闇鍋ひとくちアンソロジー

かばん詠草提出例7

2022年6月作成~

(「かばん」会員向けに、歌稿提出例として使用)

詠草提出例目次

■2022年6月作成

理論・論理/サイレン/おのおの/電話ボックス/靴を片方/チャーハン/ハンバーガー /ウルトラマン/右脳左脳/わがめぐり/旧姓/古墳/古代/中世近世/近代/現代/円を描く/目鼻/ジグソーパズル/語尾/水着/球体/隣家/カルピス

まず作者名なしで歌を提示し、あとから作者名を付して紹介しています。

★理論・論理


ストローでぶくぶくにするびん牛乳理論的には永久なのに

だから論理論理切なくて涅槃図の鳥獣をみな追い立てている

だれひとり悲しませずに林檎ジャムをつくりたいので理論をください

まだ誰も愛したことのない理論書き遺す白紙のしづけさ

思い出すたびに大きくなる船のごとき論理をもつ村の書記

責めつづける論理きわまる暁のアクアマリンという石のいろ

ロジカルに来る朝がある 低地からまっすぐ晴れるミュンヘンの霧

今日の空は美しいけど少し変《論理は普遍情緒は特殊》


ストローでぶくぶくにするびん牛乳理論的には永久なのに  飯田有子

だから論理論理切なくて涅槃図の鳥獣をみな追い立てている  吉田竜宇

だれひとり悲しませずに林檎ジャムをつくりたいので理論をください  千種創一

まだ誰も愛したことのない理論書き遺す白紙のしづけさ  魚村晋太郎

思い出すたびに大きくなる船のごとき論理をもつ村の書記  寺山修司

責めつづける論理きわまる暁のアクアマリンという石のいろ  穂村弘

ロジカルに来る朝がある 低地からまっすぐ晴れるミュンヘンの霧  中沢直人

今日の空は美しいけど少し変《論理は普遍情緒は特殊》 依田仁美


★サイレン


朝開【あさびら】きサイレンひびく街の空病む人は舟のやうに行きしか

シスターよ あなたの中にあかあかと淋しく燃えるサイレンがある

サイレンの中に入って入らない世界をぐるぐる見つめるぼくら

救急車のサイレンに二つの表情あり近づく不安離【さか】る哀感

後ろ手に隠してるのはパトカーの頭にのっけてあげるサイレン?

