高柳重信関係 蕗子エッセー

パパの泣き方

パパの泣き方

高柳蕗子

「パパはねえ、オナラするの」

「お父さんはどんな人」と聞かれ、小さいころ私はこう答えたそうだ。オナラ以外の特徴に気づくまで、生まれてから十年かかった。私のパパはすごく物知りで話がおもしろく、決して子どもだましを言わない、世にも珍しい大人だったのだ。

パパは、考える前から知っている結論には安易に着地しない。だから、いつも言うことが新鮮だった。普通ならジレンマにおちいるような場面でも、ごまかしのない論理で探検のように道を切り開いて踏破してみせる。「パパってシャーロック・ホームズみたい」と感心すれば、すかさず、

「ホームズにはホームズよりすごいお兄さんがいてね、現場を見ないで謎を解いてしまうんだ。僕はそのタイプなんだよ」

と、本気で自慢する。うぬぼれではない。問題を解決するのが得意だから、それを自分の役目のように感じていて、うまくゆくのが純粋にうれしいのだ。

思考は柔軟だが、厳格なところもあった。うっかり電車でキセルをやったなどと言おうものなら、やさしい顔を無理に怖くして、こんなふうに言うのである。

「ばれないからといって小さな不正を自分に許したら、いざというときに大きな不正に立ち向かうことができなくなるよ」

パパは、無実の人の疑いを晴らす弁護士になるつもりだったそうだ。結核でそれは断念したが、屈することなく戦う正義の味方たらんという気持ちは変えなかった。多くの人は世に横行する贋の正義に失望し、正義はうさんくさいものと決めがちだ。瀕死の真の正義にとどめを刺すのは、そのあきらめではないだろうか。正義の味方とは、そこで踏みとどまり、正義を見捨てない人のことである。

今はどうだか知らないが、三十年ぐらい前にパパと乗った東武伊勢崎線の上り電車は、途中まで禁煙ではなかった。すいているうちは煙草を吸っていた人たちも、混んできたので自粛する。ところがパパは「××駅までは禁煙じゃないんだ」と言って吸い続けた。

煙草を嫌いな人がこれを読んでどう思うか、周囲の迷惑そうな視線に縮むように座っていた私にはよくわかる。混み合った電車がやっと××駅に着いたとき、「ここから禁煙」とアナウンスがあった。

なんというむなしい言葉だろう。パパは即座に煙草を消し、

「ここでは実情に合わない規則を正さないままで、個々の判断にゆだねている。ふーちゃんはこれでいいと思うか」

と聞いた。これがパパ流の問題提起である。

なるほど、規則はそう定められた理由がわからない人も従わせる必要がある。そもそも規則は人間のためにあるのだという信頼をむなしくしないよう、慎重に作るべきなのだ。誰も守らぬ規則を放置して個々の善意に任せるなら、規則そのものの権威が失墜し、自分に都合のいい規則だけを選んでふりかざす人も出てくるだろう。個々の善意はあくまで一時しのぎであって、真の解決に代わるものではない。・・・だなんてパパは一言も口にせず、私が頭の中で考えるのを見守った。

よく文学者を評して、「孤塁を守る人」などと言うけれども、パパはそれにあてはまらない。いつも、孤塁だけでなく全体を案じたからである。その点では地球の環境保護活動をする人に似ているかもしれない。ときに痛快な皮肉を込めて問題提起し、ときに鎮魂の響きをおびた、パパの文章や俳句の根底では、地球という形あるものではないが、大きな視点で捉えた護るべきものが常に意識されていたはずだ。

毛利元就は「天下の治乱興亡に気を配る者は孤独だ。真の友は過去千年、未来千年の間にいる」と言ったそうだ。天下の治乱興亡に気を配るという視点に立つことは、半径千年の孤独のなかに立つことだ。形のないものを案じたパパの孤独もまた、計り知れない大きさだったろう。

昔、「ひょっこりひょうたん島」というテレビ番組があった。その主題歌のなかに、「泣くのは嫌だ、笑っちゃおう」というところがある。それを聞いたパパが、

「泣くのが嫌だからといって、笑ってはいけないよ」

と言った。その歌が好きだった私はむっとした。

「じゃあ、どうすればいいのさ」

「そういうときは、じっと‥‥」

名探偵のようなパパが口ごもるのをはじめて見た。ついに続きは出てこなかった

それから十年ぐらいたったころ、何かの集まりの二次会で、みんながかわるがわる歌を歌うことになった。一語一語を大切にするパパは、言葉を歌い流すことを嫌がっていたが、突然、さも大発見のように、

「うんとゆっくり歌えば上手だか下手だかわからないぞ」

と言い出した。なあんだ、ただオンチが恥ずかしかっただけなのかと私は笑った。

いざ番がきて歌ったのは、のろのろした「赤い靴」だった。うまくもないが、オンチでもなかった。「うんとゆっくり歌えば上手だか下手だかわからない」というのは、オンチをごまかす方法ではなかったようだ。

そのときふと思い当たった。十年前のパパが、「泣くのが嫌だからといって、笑ってはいけない。そんなときはじっと……」と言って口ごもったまま、ついに見つけられなかった続き。それはきっと、

「じっと、泣いていることが誰にもわからないほどゆっくり泣く」

だったにちがいない。

この世の仕事を終えたパパは、もう孤独ではない。群馬県境町にある先祖代々の墓のご先祖たちや、はるけき過去の友らとともに、未来の人々を待っている。