月

はなびらで堰き止められた浅い川 臆病なまま忘れられたい 野口あや子『くびすじの欠片』

★止めて止まるものじゃないのかもしれないが、滅びに至る暴走みたいなものもある。

人類が残らず消えた県道の止まれの文字が佐藤を止める

木下龍也『つむじ風、ここにあります』

■5 停止=死

独楽の精ほとほと尽きて現なく傾ぶきかかる揺れのかなしさ 北原白秋

暴走は危険だが、しかし、「止めたら、止まったら死んでしまう」というのもまた命の一面である。

回遊魚のように群れなす営業車 止まるな止まれば死んでしまうぞ

望月由美子

(出典は「かばん」誌だが時期不明)

空転の車輪しずかに止まっても死につづけてる嘘つきジャック

穂村弘『シンジケート』

母住まぬ家の時計の乾電池とりかえること止めて眠らす

長谷川径子『固い麺麭』

おもむろに茶色の液体を吐けり転がることを止めたる缶は

吉野裕之『空間和音』

回るものひとつずつ止め閉園は冷たい歯車を残すこと

小野みのり「早稲田短歌」43号

★人間の意志でコントロールできない

止まりたいところで止まるオルゴールそんなさよなら言えたらいいのに

杉﨑恒夫『パン屋のパンセ』

オルゴールは曲の途中で止まる。切りの良いところで止まりたいだろうに。人も人生の切りの良いところでお別れできたら。

という解釈をしたら「なぜ人生のお別れか。恋愛の終わりとかにも当てはまるでしょう」と言われた。

確かにそうだ。ただ「オルゴール」の「ゴール」があるので、「終わり」感の強い別れにふさわしいだろう、と応じたら、そんなダジャレ、誰も考えないと笑うので、私もいっしょに笑った。

が、はたしてそう言い切れますか? 「オルゴール」の「ゴール」は「終わり」感を強めていませんか???

■6 流れが止まらないもの

時間などは止めたくても絶対にとまらない。人間も止まらないことがある。

粛々と流れるもの。(このごろ「粛々」は、「聞く耳を持たずに断行する」という感じの悪い言葉になってしまったが。)

とびこんでもぐってもぐってなんとかして近松のあの永遠を止める

杉山モナミ「かばん」2017・9

動くものすべて見つめて笑い合う「言葉だったら時間は止まる」

吾妻利秋

(出典はたぶん「かばん」誌だが年月不詳)

わたしには風も時間も止められずしだるる花へ娘を抱き上げぬ

目黒哲朗『VSOP』

ルビ:娘(こ)

踏切も堰き止められぬ夕陽をばごごんごごんと轢いてゆくのだ

十谷あとり『ありふれた空』

折り畳み傘たたみつつ誰ひとり歩みを止めぬ駅コンコース

堀合昇平『提案前夜』

■8 行き止まり

関連して

ほんたうはなかつたのかもしれなくて 生家の裏の行き止まりの墓地

小島ゆかり『憂春』

やすやすと我を呼び込む巻貝の螺旋の奥にある行き止まり

杉﨑恒夫『パン屋のパンセ』

羽ばたきを止めよとわれにいふやうにプールの壁が近づいてくる

都築直子『青層圏』

バタフライで泳いでいるところだろう。

■9 呼び止める

「呼び止める」は引き止めるほどではないニュアンスだが関連はありそう。

この瞬間もしも誰かがきみのことを呼び止めたりしたら虹まみれ

吾妻利秋(出典「かばん」誌 年月不明)

呼び止めて秋大根を煮よといふ八百屋天坂の日照雨あかるし

馬場あき子『暁すばる』

純白の浮き輪を首に掛けられる「ホムラ選手」と呼び止められて

穂村弘

(出典不明 「ピリン系」の中の一首らしい)

もう色がいらないほどの生活をあのバス停で呼び止めようよ

正岡豊(出典不明)

足早に過ぎるつもりがまたしても手相見の女に呼び止められる

久野はすみ『シネマ・ルナティック』

子を抱いてあるいてあるいている我を呼び止める花、酔芙蓉なり

江戸雪『椿夜』

■10 仲裁

六本木の黒人の喧嘩止めにゆく 魔太郎風の薔薇のシャツ着て

笹公人『抒情の奇妙な冒険』

ナタデココ対タピオカの戦いを止めようとして死んだ蒟蒻

穂村弘『水中翼船炎上中』

■11 その他、いろいろな止まらない・止めないもの

分類しきれないいろいろな「引き止める」をとりあえずここに。

檻の駝鳥空つ風に脳【なづき】を掲げ思ひ出し笑ひが止まらない

魚村晋太郎『銀耳』

なんだねえ子供みたいに 背をたたく母しゃっくりはまだとまらない

北川草子『シチュー鍋の天使』

ほんと急に手紙のような表情で海辺の部屋にひきとめる ふっ

加藤治郎『昏睡のパラダイス』

饒舌になれたらいいのに月9ならここであなたを引きとめるんだ

水上芙季「静かの海」

改札に二人のプリクラ貼りつけるおまえを止めない 俺も酔ってる

柴田瞳(たぶん「かばん」誌)

草の実はこぼれて止まずまかせたるいのちの前に手をつきにけり

斎藤史(たぶん『朱天』)

更新の止まったブログ(生きていますか)過ぎた明日を思いつづける

あまねそう (たぶん「かばん」誌だが時期不詳)

周りから引きとめられてやめるのをやめるならやめるやめると言うな

松村正直『風のおとうと』

大阪ベイ堰き止めてでも海水にあんたといっしょつかりたいねん

山下一路『スーパーアメフラシ』

一人分の隙間をあけて歩く君 路上に”止まれ”の文字が転がる

吉川宏志

蝶の産卵するしずけさに出血の止まらぬような空を思った

東直子『青卵』

成長の止まったカラダに容れられて未完のままのわたしのココロ

入谷いずみ『海の人形』

楽器にゆび、そして椅子にはにんげんを置くんだ秋を引きとめるため

大森静佳『歌集 てのひらを燃やす』

いかがでしたか?

「止まる」「止める」「止めてほしい」……。

現実には「やめなさい」などと言われて断念させられることがよくあるように思うのですが、そのわりに「止めないで」というのがあまり見当たらなかった気がします。

2018・7・14