まどろみに耳をひらけばパトカーのサイレンだけが町を縁取る

サイレンでプールサイドに浮上して黙祷をする長崎の夏

サイレンが鳴り出す前はわずかなる空気の引きがありて怖れる

朝開【あさびら】きサイレンひびく街の空病む人は舟のやうに行きしか  小島ゆかり

シスターよ あなたの中にあかあかと淋しく燃えるサイレンがある  東直子

サイレンの中に入って入らない世界をぐるぐる見つめるぼくら  鈴木有機

救急車のサイレンに二つの表情あり近づく不安離【さか】る哀感  岩田正

後ろ手に隠してるのはパトカーの頭にのっけてあげるサイレン?  穂村弘

まどろみに耳をひらけばパトカーのサイレンだけが町を縁取る  伊波真人

サイレンでプールサイドに浮上して黙祷をする長崎の夏  北辻一展

サイレンが鳴り出す前はわずかなる空気の引きがありて怖れる  相原かろ


★おのおの

おのおのが夢見るように散らばった机に眠る文房具たち

おのおののしたしきかほによそほひて死はわれら待つ うみにやまにまちに

桃のつぼみひとつひとつを目で追ひておのおのに青い空を贈りつ

おのおのの枝ひんまがる木の下で言われるままの愛であったな

一つ家に姪の少女とヌマエビと我と棲みつつおのおのの息

高層のビルがおのおの全身で名前を付けて保存する街

「凹」「凸」の筆順おのおのちがひゐて父も笑ひし遠き日のこと

おのおのに尻の大きさ時として七人掛けに七人は無理

おのおのが夢見るように散らばった机に眠る文房具たち 鈴木智子

おのおののしたしきかほによそほひて死はわれら待つ うみにやまにまちに 吉田隼人

桃のつぼみひとつひとつを目で追ひておのおのに青い空を贈りつ 渡辺松男

おのおのの枝ひんまがる木の下で言われるままの愛であったな 工藤吉生

一つ家に姪の少女とヌマエビと我と棲みつつおのおのの息 高野公彦

高層のビルがおのおの全身で名前を付けて保存する街 山階基

「凹」「凸」の筆順おのおのちがひゐて父も笑ひし遠き日のこと 小潟水脈

おのおのに尻の大きさ時として七人掛けに七人は無理  相原かろ

★電話ボックス


真夜中の電話ボックス明るさの柩にひとり棒立ちの人

海の辺の電話ボックスにて君はうつくしかりし夕映えを言ふ

ズッキーニ齧りつつゆく海沿いの道に輝く電話ボックス

あなたから生まれる前の夢をみた波打ち際の電話ボックス

たちまちに曇って電話ボックスは必死なときのわたしを隠す

電話ボックス淡きひかりを残しつつ明けそむる街並を飾れり

電話ボックスに手振り身振りの人おりて一人の世界を振りまいている

炎天の電話ボックス 飴のように古い言葉が溶けているらし

真夜中の電話ボックス明るさの柩にひとり棒立ちの人  加藤治郎

海の辺の電話ボックスにて君はうつくしかりし夕映えを言ふ  喜多昭夫

ズッキーニ齧りつつゆく海沿いの道に輝く電話ボックス  穂村弘

あなたから生まれる前の夢をみた波打ち際の電話ボックス  藤本玲未

たちまちに曇って電話ボックスは必死なときのわたしを隠す  雪舟えま

電話ボックス淡きひかりを残しつつ明けそむる街並を飾れり  西田政史

電話ボックスに手振り身振りの人おりて一人の世界を振りまいている  沖ななも

炎天の電話ボックス 飴のように古い言葉が溶けているらし  佐伯裕子

★靴を片方

片方の靴ばかりある靴箱は やがて四月に包まれる街

僕たちの遠い明日を占って河原になくした下駄のかたっぽ

終わらない祭りの笛の音 片方の靴をなくして途方に暮れる

夢の中に忘れてきたよ片方の靴 寝返りを打つようにして

豚小屋に靴が片方転がってユダヤの歌に耳を傾け

イタリイといふうす青き長靴のもう片方を片手に提げて

片方の靴ばっかりを売る男それを値切れる男に歯のなし

父親の背【せな】に眠れるをさなごの靴の片方脱げゐるが見ゆ

片方の靴ばかりある靴箱は やがて四月に包まれる街  千種創一

僕たちの遠い明日を占って河原になくした下駄のかたっぽ  植松大雄

終わらない祭りの笛の音 片方の靴をなくして途方に暮れる  北川草子

夢の中に忘れてきたよ片方の靴 寝返りを打つようにして  江田浩司

豚小屋に靴が片方転がってユダヤの歌に耳を傾け  江田浩司

イタリイといふうす青き長靴のもう片方を片手に提げて 紀野恵

片方の靴ばっかりを売る男それを値切れる男に歯のなし  なみの亜子

父親の背【せな】に眠れるをさなごの靴の片方脱げゐるが見ゆ  横山未来子

★チャーハン

この歌の句跨がりにはチャーハンをパラッとさせる秘密があります

半チャーハン追加の気合こうなればホントの友達だよね作戦

それなりにおいしくできたチャーハンに一礼をして箸をさしこむ

チャーハンの写真を撮つてチャーハンを過去にしてからなよなよと食ふ

皿にときどき蓮華があたる炒飯をふたりで崩すこの音が冬

春が軋んでどうしようもないゆふぐれを逃れて平和園の炒飯

チャーハンの五合目にレンゲ差し込んでコップに春の水を飲み干す

高架下のさんざん行った店の名は忘れたけれどレモンチャーハン

この歌の句跨がりにはチャーハンをパラッとさせる秘密があります 鈴木有機

半チャーハン追加の気合こうなればホントの友達だよね作戦 小島左

それなりにおいしくできたチャーハンに一礼をして箸をさしこむ 笹井宏之

チャーハンの写真を撮つてチャーハンを過去にしてからなよなよと食ふ 大松達知

皿にときどき蓮華があたる炒飯をふたりで崩すこの音が冬 荻原裕幸

春が軋んでどうしようもないゆふぐれを逃れて平和園の炒飯 荻原裕幸

チャーハンの五合目にレンゲ差し込んでコップに春の水を飲み干す 田村元

高架下のさんざん行った店の名は忘れたけれどレモンチャーハン 櫻井朋子

★ハンバーガー

<愛>といふ文字の心の位置にあるハンバーガーのハンバーグ食む

眠れなかった弟のためにマックの朝食を買う 影絵みたいなバーガーを

夜の海に向かってきみが投げたのはハンバーガーのピクルスだった

ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう

こんな時思ふべきにはあらざれど灯りみまほしモスバーガーの

バーガーショップで恐喝されし弟がふいに見せたる蛇拳のかまえ

公園へチーズバーガー持っていき暗くてみえないベンチにすわる

皆の者モスバーガーにワープせよ平均以下のテストを持って

<愛>といふ文字の心の位置にあるハンバーガーのハンバーグ食む 大塚寅彦

眠れなかった弟のためにマックの朝食を買う 影絵みたいなバーガーを 千葉聡

夜の海に向かってきみが投げたのはハンバーガーのピクルスだった 穂村弘

ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう 俵万智

こんな時思ふべきにはあらざれど灯りみまほしモスバーガーの 西田政史

バーガーショップで恐喝されし弟がふいに見せたる蛇拳のかまえ 笹公人

公園へチーズバーガー持っていき暗くてみえないベンチにすわる 永井祐

皆の者モスバーガーにワープせよ平均以下のテストを持って 柴田瞳


★ウルトラマン


ハイウェイの光のなかを突き進むウルトラマンの精子のように

真夜中に窓から覗くきらきらのウルトラマンの(たぶん)目(のいちぶ)

ウルトラマンの頭のような外観の天文台あり山のいただき

戦争が不得手な少年たちのため裸でウルトラマンは闘ふ

時空間のモアレ模様を泳ぎぬけにじみはじめたウルトラマンの目

燃える街見おろしながら立ちつくす菊人形のウルトラセブン

お面屋にウルトラ兄弟揃いいて瞳の穴を通う秋風

充血したウルトラマンの眼だぜ、こりゃ ほそいスプーンですくえば笑う

ハイウェイの光のなかを突き進むウルトラマンの精子のように 穂村弘

真夜中に窓から覗くきらきらのウルトラマンの(たぶん)目(のいちぶ) 柳本々々

ウルトラマンの頭のような外観の天文台あり山のいただき  松村正直

戦争が不得手な少年たちのため裸でウルトラマンは闘ふ 西田政史

時空間のモアレ模様を泳ぎぬけにじみはじめたウルトラマンの目 井辻朱美

燃える街見おろしながら立ちつくす菊人形のウルトラセブン 入谷いずみ

お面屋にウルトラ兄弟揃いいて瞳の穴を通う秋風 入谷いずみ

充血したウルトラマンの眼だぜ、こりゃ ほそいスプーンですくえば笑う 加藤治郎


★右脳左脳


おちていく羽毛でいっぱいの右脳(こんなふうにねこんなふうによ)

水界にウバザメ棲めり夜ごとの夢に波立つ右脳の底

ブロッコリーの右脳左脳と切り分けてお湯に投げこむ春のよい魔女

口癖を指摘された日きざみゆくキャベツの左脳にかたき芯あり

右脳と左脳遠ざかり二度と会えない さよならはどちらから聞こえた?

最中には右脳の側で市が立ち左脳から沢山人が来る

夕焼ける左脳ふたりの思い出が誤字を含んだ文字列になる

「男とは勝つ道筋を知る性」と部長の声が左脳を叩く

おちていく羽毛でいっぱいの右脳(こんなふうにねこんなふうによ)  北川草子

水界にウバザメ棲めり夜ごとの夢に波立つ右脳の底 井辻朱美

ブロッコリーの右脳左脳と切り分けてお湯に投げこむ春のよい魔女 井辻朱美

口癖を指摘された日きざみゆくキャベツの左脳にかたき芯あり 光森裕樹

右脳と左脳遠ざかり二度と会えない さよならはどちらから聞こえた? 安田直彦

最中には右脳の側で市が立ち左脳から沢山人が来る 吉田恭大

夕焼ける左脳ふたりの思い出が誤字を含んだ文字列になる 兵庫ユカ

「男とは勝つ道筋を知る性」と部長の声が左脳を叩く 小野田光


★わがめぐり


わがめぐりかぜの触手は織りなして雲ははるかな刺繍のかたち

わがめぐり次々と鳩が降り立ちて赤き二本の足で皆立つ

せめてわがめぐりの夜と睦みいん一缶の水沸き立たしめて

かがみつつ亀を見てゐるわがめぐりまひるの白い楕円閉ぢたり

わがめぐりのみにゆらめき世界より隔つる冬の陽炎のあり

集団にてみみずたしかに鳴きたるはわがめぐりにて闇のまさかり

近づきてゆきたれば遊行柳消え立ちどまるわがめぐりうすらひ

春の日のベンチにすわるわがめぐり首のちからで鳩は歩くを

わがめぐりかぜの触手は織りなして雲ははるかな刺繍のかたち 井辻朱美

わがめぐり次々と鳩が降り立ちて赤き二本の足で皆立つ 奥村晃作

せめてわがめぐりの夜と睦みいん一缶の水沸き立たしめて 岡井隆

かがみつつ亀を見てゐるわがめぐりまひるの白い楕円閉ぢたり 小島ゆかり

わがめぐりのみにゆらめき世界より隔つる冬の陽炎のあり 大塚寅彦

集団にてみみずたしかに鳴きたるはわがめぐりにて闇のまさかり 渡辺松男

近づきてゆきたれば遊行柳消え立ちどまるわがめぐりうすらひ 渡辺松男

春の日のベンチにすわるわがめぐり首のちからで鳩は歩くを 内山晶太


★旧姓


山菜を分けるひろげた新聞にさがしてもないわたしの旧姓

ともだちを旧姓で呼ぶともだちがちゃんと振り返る 蚊だよ

なぜ旧姓を使いたがると責めらるるそれなら君が姓変えてみよ

旧姓がどこにもなくて弟に訊いても疾うに捨てたといふし

旧姓を木の芽の中に置いて来てきみは小さくうなづいてゐた

過去からかそれとも未来からなのか夫がわたしを旧姓で呼ぶ

春寒や旧姓繊く書かれゐる通帳出で来つ残高すこし

廣西さん、名前は何?と問われるに坂本と言う旧姓を言う

山菜を分けるひろげた新聞にさがしてもないわたしの旧姓 雪舟えま

ともだちを旧姓で呼ぶともだちがちゃんと振り返る 蚊だよ 北山あさひ

なぜ旧姓を使いたがると責めらるるそれなら君が姓変えてみよ 森尻理恵

旧姓がどこにもなくて弟に訊いても疾うに捨てたといふし 笠井烏子

旧姓を木の芽の中に置いて来てきみは小さくうなづいてゐた 田村元

過去からかそれとも未来からなのか夫がわたしを旧姓で呼ぶ 鈴木美紀子

春寒や旧姓繊く書かれゐる通帳出で来つ残高すこし  栗木京子

廣西さん、名前は何?と問われるに坂本と言う旧姓を言う 廣西昌也


★古墳


内臓を現代人より遠ざけて草に埋もれており古墳群

六月のもの思【も】うも憂き雨の日は胸のあたりに古墳が眠る

三千の古墳ねむらせ梅雨といふ巨大なゆめはあめばかりふる

いまここにわたくしはゐて緑なす五月の古墳の中にもゐる

ひとつひとつが米粒となる稲の花、古墳に沿うて小道は曲がる

宵の星古墳の上にあらはれて一ひらの骨ありと示しき

古墳かもしれない丘を駆けぬけて夕焼けの街 また駆けて去る

宮崎の夜道を歩くつかのまの卑弥呼・古墳で終わるしりとり

内臓を現代人より遠ざけて草に埋もれており古墳群  柴田瞳

六月のもの思【も】うも憂き雨の日は胸のあたりに古墳が眠る 渡辺松男

三千の古墳ねむらせ梅雨といふ巨大なゆめはあめばかりふる 渡辺松男

いまここにわたくしはゐて緑なす五月の古墳の中にもゐる 林和清

ひとつひとつが米粒となる稲の花、古墳に沿うて小道は曲がる 大室ゆらぎ

宵の星古墳の上にあらはれて一ひらの骨ありと示しき 葛原妙子

古墳かもしれない丘を駆けぬけて夕焼けの街 また駆けて去る 永井陽子

宮崎の夜道を歩くつかのまの卑弥呼・古墳で終わるしりとり 笹公人

★古代

ここからは古代と書かれし矢印に従ひてゆく死なないわたくし

砂丘に砂流れつつ絶えまなく積みつつ幻妖の古代を埋めき

古代にも手抜きはあったなこの土の壁くいちがうのがいい

死ぬために命は生るる大洋の古代微笑のごときさざなみ

戀という古代への道あゆみつつきょうは羽衣商人に逢う

黄ばみたる古代地図「夏」の上にしてあへぐは二十八星天道虫【にじふやほしてんたう】

古代より家持の鷹飛び来たり悠久のごとこの世に遊ぶ

風はしる釧路湿原見ておれば古代の神話はじまるごとし

ここからは古代と書かれし矢印に従ひてゆく死なないわたくし 井辻朱美

砂丘に砂流れつつ絶えまなく積みつつ幻妖の古代を埋めき 葛原妙子

古代にも手抜きはあったなこの土の壁くいちがうのがいい 高瀬一誌

死ぬために命は生るる大洋の古代微笑のごときさざなみ 春日井建

戀という古代への道あゆみつつきょうは羽衣商人に逢う 大滝和子

黄ばみたる古代地図「夏」の上にしてあへぐは二十八星天道虫【にじふやほしてんたう】 塚本邦雄

古代より家持の鷹飛び来たり悠久のごとこの世に遊ぶ 馬場あき子

風はしる釧路湿原見ておれば古代の神話はじまるごとし 俵万智

★中世

かちどきのえいえい声【ごえ】の上ずりを朱舌【しゅぜつ】に載せし中世の者

聞こゆるは中世歌謡 燦燦と天道をゆく大かたつむり

中世の画人描きしフレスコに青鷺のごとき聖女祷りき

偽書いく巻書き上げてしまふ精神を光源として中世思想

首のない人びとあまた歩みいて中世期よりつづく回廊

中世の翳りのごときが舞いはじめ触れては消える電線の雪

中世の風ふくところ秋の庭萩のみ植ゑて十年は過ぎし

中世の森吹くごとくオルガンの構造に吹く風をおもへり

かちどきのえいえい声【ごえ】の上ずりを朱舌【しゅぜつ】に載せし中世の者 依田仁美

聞こゆるは中世歌謡 燦燦と天道をゆく大かたつむり 永井陽子

中世の画人描きしフレスコに青鷺のごとき聖女祷りき 葛原妙子

偽書いく巻書き上げてしまふ精神を光源として中世思想 香川ヒサ

首のない人びとあまた歩みいて中世期よりつづく回廊 佐藤弓生

中世の翳りのごときが舞いはじめ触れては消える電線の雪 三枝昻之

中世の風ふくところ秋の庭萩のみ植ゑて十年は過ぎし 山中智恵子

中世の森吹くごとくオルガンの構造に吹く風をおもへり 中山明

★近世

ボールペンくるくるまはす近世の瓦礫のごとき歌群を前に

負け犬の追い込まれ行く露地の奥いまだ昏々と〈近世〉眠る

近世風の舌からのぞく暴力に馬鹿言ってます‥お茶を一杯

おぼろなる富小路の花あかり〈近世〉の猫闇をよぎりき

〈近世〉の暗き小路の珊瑚樹の蔭に俯【うつぶ】す時雄おもひき

庇髪伴【つ】れて時雄のくだる坂 かがやくばかり〈近世〉暮るる

古代インド人「0【ゼロ】」を発見し中世日本人「ん」を発見す偉大なるかな

複線に消したる恣意もありしかな近世以来智は愚を責めず

ボールペンくるくるまはす近世の瓦礫のごとき歌群を前に 永井陽子

負け犬の追い込まれ行く露地の奥いまだ昏々と〈近世〉眠る 岡井隆

近世風の舌からのぞく暴力に馬鹿言ってます‥お茶を一杯 江田浩司

おぼろなる富小路の花あかり〈近世〉の猫闇をよぎりき 中山明

〈近世〉の暗き小路の珊瑚樹の蔭に俯【うつぶ】す時雄おもひき 中山明

庇髪伴【つ】れて時雄のくだる坂 かがやくばかり〈近世〉暮るる 中山明

古代インド人「0【ゼロ】」を発見し中世日本人「ん」を発見す偉大なるかな 小池光

複線に消したる恣意もありしかな近世以来智は愚を責めず 依田仁美

★近代


近代に似てはるかなれ夕暮の/パパつたらねえ聞えてないの?

むっすむっすとこんにゃくだまは地に太りそよ近代のあらざりし国

類型を忌みて近代精神に拠るも暗黒星雲ゆえと

一房の巨峰重たき熱をもてり近代の巨人異変種の末

ぼくたちの近代の火を捨てるから虹の堤をかえしておくれ

日本狼さいごの一頭死にしより近代短歌の隆盛きたる

近代のあかるい庭の片隅のヴィンチ村とはこころのいづみ

燭の火に葉書かく手を見られつつさみしからずや父の「近代」

近代に似てはるかなれ夕暮の/パパつたらねえ聞えてないの? 荻原裕幸

むっすむっすとこんにゃくだまは地に太りそよ近代のあらざりし国 渡辺松男

類型を忌みて近代精神に拠るも暗黒星雲ゆえと 藤原龍一郎

一房の巨峰重たき熱をもてり近代の巨人異変種の末  馬場あき子

ぼくたちの近代の火を捨てるから虹の堤をかえしておくれ 佐久間章孔

日本狼さいごの一頭死にしより近代短歌の隆盛きたる 小池光

近代のあかるい庭の片隅のヴィンチ村とはこころのいづみ 中山明

燭の火に葉書かく手を見られつつさみしからずや父の「近代」 寺山修司


★現代

現代という傲慢な発想法 あらあらしくも日輪まはる

ああなんと遭ひてしまひぬ現代のうじやうじやとしてあふるる物に

橋の下まなく時なく現代が過去と未来をかきまぜている

『現代日本産業講座』の角が頭に当たれば即死するなり

かなたよりジグソーこぼれ現代の一兆ピースに生き埋めの君

風邪がぬけるやうに終はりの数行を収めると言ふ現代詩人

内臓を現代人より遠ざけて草に埋もれており古墳群

したいって何、現代のあさがお順に咲いていきヘリコプターはいつでも笑顔

現代という傲慢な発想法 あらあらしくも日輪まはる 永井陽子

ああなんと遭ひてしまひぬ現代のうじやうじやとしてあふるる物に 恩田英明

橋の下まなく時なく現代が過去と未来をかきまぜている 加藤克巳

『現代日本産業講座』の角が頭に当たれば即死するなり 花山周子

かなたよりジグソーこぼれ現代の一兆ピースに生き埋めの君 工藤吉生

風邪がぬけるやうに終はりの数行を収めると言ふ現代詩人 今野寿美

内臓を現代人より遠ざけて草に埋もれており古墳群  柴田瞳

したいって何、現代のあさがお順に咲いていきヘリコプターはいつでも笑顔 瀬戸夏子

★円を描く

うつくしい円周を描くまん中の針穴のような街で会いましょう

しらかみに大き楕円を描きし子は楕円に入りてひとり遊びす

質問は円を描いてもどりくる作者の言いたいこと何ですか

しののめのさくらが描く円環【わ】のなかを一羽の鶴の身が燃えのぼる

コンパスを拡げて円を描きつつ冷たき拒絶のかたちを思ふ

自らのまわりに円を描くごと死んだ魚は机を濡らす

子の描く丸に目鼻の描き込まれやがて手足の生えてきたりぬ

海に降る雨の静けさ描かれる無数の円に全きものなし


うつくしい円周を描くまん中の針穴のような街で会いましょう 柳谷あゆみ

しらかみに大き楕円を描きし子は楕円に入りてひとり遊びす 河野裕子

質問は円を描いてもどりくる作者の言いたいこと何ですか 俵万智

しののめのさくらが描く円環【わ】のなかを一羽の鶴の身が燃えのぼる 永井陽子

コンパスを拡げて円を描きつつ冷たき拒絶のかたちを思ふ 栗木京子

自らのまわりに円を描くごと死んだ魚は机を濡らす 佐佐木定綱

子の描く丸に目鼻の描き込まれやがて手足の生えてきたりぬ 鶴田伊津

海に降る雨の静けさ描かれる無数の円に全きものなし 松村由利子

★目鼻

けむりにも目鼻がある春の或る日のくだものかごに混ぜた地球儀

目鼻口しずかにただようあおぞらのくらげを見たり六親等まで

花水木見あげれば空 大文字のあなたの前に目鼻をほどく

坂下るわれと等しき速さにて追ひ来る冬の月の目鼻や

目鼻なくなるまで生きるということの人にはなくて石仏は立つ

この際です目鼻だちだけでもつけてみませんかいえあなたのことです

目鼻に隈あるゆふぐれの少年よ薄氷【うすらひ】わらふごとくわらひぬ

目鼻なき顔がうかがひわれの家に火放つ夢は焼けて後見つ


けむりにも目鼻がある春の或る日のくだものかごに混ぜた地球儀 我妻俊樹

目鼻口しずかにただようあおぞらのくらげを見たり六親等まで 井辻朱美

花水木見あげれば空 大文字のあなたの前に目鼻をほどく 佐藤弓生

坂下るわれと等しき速さにて追ひ来る冬の月の目鼻や 水原紫苑

目鼻なくなるまで生きるということの人にはなくて石仏は立つ 松村正直

この際です目鼻だちだけでもつけてみませんかいえあなたのことです 平井弘

目鼻に隈あるゆふぐれの少年よ薄氷【うすらひ】わらふごとくわらひぬ 葛原妙子

目鼻なき顔がうかがひわれの家に火放つ夢は焼けて後見つ 安立スハル

★ジグソーパズル

永遠に完成されない空があるひとつ足りないジグソーパズル

抱きあえば夜明けの床に蝿と蝿叩きのジグソーパズルばらばら

ジグソーの青空の数片を食べ終えた草食竜がのっと首を出す

幾度かきみとわが指触れあひてジグソーパズルの空ひろがれり

川土手にジグソーパズルは燃やされてジグソーパズルのかたちの灰は残りぬ

ゆるゆると歩むプールに揺らぎたるタイルの升目のジグソーパズル

かなたよりジグソーこぼれ現代の一兆ピースに生き埋めの君

誰かっていう誰かにしか可能性はこの美しいジグソーパズルの冠を

永遠に完成されない空があるひとつ足りないジグソーパズル 門馬真樹

抱きあえば夜明けの床に蝿と蝿叩きのジグソーパズルばらばら 穂村弘

ジグソーの青空の数片を食べ終えた草食竜がのっと首を出す 井辻朱美

幾度かきみとわが指触れあひてジグソーパズルの空ひろがれり 西田政史

川土手にジグソーパズルは燃やされてジグソーパズルのかたちの灰は残りぬ 大室ゆらぎ

ゆるゆると歩むプールに揺らぎたるタイルの升目のジグソーパズル 武富純一

かなたよりジグソーこぼれ現代の一兆ピースに生き埋めの君 工藤吉生

誰かっていう誰かにしか可能性はこの美しいジグソーパズルの冠を 瀬戸夏子

★語尾

おのれみづからに酔ひつつ亡き父の語尾あいたいと崩るるきこゆ

なう、鳩よ この街の人はみななぜか語尾のするどき言葉を話す

後日譚 受話器より聴く水曜の矩形の午後を語尾がはみだす

語尾をまた人にゆだねる団塊のあなたにはいつも背もたれがある

わたしたち秋の火だからあい(語尾を波はかき消す夜の湖岸に

なんとなく語尾に「なはん」とつけてみるやさしい岩手の風を感じて

語尾がながく曳きてやはらかく会話する伊予の国びとは角【つの】なしにあはれ

寝る前の、どこで切れても構わない会話の語尾を遠く延ばして

おのれみづからに酔ひつつ亡き父の語尾あいたいと崩るるきこゆ 岡井隆

なう、鳩よ この街の人はみななぜか語尾のするどき言葉を話す 永井陽子

後日譚 受話器より聴く水曜の矩形の午後を語尾がはみだす 魚村晋太郎

語尾をまた人にゆだねる団塊のあなたにはいつも背もたれがある 中沢直人

わたしたち秋の火だからあい(語尾を波はかき消す夜の湖岸に 千種創一

なんとなく語尾に「なはん」とつけてみるやさしい岩手の風を感じて 大西久美子

語尾がながく曳きてやはらかく会話する伊予の国びとは角【つの】なしにあはれ 高野公彦

寝る前の、どこで切れても構わない会話の語尾を遠く延ばして  吉田恭大

★水着

階段にたたんでおいた水着から水色だけが抜けていく朝

怒ったらだまりこむ癖ボンネットに干上がってゆくふたりの水着

満たされたからだは重たい/プールから上がる水着の吸った水ほど

紺いろの水着ちいさくたたまれてカルキのにおいのからだを残す

もうだめだ 誰かが捨てた自転車に絡まっているあれは水着だ

すれちがう人が水着で自転車を漕いでいるから海なんだろう

バケツの中に水着洗えば匂いたつ塩素 もっと苦しめという

海岸を水着であるく 日輪は遠いところで老いる球体

階段にたたんでおいた水着から水色だけが抜けていく朝  渡邊里香

怒ったらだまりこむ癖ボンネットに干上がってゆくふたりの水着 飯田有子

満たされたからだは重たい/プールから上がる水着の吸った水ほど 林あまり

紺いろの水着ちいさくたたまれてカルキのにおいのからだを残す 加藤治郎

もうだめだ 誰かが捨てた自転車に絡まっているあれは水着だ 木村友

すれちがう人が水着で自転車を漕いでいるから海なんだろう 穂村弘

バケツの中に水着洗えば匂いたつ塩素 もっと苦しめという 梅内美華子

海岸を水着であるく 日輪は遠いところで老いる球体 小島なお


★球体

子供とは球体ならんストローを吸ふときしんと寄り目となりぬ

暗闇の結び目として球体の林檎数個がほどけずにある

真夜中にきらきら座る少女たち箱詰めされる球体として

日月の球体通り過ぎてゆきぺっちゃんこなり母の死顔

球体を子どもはこのみ且つおそる 月はいらない 月になりたい

西瓜という水ひとつぶの球体をだいじ、だいじと抱えて帰る

わたくしの双球体にやどりたる鎌倉、それの惜春の空

静寂に宇宙が軋む この星も見えざる腕の球体関節

子供とは球体ならんストローを吸ふときしんと寄り目となりぬ 小島ゆかり

暗闇の結び目として球体の林檎数個がほどけずにある 嵯峨直樹

真夜中にきらきら座る少女たち箱詰めされる球体として 東直子

日月の球体通り過ぎてゆきぺっちゃんこなり母の死顔 渡辺松男

球体を子どもはこのみ且つおそる 月はいらない 月になりたい 佐藤弓生

西瓜という水ひとつぶの球体をだいじ、だいじと抱えて帰る 千種創一

わたくしの双球体にやどりたる鎌倉、それの惜春の空 依田仁美

静寂に宇宙が軋む この星も見えざる腕の球体関節 田村穂隆


★隣家


不運つづく隣家がこよひ窓あけて真緋【まひ】なまなまと耀【て】る雛の段

友達がご飯食わせてくれるかと隣の家からすごい声する

柿の赤き実隣家【りんか】のへだて飛び越えてころげ廻れり暴風雨【あらし】吹け吹け

豆腐屋の録音されしラッパの音ちかづきくれば隣家犬うたふ

ぼんやりしてゐれば何かが見えるといふ隣家にみのる枇杷の明るさ

人棲まぬ隣家にときおり人は来て木の実あまたを摘みてゆきたり

草色の車のとまる隣家には空が落としたような子供たち

人間については知ってる隣家のT氏については何も知らない

不運つづく隣家がこよひ窓あけて真緋【まひ】なまなまと耀【て】る雛の段 塚本邦雄

友達がご飯食わせてくれるかと隣の家からすごい声する 小坂井大輔

柿の赤き実隣家【りんか】のへだて飛び越えてころげ廻れり暴風雨【あらし】吹け吹け 北原白秋

豆腐屋の録音されしラッパの音ちかづきくれば隣家犬うたふ 小池光

ぼんやりしてゐれば何かが見えるといふ隣家にみのる枇杷の明るさ 馬場あき子

人棲まぬ隣家にときおり人は来て木の実あまたを摘みてゆきたり 佐波洋子

草色の車のとまる隣家には空が落としたような子供たち 小守有里

人間については知ってる隣家のT氏については何も知らない 香川ヒサ

★カルピス

こぼされてこんなかなしいカルピスの千年なんて見たことがない

カルピスの原液で飼うかぶとむし だいじだいじって撫でていた角

カルピスと牛乳まぜる実験のおごそかにして巨いなる雲

夏だから岩波文庫の青帯とカルピスそして夕立を待つ

胃のなかのことは想像したくない桃カルピスにゆれる砂肝

四(五?)次会のカラオケで飲むカルピスの乳酸菌は果てなく生きろ

縁側で濃いめのカルピス飲み干した入道雲がゆっくりほぐれる

おとうとのカルピスは濃くこいびとのカルピスはやや甘くする朝

こぼされてこんなかなしいカルピスの千年なんて見たことがない 平岡直子

カルピスの原液で飼うかぶとむし だいじだいじって撫でていた角 初谷むい

カルピスと牛乳まぜる実験のおごそかにして巨いなる雲 穂村弘

夏だから岩波文庫の青帯とカルピスそして夕立を待つ 佐藤涼子

胃のなかのことは想像したくない桃カルピスにゆれる砂肝 木下龍也

四(五?)次会のカラオケで飲むカルピスの乳酸菌は果てなく生きろ 千葉聡

縁側で濃いめのカルピス飲み干した入道雲がゆっくりほぐれる 藤本玲未

おとうとのカルピスは濃くこいびとのカルピスはやや甘くする朝 田丸まひる